事件概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事件名 | 山梨・新潟連続殺人事件 |
| 発生 | 1986年3月6日、3月11日 |
| 発生場所 | 山梨県、新潟県 |
| 被害者 | 2人 |
| 犯人 | 藤島光雄 |
| 犯行 | 殺人、死体遺棄、窃盗、恐喝 |
| 逮捕 | 1986年 |
| 判決 | 死刑(確定) |
| 死刑執行 | 2013年12月12日 |
| 性質 | 連続殺人事件 |
事件の注目ポイント
山梨・新潟連続殺人事件は、執行猶予中だった藤島光雄が、逃走の過程で2人を殺害した連続殺人事件である。最初の被害者は前妻の伯母、2人目の被害者は前妻に好意を寄せていた男性だった。いずれも、藤島が自分の立場を守るため、あるいは逃走資金を得るために殺害したと認定されている。
事件の特徴は、通報を恐れた口封じ殺人が、そのまま逃走資金目的の第2の殺人へ連続した点にある。怨恨や激情だけではなく、その場その場で自分に不都合な相手を排除していく自己保身型の犯行として、強い利己性と危険性が指摘された。
事件の発生
藤島光雄は、1985年に知人を日本刀で斬りつける傷害事件を起こし、執行猶予付き判決を受けていた。ところがその後、保護観察所への出頭命令を無視し、1986年3月に前妻の行方を追って山梨県へ向かった。
1986年3月6日、藤島は山梨県に住む前妻の親族宅を訪れた。そこで前妻の伯母に見つかり、とがめられたことから、警察に通報されることを恐れて逆上し、殺害に及んだとされる。
犯行状況
山梨の事件では、藤島は前妻の伯母(73歳)を浴槽の水に押し込み、窒息死させたと認定されている。これは、執行猶予中の自分が通報されることを避けるための口封じだった。
その後、藤島は前妻を連れて逃走したが、生活費や移動資金が必要になった。そこで3月11日、前妻に好意を寄せていた新潟県の男性を呼び出し、金を脅し取ったうえで殺害したとされる。2件目の殺人は、逃走継続のための資金確保が色濃い事件だった。
捜査経過
警察は、山梨と新潟で発生した2件の事件を捜査する中で、前妻との関係や逃走の流れから藤島光雄を重要視した。個別事件に見えた2件が、逃走中の同一人物による連続事件としてつながっていった。
その後、藤島は逮捕され、山梨・新潟両事件について立件された。捜査では、前妻の証言や逃走経路、被害者との接触状況、金銭の流れなどが重視された。
裁判

裁判では、2件の殺人がいずれも極めて自己中心的な理由で行われたことが重く見られた。山梨事件は通報回避のための口封じ、新潟事件は逃走資金確保のための殺人であり、いずれにも酌量の余地は乏しいと判断された。
1987年7月、甲府地裁は死刑判決を言い渡し、その後確定した。藤島は再審請求を繰り返したが認められず、最終的に2013年12月12日に死刑が執行された。
事件背景
この事件の背景には、藤島光雄の不安定な生活と、前妻への執着があった。仕事をせず、いわゆるヒモ生活に近い状態だったことや、傷害事件の執行猶予中だったことから、社会的に追い詰められた状況にあったとされる。
ただし、事件の本質は境遇ではなく、自分に不都合な相手を次々に排除していった自己保身の暴力性にある。前妻を追って山梨へ向かい、そこから通報回避の殺人、さらに資金目的の殺人へと短期間で連続している点が、この事件の危険性を際立たせている。
社会的影響
山梨・新潟連続殺人事件は、全国的に大規模な連続殺人事件ではないものの、逃走の途中で障害になる相手を殺し、さらに資金確保のために別の相手まで殺害した事件として、極めて身勝手な犯罪の典型例とみなされた。
また、この事件は再審請求が繰り返され、長期間死刑確定囚として収容された後に執行された事例でもある。そのため、死刑制度や再審運用の文脈でも一定の関心を集めた。
現在の位置づけ
山梨・新潟連続殺人事件は、1986年に山梨と新潟で2人を殺害した藤島光雄の連続殺人事件として整理されるべき事件である。被害者数や時期を誤って語られやすいが、実際には短期間の逃走中に発生した2件の殺人であり、そこに事件の本質がある。













