マニラ保険金殺人事件|岩間俊彦が知人男性2人を海外で殺害した連続保険金殺人

公開日 2026年3月27日
最終更新 2026年7月31日
カテゴリー 2010年代 死刑

マニラ保険金殺人事件は、2014年と2015年、フィリピンの首都マニラ周辺で山梨県の日本人男性2人が相次いで銃撃され死亡した連続保険金殺人事件である。ところが死刑確定から約2か月後の2023年8月24日、岩間死刑囚は東京拘置所で病死した。死刑は執行されず、被害者遺族が求め続けた事件の全容や、岩間本人の口から語られる真相は残されないままとなった。

POINT
この記事でわかること
  • 2014年と2015年にマニラで起きた日本人男性2人の銃撃事件 岩間俊彦が保険金目的の犯行を首謀したと認定された経緯
  • 共犯者、海外の実行犯、保険契約を組み合わせた事件の構図 一審死刑から最高裁、死刑確定後の病死までの経過
  • マニラ保険金殺人事件が発生してから事件が発覚するまでの経緯

マニラ保険金殺人事件の概要

事件名マニラ保険金殺人事件
発生場所フィリピン・マニラ周辺
被害鳥羽信介さん(当時32歳)、中村達也さん(当時42歳)、死亡者数:2人主犯岩間俊彦共犯関係者久保田正一、菊池正幸、フィリピン人女性ら犯行態様現地の実行犯を利用した銃撃による殺害主な目的死亡保険金の取得
裁判・捜査状況2017年8月25日、甲府地裁が岩間に死刑/2019年12月17日、東京高裁が控訴棄却/2023年6月5日、最高裁が上告棄却/死刑岩間俊彦の最期2023年8月24日、東京拘置所で病死現在の状況岩間は死刑執行前に死亡。共犯関係者にも有罪判決 2014年10月、整骨院経営の鳥羽信介さんがマニラで射殺された 最初の事件が起きたのは2014年10月18日夜ごろである。
現在の状況マニラ保険金殺人事件は、2014年と2015年、フィリピンの首都マニラ周辺で山梨県の日本人男性2人が相次いで銃撃され死亡した連続保険金殺人事件である。ところが死刑確定から約2か月後の2023年8月24日、岩間死刑囚は東京拘置所で病死した。死刑は執行されず、被害者遺族が求め続けた事件の全容や、岩間本人の口から語られる真相は残されないままとなった。

2014年と2015年にマニラで起きた日本人男性2人の銃撃事件 岩間俊彦が保険金目的の犯行を首謀したと認定された経緯

鳥羽さんは仕事に関係する話などを通じてフィリピンへ渡航していた。事件当夜、マニラ市内で関係者らと食事をした後、タクシーで移動する。裁判で認定された一連の計画では、鳥羽さんを海外へ誘い出し、現地側の実行犯に襲わせる仕組みが作られていた。鳥羽さんが乗ったタクシーに対し、バイクで接近した人物が銃撃。鳥羽さんは死亡した。

一見すれば、外国で日本人旅行者が巻き込まれた銃撃事件にも見える。ところが後の捜査で、鳥羽さんには多額の死亡保険金が支払われる保険契約が存在し、周辺人物がその仕組みに深く関わっていたことが判明した。鳥羽さんについては、約1億円規模の海外旅行保険が問題となった。裁判では、保険金取得と殺害計画が結びつけて認定されている。

被害者を海外へ連れ出し、現地実行犯に撃たせる構図

マニラ保険金殺人事件の特徴は、主犯と認定された岩間自身が現場で直接引き金を引いた事件ではないことである。裁判所は、岩間が犯行を発案し、共犯者との連絡や役割分担を通じて計画を進めたと認定した。現地とのつながりを持つ人物を介し、実際の銃撃を行う者を手配する構図だった。

日本国内で被害者に保険を掛け、事業話などを利用してフィリピンへ渡航させ、銃器犯罪が珍しくない海外で殺害する。事件は複数の国にまたがり、保険契約、会社関係、現地人脈を組み合わせたものだった。最高裁も後に、岩間について犯行を発案し、終始主導的に関与した首謀者と認定している。海外の実行犯を利用したことで、自ら殺害現場から距離を置いた点も事件の悪質性を考えるうえで重要である。

2015年、今度は中村達也さんが銃撃され死亡

鳥羽さん殺害から約10か月後、再び山梨県の日本人男性がマニラ周辺で死亡した。被害者は笛吹市の会社役員中村達也さん(当時42歳)である。2015年9月1日早朝、マニラ南部の住宅街の路上で倒れているところを発見された。中村さんは胸や肩などを銃撃されていた。報道では計3発の銃弾を受けたとされ、現場で命を奪われた状況が明らかになった。

中村さんは鳥羽さんの事件と無関係な第三者ではなかった。鳥羽さんをめぐる保険や会社関係に接点を持ち、鳥羽さんが殺害される直前にもフィリピンを訪れていた人物である。裁判では、中村さんについても保険金目的で殺害されたと認定された。最初の事件後、関係者の一人が次の標的となったことで、2件は一つの連続保険金殺人として結びついていく。

2人目の死亡で「偶然の海外銃撃」では説明できなくなった

鳥羽さんと中村さんはいずれも山梨県内に生活基盤を持ち、関係者同士につながりがあった。その2人が約1年以内にフィリピンで相次いで銃撃され死亡している。しかも、背景には多額の保険契約と会社をめぐる関係があった。捜査機関は2件を別々の海外事件として扱うのではなく、同一グループによる連続殺人の可能性を追及する。

日本国内の捜査では、関係者間の通信記録、保険契約、会社登記、資金の動きなどが調べられた。裁判で重要証拠の一つとなったのが、LINEなどのメッセージ記録である。岩間側は、問題となったメッセージについて第三者による「なりすまし」などを主張した。しかし一審は、その説明を不合理として退け、他の証拠や共犯者供述と合わせて岩間の関与を認定した。

2016年、岩間俊彦らを逮捕|国外犯規定を用いた日本の捜査

事件が大きく動いたのは2016年である。山梨県警は鳥羽さん殺害事件をめぐり、岩間俊彦、久保田正一、菊池正幸、フィリピン人女性らを捜査した。2016年5月12日、警察は鳥羽さん殺害への関与を疑い、岩間らを逮捕。甲府地検はその後、関係者を殺人罪や殺人幇助罪などで起訴した。

同年6月には、中村さん殺害についても岩間と久保田が再逮捕され、追起訴へ進んだ。殺害現場はフィリピンでしたが、被害者も計画側の主要人物も日本人で、日本の刑法には一定の重大犯罪について国外で行われた行為を処罰対象とする規定がある。本件は国境をまたぐ証拠収集と、日本国内の刑事裁判が組み合わされた事件となった。

共犯者の供述と役割分担|岩間は「首謀者」とされた

一連の事件では複数の人物が刑事責任を問われた。中でも重要な存在が久保田正一である。久保田は現地実行犯の手配や被害者の誘導など、犯行成立に欠かせない役割を担ったと認定され、無期懲役となった。菊池正幸も鳥羽さん殺害をめぐって刑事裁判を受け、懲役15年の判決を受けた。フィリピン人女性についても殺人幇助などで有罪判決が言い渡されている。

岩間の裁判では「誰が事件全体を考え、主導したのか」が最大の焦点だった。岩間側は、首謀者は別の共犯者であり、自身は事件に関与していないとして無罪を主張する。裁判所はこの主張を退けた。共犯者の供述、通信記録、事件前後の行動などを総合し、2件の殺害計画を把握し、全体を主導したのは岩間と判断した。

甲府地裁は岩間俊彦に死刑判決

岩間俊彦の裁判は甲府地裁の裁判員裁判で審理された。岩間は殺人への関与を否定し、無罪を主張した。検察側は、岩間こそが事件を発案した中心人物であり、保険金獲得のために知人男性2人を海外へ誘導し、共犯者を使って殺害したと主張。死刑を求刑した。2017年8月25日、甲府地裁は求刑通り死刑判決を言い渡した。

判決は、2人の生命を保険金獲得の手段として扱った利欲性、複数の共犯者を使った計画性、海外で現地実行犯に銃撃させる冷酷な手口などを厳しく評価した。岩間は判決を不服として控訴した。

東京高裁も死刑維持|「岩間だけが計画の全貌を把握」

控訴審でも岩間側は無罪を主張した。事件の首謀者は別の共犯者であり、一審の事実認定は誤っているという立場である。2019年12月17日、東京高裁は控訴を棄却。一審の死刑判決を維持した。東京高裁は、岩間を首謀者とする共犯者らの証言を信用できると判断し、事件全体について岩間が計画の全貌を把握していたと評価した。

岩間側は最高裁へ上告。事件発生からさらに年月が経過した後、最終判断が示されることになる。

2023年、最高裁が上告棄却|死刑が確定

最高裁では2023年4月に弁論が開かれた。弁護側は改めて、首謀者は共犯者で、岩間は犯行に関与していないとして無罪を主張した。これに対して検察側は、2件はいずれも岩間の関与なしには実行困難であり、事件を首謀したのは明らかだとして上告棄却を求めた。2023年6月5日、最高裁第一小法廷は岩間側の上告を棄却した。

最高裁は、岩間が犯行を発案し、終始主導的に関与した首謀者と認定。保険金目的の計画的で利欲性の高い犯行であり、殺害態様は冷酷、人命軽視の態度が甚だしいとして死刑判断を維持した。弁護側は判決訂正を申し立てましたが退けられ、2023年6月に死刑が確定した。

岩間俊彦は無罪を主張し続けた

この事件では、岩間が捜査段階から裁判終結まで一貫して犯行への関与を否定した点も重要である。弁護側は、共犯者供述の信用性に問題があり、岩間を首謀者とする構図は誤っていると主張した。LINEの記録についても、岩間本人によるものではないという趣旨の反論を行っている。

それでも一審、控訴審、最高裁はいずれも岩間側の主張を退けた。最終的な司法判断では、岩間の首謀者性と2件の殺人への関与が認定されている。被害者遺族にとっては、死刑判決の確定だけでなく、なぜ自分の家族が標的になったのかという説明も重要だった。鳥羽さんの父親は、岩間が無罪を主張し続けたため、事件の動機や真実を本人から聞けなかったという趣旨の思いを語っている。

死刑確定から約2か月後、岩間俊彦死刑囚が東京拘置所で死亡

死刑確定後、事件は予想外の結末を迎える。2023年8月24日、岩間俊彦死刑囚は収容先の東京拘置所で死亡した。49歳だった。法務省発表をもとにした報道では、岩間死刑囚には糖尿病の持病があり、死亡前から体調不良を訴えていた。慢性腎不全と診断され、病室へ移される前に倒れ、その後死亡が確認されたとされている。死因は病死と発表された。

死刑確定からわずか約2か月後だった。死刑は執行されていない。岩間は生前、無罪を主張し続け、再審請求を検討していたとも報じられていた。その本人が死亡したことで、遺族が期待していた新たな説明や真相告白の可能性も閉ざされた。

現在、事件はどう整理されるのか

現在も、マニラ保険金殺人事件の司法上の結論は明確である。

  • 鳥羽信介さんと中村達也さんの2人がフィリピンで殺害された
  • 岩間俊彦は2件の保険金殺人を発案・主導した首謀者と認定された
  • 一審と控訴審で死刑判決
  • 2023年6月、最高裁の上告棄却を経て死刑確定
  • 2023年8月24日、岩間死刑囚が東京拘置所で病死
  • 死刑は執行されなかった
  • 共犯関係者にも無期懲役や有期懲役などの有罪判決が言い渡された

本件は、生命保険を犯罪利益の仕組みに組み込み、被害者を国外へ誘い出し、現地の実行犯を利用した点で極めて特異である。同時に、主犯と認定された岩間が最後まで無罪を主張し、死刑確定直後に病死したことで、「なぜ2人が標的になったのか」「現地実行犯を含む全関係者の実態は何だったのか」という遺族の問いが完全に解消されたとは言い難い事件でもある。

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