自殺サイト連続殺人事件は、2005年2月から6月にかけて大阪府内で、前上博がインターネット上の自殺サイトを利用し、25歳女性、14歳少年、21歳男子大学生の3人を相次いで殺害した事件である。その約2年後の2009年7月28日、前上の死刑は大阪拘置所で執行された。40歳だった。
- 2005年に3人が相次いで殺害された経緯
- 前上博が自殺サイトを犯行に利用した方法
- 25歳女性、14歳少年、21歳大学生が被害に遭った流れ
- 過去の暴行・傷害事件と前上の特異な性的欲求
- 刑事責任能力が裁判で争われた理由
- 死刑判決、控訴取り下げ、2009年の死刑執行まで
| 事件名 | 自殺サイト連続殺人事件 |
|---|---|
| 別称 | 自殺サイト殺人事件、大阪自殺サイト連続殺人事件 |
| 発生時期 | 2005年2月から6月 |
| 主な地域 | 大阪府河内長野市、和泉市、泉南郡周辺など |
| 死亡者数 | 3人 |
| 被害者 | 25歳女性、14歳少年、21歳男子大学生 |
| 加害者 | 前上博 |
| 事件当時の年齢 | 36歳 |
| 接触方法 | インターネット上の自殺サイト |
| 認定された目的 | 窒息して苦しむ姿を見ることで性的快感を得る目的 |
| 主な罪 | 殺人、死体遺棄、未成年者誘拐、脅迫など |
| 逮捕 | 2005年8月5日 |
| 一審 | 2007年3月28日、大阪地裁が死刑 |
| 死刑確定 | 2007年7月、本人による控訴取り下げ |
| 死刑執行 | 2009年7月28日、大阪拘置所 |
| 現在 | 前上は死刑執行済み。刑事手続きは終了 |
前上博は「一緒に死ぬ相手」を装っていた
事件の最大の特徴は、前上が被害者と偶然出会ったのではなく、自殺サイトを犯行対象探しの場として利用したことである。大阪地裁判決によると、前上は2004年12月ごろ、自殺サイト上の書き込みを見て犯行方法を思い付いた。自殺を考える人の中には、失敗を防ぐため仲間を求めたり、互いに連絡を取り合ったりする人がった。前上は、そうした状況なら相手を自然に誘い出し、警戒させずに拘束できると考える。
そこで「練炭自殺の計画があります」「一緒にしませんか」といった趣旨で接触。自分も死ぬつもりであるかのように偽装した。実際には、前上に心中する意思はなかった。
2005年2月19日、25歳女性を最初に殺害
最初の殺人は2005年2月19日に起きた。被害者は当時25歳の女性。自殺サイトへ投稿していたところ、前上から接触を受ける。前上は一緒に練炭自殺をするように装い、女性を大阪府河内長野市内へ誘い出した。
車内では女性の自由を奪い、鼻や口を塞いで窒息させては失神させる行為を繰り返す。そして午後10時ごろ、最終的に窒息死させた。殺害後、前上は身元の判明と犯行発覚を避けようとする。女性の遺体から衣服を取り除き、河内長野市内の川岸にあらかじめ掘っていた穴へ埋めた。
自殺を装った接触、拘束、殺害、遺体の隠匿。最初の事件から、犯行は準備されたものだった。
遺体発見後も犯行をやめず、次の被害者を探した
25歳女性の遺体は、事件後に発見された。前上は捜査の進み具合を気にし、大阪府警のホームページや新聞報道を確認していたと認定されている。一時的に自殺サイトへのアクセスを控えたものの、罪悪感から犯行をやめたわけではなかった。
約2カ月後には再びサイトを利用し、新たな対象を探し始める。最初の殺害で犯行方法を経験したことが、次の事件へつながった。
2人目の被害者は14歳の少年だった
2人目の被害者は当時14歳の少年だった。前上は2005年5月14日から20日ごろにかけて、自殺サイトへ投稿していた少年へメールを送った。そして一緒に練炭自殺をするように偽り、5月21日、少年を大阪市東住吉区のJR南田辺駅前付近まで誘い出する。
少年は未成年だった。大阪地裁は、前上が嘘によって少年を車へ乗せ、自らの支配下へ置いた行為について未成年者誘拐罪も認定している。
14歳少年を殺害後、父親へ300万円を要求する偽装電話
前上は少年を大阪府泉南郡方面へ連れて行き、車内で拘束した。その後、窒息と失神を繰り返させ、同日午後5時ごろ、和泉市内で窒息死させたと認定されている。遺体は道路脇の山林へ遺棄された。
さらに異常な行動は続く。少年がすでに死亡しているにもかかわらず、前上は5月29日、父親へ電話をかけた。音声合成ソフトで作成した声を使い、少年を預かったように装って300万円を要求。警察へ知らせれば命はないという趣旨の脅迫まで行っている。
大阪地裁は、少年の安否を案じる父親の心情を利用し、さらなる精神的苦痛を与えた犯行として厳しく非難した。
6月10日、21歳男子大学生を3人目の標的に
3人目の事件は2005年6月10日に起きた。被害者は当時21歳の男子大学生である。前上は再び自殺サイトを利用し、一緒に練炭自殺をするように偽って接触した。
大学生を河内長野市内へ誘い出すと、車内で身体の自由を奪う。その後、長時間にわたって窒息させては覚醒させる行為を繰り返し、最終的に窒息死させた。遺体は山林の崖下へ遺棄されている。
裁判所は、1件目、2件目の経験を重ねるにつれ、前上の犯行計画や実行方法がより手慣れ、悪質化していったと評価した。
被害者が自殺を考えていたことは、殺人の重大性を軽くしない
この事件では、3人が自殺サイトへ投稿していたことから、事件後に「もともと死を望んでいた」という見方が出ることもあった。大阪地裁は、この点を明確に否定している。3人は当時、うつ状態などの影響で自殺願望を抱えていた。一方、治療や環境の変化によって回復する可能性があり、家族との関係や将来への思いも残されていた。
しかも3人が想定していたのは、前上から長時間にわたる苦痛を与えられ、殺害されることではない。自殺願望があったことは、生命を奪われることへの同意ではない。裁判所は、被害者が自殺志願者だった事実は結果の重大性を何ら左右しないと判断した。
前上博には事件前から同種の暴行歴があった
前上の危険な行動は、2005年に突然始まったものではない。大阪地裁判決によると、前上は少年期から、人の鼻や口を塞いで苦しむ姿を見ることに性的興奮を覚えるようになった。成長後も他人へ暴力を加える行為が続く。
- 勤務先の同僚への暴行事件
- 通行中の女性や少女への暴行・傷害
- 男子中学生への傷害事件
- 執行猶予判決後の再犯と服役
2001年には傷害・暴行事件で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。ところが執行猶予中の2002年、男子中学生に対する傷害事件を起こし、懲役10カ月の実刑判決を受けている。前刑を終えて出所したのは2004年3月。最初の殺人まで1年もたっていなかった。
精神科へ通院しながら犯行を隠していた
前上には精神科への通院歴があった。1990年代から診察を受け、過去には解離性障害と診断された経緯もある。出所後も、おおむね2週間に1回の割合で通院を続けていた。しかし2005年の3件について、前上は医師や臨床心理士へ打ち明けていない。
犯行前後も仕事を続け、レンタカーを予約し、必要な道具を準備。事件後にはメール記録を削除し、車内を清掃するなど証拠隠滅を重ねた。この行動が、後の刑事責任能力の判断で重視される。
2005年8月5日に逮捕、未発覚の2事件も供述
捜査の結果、前上博が浮上した。2005年8月5日、大阪府警は前上を逮捕する。逮捕後、前上は最初に追及された25歳女性の事件を認めた。
さらに、この時点で捜査機関が全容を把握していなかった14歳少年と21歳大学生の事件についても供述。遺体の捜索が進み、連続殺人が明らかになる。大阪地裁は、後の2事件について前上の自首が成立すると判断した。ただし、それを考慮しても死刑を回避する事情にはならないと結論づけている。
裁判では完全責任能力が認定された
刑事裁判で大きな争点となったのが、前上の責任能力である。弁護側は、精神の障害によって自分の行動を制御する能力が失われていたとして、刑事責任能力を欠いていたと主張した。大阪地裁は認めなかった。
前上は犯行の違法性を理解し、発覚を恐れていた。被害者とのメールを消させ、犯行道具を準備し、遺体を人目につかない場所へ遺棄。車内の痕跡まで消している。さらに仕事や日常生活も続けていた。こうした行動から、裁判所は十分な事理弁識能力と行動制御能力があったと認定した。
2007年3月28日、大阪地裁が死刑判決
2007年3月28日、大阪地裁は前上博に死刑を言い渡した。裁判所が重く見たのは、3人の生命が奪われた結果だけではない。
- 性的快感を得るという快楽目的
- 自殺願望を抱える相手の心理へつけ込んだこと
- 犯行道具を事前に準備した計画性
- 窒息と覚醒を繰り返す執拗な犯行態様
- 約4カ月で3人を相次いで殺害したこと
- 遺体を山中などへ遺棄したこと
- 過去の刑罰や治療を経ても再犯したこと
前上が未発覚の2事件を自ら供述したことや、公判で反省の言葉を述べたことも考慮された。それでも大阪地裁は、有利な事情を最大限考慮しても極刑以外にないと判断している。
本人が控訴を取り下げ、死刑が確定
一審の死刑判決後、弁護人は控訴した。しかし前上本人は、死刑を受け入れる姿勢を示していた。2007年7月、前上は控訴を取り下げる。
これにより、高裁・最高裁による実体判断を経ないまま一審の死刑判決が確定した。つまり「最高裁が死刑を維持した事件」ではない。本人による控訴取り下げで確定した点は、裁判経過を理解するうえで重要である。
2009年7月28日、大阪拘置所で死刑執行
死刑確定から約2年後の2009年7月28日、前上博の刑が執行された。場所は大阪拘置所。前上は40歳だった。同日には、別事件で死刑が確定していた山地悠紀夫らの刑も執行されている。
現在も、前上について「現在も死刑囚として収容中」「再審請求中」とする説明は正確ではない。死刑は2009年に執行され、本人への刑事手続きは終了している。
事件後に問われた「自殺サイト」の危険性
事件は、インターネット上の自殺関連コミュニティをめぐる問題も社会へ突きつけた。自殺を考える人は、家族や周囲へ悩みを言えず、匿名の相手にだけ気持ちを打ち明けることがある。前上は、その匿名性を利用した。
画面上では「同じ苦しみを抱える仲間」に見える。しかし実際には、相手の命を狙う人物だった。インターネットが殺人の原因だったのではない。問題は、前上が自殺願望を抱える人を見つけ、信頼を装い、孤立した状況へ誘い出す道具としてサイトを悪用したことである。
自殺サイト連続殺人事件が残したもの
3人の被害者は、25歳、14歳、21歳だった。いずれも精神的な苦しみを抱え、自殺サイトへ投稿していた。しかし、それは前上に殺害されることへの同意ではない。
14歳の少年には将来の夢があった。21歳の大学生も家族と今後について話し合い、立て直そうとしていた時期があった。25歳女性も家族の支えを受けながら生きようとしていた。前上は、そうした揺れ動く心理へつけ込んだ。「一緒に死ぬ」という言葉で近づき、自分だけは死なず、相手へ苦痛を与えて命を奪う。事件は約4カ月の間に3度繰り返される。
死を考えている人の生命も、当然に守られるべき生命である。大阪地裁が、被害者に自殺願望があったことは結果の重大性を何ら左右しないと明確に判断した意味は重いものがある。自殺サイト連続殺人事件は、3人の命が快楽目的で奪われた重大犯罪であると同時に、匿名のネット空間、心の弱みにつけ込む犯罪、過去の再犯防止、精神医療と刑事責任、死刑制度という複数の問題を残した事件である。
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