埼玉愛犬家連続殺人事件|4人を毒殺し遺体を消した元夫婦と、風間博子の第3次再審

公開日 2026年2月19日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 1990年代 死体遺棄事件 死刑

事件ステータス

発生年月日
1993年
都道府県
埼玉県
事件分類
死体遺棄事件
最終刑・処分
死刑

1995年1月、埼玉県熊谷市周辺で前年までに相次いでいた男女の失踪が、一つの連続殺人事件として動き始めた。逮捕されたのは犬の繁殖販売業「アフリカケンネル」を営んでいた関根元と元妻の風間博子。捜査の入口になったのは、遺体処理に加わった元会社役員の供述だった。

刑事裁判では、1993年4月から8月までに4人を殺害し、遺体を解体・焼却して山林や川へ遺棄した一連の犯行が審理された。浦和地裁は2001年に関根と風間へ死刑を言い渡し、東京高裁、最高裁も維持。2009年に2人の死刑が確定した。関根は2017年に東京拘置所で死亡し、風間は現在も殺人への関与を争い、第3次再審請求を続けている。

事件期間1993年4月20日~8月26日
地域埼玉県熊谷市・行田市周辺、群馬県片品村など
被害男女4人死亡
被告人関根元、風間博子
主な罪名殺人、死体損壊・遺棄
一審2001年3月21日 浦和地裁・2人に死刑
控訴審2005年7月11日 東京高裁・控訴棄却
上告審2009年6月5日 最高裁第二小法廷・上告棄却
刑確定2009年6月
関根2017年3月27日 東京拘置所で死亡
風間東京拘置所収容中、第3次再審請求中

犬の繁殖ビジネスをめぐる高額取引――最初の失踪は1993年4月

関根と風間は熊谷市を拠点に外国犬の繁殖・販売を手掛けていた。1993年4月20日に姿を消したのは、行田市の会社役員の男性(39歳)。男性は犬の繁殖ビジネスをめぐり関根側と高額な金銭トラブルを抱えていた。

確定判決では、関根と風間が男性を呼び出し、猛毒の硝酸ストリキニーネを入れたカプセルを飲ませて殺害したと認定された。遺体は群馬県片品村へ運ばれ、元会社役員を加えた遺体処理へ進んだ。

遺体を残さない――事件を長く「失踪」に見せた処理方法

4人の殺害後、遺体はそのまま埋められたのではなかった。片品村の建物などで解体し、肉片を川へ流し、骨を焼却したうえで山林などへ捨てたと裁判で認定されている。

この処理によって完全な遺体は残らず、捜査は難航した。4人が順に姿を消しても、当初は個別の失踪として扱われ、殺人を直接示す遺体がない。後に供述を手掛かりとして山林などが捜索され、骨片や所持品が見つかったことが逮捕へつながった。

7月21日、男性2人が同じ日に殺害された

2件目は7月21日。暴力団幹部の男性(51歳)と、その運転手の男性(21歳)が殺害された。先に失踪した会社役員の件をめぐり関根側へ財産的要求をしていたことが背景にあったと認定されている。

2人にも毒物が使われ、遺体は片品村へ運ばれた。裁判では、関根と風間がこの2人の殺害と死体損壊・遺棄にどのように関わったか、遺体処理を手伝った元会社役員の供述がどこまで信用できるかが重要な争点になった。

8月26日、54歳女性を殺害――この事件は関根の単独犯行と認定

4人目は行田市の54歳女性だった。女性はアフリカケンネルとの犬の購入や出資をめぐる金銭関係があり、1993年8月26日に殺害された。

この女性の殺害について、一審は関根の単独犯行と認定した。関根・風間がすべての殺害を同じ形で共同実行したわけではなく、確定判決では事件ごとに共謀の範囲が分けられている。

1995年、遺体処理に関わった男性の供述から捜査が動いた

事件が大きく動いたのは1994年末から1995年初めだった。関根のもとで働き、4人の遺体処理に関与した元会社役員が捜査に協力し、遺体の運搬、解体、焼却、遺棄の経過を供述した。

埼玉県警は供述に基づいて群馬県内の山林や河川周辺を捜索し、被害者に関係するとみられる骨片や所持品を発見。1995年1月5日、関根と風間を死体損壊・遺棄容疑で逮捕し、その後、殺人事件として起訴が重ねられた。

公判では3人の供述が食い違った――誰が殺し、誰が遺体処理を主導したのか

関根、風間、遺体処理に加わった元会社役員の供述は一致しなかった。関根は事件への関与を認めながら、自らが実行した範囲について別の説明をし、風間も殺人への関与を否定した。

一方、元会社役員の供述は遺体がほとんど残らない事件で重要な位置を占めた。弁護側は供述の変遷や捜査機関との関係を問題にし、信用性を争った。裁判所は供述だけでなく、発見された骨片・所持品、失踪前後の金銭関係、関係者の行動を照合し、殺人と死体損壊・遺棄を認定した。

浦和地裁は関根と風間を「対等の立場」で共謀したと判断

2001年3月21日、浦和地裁は関根と風間の2人に死刑を言い渡した。会社役員男性の事件と7月の男性2人の事件では、元夫婦が対等の立場で共謀したと認定。8月の女性殺害は関根単独としたうえで、風間にも複数の殺人と死体損壊・遺棄の責任を認めた。

弁護側は、風間が関根に支配されていたことや、元会社役員の供述を重く見るべきではないと主張した。しかし一審は、ペット事業の経営や金銭管理、犯行前後の行動を踏まえ、風間を単なる従属的な立場とは評価しなかった。

2005年に控訴棄却、2009年に最高裁が死刑を維持

東京高裁は2005年7月11日、一審の死刑判決を維持して控訴を棄却した。2人は最高裁へ上告したが、最高裁第二小法廷は2009年6月5日、4人を毒殺して遺体を損壊・遺棄した事案について原判決を是認し、上告を棄却した。

判決訂正の申立ても同月に退けられ、死刑が確定した。事件発生から16年、逮捕から14年が経過していた。

関根は2017年、死刑執行を受けないまま東京拘置所で死亡

関根は死刑確定後、東京拘置所に収容された。2016年11月に心臓発作で外部の病院へ搬送され、退院後も心不全や高血圧の治療を受けていた。2017年3月27日、多臓器不全のため75歳で死亡したと報じられている。

死刑は執行されなかった。関根の死亡によって本人への刑執行は終了したが、風間の死刑判決と再審手続は別に続いている。

風間博子は殺人への関与を否定――2012年、2016年に続き第3次再審へ

風間は死刑確定後も、自分は殺人には関与していないと主張している。2012年と2016年に再審を請求したが、いずれも開始には至らなかった。2020年には第3次再審請求をさいたま地裁へ申し立てた。

再審で中心となっているのは、確定審で重視された元会社役員の供述や、関根と風間の関係をどう評価するかという点だ。2025年4月の報道でも、風間は東京拘置所に収容されたまま再審請求中とされ、2026年1月の報道も第3次請求が継続している状況を伝えている。

遺体を消した事件だからこそ、裁判は供述と周辺証拠の積み重ねになった

埼玉愛犬家連続殺人事件では、4人の遺体そのものがほぼ残らなかった。捜査と裁判は、遺体処理に加わった人物の供述を一つの軸にしながら、金銭トラブル、失踪前後の行動、骨片や所持品、関係者の供述をつなぐ形で進んだ。

その証拠評価によって関根と風間の死刑は確定した。一方、風間は現在も、殺人への関与を認めた確定判決の土台を再審で争っている。事件から30年以上が過ぎても、刑事手続の焦点は、物証が限られる中で誰の供述をどこまで信用するかという問題に残っている。

参考資料・出典

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