2021年10月12日未明、甲府市蓬沢の井上盛司さん(55)宅に当時19歳の遠藤裕喜が侵入した。盛司さんと妻・章恵さん(50)が殺害され、10代の次女も頭をなたで殴られて負傷する。長女と次女が家の外へ逃れた直後、住宅は放火され全焼した。
遠藤は同日夜に出頭し、その後逮捕された。家庭裁判所での手続を経て2022年4月に検察官送致され、甲府地検は殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、住居侵入の罪で起訴。改正少年法の「特定少年」として、検察が起訴時に実名を公表した全国初のケースとなった。
甲府地裁は2024年1月18日、完全な刑事責任能力を認め、死刑を言い渡した。弁護人は2月1日に控訴したが、遠藤本人が同日付で控訴を取り下げたため、甲府地裁の死刑判決は2月2日に確定した。
| 発生 | 2021年10月12日未明 |
|---|---|
| 場所 | 山梨県甲府市蓬沢 |
| 被害者 | 井上盛司さん(55)、妻・章恵さん(50)が死亡。次女が負傷 |
| 被告人 | 遠藤裕喜(事件当時19歳) |
| 起訴 | 2022年4月8日、殺人・殺人未遂・現住建造物等放火・住居侵入 |
| 一審 | 2024年1月18日・甲府地裁、死刑 |
| 控訴 | 2024年2月1日、弁護人が控訴。同日付で本人が取り下げ |
| 死刑確定 | 2024年2月2日 |
| 制度上の位置付け | 特定少年として検察が起訴時に実名公表した初のケース、死刑確定も初 |
井上盛司さん・章恵さんが死亡、次女は姉と住宅から逃れた
起訴状を報じたダイヤモンド・オンラインによれば、遠藤は午前3時半ごろ盛司さん宅の1階窓から侵入し、午前3時50分ごろまでの間に夫婦を刃物で襲って殺害した。次女にもなたで攻撃し、けがを負わせた後、住宅内にライターオイルをまいて火を付けたとされた。
当時の報道では、2階にいた姉妹は家の外へ逃れて110番通報している。死亡した夫婦だけでなく、同じ家にいた2人の娘も事件に巻き込まれた。刑事裁判では夫婦2人への殺人、次女への殺人未遂、住宅への放火が一連の犯罪として審理された。
遠藤が一方的に好意を寄せていたのは夫婦の長女だった
遠藤と長女には高校を通じた面識があり、遠藤は長女へ一方的に好意を寄せていた。裁判で検察側は、交際を断られ、LINEをブロックされたことなどを経て、長女や家族を対象とする犯行を考えるようになった経緯を主張した。
甲府地裁判決は、長女に交際を断られたことなどから絶望感や怒りを抱き、自暴自棄になって犯行に及んだと認定した。この認定には、精神鑑定や公判で示された犯行前後の経緯も踏まえられている。
犯行後は車で離れ、同日午後7時ごろに警察へ出頭
テレビ朝日の公判取材によれば、遠藤は犯行後に車で現場を離れ、空き家で過ごした後、12日午後7時ごろに駐在所へ出頭した。その後、次女への傷害容疑で逮捕され、捜査は夫婦の殺害と放火を含む全体像へ拡大した。
出頭したという事実だけから、反省や自首成立を自動的に評価することはできない。遠藤は後の被告人質問で、出頭した理由について負傷していたことと刑を軽くしたい意図を語っており、裁判所は事件後の行動も含めて責任と量刑を判断した。
家裁は検察官送致を決定、改正少年法施行直後の「特定少年」として起訴
事件当時19歳だった遠藤の事件は、まず少年事件として家庭裁判所の手続に付された。甲府家裁は2022年4月4日、殺人や現住建造物等放火などの非行内容について検察官送致、いわゆる逆送を決定した。
同月8日、甲府地検は遠藤を起訴し、氏名を公表した。2022年4月施行の改正少年法では、18歳と19歳を「特定少年」と位置付け、起訴後は本人を特定する報道を一律には禁止しない。検察が特定少年の実名を起訴時に公表した初のケースとなり、事件は少年法改正後の運用という側面でも注目された。
甲府家裁の逆送決定は、年齢だけで刑事処分を避けるべき事件ではないとした。報道によれば、家裁は長女への感情を背景に家族全員を対象とする計画へ進んだとし、犯行の計画性や結果の重大性を指摘した。少年審判で動機を十分語ろうとしなかったことも、内省の深まりを判断する事情として挙げられた。
逆送は有罪や死刑を意味しない。家庭裁判所が刑事裁判で処理するのが相当と判断して事件を検察官へ戻した手続で、その後に検察が起訴し、甲府地裁の裁判員裁判で責任能力、事実認定、量刑が改めて審理された。
実名公表と死刑判断は別問題――特定少年だから自動的に重くなるわけではない
実名公表は改正少年法に基づく起訴後の情報公開・報道の問題であり、刑罰をどう決めるかとは別の制度である。遠藤が特定少年だったこと自体が死刑の理由になったのではない。裁判では、犯行時19歳という年齢を有利な事情としてどこまで考慮するかが量刑上の問題となった。
甲府地裁は19歳だったことを最大限考慮するとしつつ、2人を殺害し、次女を襲い、住宅を放火した結果や犯行態様、動機、反省・更生可能性などを総合した。判決は年齢だけで死刑を回避することはできないという結論を示した。
裁判の最大の争点は、犯行時に完全な刑事責任能力があったか
2023年10月に始まった裁判員裁判で、弁護側は事実関係そのものを大きく争うのではなく、犯行時の責任能力と量刑を中心に争った。検察側は完全責任能力があったとして死刑を求刑し、弁護側は心神耗弱状態だったとして死刑回避を求めた。
責任能力は、精神状態に問題があったかどうかという一般的な印象だけで決まらない。甲府地裁は精神鑑定を担当した医師の証言などを検討し、行為の是非を判断して行動を制御する能力が著しく低下していたとは認めず、完全責任能力があったと判断した。
初公判では黙秘、その後の被告人質問では犯行の経緯を語った
遠藤は初公判で裁判長から氏名や生年月日、起訴内容への認否を尋ねられても答えず、その後の被告人質問でも当初はほとんど発言しなかった。テレビ朝日の取材によれば、質問に答えない理由を尋ねられた場面で「社会に戻るつもりがない」と述べ、その後は犯行や出頭理由について具体的に答えるようになった。
最終意見陳述では、判決が出ても控訴しないという意向を明言した。これは判決前の意思表明であり、その時点で控訴権が消滅したわけではない。実際、死刑判決後には弁護人が控訴し、その後に遠藤本人が控訴を取り下げるという別の手続が行われた。
検察は死刑を求刑、弁護側は心神耗弱と更生可能性を主張
2023年12月11日の論告求刑公判で、検察側は死刑を求刑した。夫婦2人を殺害し、次女も殺害しようとして住宅を焼いた結果、事前の準備、動機、犯行後の態度などを重く評価するよう求めた。
弁護側は、犯行時に心神耗弱状態だったと主張したほか、19歳という年齢や生育環境、更生可能性を考慮して死刑を回避するよう求めた。量刑審理では、事件の重大性だけでなく、少年に近い年齢にある被告人にどの程度の可塑性が残るかも争点となった。
2024年1月18日、甲府地裁は特定少年に初めて死刑を言い渡した
甲府地裁は2024年1月18日、遠藤に求刑通り死刑を言い渡した。判決は完全責任能力を認め、2人の生命を奪った結果を重大と評価。長女との関係を発端とした動機を自己中心的で理不尽とし、明確な反省や謝罪の態度が乏しく、更生可能性も低いと判断した。
朝日新聞の判決報道によれば、裁判所は犯行時19歳だったことを「最大限考慮」した。それでも、犯行態様や結果などに照らして死刑回避の事情にはならないとした。特定少年に対する死刑判決としては初めての事例となった。
判決は生育環境が動機に影響した可能性も検討したが、その影響は限定的と評価した。弁護側が主張した「若年ゆえの可塑性」や家庭環境を無視したのではなく、それらを量刑事情として取り上げたうえで、明確な反省・謝罪の乏しさや更生可能性を含めて死刑を選択している。
犯行時19歳という事情について、甲府地裁は量刑上の一要素として考慮した。そのうえで、2人を殺害し、次女にも殺意をもって攻撃したこと、住居に放火したこと、計画性などを重く見て、年齢を踏まえても死刑を回避する事情にはならないと判断した。
弁護人が控訴した翌日までに、本人が控訴を取り下げた
判決後、弁護人は2024年2月1日に東京高裁へ控訴した。ところが遠藤本人は同日付で控訴を取り下げた。甲府地裁への取材に基づくテレビ朝日と時事通信の報道では、この取下げによって2月2日に死刑判決が確定した。
判決後、弁護人は2024年2月1日に東京高裁へ控訴した。同日、遠藤本人が控訴取下書を提出し、控訴は取り下げられた。
東京高裁や最高裁の実体判断を経ず、一審死刑が確定
遠藤の死刑は、東京高裁が控訴棄却判決を出した結果でも、最高裁が上告を棄却した結果でもない。本人の控訴取下げにより、一審判決に対する通常の不服申立て手続が終わったことで確定した。
責任能力や量刑について東京高裁が判断する前に控訴手続は終了した。甲府地裁の死刑判決は、遠藤本人による控訴取下げによって確定している。
2026年8月時点でも死刑確定者として掲載
現在の死刑確定者一覧には遠藤裕喜が掲載され、一審判決日は2024年1月18日、死刑確定は同年2月と記録されている。
2026年8月27日時点で参照できる同一覧でも、遠藤は死刑確定者として掲載が続いている。甲府事件では東京高裁や最高裁の量刑判断を経ておらず、甲府地裁判決が2024年2月2日に確定した。
遠藤には、夫婦2人の殺害、次女への殺人未遂、住居への放火などが認定された。甲府地裁は犯行時19歳だったことも考慮したうえで死刑を選択し、その判決は本人の控訴取下げにより確定した。
参考資料・出典
- 朝日新聞「『特定少年』の被告に死刑判決 当時19歳 殺人放火事件で甲府地裁」
- テレビ朝日「甲府放火殺人事件、当時19歳の特定少年が弁護側の控訴取り下げ 死刑判決が確定」
- テレビ朝日「『社会に戻る気がない』『控訴はしない』死刑求刑の『特定少年』が法廷で語ったこと」
- ダイヤモンド・オンライン「甲府夫婦殺害の19歳被告、実名報道巡り大手メディアの対応が分かれた理由」
- 山陰中央新報「夫婦殺人放火 19歳逆送 甲府家裁 特定少年近く起訴」
- 死刑確定者 全リスト(検索)
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