福岡一家4人殺害事件の裁判では、4人を殺害した犯罪事実と死刑の量刑だけでなく、中国へ帰国した共犯者2人の供述を日本の法廷で証拠として使えるかが争われた。国境を越えた捜査と証拠収集が、事件の事実認定そのものに組み込まれたからだ。
2003年6月20日未明、福岡市東区の松本真二郎さん(41)方が襲われ、妻の千加さん(40)、長男の海さん(11)、長女のひなさん(8)を含む一家4人が死亡した。魏巍は中国人の共犯者2人と共謀し、金品を奪ったうえで4人を殺害し、遺体を海中へ遺棄したとして強盗殺人などに問われた。
| 発生 | 2003年6月20日未明 |
|---|---|
| 場所 | 福岡市東区 |
| 被害者 | 松本真二郎さん、千加さん、海さん、ひなさん |
| 日本で裁かれた被告人 | 魏巍 |
| 一審 | 福岡地裁・死刑 |
| 控訴審 | 福岡高裁・死刑維持 |
| 最高裁 | 2011年10月20日 上告棄却 |
| 死刑確定 | 2011年11月10日 |
| 死刑執行 | 2019年12月26日 |
「資産家だと考えた一家」を狙い、殺害と遺棄まで準備した
最高裁判決によると、魏ら3人は金品を得るため、資産家だと考えた松本さん一家に狙いを定めた。住宅へ押し入り、家族全員を殺害して金品を奪い、その遺体を海へ捨てて犯跡を隠すところまで計画していた。
犯行前には必要な道具を準備し、下見をするなど謀議と準備を重ねた。最高裁は、強盗の最中に偶然死者が出た事件ではなく、家族全員の殺害と遺体遺棄を予定した強い計画性を量刑上重く見た。
被害者は夫妻だけではなく、11歳と8歳の子どもも含まれていた
死亡したのは真二郎さん夫妻だけではない。11歳の海さんと8歳のひなさんも殺害された。判決は4人それぞれへの殺害行為を認定し、遺体はふ頭へ運ばれた後、重りを付けるなどして海中へ遺棄されたとしている。
事件の結果は4人死亡という数字だけでは捉えきれない。一つの家庭の父母と子ども2人全員が対象とされ、強盗殺人と死体遺棄が一連の計画として実行された。
共犯2人は事件後に中国へ帰国した
犯行後、中国人の共犯者2人は中国へ帰国した。魏は日本で身柄を確保され、日本の刑事裁判で審理を受ける一方、2人は中国当局に拘束され、現地の司法手続で裁かれた。
最高裁判決は、中国側で裁かれた共犯者のうち1人に無期懲役が言い渡されたことを、魏の量刑事情の一つとして挙げている。共犯者が別々の国で裁かれたことで、日本側は国際捜査共助を使って証拠を集める必要があった。
中国の捜査官が作成した供述調書が日本の公判へ提出された
日本の捜査機関は中国側へ共犯者2人の取調べを求め、中国の捜査官が作成した供述調書が魏の一審公判で証拠採用された。
弁護側は、国外で身柄を拘束されている共犯者の供述について、自由な状態でなされたものではないなどとして証拠能力を争った。本人が日本の法廷へ出廷し反対尋問を受ける通常の証言とは条件が異なるため、この点は上告審まで争点として残った。
最高裁は国際捜査共助による供述調書の証拠採用を認めた
2011年10月20日の最高裁判決は、問題となった調書が国際捜査共助に基づいて作成され、犯罪事実の証明に欠くことができないものだとした。
日本側から取調べ方法に関する要請があり、共犯者には黙秘権が実質的に告知され、肉体的・精神的な強制が加えられた形跡もないという下級審の認定を前提に、刑事訴訟法321条1項3号による採用を是認した。
魏は犯行へ誘われた側でも、準備段階から深く関与した
最高裁は、魏が共犯者から犯行へ誘われた事情を認めた。一方で、単に指示へ従っただけの従属的な立場とは評価していない。謀議や準備の段階から深く関与し、実行でも重要な部分を担ったと認定した。
犯罪事実をおおむね認め、反省や後悔を深めていたこと、中国で裁かれた共犯者の1人が無期懲役だったことも検討された。それでも、4人を死亡させた結果、金銭目的、準備性と実行への関与を踏まえ、死刑を維持した。
一審・控訴審に続き、最高裁も死刑を維持した
福岡地裁は魏に死刑を言い渡し、福岡高裁もこれを維持した。魏は最高裁へ上告し、共犯者調書の扱いと量刑などを争った。
最高裁第一小法廷は2011年10月20日に上告を棄却した。判決は4人の生命を奪った結果を極めて重大とし、魏に有利な事情を考慮しても死刑は是認せざるを得ないと結論づけた。
最高裁判決日と死刑確定日は別の日付
最高裁が上告を棄却したのは2011年10月20日だが、法務大臣会見で示された死刑判決の確定日は同年11月10日だった。上告棄却判決の言渡しと、判決が法的に確定した日は分けて記録する必要がある。
魏はその後、福岡拘置所に収容された。事件発生から8年以上を経て死刑が確定し、さらに約8年後に刑が執行される。
2019年12月26日、魏巍の死刑が執行された
2019年12月26日、魏の死刑が福岡拘置所で執行された。これにより、魏本人に対する刑の執行は終了した。
この事件を現在形で記す際は、魏を『死刑確定者』とするのではなく、2019年に死刑執行済みとするのが正しい。死刑判決、死刑確定、死刑執行はそれぞれ別の法的段階である。
確定判決の認定と、後年に残された疑問は分ける
刑事裁判で確定したのは、魏と中国人共犯者2人が共謀して一家4人への強盗殺人と死体遺棄を実行したという事実である。
後年の長期取材では、遺族側の親族が別の関与者の可能性へ疑問を抱いた経過も伝えられた。ただし、それは確定判決が認定した事実とは別の位置づけになる。裁判で確定した範囲と、遺族や取材者が抱いた疑問を混同してはいけない。
6月20日午後、博多港から一家4人の遺体が見つかった
事件が表面化したのは2003年6月20日午後だった。福岡市東区の箱崎ふ頭付近の海中から、衣料品販売業の松本真二郎さん、妻の千加さん、長男の海さん、長女のひなさんの一家4人が相次いで発見された。自宅からふ頭までは数キロの距離だった。
遺体には手錠や重りが使われており、警察は自宅で一家が襲われた後、犯人側が遺体を運んで海へ沈めたとみて捜査を開始した。事件当初は怨恨や金銭トラブルを含む複数の可能性が検討され、現在確定している『3人による金銭目的の強盗殺人』という結論は、捜査の初期から決まっていたわけではない。
手錠と鉄アレイを買った男の似顔絵が捜査を動かした
犯行に使われたものと同種の手錠や鉄アレイが、事件直前に松本さん宅近くの量販店で購入されていた。福岡県警は防犯映像を基に購入者の似顔絵を作成し、2003年7月22日に公開した。
情報収集が進む中、購入者として王亮が浮上した。県警は王と楊寧が暮らしていた住居を捜索し、事件前後に二人と頻繁に連絡を取っていた魏巍にも捜査線を広げた。魏は同年8月、まず別の傷害容疑で逮捕され、その後に一家殺害事件への捜査が本格化した。
王亮と楊寧は事件4日後に中国へ帰国していた
王と楊は事件から4日後の6月24日に日本を出国し、中国へ戻った。中国当局は8月19日に王を遼寧省で、同月27日に楊を北京で拘束した。日本で身柄を確保された魏とは、同じ事件の共犯者が別々の国の刑事司法へ置かれることになった。
日本と中国の間には、単純に二人を日本へ移送して同じ法廷で裁く仕組みがなかった。日本側は中国へ処罰を求めるとともに、国際捜査共助を通じて供述や捜査資料を集め、日本にいる魏の公判でも利用できる形にする必要があった。
2003年末、日中の捜査官が互いの取調べに立ち会った
同年9月末には警察庁・福岡県警の捜査員らが北京で中国公安当局と協議し、処罰要請を行った。11月には中国側捜査員が福岡を訪れて殺害現場と遺棄現場を確認。12月には福岡県警の捜査員と福岡地検の検事が中国へ渡り、王と楊に対する中国側の取調べに立ち会った。
逆に中国側の捜査員も日本で魏への聴取に立ち会っている。同じ犯罪事実を二つの国で立証するため、現場確認、供述の取得、取調べ方法の調整が並行して進んだ。この国際捜査の記録が、後の最高裁で供述調書の証拠能力を判断する土台になった。
中国では楊寧が死刑、王亮が無期懲役
中国で裁かれた楊寧と王亮について、遼陽市の中級人民法院は2005年1月、楊に死刑、王に無期懲役を言い渡した。二人が同じ一家4人殺害へ関与しながら刑が分かれた大きな理由は、王が中国当局に拘束された後、自ら事件への関与を供述し、楊の逮捕にもつながる協力をしたことだった。
王には自首と事件解明への功績が認められ、刑が減軽された。楊の死刑は上級審を経て確定し、2005年7月12日に中国で執行された。王の無期懲役も確定した。日本の魏の裁判が続く間に、中国側では共犯2人への刑事手続が先に大きく進んでいた。
最高裁は「中国で作られたから使えない」とは判断しなかった
魏の公判で弁護側が争ったのは、王と楊が日本の法廷へ出廷して直接証言していない点だった。中国の捜査官が身柄拘束中の二人から聴き取って作成した調書を、刑事訴訟法321条1項3号により日本の裁判で採用できるかが問題になった。
最高裁は、日本側が取調べ方法について要請を行い、二人には黙秘権が実質的に告知され、肉体的・精神的な強制が加えられた形跡がないという下級審認定を前提に証拠採用を是認した。外国作成の調書一般を無条件に認めたのではなく、この事件の具体的な取調べ状況を検討した判断だった。
魏は『誘われた側』でも、重要な実行行為を担ったと評価された
最高裁は、魏が王・楊から持ち掛けられて犯行へ加わった事情を認めている。しかし、計画の末端にいた人物とは評価しなかった。道具の準備や下見を含む謀議へ深く関与し、実行段階でも家族の殺害や遺体遺棄に関わる重要部分を担当したと認定した。
王が中国で無期懲役となったこと、魏が犯罪事実をおおむね認めて反省・後悔を深めていることも量刑上考慮された。それでも最高裁は、8歳と11歳の子どもを含む4人全員を殺害する計画性、強固な殺意、結果の重大性から死刑を是認した。
3人は同じ事件で、日本と中国の異なる刑に至った
最終的な刑は、楊寧が中国で死刑、王亮が中国で無期懲役、魏巍が日本で死刑となった。これは国籍だけで機械的に分かれた結果ではない。中国側では王の自首・捜査協力が減軽事情となり、日本側では魏の準備・実行への深い関与が死刑判断で重視された。
事件を『中国人3人が全員死刑になった』と書くのは誤りであり、『日本だけが魏を死刑にした』とだけ説明しても全体像を欠く。同じ共謀事件でありながら、二つの司法制度の下で個別事情を評価した結果、死刑2人・無期懲役1人に分かれた。
2019年12月26日、魏巍の死刑が福岡拘置所で執行
魏の死刑は2011年11月に確定し、2019年12月26日に福岡拘置所で執行された。40歳だった。事件発生から約16年半、日本での死刑確定から約8年を経て刑が執行された。
これにより、日本で裁かれた魏についても刑事手続と刑の執行は終了した。現在この事件を記録する際は、楊=中国で死刑執行済み、王=中国で無期懲役、魏=日本で死刑執行済みという3人の法的結果を分けて示す必要がある。
参考資料・出典
・最高裁判所第一小法廷 2011年10月20日判決
・広島弁護士会「死刑執行に関する会長声明」2019年12月26日
・文藝春秋PLUS「〈悔〉と一字だけ書かれた中国の両親への手紙」
・文藝春秋PLUS「本当に3人だけの『カネ目当て』の犯行だったのか?」
関連事件
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