2003年6月20日から21日にかけて、福岡市東区で会社員の松本真二郎さん(当時41歳)、妻の千加さん(同40歳)、長男の海さん(同11歳)、長女のひなさん(同8歳)が殺害された。4人の遺体は重りを付けられ、車ごと博多湾へ沈められていた。
犯行に関与したのは、中国籍の魏巍、楊寧、王亮の3人だった。日本で生活していた魏らは、金を奪う目的で松本さん方へ侵入し、家族全員を拘束した後、順次殺害した。魏は日本で裁かれて死刑が確定し、2019年12月26日に執行された。中国へ逃亡した2人も現地で身柄を拘束され、王には死刑、楊には無期懲役が言い渡された。
| 事件名 | 福岡一家4人殺害事件 |
|---|---|
| 発生日・期間 | 2003年 |
| 発生場所 | 福岡県福岡市 |
| 被害・事件 | 2003年6月20日から21日にかけて、福岡市東区で会社員の松本真二郎さん(当時41歳)、妻の千加さん(同40歳)、長男の海さん(同11歳)、長女のひなさん(同8歳)が殺害された。4人の遺体は重りを付けられ、車ごと博多湾へ沈められていた。 |
| 現在の状況 | 死刑執行済み |
| 判決 | 魏巍は死刑(2011年確定、2019年12月26日執行)。共犯2人は中国で死刑・無期懲役 |
金品を狙って選ばれた松本さん一家
松本さんは衣料品関係の仕事に携わり、福岡市内で妻と小学生の子ども2人と暮らしていた。魏らは松本さんが現金を持っていると考え、強盗の対象にした。実際の資産状況を十分に確かめた上での犯行ではなく、周辺から得た断片的な情報を基に、家に入ればまとまった金を奪えると見込んでいた。
3人は事前に住居や家族構成を確認し、凶器や拘束に使う道具を用意した。金品を奪うだけでなく、顔を見られた場合には殺害することも含めた計画だったと裁判で認定されている。犯行後に遺体を海中へ沈めるため、鉄製の重りやロープを準備していた点も、偶発的な強盗から殺人へ移った事件ではないことを示していた。
一方、犯行グループ内では役割が固定されていたわけではなく、現場で3人が相互に行動を補った。誰がどの被害者へ直接手を下したかだけでなく、一家を拘束し、殺害し、遺体を運ぶ一連の行為を共同して実行したかが、日本の裁判で共謀の判断につながった。
深夜の侵入と家族4人への拘束
6月20日深夜、3人は松本さん方に入り、家族を相次いで拘束した。子どもを含む4人は一つの場所に集められ、自由に動いたり外部へ助けを求めたりできない状態に置かれた。家の中を捜したものの、当初期待していたほどの現金は見つからなかった。
犯人側は、キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、現金を引き出そうとした。松本さんを連れて外へ出る行動もあり、住宅内だけで完結した犯行ではなかった。金を得る過程で一人を残せば警察へ通報されるため、家族全員を殺害するという当初からの方針が実行に移された。
裁判で認定された犯行経過では、被害者はそれぞれ絞首や溺水などによって死亡した。幼い子どもも例外にされず、家族の一人を脅す手段として他の家族が利用された。被害の具体的な順序は供述によって細部に違いがあったが、3人が協力して4人を殺害した点は、物証と供述の照合から認定された。
魏の裁判では、家族4人の死亡結果だけでなく、犯行前から遺体の遺棄までを見通した準備がどこまで存在したかが詳しく検討された。重りや拘束具を用意し、被害者の車を運搬と遺棄に使う流れは、現場で偶然組み立てられたものではないと評価された。期待した金額を得られなかった段階で犯行をやめず、家族全員の殺害へ進んだ経過も、金銭目的の強固さを示す事情とされた。
金融機関の記録は、住宅内で起きた行為と外部での移動をつなぐ証拠になった。犯人側は聞き出した暗証番号を利用しようとし、被害者を伴って現金を得る行動に出た。取引時刻、移動経路、車両の使用状況を照合することで、各人の供述だけに依存せず、拘束が続いていた時間と3人の役割が復元された。
魏は個々の殺害について自分の関与を限定する主張をしたが、共同正犯の成否は、最後の致命行為を誰が担当したかだけでは決まらない。3人が金を奪う目的を共有し、家族を拘束したまま逃走を防ぎ、殺害後の運搬と遺棄まで協力したことから、裁判所は一連の犯罪全体を共同して実行したと判断した。
松本さん一家の遺体発見後、家族全員が同時に行方不明となった事情と自宅の状況から、事故ではなく住居侵入を伴う犯罪と判断された。車の引き揚げ、遺体に付けられた重り、金融機関の利用記録を一つの時系列にまとめたことが、犯行場所と遺棄場所を結ぶ捜査の基礎になった。
博多湾へ沈められた車と4人の遺体
殺害後、3人は遺体を松本さんの車へ運び入れた。遺体には重りを取り付け、車ごと海へ沈めれば発見を遅らせられると考えた。21日未明、車は福岡市東区の岸壁付近から博多湾へ沈められた。住居に残った痕跡を処理し、奪った金品を持って現場を離れた。
同日、海面に浮いた遺体が発見され、海中から車と残る遺体が引き上げられた。家族4人がそろって行方不明になり、車もなくなっていたことから、警察は早い段階で一家を狙った強盗殺人とみた。遺体の拘束状態、重り、車内外の痕跡は、犯行後に周到な遺棄が行われたことを示していた。
自宅の捜査では、荒らされた室内や血痕などが確認され、被害者が自宅で襲われたことが裏付けられた。現場に残された指紋や遺留物、金融機関の記録、関係者の動きが調べられ、外国人グループによる犯行の疑いが強まっていった。
魏巍の逮捕と中国へ逃亡した共犯者
魏は事件後も日本国内に残っていたが、捜査線上に浮かび、2003年8月に逮捕された。取調べでは関与を否定する場面もあったものの、共犯者との連絡、犯行前後の行動、現場の物証が積み重ねられた。警察は強盗殺人、死体遺棄などの容疑で立件した。
楊と王は事件後に中国へ帰国していた。日本と中国の間には犯罪人引渡条約がなく、日本の捜査機関が直ちに身柄を確保することはできなかった。日本側は捜査資料を中国側へ提供し、中国の公安当局が2人を拘束したため、同じ犯行について日本と中国で別々の刑事裁判が進められた。
国境を越えた捜査では、供述の共有や物証の評価が課題になった。日本の魏の裁判では、中国で作成された共犯者の供述調書をどこまで信用できるかも争われたが、裁判所は他の証拠と一致する部分を採用し、3人による共同犯行を認定した。
共犯2人が中国へ戻ったため、日本側は現場鑑定や供述内容を整理して中国当局へ提供した。犯罪人引渡条約がない状況では、日本へ移送して一つの法廷で審理する方法を取れず、中国国内法に基づく裁判が行われた。捜査資料の翻訳、証拠の受渡し、供述作成過程の確認は、魏の公判でも信用性を判断する前提になった。
共謀と関与の程度が争われた魏巍の裁判
魏は、強盗への関与は認めながら、殺害については共犯者が主導したとして、自分の責任を限定しようとした。弁護側は、供述の変遷や中国側の取調べ状況を指摘し、死刑を選ぶほど主導的ではないと主張した。検察側は、魏が計画段階から加わり、拘束、殺害、遺棄の各場面で不可欠な役割を担ったと立証した。
福岡地裁は2005年、魏に死刑を言い渡した。福岡高裁も2007年に控訴を棄却し、最高裁は2011年10月20日、上告を退けた。最高裁は、金銭目的で一家全員を殺害した計画性、4人という被害結果、子どもを含む被害者への行為、遺体を海へ沈めた隠蔽工作を重視した。
誰が個々の殺害行為を実行したかについて一部に争いがあっても、共同正犯としての責任は軽くならないと判断された。魏が犯行計画を理解し、自らも実行行為へ加わり、最後まで離脱しなかったことから、共犯者との間に刑の差を設けて死刑を回避する事情はないとされた。
中国で言い渡された死刑と無期懲役
中国で行われた裁判では、王亮に死刑、楊寧に無期懲役が言い渡された。王は犯行で中心的な役割を果たしたと判断され、後に死刑が執行された。楊については関与の程度や捜査への協力などが考慮され、刑が分かれた。
同じ被害事実について複数国で裁判が行われる形になったため、遺族は日本と中国の手続をそれぞれ見守ることになった。日本では魏の裁判が長期化し、最高裁判決まで事件発生から8年以上を要した。中国側の判決内容も、日本の公判で共犯関係を考える資料の一つとなった。
ただし、日本の裁判所は中国の判決をそのまま根拠にしたのではなく、日本国内で取り調べた証拠によって魏の刑事責任を判断した。国籍や裁判地ではなく、計画への参加、実行行為、結果の重大性を基に量刑が決められた。
死刑確定から2019年の刑執行まで
最高裁が上告を棄却した後、魏の死刑判決は確定した。再審などによって有罪認定が覆ることはなく、大阪拘置所に収容された。2019年12月26日、法務省は魏の死刑を執行した。執行時の年齢は40歳だった。
事件では、金を得るために面識の乏しい一家が選ばれ、期待した額が得られなかった後も4人全員が殺害された。被害者を残せば発覚するという理由で子どもまで対象とし、遺体を車ごと海へ沈めた経過が、各審の量刑判断を一貫して支えた。
日本での刑事手続は魏の死刑執行によって終結した。中国で裁かれた共犯者を含め、3人全員の刑事責任は確定したが、松本さん一家4人が短時間のうちに自宅から連れ出され、生活ごと失われた被害は、判決の中でも極めて重大な結果として扱われ続けた。
確定審では、被害者が4人で、うち2人が小学生だったこと、住居という生活の場が犯行場所に選ばれたこと、証拠隠滅のため車ごと海へ沈めたことが量刑上重視された。被告人の年齢や従属的立場を考慮しても、計画への参加と実行行為の大きさから死刑を回避する事情にはならないとされた。
2019年の執行によって魏に対する刑事手続は終わった。事件の解明には、日本国内の現場証拠だけでなく、中国で確保された共犯者の供述と裁判資料が必要だった。一家4人を対象にした一つの犯行について複数国の司法手続が並行し、3人それぞれの刑が確定するまで長い時間を要した事件である。
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