2018年4月6日、鹿児島県日置市東市来町湯田の住宅へ、連絡が取れなくなった親族の様子を確かめるため人が集まった。だが、その日のうちに岩倉孝子さん(69)、姉の坂口訓子さん(72)、知人の後藤広幸さん(47)が相次いで殺害された。
さらに捜査で、数日前には岩倉知広被告の父・岩倉正知さん(68)と祖母・岩倉久子さん(89)も殺害され、遺体が空き地に埋められていたことが判明する。5人の命が奪われた事件で、裁判の中心になったのは父と祖母への殺意、正当防衛の成否、そして精神障害が責任能力にどこまで影響したかだった。
| 発生期間 | 2018年3月31日~4月6日 |
|---|---|
| 場所 | 鹿児島県日置市東市来町湯田の住宅など |
| 被害者 | 岩倉正知さん(68)、岩倉久子さん(89)、岩倉孝子さん(69)、坂口訓子さん(72)、後藤広幸さん(47) |
| 被告人 | 岩倉知広 |
| 事件当時 | 38歳・無職 |
| 罪名 | 殺人、死体遺棄 |
| 一審 | 2020年12月11日 鹿児島地裁・死刑 |
| 控訴審 | 2025年3月13日 福岡高裁宮崎支部・控訴棄却 |
| 上告 | 弁護側が判決当日に最高裁へ上告 |
| 現在 | 最高裁上告中。死刑は未確定 |
最初に死亡したのは、父親と祖母だった
福岡高裁宮崎支部の判決によれば、最初の2人は2018年3月31日から4月1日にかけて死亡した。岩倉被告は祖母の家で、父の正知さんと祖母の久子さんの頸部を素手で絞めるなどし、頸部圧迫によって窒息死させたと認定されている。
2人の遺体はその後、日置市内の空き地に埋められた。家族が姿を見せなくなった時点では、周囲は2人がすでに死亡していることを知らなかった。数日後の安否確認が、さらに3人の殺害へつながることになる。
父親の欠勤から、親族らが安否確認へ向かった
父親の正知さんが仕事を無断で休み、連絡も取れない状態が続いたことから、親族らは異変を感じていた。4月6日、正知さんの兄の妻である孝子さんと、その姉の訓子さんが祖母宅へ向かい、知人の後藤さんも現場を訪れた。
高裁判決は、この3人について、父と祖母を殺害して遺体を遺棄した犯行の発覚を免れるため、様子を見に来た3人を次々に殺害したと整理している。3人もいずれも頸部を圧迫され、窒息死した。
4月7日、後藤さん殺害容疑で逮捕された
事件が発覚した翌4月7日、鹿児島県警は岩倉被告を後藤さんに対する殺人容疑で逮捕した。捜査は残る被害者へ広がり、父と祖母、伯母姉妹の死亡についても立件が進められた。
起訴までには長い時間がかかった。鹿児島地検は2018年6月から鑑定留置を行い、精神状態と責任能力を調べた。鑑定留置は複数回延長され、約7か月半に及んだと報じられている。2019年1月23日、検察は5人に対する殺人と父・祖母の死体遺棄の罪で起訴した。
一審で争われたのは「5人を殺したか」だけではなかった
2020年の裁判員裁判で、岩倉被告は後半の3人を殺害したこと自体は認めた一方、父親については包丁を持ち出されたため組み合いになったと説明し、祖母についても起訴された殺害態様を争った。弁護側は父への殺意や祖母への殺意・実行行為、正当防衛、責任能力を争点とした。
検察側は、祖母への暴行を父に止められたことを契機に父を殺害し、祖母も殺したうえ、犯行発覚を避けるため安否確認に来た3人を殺害したと主張した。刑事責任の重さだけでなく、各殺害時に善悪を判断し行動を制御できたかが量刑を左右する争点となった。
父親への殺意と「正当防衛」を高裁も否定
弁護側は、父親が包丁を向けてきたため身を守る行為だったと主張した。しかし高裁は、父親の行為は祖母を守ろうとしたものと評価し、岩倉被告には危険を避ける選択肢もあったとして正当防衛を認めなかった。
父親への殺意についても、頸部を相当時間圧迫した客観的状況などから認定を維持した。祖母についても、頸部圧迫による窒息死と認め、殺意と実行行為を否定する弁護側の主張を退けている。
2020年12月11日、鹿児島地裁は5人殺害で死刑を選択
鹿児島地裁の裁判員裁判は2020年12月11日、岩倉被告に死刑を言い渡した。父と祖母への殺意を認め、父親に対する行為を正当防衛とは評価せず、5件の殺人すべてについて完全責任能力があったと判断した。
量刑では、父と祖母を殺害して遺体を隠した後、安否確認に来た3人まで殺害した経過と、5人が死亡した結果を特に重くみた。弁護側は判決を不服として控訴し、二審では新たな精神鑑定も実施されることになる。
二審では精神鑑定の診断が変わった
責任能力をめぐる審理では、一審と二審で精神鑑定の説明が同じではなかった。二審の鑑定人は岩倉被告が統合失調症に罹患し、各犯行時にも影響があったと説明した。一方で高裁は、精神医学上の診断名だけから責任能力の有無が決まるわけではないとした。
重要なのは、精神障害が意思決定や行動へどのように作用したかである。高裁は、二審鑑定の知見も踏まえ、犯行ごとに影響の程度を検討した。
二審鑑定では、父親殺害について、祖母への暴行後の興奮や動揺、父から包丁を向けられた衝撃などが重なり、一過性の解離状態に陥った可能性が示された。それでも高裁は、完全責任能力を認めた一審判断に誤りはないと結論づけた。
伯母姉妹の殺害についても、妄想の影響が直接に犯行決意を支配したとは認めなかった。後藤さんの殺害では、被告が比較的冷静に相手を室内へ誘い込み、目的に沿って行動した点などを重視している。
5件すべてで完全責任能力を認定
高裁は、統合失調症や妄想の影響がまったくなかったとはしていない。むしろ、犯行によっては病的体験が背景にあった可能性を認めつつ、それが善悪の判断能力や行動制御能力を著しく低下させたとはいえないと判断した。
判決は、二審鑑定を加えて検討しても、5件の殺人について完全責任能力を認めた一審認定に合理的な疑いは生じないとした。この判断が、死刑維持の前提となった。
死刑を維持した理由は、5人死亡という結果だけではない
福岡高裁宮崎支部は、父と祖母を殺害して遺体を隠した後、犯行発覚を免れるために安否確認へ来た3人も殺害した経過を重くみた。被害者側に命を奪われるほどの落ち度はなく、5人の死亡という結果は極めて重大だとした。
各犯行に周到な事前計画がなかったこと、前科がなかったこと、精神障害を抱えていたことも量刑上考慮された。それでも精神障害の影響は極めて軽微または軽微にとどまり、刑事責任を大きく下げる事情にはならないとして、一審の死刑を維持した。
弁護側は死刑制度そのものの憲法適合性も争った
控訴審では、弁護側が死刑制度について憲法13条、31条、36条に反するとする主張も行った。生命権の剝奪、刑の執行方法、絞首刑の残虐性などを問題にしたものだった。
高裁は、死刑制度と執行方法がこれらの憲法規定に反しないとした最高裁判例を挙げ、主張を退けた。責任能力や事実認定だけでなく、死刑そのものの適法性も控訴理由の一つだったことになる。
2025年3月13日、二審も死刑 弁護側は即日上告
2025年3月13日、福岡高裁宮崎支部は弁護側の控訴を棄却し、鹿児島地裁の死刑判決を維持した。判決は、完全責任能力の認定に合理的な疑いはなく、5人の命を奪った責任は極めて重いと結論づけた。
弁護側は同日、最高裁へ上告した。したがって、二審で死刑が維持されても刑はまだ確定していない。2026年8月時点で、最高裁係属中の死刑事件として扱われている。
現在の法的立場は「死刑判決を受けた被告人」
岩倉知広被告について、現時点で「死刑確定者」とするのは正確ではない。一審と控訴審で死刑判決が出ているが、弁護側の上告により刑事裁判は継続している。
2026年8月26日時点で、最高裁が上告審の結論を公表したことは確認されていない。したがって、二審判決は維持されているものの、死刑確定には至っていない。
参考資料・出典
- 裁判所「福岡高裁宮崎支部 令和3年(う)第1号 殺人、死体遺棄被告事件判決」
- 千葉日報/共同通信「鹿児島・日置5人殺害、再び死刑」(2025年3月13日)
- 北國新聞/共同通信「鹿児島5人殺害、死刑判決不服で上告」(2025年3月13日)
- 共同通信ニュース用語「鹿児島・日置5人殺害事件」
- 裁判所「裁判例検索」
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