2000年2月9日、広島地裁は日高広明に死刑を言い渡した。対象となったのは、1996年4月から9月までの約5か月間に広島県内で女性4人が殺害された一連の事件だった。日高は判決を不服として控訴する手続を取らず、一審の死刑判決がそのまま確定した。
この事件には、広島高裁や最高裁による量刑判断が存在しない。死刑確定事件でありながら、確定までの経路は「最高裁で上告棄却」ではなく「一審判決に控訴しなかった」というものだった。2006年12月25日、日高に対する死刑は広島拘置所で執行されている。
| 事件期間 | 1996年4月から9月 |
|---|---|
| 主な発生地域 | 広島県内 |
| 被害 | 女性4人が死亡 |
| 被告人 | 日高広明 |
| 事件当時の職業 | タクシー運転手 |
| 主な起訴内容 | 強盗殺人、死体遺棄など |
| 初公判 | 1997年2月10日、広島地裁 |
| 一審判決 | 2000年2月9日、広島地裁が死刑 |
| 確定 | 控訴せず一審で確定 |
| 死刑執行 | 2006年12月25日、広島拘置所 |
約5か月の間に4人の女性が殺害された
事件は1996年春から秋にかけて続いた。裁判経過を伝える資料では、日高が営業中のタクシーに女性を乗せ、相次いで殺害して現金を奪い、遺体を遺棄した一連の強盗殺人として扱われている。被害は1件で終わらず、同じ年のうちに4人へ広がった。
4件は、日高がタクシー運転手という職業上の立場を通じて女性と接触できたことと結び付いている。タクシーは乗客と運転手が一対一になりやすく、移動先も運転手側が把握できる。判決で問題となったのは、こうした状況の中で同種の重大犯罪が短期間に反復されたことだった。
日高は初公判で起訴事実を認めた
広島地裁での初公判は1997年2月10日に開かれた。公判記録を紹介した当時報道の整理によれば、日高は罪状認否で起訴事実を認めている。したがって、裁判の中心は4件への関与そのものを全面的に争う形ではなく、責任能力や量刑をどのように判断するかへ移っていった。
殺人事件では、被告人が起訴事実を認めても、裁判所はそれだけで直ちに量刑を決めるわけではない。複数の被害者、犯行の反復、金品を奪ったこと、遺体を遺棄したことなど、個々の犯行と事件全体の事情が審理対象になった。
責任能力を巡って精神鑑定が行われた
弁護側は、事件当時の日高の精神状態と責任能力を問題にし、精神鑑定を求めた。裁判所は鑑定を採用し、公判はその結果を待つ期間を挟んで進んだ。1999年2月に公判へ提出された鑑定では、人格上の著しい偏りは指摘されたものの、責任能力へ影響する病的状態とはみなされないという趣旨の判断が示されたと報じられている。
ここで区別が必要なのは、「精神鑑定が行われた」ことと「責任能力が否定された」ことは同じではない点だ。弁護側が責任能力を争点にしても、鑑定結果と裁判所の判断が完全責任能力を前提とするなら、刑事責任はその前提で評価される。
検察は死刑を求刑、弁護側は量刑事情を主張した
1999年10月、検察側は死刑を求刑した。短期間に4人が死亡した結果、同種犯行の反復、金品を奪った強盗殺人であることなどを重くみる立場だった。4件を個別に切り離すのではなく、連続して繰り返された一連の犯行として刑事責任の重さを示した。
弁護側は精神鑑定を踏まえた精神状態や、公判で起訴事実を認めた態度などを量刑判断で考慮するよう求めた。ただし、反省や謝罪が示されたことだけで、複数の強盗殺人という結果が消えるわけではない。最終的には裁判所が各事情を総合して刑を決めることになった。
4人という被害人数が量刑で持った重さ
死刑事件の量刑では、被害者数だけで結論が自動的に決まるわけではない。犯行の動機、計画性、態様、結果、被告人の前科や反省など複数の事情が検討される。日高の事件では、同じ年の約5か月間に4人の生命が奪われ、強盗殺人が反復された点が重い事情となった。
1件目の後に犯行が止まらず、別の女性への犯行が続いたことは、偶発的な単発事件とは異なる意味を持つ。精神鑑定で責任能力を左右する病的状態が否定された以上、裁判所は4件それぞれの結果と、反復に表れた危険性を日高自身の刑事責任として評価した。
2000年2月9日、広島地裁が死刑を言い渡した
広島地裁は2000年2月9日、日高に死刑を言い渡した。約5か月という短い期間に4人が死亡したこと、同種の犯行が繰り返されたことなどを重視した判断だった。弁護側が提起した精神面の問題も、死刑を回避するほど責任能力を減じる事情とは扱われなかった。
一審判決で死刑が言い渡された後も、通常であれば控訴審、さらに上告審へ進む可能性がある。しかし日高は控訴しなかった。ここから、この事件の司法手続は多くの死刑事件とは異なる進み方をした。
控訴せず、一審の死刑判決が確定した
日高が控訴しなかったため、広島高裁での控訴審は開かれていない。最高裁へ上告する前提となる高裁判決も存在せず、一審の広島地裁判決が上訴されないまま確定した。
この違いは、事件の結論を説明するうえで重要になる。「死刑が確定した」という最終結果は同じでも、「最高裁が死刑を是認した」「上告が棄却された」と書くことは本件の手続と一致しない。最高裁の判断を経たのではなく、控訴しなかったことによって一審判決が確定した事件である。
一審確定と「控訴取下げ」は同じではない
上級審へ進まなかった死刑事件でも、手続には違いがある。いったん控訴した後で本人が取り下げる事件もあれば、控訴期間中に控訴そのものをしない事件もある。日高について確認できる裁判経過は後者で、「控訴せず確定」とされている。
そのため、記事中で「控訴を取り下げた」と置き換えるのも正確ではない。最終的な死刑確定という結果だけでなく、どの審級で、どの手続によって判決が確定したのかまで区別すると、一審確定事件の法的経過がより明瞭になる。
死刑確定後、面会を巡る別の訴訟も起きた
死刑確定後には、弁護士が再審請求の意思を確認する目的で面会を求めた際の拘置所対応を巡り、別の民事訴訟が起きたことも報じられている。この訴訟は、拘置中の面会のあり方を巡る問題で、4件の強盗殺人について確定した刑事判決をやり直す再審そのものではない。
死刑確定後の法的手続には、刑事事件本体の再審請求と、収容処遇や面会を巡る訴訟が併存する場合がある。日高の事件では、そうした別手続が存在したからといって、一審の死刑判決の確定状況が変わったわけではなかった。
2006年12月25日、広島拘置所で死刑執行
死刑確定から約6年後の2006年12月25日、日高に対する死刑が広島拘置所で執行された。アムネスティ日本も同日付の声明で、日高を含む4人への死刑執行を確認している。日高は44歳だった。
これにより、日高を「現在も死刑確定者として収容中」とする説明は現在の状態と一致しない。事件の刑事手続は一審死刑の確定を経て、2006年の刑執行まで進んでいる。
この事件で押さえるべき司法手続
広島タクシー運転手連続殺人事件を整理する際の核心は、女性4人が死亡した連続強盗殺人という事件内容に加え、死刑確定までの手続にある。1997年に初公判が始まり、責任能力を巡る精神鑑定を挟み、2000年2月に広島地裁が死刑を言い渡した。
その後は控訴審も上告審もなく、日高が控訴しなかったことで一審判決が確定した。2006年12月25日に刑が執行され、現在は「死刑執行済み」の事件である。事件年、判決年、確定手続、執行年を分けて追うことで、この事件の司法上の経過が明確になる。
参考資料・出典
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