2012年6月10日の昼、大阪市中央区の繁華街で、面識のない男女2人が相次いで刺されて死亡した。駆け付けた警察官は、現場で被害者の1人を刺していた礒飛京三を現行犯逮捕した。
事件から7年後の2019年12月、最高裁は二審の無期懲役を維持した。ただし、最高裁は大阪高裁の量刑理由をすべて認めたわけではない。「計画性の低さ」だけを犯行への非難の程度を測る指標とする説明には異議を示し、動機や犯行態様、殺害意思の強さなどを総合して判断した。
広告・PR|楽天市場
| 発生日 | 2012年6月10日 |
|---|---|
| 場所 | 大阪市中央区のミナミ繁華街 |
| 主な被害 | 男女2人死亡 |
| 裁判・調査 | 2019年、無期懲役が確定 |
2012年6月10日、繁華街の路上で起きた連続刺殺
現場となったのは、週末の人通りがある大阪・ミナミの路上だった。死亡したのは音楽プロデューサーの南野信吾さんと、飲食店を営む佐々木トシさんである。礒飛は2人と面識がなく、裁判では無差別の殺人として審理された。
警察官が到着したとき、礒飛はなお被害者を刺していた。現行犯逮捕されたことから犯人の特定自体は早く進んだが、法廷では刑事責任能力や刑の重さが大きな争点となった。
事件前の服役と薬物使用歴
礒飛には覚醒剤の使用・所持に関する前科があり、2012年5月に刑務所から出所したばかりだった。出所後は薬物依存からの社会復帰を支援する施設を離れ、大阪を訪れていた。
犯行当時は覚醒剤中毒の後遺症が問題とされ、幻聴の影響が争われた。ただし、薬物使用歴や精神症状があるという事情だけで、刑事責任能力が直ちに失われるわけではない。
責任能力と殺害の意思をめぐる法廷
礒飛側は精神状態が犯行へ与えた影響を主張した。検察側は2人の命を意図的に奪った犯行の重大性を重視し、完全な刑事責任能力が認められるとの立場で処罰を求めた。
ここで区別すべきなのは、行為が故意に行われたかという問題と、当時の精神状態が法的な責任能力にどの程度影響したかという問題である。裁判所は両者を分けて検討した。
2015年、大阪地裁の裁判員裁判で死刑
2015年6月26日、大阪地裁は死刑を言い渡した。昼間の繁華街で通行人2人の生命を奪った無差別殺人として、犯行態様と被害結果を非常に重く評価した。
一審は責任能力を認め、死刑の選択はやむを得ないと判断した。ただし、これが確定判決になったわけではなく、被告人側の不服申立てによって控訴審が開かれた。
2017年、大阪高裁が計画性の低さを重視
2017年3月9日、大阪高裁は死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。一審が、計画性の低さや幻聴の影響を被告人に有利な量刑事情として十分に評価しなかった点を不合理とし、死刑を選択することがやむを得ない事案とはいえないと判断した。
控訴審は被害者2人が殺害された事実も、犯行態様の重大性も否定していない。一審の量刑判断に含まれた評価の仕方が、他の事件との比較を踏まえると不合理だとしたのである。
2019年、最高裁は無期懲役を維持
2019年12月2日、最高裁第一小法廷は検察側と弁護側双方の上告を棄却した。最高裁が検討したのは、死刑判決を破棄した高裁の量刑が著しく不当で、見直さなければ著しく正義に反するほどかという点である。結論としてそのような事情は認められず、無期懲役が確定した。
量刑をめぐる判決の転換は、「責任能力がなかったため無罪になった」ということではない。殺人について有罪であるという結論を維持したまま、究極の刑罰である死刑を選択できるかについて判断が分かれた事件だった。
出所から犯行までの短い期間
礒飛は2012年5月24日に覚醒剤取締法違反の服役を終えて出所していた。事件までの期間は約2週間余りだった。社会復帰支援施設を離れた後に大阪へ移動した経緯も、裁判では犯行時の精神状態を考える背景となった。
過去の服役歴から今回の犯行を必然的なものと考えることはできない。問題となったのは、当時の幻聴などの症状が意思決定にどのように作用し、その状態を踏まえて死刑選択をどう考えるかだった。
殺意と幻聴の影響を分けた司法判断
大阪高裁は、2人への殺人を認定しながら、犯行の計画性が低く、精神障害の影響が否定されないことを量刑事情として重く見た。精神症状があったから殺害の事実が消えるわけではない。
刑事責任を認めるか否か、認めるならどの刑を選ぶかという二段階の問題がある。無期懲役への変更は後者の判断を変えたものであり、無罪となったという理解とは明確に異なる。
最高裁は「計画性が低いから軽い」という説明を認めなかった
最高裁判決には、高裁が計画性の有無や程度を犯行に対する非難の程度の指標としたかのような説明は「是認することができない」との指摘がある。計画性だけで刑の重さが決まるのではない。被害人数と結果、動機、殺害方法、殺害を遂げようとする意思の強さまで合わせて評価する必要があるという考え方だ。
最高裁は、無関係な2人を執拗かつ残虐な方法で刺殺した犯行の重大性を強調し、死刑の当否を慎重に検討すべき事件と位置付けた。そのうえで、犯行の約10分前に包丁を購入した時点では殺人の意思がまだ確定しておらず、特段の準備も見られなかったこと、警察官の制止で犯行を終えて抵抗せず逮捕に応じたことなどを挙げた。
覚醒剤中毒後遺症による幻聴も犯行の一因として考慮した。ただし、その状態が本人の長年の薬物使用に起因する点や、幻聴に従おうとした判断の身勝手さを否定していない。こうした事情を総合すると、死刑を破棄した高裁の結論をさらに覆すほどの量刑上の不当性はない、というのが最高裁の判断だった。
裁判員裁判の死刑判決を上級審が見直した意味
裁判員が参加する一審は一般市民の感覚を司法判断に取り込む制度だが、その判断も上級審の審査を受ける。控訴審が見直すのは結論だけでなく、どの事情にどれだけ重みを与えたかという量刑の理由である。
無差別に2人を殺害した重い結果と、死刑の適用に必要な慎重さの両方が、この事件の裁判で問われた。最高裁まで争われたことで、事件の経過に加えて死刑選択の判断構造を示す事例となった。
広告・PR|楽天市場
参考資料・出典
最高裁第一小法廷・2019年12月2日判決原文(平成29年〔あ〕第621号)
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
