2006年9月23日午前0時ごろ、川崎市宮前区梶ケ谷のトンネルで、帰宅途中の黒沼由理さん(当時27歳)が刃物で刺され、死亡した。現場に金品目的をうかがわせる事情はなく、面識のない相手を狙った通り魔事件として捜査が始まった。
約半年後の2007年4月、同じ宮前区で40歳の女性会社員が背後から刺されて重傷を負う。目撃者を装って警察へ現れた鈴木洋一が逮捕され、殺人未遂で懲役10年が確定した。しかし黒沼さん殺害については立件できず、捜査が動いたのはさらに年月を経た2016年、服役中の鈴木自身が警察へ手紙を送ってからだった。
| 黒沼さん殺害 | 2006年9月23日 |
|---|---|
| 被害者 | 黒沼由理さん(27歳) |
| 第2事件 | 2007年4月5日・40歳女性が重傷 |
| 第2事件一審 | 2008年7月14日 懲役10年 |
| 第2事件確定 | 2009年8月 最高裁上告棄却 |
| 黒沼さん事件再逮捕 | 2017年10月10日 |
| 黒沼さん事件一審 | 2019年12月13日 懲役28年 |
| 控訴審 | 2020年10月16日 東京高裁・控訴棄却 |
梶ケ谷のトンネルで、黒沼由理さんが刺された
黒沼さんはアルバイトをしながら製菓を学び、将来はケーキを出す店を持つことを目指していたと報じられている。9月23日未明、仕事から自宅へ戻る途中、JR武蔵野貨物線の梶ケ谷貨物ターミナル付近を通るトンネル内で襲われた。
胸や腹を刃物で刺され、黒沼さんは搬送先の病院で死亡した。被害者と犯人を結びつける人間関係が見つからず、所持品を奪う強盗の様子もなかった。警察は現場周辺の聞き込みや通行車両の確認を続けたが、犯人を特定できない状態が続いた。
事件から10年となった2016年9月の時点でも捜査本部は存続しており、神奈川県警は延べ約2万2000人の捜査員を投入していた。現場では捜査幹部が献花し、周辺で情報提供を求めるチラシを配布している。長期未解決となっても、夜間の通行状況や不審者情報の掘り起こしが続けられていた。
半年後、別の女性が同じ宮前区で背後から刺された
2007年4月5日午後10時25分ごろ、宮前区野川の路上で帰宅途中の女性会社員(当時40歳)が背中などを刃物で刺された。女性は重傷を負ったものの生存した。
事件後、鈴木洋一は左手に切り傷を負った状態で警察へ現れ、「刃物を持った男を見かけ、女性を助けようとして自分も切られた」という趣旨の説明をした。しかし警察はその供述と現場状況を調べ、4月20日、鈴木を殺人未遂容疑で逮捕した。
「目撃者」と名乗った鈴木が殺人未遂で有罪に
鈴木は無罪を主張した。だが一審の横浜地裁川崎支部は2008年7月14日、女性の供述や現場の状況などから鈴木の犯行と認定し、懲役10年を言い渡した。
検察側は量刑が軽いとして、弁護側は無罪を求めて双方が控訴した。東京高裁は2009年4月13日、懲役10年を維持して双方の控訴を棄却。最高裁第一小法廷も同年8月12日付で被告側の上告を棄却し、懲役10年が確定した。
この殺人未遂事件では、鈴木は一貫して自分が刺したのではないと争った。それでも三審を通じて有罪判断は覆らず、2009年に刑が確定した。鈴木はその後、栃木県の黒羽刑務所などで服役することになり、黒沼さん殺害事件の捜査は刑事裁判とは別に続けられた。
警察は黒沼さん事件との関連を疑ったが、当時は立件できなかった
2件はいずれも川崎市宮前区で、夜間に一人で歩く面識のない女性が刃物で襲われている。2007年事件の現場は黒沼さんが殺害されたトンネルから約1.5キロの範囲だった。
神奈川県警は鈴木と黒沼さん事件の関係を調べたものの、鈴木は関与を認めず、凶器も見つからなかった。類似する別事件で有罪になったというだけでは殺人を立証できない。黒沼さん事件は、そのまま長期未解決事件として残った。
服役中の2016年1月、鈴木から警察へ手紙が届いた
転機は事件から約10年後だった。殺人未遂罪で服役中の鈴木が2016年1月、宮前署へ黒沼さん事件について話したいという趣旨のはがきを送った。捜査員は刑務所で聴取を始め、鈴木は黒沼さんを殺害したという内容を語るようになった。
長期間後の告白だけで逮捕することはできない。捜査側は、鈴木の説明が事件当時の傷の位置、現場状況、捜査機関だけが把握していた事実と一致するかを照合した。供述には変遷もあり、その中でどこまで信用できるかが後の裁判でも中心的な争点となった。
手紙が届いた時点で、鈴木は殺人未遂の刑期満了を約2年後に控えていた。県警は刑務所へ捜査員を派遣し、繰り返し事情を聴いた。事件発生直後には得られなかった本人の説明を、10年前に作成した捜査記録と照合する再捜査がここから始まった。
2017年10月10日、11年前の殺人容疑で逮捕
神奈川県警は2017年10月10日、黒沼さんを殺害した疑いで鈴木を逮捕した。すでに別の殺人未遂事件で服役していた人物が、刑期満了を控えた時期に過去の殺人で改めて身柄を拘束される経過となった。
捜査では鈴木の供述と保存されていた現場資料が比較された。凶器そのものは発見されておらず、事件から長い年月がたった立件では、当時の検視記録、写真、傷の形状、現場の配置と供述の整合性が大きな意味を持った。
逮捕は、2007年事件の刑期満了が近づいた時期だった。鈴木は別事件の受刑者として刑務所にいたため、2006年事件での逮捕は新たな刑事手続の開始を意味した。神奈川県警は精神状態を調べる鑑定留置を経た後、殺人罪で起訴へ進んだ。
鈴木は2018年1月に殺人未遂の刑期満了を迎える予定だった。県警が殺人容疑で逮捕したのはその約3カ月前で、2007年事件の服役を終える直前だった。逮捕後には数カ月にわたる鑑定留置が行われ、横浜地検は2018年3月、黒沼さんに対する殺人罪で起訴した。
2019年の裁判で、鈴木は起訴内容をおおむね認めた
2019年11月に始まった裁判員裁判で、鈴木は黒沼さんを刺したことなど起訴内容をおおむね認めた。検察側は、好みの女性が苦しむ様子を見たいという欲求から標的を探し、強い殺意を持って襲ったと主張した。
弁護側は、犯行の計画性や性嗜好の影響、自首の成立などを量刑上の事情として主張した。特に、鈴木自身の手紙が長期未解決事件の解明につながったことをどこまで評価するかが、無期懲役を求める検察との間で争われた。
検察側は、鈴木が好みの女性が苦しむ様子を見たいという欲求を抱き、黒沼さんを狙ったと主張した。これに対し弁護側は、精神鑑定で指摘された性嗜好や人格面の問題が動機形成や行動抑制に影響したとして、量刑で考慮するよう求めた。殺人罪の成立を前提にしながら、犯行の計画性と再犯可能性、精神面の影響が争われた。
横浜地裁は無期懲役求刑に対し懲役28年
横浜地裁は2019年12月13日、鈴木に懲役28年を言い渡した。判決は、見ず知らずの黒沼さんを狙い、生命に関わる部位を刃物で刺した行為を強く非難した。
一方で、鈴木が未解決の重大事件を自ら告白した点については、更生へ向けた一歩として量刑上考慮した。検察の求刑は無期懲役だったが、地裁は有期懲役の上限に近い28年を選択した。
裁判所は、見ず知らずの女性を標的とし、生命に関わる部位を刺した点から人命軽視の程度が高いとした。その一方、警察が犯人を特定できない状態が長く続いた事件について、自ら関与を話した事情も切り捨てなかった。犯行の重大性と、解決につながった告白をどう量刑へ反映させるかが、無期懲役と懲役28年を分ける判断の中心となった。
東京高裁も懲役28年を維持、自首の成立は認めず
鈴木側は控訴した。東京高裁は2020年10月16日、一審の懲役28年を維持して控訴を棄却した。判例情報では、自首の成立を認めなかったことも示されている。
東京高裁は、鈴木が服役中に事件を語り始めた経緯を踏まえても、刑法上の自首は成立しないと判断した。一方、一審が告白を更生に向けた事情として量刑上考慮した点を含め、懲役28年という結論は維持された。
懲役10年の服役中に、11年前の殺人が新たに立件された
2007年の女性刺傷事件では懲役10年が2009年に確定し、鈴木はその刑で服役した。2016年に本人から手紙が届いた後、黒沼さん殺害について再捜査が進み、2017年10月に殺人容疑で逮捕された。
黒沼さん事件は、すでに確定していた殺人未遂とは別事件として起訴され、2019年に横浜地裁が懲役28年を言い渡した。2006年の殺人、2007年の殺人未遂という発生順とは逆に、後に起きた事件の刑が先に確定し、その服役中に前年の殺人が立件される経過をたどった。
事件を動かしたのは告白だけではなく、保存されていた捜査資料だった
黒沼さん殺害から逮捕まで11年を要した。鈴木のはがきは再捜査の入口となったが、最終的な立件には、事件直後に残された写真、傷の記録、現場状況などと供述を照合する作業が不可欠だった。
被害者本人が証言できない殺人事件で、しかも凶器が見つかっていない。年月を経た自白の信用性を客観資料で検証し、裁判で犯人性を認定できるところまで積み上げたことが、この事件の捜査と裁判の中心にある。
2006年の事件直後には犯人へ結びつかなかった記録が、11年後には供述を検証する材料になった。未解決のまま保存されていた捜査資料と、服役中の本人から出た新たな説明が重なったことで、捜査は再び刑事裁判へつながった。
参考資料・出典
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