宮崎の口封じ連続殺人事件は、1999年3月と9月、宮崎県内で当時47歳の男性2人が相次いで殺害された事件である。犯人の渕上幸春は、偽装交通事故による保険金詐欺などに関わった人物が犯罪を暴露することを恐れ、金銭問題も絡む中で殺害へ及んだ。
宮崎地裁は2003年に渕上へ死刑を言い渡し、福岡高裁宮崎支部も維持。2011年4月19日に最高裁第三小法廷が上告を棄却し、その後の判決訂正申し立ても退けられ、同年5月20日に死刑が確定した。現在も死刑執行や死亡を示す公的発表は確認されておらず、公開資料では死刑確定者として扱われている。
- 偽装交通事故による1442万円余の詐欺と最初の殺人の関係 睡眠導入剤、手錠、産業廃棄物処分場を使った47歳男性殺害の経緯
- 税理士男性を大型トラックで殺害した2件目の口封じ事件 宮崎地裁の死刑判決から2011年の死刑確定までの裁判経過
- 宮崎の口封じ連続殺人事件が発生してから事件が発覚するまでの経緯
宮崎の口封じ連続殺人事件の概要
| 事件名 | 宮崎の口封じ連続殺人事件 |
|---|---|
| 被害 | 死亡者数:男性2人 |
| 被告人等 | 渕上幸春 |
| 裁判・捜査状況 | 2003年5月26日、宮崎地裁が死刑/2007年1月23日、福岡高裁宮崎支部が控訴棄却/2011年4月19日、最高裁第三小法廷が上告棄却死刑確定2011年5月20日現在の状況現在の公開資料で死刑確定者として掲載 事件の出発点となった偽装交通事故と1442万円余の詐欺 渕上幸春は、産業廃棄物の収集・運搬などを行う会社を実質的に取り仕切っていた。 |
| 現在の状況 | 宮崎地裁は2003年に渕上へ死刑を言い渡し、福岡高裁宮崎支部も維持。2011年4月19日に最高裁第三小法廷が上告を棄却し、その後の判決訂正申し立ても退けられ、同年5月20日に死刑が確定した。現在も死刑執行や死亡を示す公的発表は確認されておらず、公開資料では死刑確定者として扱われている。 |
偽装交通事故による1442万円余の詐欺と最初の殺人の関係 睡眠導入剤、手錠、産業廃棄物処分場を使った47歳男性殺害の経緯
しかし、その活動の裏では複数の詐欺事件などに関与していた。最高裁が扱った事件全体には、殺人2件だけでなく、詐欺、詐欺未遂、死体遺棄、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、威力業務妨害など多数の犯罪が含まれている。連続殺人の直接的な背景となったのが、交通事故を偽装して保険金をだまし取る計画だった。
渕上側は交通事故を意図的に起こしたように装い、関係者へ役割を割り振った。最初の被害者となる47歳男性には「加害運転者」の役割を担わせ、報酬として200万円を支払う約束をしていた。この偽装事故を通じて、保険会社などから合計1442万円余をだまし取ったと裁判所は認定している。
問題は、犯行を知る人物が増えたことだった。犯罪が複数人による共同作業になれば、その一人が警察へ話すだけで全体が発覚する危険がある。渕上はやがて、外部から参加した男性の存在そのものを危険視するようになる。
最初の殺人|保険金詐欺を知る47歳男性を口封じ
最初の殺人が起きたのは1999年3月25日である。被害者は当時47歳の男性。偽装交通事故では、事故を起こした側の運転者役として計画へ参加していた。裁判所が認定した渕上の動機は、単純な「報酬トラブル」だけではない。
渕上は、会社内部の人間ではない男性を信用できないと考え、偽装事故による保険金詐欺を警察などへ暴露されることを恐れていた。同時に、約束した報酬の支払いを求められることへの不満や怒りも強めていた。そこで男性を殺害し、犯罪の発覚を防ごうと計画する。後から突発的に殺意を抱いたのではなく、抵抗を弱める準備まで行った計画的犯行だった。
睡眠導入剤を飲ませ、後ろ手に手錠を掛けた
渕上は殺害を容易にするため、睡眠作用のある薬剤を利用した。裁判記録では、ハルシオンとして知られるトリアゾラム系の睡眠導入剤を入手し、被害男性に服用させたと認定されている。薬で抵抗力を低下させたうえ、男性を産業廃棄物処分場で一人作業させる状況をつくった。
そして男性の両手を背後に回し、手錠を掛ける。被害者は自由に手を使えず、薬の影響も受けた状態だった。渕上はこうして、身体的抵抗が困難な状況を意図的につくり出した。
燃える産業廃棄物の穴へ落としたが、男性ははい上がった
最初の殺害は、一度の攻撃で終わっていない。渕上は後ろ手に手錠を掛けた男性を、産業廃棄物が燃えている穴へ落とした。しかし男性は死亡しなかった。極めて不利な状態にありながら、穴からはい上がることに成功する。
ここで渕上が救助や通報を行えば、男性は生存できた可能性がある。ところが渕上は殺害を断念しなかった。男性を乗用車のトランクへ入れ、別の方法で命を奪おうとする。
乗用車トランク内で首を強く圧迫し窒息死させた
最高裁判決によると、渕上は乗用車のトランク内で被害男性の右頸部付近を指などで強く圧迫した。男性は窒息死した。この事件について渕上は裁判で殺害そのものを争った。自身が筋ジストロフィーを患っており、体力的に男性を絞め殺すことは不可能だったという趣旨の主張も行っている。
しかし裁判所は、事件当時の渕上の身体能力、関係者供述、犯行状況などを検討し、その主張を退けた。最高裁も、睡眠導入剤を使って抵抗を弱め、手錠を掛け、焼却中の穴へ落とし、最終的にトランク内で頸部を圧迫して殺害したという原判決の認定を維持している。
遺体を乗用車ごと産業廃棄物処分場へ埋めた
殺害後、渕上は遺体発見を防ぐため証拠隠滅に進んだ。被害男性の遺体は乗用車のトランク内に残されていた。そして、その乗用車自体が産業廃棄物処分場の穴へ埋められる。裁判所の認定では、実際の殺害を知らない従業員が作業に利用された。遺体が入っていることを知らない人物に作業させ、遺体と車をまとめて地中へ隠したのだ。
渕上が産業廃棄物関連会社を実質的に運営していたことは、犯行後の隠蔽にも利用された。最初の被害者が消えた後も、渕上の犯罪は終わらなかった。約半年後、今度は自社と関係の深い税理士男性が標的になる。
半年後、犯罪を知る47歳税理士男性が次の標的に
2人目の被害者は、当時47歳の税理士男性だった。男性は渕上の会社の監査役も務め、会社や金銭関係に深く関与していた。両者の間には500万円の貸金問題があった。税理士男性は渕上から500万円を借りたものの返済せず、金の使途についても虚偽の説明をしていたと裁判所は認定している。
渕上は、男性が夜の店などで金を使いながら返済せず、さらに追加の借金を求める態度へ怒りを強めた。しかし、2件目も単なる借金トラブル殺人ではない。税理士男性は渕上の詐欺などを知る立場にあった。男性の家族から「警察へ行く」と受け取れる話が出たことで、渕上は自らの犯罪を暴露される危険を強く意識するようになる。
裁判所は、犯罪発覚を防ぐための口封じに加え、男性に掛けられた生命保険金を得る目的もあったと認定した。
最初は水死を偽装する計画|一度では終わらなかった殺害準備
税理士男性の殺害は、9月20日に突然思いついたものではない。裁判記録によると、渕上側はそれ以前から複数の方法を検討していた。9月中旬ごろには、男性を水死させ、事故のように見せかける計画があった。しかし必要なカヌーを確保できないなどの事情から実行できなかった。
別の日には、共犯者が金槌を用意し、男性宅付近で殺害機会を待ったと認定されている。この計画も実行には至らなかった。こうした経過から、2件目はその場の口論による衝動的殺人ではなく、方法を変えながら殺害機会を探した計画犯罪だった。
1999年9月20日、税理士男性を産廃施設へ誘い出す
最終的な犯行が実行されたのは1999年9月20日である。渕上側は税理士男性を産業廃棄物の屋外保管・積替え施設へ誘い出した。男性はそこで身体の自由を奪われる。裁判所の認定によると、木製の板のような物へ身体を置き、粘着テープを使って固定された。
男性を仰向けにした状態で地面へ置き、渕上は大型車両を使った殺害に進む。
約5トントラックで胸部付近を2度ひいた
殺害方法は極めて残酷だった。渕上は約5トンの普通貨物自動車をゆっくり動かし、身体を固定された男性の胸部付近を車輪でひいた。一度ではない。車両を動かし、2度にわたって胸部付近をひいたと認定されている。
被害男性は苦痛の声を上げていた。裁判記録では、渕上がその状況でも男性へ嘲るような言葉を向けたことが認定されている。福岡高裁宮崎支部は、この犯行を計画的で、極めて冷酷・残虐なものと評価した。
瀕死状態のままビニールで包み、パッカー車の装置へ
トラックでひかれた後も、被害男性は直ちに完全な死亡状態へ至っていなかったと認定されている。渕上側は瀕死の男性をビニールシートで包み、電気コードなどで縛った。そのうえで、男性を回転板式のごみ収集車、いわゆるパッカー車の積込装置部分へ入れた。
男性は外傷性一次性ショックによって死亡したと認定されている。翌9月21日、遺体はパッカー車内の廃棄物とともに処分場の穴へ投棄された。最初の事件では遺体を車ごと埋め、2件目ではごみ収集設備と産業廃棄物処分の流れを利用する。渕上は自らが関わる事業環境を、殺害後の隠蔽に繰り返し利用した。
2件を結びつけた「口封じ」と金銭への執着
この事件が「口封じ連続殺人」と呼ばれる理由は、2人とも渕上の犯罪や不正を知り得る立場にいたためである。
- 第1事件:偽装交通事故による保険金詐欺の参加者で、犯罪を暴露される危険を恐れた
- 第2事件:会社関係の税理士で、渕上の犯罪を知り、警察へ話す可能性を恐れた
ただし、両事件を「秘密を知ったから殺された」とだけ説明するのも不十分である。1人目については報酬支払いを求められることへの不満があり、2人目とは500万円の借金問題をめぐる怒りがあった。さらに2人目では生命保険金を得る目的も認定されている。犯罪発覚への恐れ、口封じ、金銭欲、個人的な怒りが重なり合った事件だった。
筋ジストロフィーを患う渕上は1件目の殺害を否認
渕上は、少なくとも1件目の殺人について裁判で争った。渕上は以前の服役中に進行性の筋ジストロフィーと診断されており、身体能力に制約があった。弁護側はこの身体状況も踏まえ、渕上が被害男性の頸部を圧迫して殺害することは困難だったという趣旨の主張を展開した。
しかし裁判所は、渕上の身体能力を「何もできない状態」とは認めなかった。さらに、睡眠導入剤で抵抗力を弱めたこと、後ろ手に手錠を掛けたこと、産業廃棄物の穴へ落としたこと、トランクへ入れたことなど、犯行全体を通じて被害者が抵抗しにくい状況を意図的につくったと評価できる。
福岡高裁宮崎支部、最高裁はいずれも1件目の殺害を認定した。
殺人だけでなく多数の詐欺事件も審理対象に
渕上が裁かれたのは、男性2人の殺害だけではない。最高裁判決は、偽装事故などを利用した詐欺11件、そのうち1件は未遂を含む多数の犯罪に触れている。事件名としては「口封じ連続殺人」が最も注目されますが、その背景には継続的な詐欺、不正な書類処理、業務妨害などが存在した。
渕上は過去にも少年院送致歴や複数回の服役歴があった。最高裁は量刑判断の中で、犯罪傾向が拡大・深化していたことも指摘している。2件の殺人は孤立した突発事件ではなく、複数の犯罪を重ねる中で、その発覚を防ぎ、自らの利益を守るために生命まで奪った事件だった。
2003年、宮崎地裁が渕上幸春に死刑判決
2003年5月26日、宮崎地裁は渕上幸春に死刑を言い渡した。裁判所は、犯罪発覚を恐れて関係者を殺害した動機、周到な準備、被害者の抵抗を奪ったうえでの執拗な攻撃、産業廃棄物処理施設を使った遺体隠蔽などを厳しく評価した。特に2件目では、男性を板に固定し、大型トラックで2回ひいたうえ、瀕死状態でビニールに包み、パッカー車へ入れている。
被害者は2人。いずれも47歳だった。裁判所は結果の重大性だけでなく、計画性と残虐性、自己中心的な動機を踏まえて死刑を選択した。
2007年、福岡高裁宮崎支部が控訴を棄却
渕上側は一審死刑判決を不服として控訴した。控訴審では、1件目の殺人の事実認定、筋ジストロフィーによる身体能力、関係者供述の信用性、量刑などが争われた。2007年1月23日、福岡高裁宮崎支部は控訴を棄却。一審の死刑判断を維持した。
高裁は、最初の事件についても渕上による殺害を認定。2件目については、口封じと保険金目的を含む計画的犯行であり、殺害態様も極めて残虐だと評価した。渕上側はさらに最高裁へ上告した。
2011年最高裁が上告棄却|裁判官全員一致で死刑維持
2011年4月19日、最高裁第三小法廷は渕上側の上告を棄却した。最高裁は、最初の事件について、偽装事故による保険金詐欺を暴露されることを恐れ、睡眠導入剤や手錠を使って抵抗を困難にし、最終的にトランク内で首を圧迫して殺害したと整理した。2件目についても、借金問題への怒りだけでなく、犯罪を警察へ話されることを恐れた口封じと、生命保険金目的を認定している。
最高裁は、2人の生命が奪われた結果は極めて重大で、遺族の処罰感情も厳しく、社会へ与えた影響も大きいと判断した。渕上に反省の態度が一部見られること、贖罪目的として約46万円を提供しようとしたものの遺族側から受領を拒否されたこと、筋ジストロフィーを患っていることなども考慮された。
それでも刑事責任は極めて重大として、裁判官全員一致で死刑はやむを得ないと判断された。
死刑確定日は4月19日ではなく5月20日
本件では「2011年4月19日に死刑確定」と紹介されることがありますが、刑事手続を厳密に整理すると補足が必要である。4月19日は最高裁第三小法廷が上告を棄却した日である。その後、渕上側は最高裁判決に対する訂正申し立てを行った。この申し立ても退けられ、2011年5月20日に死刑が確定したと整理される。
したがって、本件の裁判経過は「2011年4月19日に最高裁が上告棄却、その後の判決訂正申し立ても棄却され、5月20日に死刑確定」とするのが正確である。
なぜ被害者2人で死刑が選択されたのか
日本の死刑判断は、死亡者数だけで機械的に決まるものではない。犯行の動機、計画性、方法、結果、遺族感情、前科、犯行後の行動などが総合的に検討される。渕上事件では、次の事情が特に重く評価された。
- 自らの犯罪発覚を防ぐため関係者を殺害した
- 最初の事件で睡眠導入剤と手錠を準備した
- 被害者を燃える産廃の穴へ落としても殺害を断念しなかった
- 1人目の遺体を車ごと埋めて隠蔽した
- 2人目について複数回の殺害計画を検討した
- 身体を板へ固定し、大型トラックで2度ひいた
- 瀕死の被害者をビニールで包みパッカー車へ入れた
- 2人目では口封じに加えて生命保険金目的もあった
- 過去の服役歴があり、犯罪傾向が拡大・深化していた
最高裁は、渕上に有利な事情も考慮したうえで、それでも極刑を回避できないと判断した。
現在の状況|死刑確定から15年以上
現在も、渕上幸春について死刑執行または死亡を示す公的発表は確認されていない。公開されている死刑確定者資料では、現在も渕上の名前が掲載されている。このため、公開情報上は未執行の死刑確定者として整理される。本件は未解決事件ではない。渕上は逮捕・起訴され、宮崎地裁、福岡高裁宮崎支部、最高裁を経て死刑が確定している。
事件が「口封じ連続殺人」として記憶される最大の理由は、2人の被害者が渕上の犯罪を知り得る立場にいたことである。最初の被害者は偽装交通事故の参加者。2人目は会社と深く関わる税理士。渕上は、自ら行った犯罪の発覚を恐れ、関係者を排除する方向へ進んだ。さらに、殺害場所や遺体隠蔽には産業廃棄物事業の環境が利用された。犯罪によって利益を得て、その発覚を恐れて人を殺し、事業施設を遺体隠蔽へ使うという連鎖が、司法から極めて重い責任を問われた事件である。
関連事件
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