福島悪魔払い殺人事件は、1994年末から1995年にかけて、福島県須賀川市の住宅で、自称祈祷師の江藤幸子が信者らを支配し、「御用」「悪魔払い」などの名目で暴行を命じ、6人を死亡させた事件である。江藤は4件の殺人と2件の傷害致死などで死刑が確定した。最高裁は、江藤が集団の中心で、他の信者へ暴行を実行させ、死亡者が出た後も行為を止めなかった責任を認定した。死刑は2012年9月27日に執行されている。
- 悩みを抱えた人々が江藤幸子の自宅で共同生活するようになった経緯
- 「御用」「悪魔払い」の名目で暴行が繰り返された構造
- 死亡者が出た後も暴力が止まらず、6人へ拡大した理由
- 支配性・責任能力・殺意をめぐる裁判と死刑執行
| 発生期間 | 1994年末から1995年6月 |
|---|---|
| 事件発覚 | 1995年7月5日 |
| 発生場所 | 福島県須賀川市小作田の江藤幸子宅 |
| 死亡者 | 6人 |
| 重傷者 | 1人 |
| 主犯 | 江藤幸子 |
| 主な罪名 | 殺人、傷害致死、傷害など |
| 一審 | 2002年5月10日、福島地裁が死刑 |
| 上告審 | 2008年9月16日、最高裁が上告棄却 |
| 死刑執行 | 2012年9月27日 |
| 現在の状況 | 刑執行済み |
祈祷へ来た人々が江藤宅で共同生活するようになった
江藤は病気、家庭問題、人間関係の悩みを抱えた人々へ祈祷を行い、自分には霊的な力があると信じさせていた。やがて一部の人々は江藤宅へ住み込み、生活上の判断を江藤へ委ねる共同生活に入った。生活の場と信仰の場が同じ住宅へ集約され、外部の家族や知人との関係が弱くなるにつれ、江藤の判断を検証する機会も減った。集団内では、誰に霊がついているか、誰が制裁を受けるべきかを江藤が決めるようになった。
「御用」と呼ばれた暴行を信者同士へ命じた
江藤は、自分へ逆らった、態度が気に入らない、悪い霊がついているなどとして、特定の信者を暴行の対象にした。暴行は「御用」や「悪魔払い」と呼ばれ、他の信者が命令に従って実行した。宗教的な名称が付いていても、実際に行われたのは長時間にわたる身体への攻撃だった。江藤が全ての暴行を直接行っていない場面でも、対象者と方法を決め、逆らいにくい状態で実行させた責任が裁判で問われた。
暴行に加わった人が次の被害者になる構造
共同生活では、信者が他の信者を監視し、暴行へ加わる状態が作られた。加害へ参加した人も、江藤から悪い霊がついていると指定されれば、自分が暴行を受ける側になった。被害者と実行者が固定されず、江藤を頂点として役割が入れ替わった。暴行へ関わった事実や、逆らえば自分が対象になるという恐れが、集団から離れることを難しくした。
二つの傷害致死と四つの殺人が認定された
裁判で認定された被害は、6人の死亡と1人の重傷だった。ただし、6人全員について同じ罪名が認定されたわけではない。江藤らが「御用」と称する暴行を続け、死亡の危険を具体的に認識する前の2人については傷害致死、その後に殺意をもって暴行を継続した4人については殺人が成立した。
暴行は1995年1月から6月まで続き、太鼓のばちで全身を繰り返し殴るなどの方法が用いられた。死亡者が出た時点で、同じ攻撃を続ければ命を奪う危険は明らかになっていた。それでも江藤は対象者を変えながら「御用」を続けさせたため、後の4人について殺意が認定された。
さらに、同様の暴行を受けながら死亡を免れた被害者が1人いた。裁判では、死亡した6人だけでなく、この重傷被害も含め、江藤が作った支配関係の下で暴行が反復された範囲が審理された。
捜査・起訴では、最初の2人が死亡するまでに江藤らがどこまで死亡結果を認識していたかと、その後の被害者に同じ暴行を加えた時点の認識が分けられた。検察は、先行する死亡を経験した後も同じ方法を続けたことから、以後は死亡しても構わないという未必の殺意があったと立証した。被害者ごとに傷害致死と殺人を分けたのは、この認識時期の違いによる。
死亡者が出ても通報せず、別の信者への暴行を続けた
暴行を受けた信者が死亡しても、江藤は救急搬送や警察への通報を行わなかった。死亡を認めず、生き返る、魂は死なないという趣旨を語り、遺体を住宅内に置いたまま共同生活を続けた。最初の死亡で暴行が止まらなかったため、被害は拡大した。1995年1月から6月にかけて、女性ら4人が殺害され、別の2人も暴行で死亡し、さらに1人が重傷を負ったと認定されている。
1995年7月5日、生存者が外へ出たことで事件が発覚した
1995年7月、生存していた信者の一人が江藤宅を離れ、家族らを通じて警察へ相談した。閉鎖された共同生活の内部で起きていた暴行が、外部へ具体的に伝わったのはこの段階だった。7月5日、警察が須賀川市小作田の江藤宅を調べると、住宅内から男女6人の遺体が見つかった。室内では脱臭剤が大量に使用されていたと報じられ、死亡後も遺体が長期間置かれていた状況が確認された。
捜査では、死亡した信者ごとに、暴行が始まった時期、江藤が出した指示、実行に加わった人物、死亡までの経過が調べられた。一つの現場から6人の遺体が見つかっても、刑事責任は被害者ごとの行為と共謀に分けて立証する必要があった。
江藤の指示と、暴行を実行した信者の責任を分けて審理した
捜査と裁判では、死亡した被害者ごとに、江藤が誰を対象に指定したか、どのような指示を出したか、実際に暴行へ加わった人物は誰かが整理された。江藤が全ての攻撃を自分の手で行った事件ではないため、指示した側と実行した側の共謀を個別に立証する必要があった。裁判所は、江藤が集団の中心であり、誰を攻撃するかを決め、信者が逆らいにくい支配状態を作ったと認定した。対象者と方法を決め、宗教的な言葉で暴行を正当化して実行させた点から、直接手を下していない場面についても主犯としての責任が認められた。
共犯者3人にも無期懲役と懲役18年が確定した
暴行を実行した信者3人も、殺人や傷害致死などの罪で裁判を受けた。江藤の長女と元自衛官の男性には無期懲役、別の男性には懲役18年が言い渡され、いずれも刑が確定した。江藤の支配下にあり命令へ逆らいにくかった事情は、共犯者の量刑で検討された。それでも、実際に被害者を殴打し、死亡へ至る暴行へ加わった行為については、それぞれの刑事責任が認定された。
江藤と共犯者の責任は同一ではない。江藤は集団を支配して攻撃対象を決めた主導者として、他の3人は具体的な暴行へ参加した実行者として、関与の内容に応じて刑が選択された。
宗教的説明のほかに、支配欲や人間関係も検討された
江藤は、被害者に霊がついており、暴行は救済のためだったという趣旨を述べた。しかし裁判では、若い男性信者をめぐる嫉妬、金銭、人間関係、集団内の地位を守ろうとする意図なども検討された。霊的な説明を本人が信じていた部分があったとしても、それだけで殺意や責任能力が否定されるわけではない。死亡者が出た後も同じ行為を続けた経過から、生命を奪う危険を認識していたと判断された。
殺意、共謀、責任能力が裁判の中心争点となった
1995年10月27日の初公判で、江藤は信者への暴行が行われた事実を認めながら、他の信者との共謀と殺意を否定した。弁護側は、「御用」が死亡へつながるとは認識しておらず、暴行時には別人格へ入れ替わる憑依状態にあったとして、無罪または刑の減軽を求めた。検察側は、江藤が対象者と方法を決め、死亡を認識した後も命令を続けたとして、宗教的儀礼ではなく刑事責任を伴う暴行だったと主張した。
一審では長期間の精神鑑定も行われた。弁護側が提出した鑑定には、犯行時に意識が著しく変化した状態だったとする内容が含まれていたが、福島地裁は、対象者を選び、他の信者へ具体的に指示し、死亡後も状況に対応していた行動から、善悪を判断し行動する能力は失われていなかったとした。
精神鑑定のため一審公判は長期間中断し、再開まで約3年を要した。鑑定医は江藤との面談や心理検査を重ね、独特な宗教的確信や他者へ影響を与える性質を認めながらも、責任能力は保たれていたと判断した。裁判所は診断や憑依という説明だけで結論を出さず、犯行を組み立て、指示し、発覚を避けた具体的行動と照合した。
殺意については、最初の死亡者が出た後も同種の暴行を続けた経過が重視された。暴行を続ければ死亡する危険を理解しながら止めなかったとして、4人への殺人と2人への傷害致死が認定された。
福島地裁、仙台高裁、最高裁が死刑判断を維持した
2002年5月10日、福島地裁は検察の求刑どおり江藤に死刑を言い渡した。2005年11月22日、仙台高裁は一審の事実認定と量刑を維持し、控訴を棄却した。
最高裁第三小法廷は2008年9月16日、江藤の上告を棄却した。判決は、江藤が自らを神とする宗教的集団を作り、絶対的な力を背景に信者へ命令して4人を殺害し、2人を死亡させた刑事責任は際立って重いとした。その後の判決訂正申し立ても退けられ、死刑が確定した。
最高裁は、宗教的確信の影響や、被害者らが必ずしも逃げようとしていなかった事情を考慮しても、死刑を回避する理由にはならないと判断した。被害者が支配下で抵抗できなかったことは、江藤の責任を軽くする事情ではなく、支配の強さを示す状況でもあった。
2012年9月27日、仙台拘置支所で死刑が執行された
江藤の死刑は2012年9月27日、仙台拘置支所で執行された。江藤は65歳だった。女性の死刑執行は1997年以来15年ぶりと報じられている。執行時、再審請求の準備が進められていたとの報道もあるが、再審開始決定が出た事実はない。死刑執行によって江藤本人に対する刑事手続きは終了した。
刑事裁判で確定したのは、霊的な言葉が存在したことだけではない。江藤が対象者を決め、信者へ暴行を命じ、死亡者が出た後も止めず、住宅内に遺体を置いたまま別の暴行を継続させた経過である。
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