2018年3月2日、東京都目黒区の住宅で船戸結愛ちゃん(5)が死亡した。結愛ちゃんは十分な食事を与えられず、暴力を受け、著しく衰弱した状態にあった。死亡前には自宅でひらがなの反省文を書かされていたことも公判で明らかになった。
一家は事件の約2か月前に香川県から東京へ転居していた。香川ではすでに児童相談所が虐待を把握し、結愛ちゃんを一時保護した経緯があった。事件は家庭内の虐待だけでなく、都道府県をまたぐ転居時に危険情報をどう引き継ぎ、子どもの安全をどう確認するかという行政上の問題も突きつけた。
| 死亡 | 2018年3月2日 |
|---|---|
| 場所 | 東京都目黒区 |
| 被害者 | 船戸結愛ちゃん(5) |
| 父 | 船戸雄大 |
| 母 | 船戸優里 |
| 父の判決 | 懲役13年・確定 |
| 母の判決 | 一審懲役8年、2020年9月に東京高裁が控訴棄却 |
| 主な罪 | 傷害、保護責任者遺棄致死など |
香川県では児童相談所がすでに虐待を把握していた
一家が東京へ移る前、香川県では結愛ちゃんへの虐待をめぐって児童相談所が対応していた。結愛ちゃんは一時保護されたことがあり、父・雄大による暴力や不適切な養育について行政機関が把握する機会は複数回あった。
一家は2018年1月に東京都へ転居した。児童相談所間で情報は引き継がれたが、転居後の家庭へ直接接触して安全を確認するまでに時間がかかった。家庭が自治体の境界を越えることで、支援や監視が途切れる危険が現実のものとなった。
東京へ移った後、食事制限と暴力が強まった
裁判では、上京後の2018年2月以降、雄大が結愛ちゃんに厳しい食事制限を課し、常習的に暴行していたと認定された。体重は短期間に大きく減少し、生命に危険がある状態へ近づいていった。
雄大は「しつけ」のつもりだったという趣旨の説明をしたが、東京地裁は通常の養育から大きく逸脱した行為と判断した。結愛ちゃんが食べ物を求める行動まで罰の対象になり、家庭の中で逃げ場を失っていた経過が公判で明らかにされた。
母・優里も食事制限に加わり、受診させなかった
母の優里は、夫から心理的なDVを受けていたと主張した。東京地裁も夫に従属する面があったこと自体は認めたが、結愛ちゃんへの食事制限に相応の役割を果たし、重篤な状態になっても医療機関へ連れて行かなかった責任を重くみた。
2019年9月17日、東京地裁は優里に懲役8年を言い渡した。弁護側は夫の支配の影響をより強く評価するよう求めて控訴したが、東京高裁は2020年9月8日、一審の量刑を維持して控訴を棄却した。
父の裁判では「危険な状態をいつ認識したか」が争われた
雄大の裁判では、暴行や食事制限を主導した事実に加え、結愛ちゃんの生命が危険な状態にあるといつ認識したのかが争点になった。雄大は危険を認識した時期が遅かったと主張したが、裁判所は死亡前から異常な体重減少などを把握していたと判断した。
2019年10月15日、東京地裁は傷害や保護責任者遺棄致死などの罪で懲役13年を言い渡した。求刑は懲役18年だった。判決は、理不尽な食事制限と暴力を継続し、保護すべき立場でありながら医療につなげなかった点を重く評価した。
雄大の懲役13年は確定した
父の懲役13年判決はその後確定した。母については控訴審で懲役8年が維持されている。二人は同じ家庭にいたが、裁判では行為の主導性、夫婦間の支配関係、結愛ちゃんの状態をどこまで認識していたかなどを分けて評価された。
裁判所は両親の役割を分けて認定した。雄大は暴行・食事制限を主導した者として、優里はそれに加担し、結愛ちゃんを受診させなかった保護責任者として責任を問われた。
児相の引き継ぎは、単に「情報を送ったか」だけでは足りなかった
香川から東京への情報移管自体は行われていた。それでも結愛ちゃんの安全を確保できなかったため、事件後は転居ケースでの情報伝達の速度だけでなく、受け取った側がどの程度の危険度として扱い、いつ直接確認するかが問われた。
東京都は事件後、児童相談所が虐待情報を受けた際の安全確認を迅速化する運用を強めた。全国的にも、児童相談所間の引き継ぎ、警察との情報共有、子どもの安全を対面で確認する手続の重要性が改めて議論された。
結愛ちゃんの死は、制度の「境目」で起きた
家庭内では虐待が続き、行政側では香川県から東京都への転居が重なった。どちらか一つだけを原因として説明することはできない。確定判決が認定したのは両親の刑事責任であり、行政の検証はそれとは別に、危険情報を持ちながら命を守れなかった仕組みを対象とした。
事件後の制度改善を追うと、結愛ちゃんの事件は「児相が知らなかった事件」ではないことが分かる。すでに危険の兆候が把握されていた子どもを、転居後も切れ目なく保護できるかどうかが核心だった。
香川県での支援歴を持つ家庭が東京へ転居した
結愛ちゃん一家は東京へ移る前、香川県で暮らしており、現地の児童相談所は雄大による虐待を把握して一時保護などの対応を行っていた。家庭はすでに児童福祉機関の支援対象になっていた。
2018年1月に一家が東京都へ転居すると、支援する自治体と児童相談所が変わった。情報は引き継がれたものの、東京側が家庭へ十分に接触できないまま、結愛ちゃんへの食事制限と暴力は短期間で深刻化した。
この経過から、事件後は「引き継ぎ書類を送ったか」だけではなく、転居後の家庭を誰がいつ確認し、危険度をどう共有し、拒否された場合にどこまで介入するかという実務が検証された。
父と母の裁判では、同じ結果に対する役割の違いが評価された
雄大は結愛ちゃんへの暴力や食事制限を主導したとして、傷害と保護責任者遺棄致死などに問われた。東京地裁は、しつけからかけ離れた理不尽な暴力を行い、優里が受診を提案しても受け入れなかったとして、主導的な役割を認定した。
優里は、自らも十分な食事を与えず、雄大の暴力を認識しながら結愛ちゃんを病院へ連れて行かなかった責任を問われた。裁判所は雄大から心理的DVの影響を受けていたことを認めながら、責任を大幅に減らすほど強固な支配状態ではなかったと判断した。
父には懲役13年、母には懲役8年が確定した。同じ死亡結果についても、暴力・食事制限を主導した者と、それを容認して保護義務を果たさなかった者では、起訴内容と量刑理由が異なる。
事件後、親による体罰禁止を含む法改正が進んだ
結愛ちゃんの死と翌年の野田市の虐待死事件は、児童相談所や学校、自治体が危険情報を持ちながら子どもの安全を守り切れなかった事例として国の制度見直しを加速させた。
2019年には改正児童虐待防止法・児童福祉法が成立し、親権者などによる体罰禁止が法律上明記されたほか、児童相談所の体制強化や関係機関の連携に関する施策が進められた。
法改正だけで個別事件を防げるわけではない。目黒事件が示したのは、すでに把握している虐待歴を転居先でどのように実際の安全確認へつなげるかという、制度運用の問題だった。
東京へ転居してから39日間で、結愛ちゃんの状態は急速に悪化した
一家が東京都内で同居を始めたのは2018年1月下旬だった。判決で認定された経過では、それから3月2日に結愛ちゃんが死亡するまでの短い期間に、雄大による食事制限や暴力が激しくなった。
母・優里の裁判では、1月下旬から十分な食事を与えず、雄大の暴力を結果的に容認し、衰弱しているのに医療機関へ連れて行かなかったことが保護責任者遺棄致死として認定された。結愛ちゃんは1か月余りで体重の約4分の1を失った。
父・雄大の裁判では、2月下旬の強い暴力や、異常にやせて食事を受け付けなくなった状態を認識しながら受診させなかった点が重く評価された。東京地裁は虐待を主導したのは雄大だと認定した。
結愛ちゃんの直接の死因は、栄養不足や暴行で抵抗力が低下した中で肺炎を発症し、敗血症に至ったことだった。虐待と医療放置が重なった結果として死亡したと裁判所は認定している。
事件を「しつけの行き過ぎ」と表現する余地はない。確定判決は、理不尽な食事制限と暴力、危険な状態での不受診を犯罪行為として認定した。その一方、母が受けていた心理的DVをどこまで責任評価へ反映するかは別個の争点として審理された。
参考資料・出典
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