2002年12月10日午前、東京都江東区北砂7丁目の質店兼住宅で、経営者の藤井義正さん(当時78歳)と妻のえつ子さん(同74歳)が死亡しているのが見つかった。前日は東京で記録的な大雪。夫婦は夜まで近所の会合に出席し、そろって帰宅する姿を見られていた。翌朝、いつもの時間になっても起きてこないことを家族が不審に思い、合鍵で室内へ入ったところ事件が発覚した。
警視庁は発生時期を12月9日深夜から10日朝方ごろとし、強盗殺人事件として城東警察署に特別捜査本部を置いた。事件から23年以上が過ぎた現在も逮捕には至っていない。2025年12月25日からは遺族らによる上限300万円の私的懸賞金が始まり、警視庁は当夜の悲鳴や物音、血の付いた服の人物、不審な人物・車両について情報を求めている。
| 発覚 | 2002年12月10日午前 |
|---|---|
| 発生時期 | 12月9日深夜~10日朝方ごろ |
| 場所 | 東京都江東区北砂7丁目7番・質店店舗兼自宅 |
| 被害者 | 藤井義正さん(78歳)、えつ子さん(74歳) |
| 警視庁の事件区分 | 強盗殺人 |
| 捜査本部 | 城東警察署 北砂七丁目質店経営者夫婦強盗殺人事件特別捜査本部 |
| 現在の情報提供項目 | 悲鳴・物音、血の付いた衣服の人物、不審者・車両など |
| 私的懸賞金 | 上限300万円 |
| 懸賞金期間 | 2025年12月25日~2026年12月24日 |
| 現在 | 未解決・公開捜査継続 |
藤井商店を約40年営み、同じ敷地には長男一家も暮らしていた
義正さんとえつ子さんは現場の建物で質店「藤井商店」を約40年営んでいた。後年報道では、駐車場やアパートも所有し、義正さんは以前に町内会長を務めたこともある。現場は東京メトロ東西線南砂町駅から北へ約1キロの住宅街で、店舗と自宅が一体になった生活の場だった。
同じ敷地内の別宅には長男一家が暮らしていた。翌朝に夫婦が起きてこないことへ家族がすぐ気付いたのも、この距離の近さによる。前夜まで地域の会合へ出ていた二人の生活は、12月9日夜から10日朝までの短い時間の中で突然途切れた。
12月9日、東京は大雪――夫婦は夜まで地域の会合に出ていた
後年報道によると、2002年12月8日深夜から首都圏で雪が降り、9日は鉄道の運休や学校の休校も出る大雪となった。その9日夜、義正さんとえつ子さんは自宅近くで開かれた地域の会合に参加していた。午後9時前ごろ、二人そろって帰宅する姿が確認されている。
警視庁が現在公表している犯行時間帯は、9日深夜から10日朝方ごろ。夫婦の最後の目撃と翌朝の発見の間に、何者かが質店兼住宅へ入り、二人を殺害したとみられている。雪が残る夜の人や車の動きは、現在も警視庁が求めている目撃情報の一つになっている。
翌朝10時すぎ、家族が合鍵で入った寝室で二人を発見
弁護士JPニュースが書籍資料をもとに伝えた経過では、10日午前10時25分ごろ、同じ敷地の別宅に住む長男の妻が、夫婦が起きてこないのを不審に思って様子を見に行った。合鍵で室内へ入ると、寝室で二人が頭から血を流して倒れていた。
午前10時ごろには信用金庫の職員も訪ねていたが応答がなかったという。警察が公表する発見場所は「質店店舗兼自宅内」。高齢の夫婦が営業と生活を同じ建物で営んでいたことから、捜査は質店の金品と夫婦の生活圏の双方を調べることになった。
床の間の象牙が血の付いた状態で残り、室内は荒らされていた
後年報道では、義正さんはベッドの下、えつ子さんはベッド上で見つかり、近くに床の間へ飾ってあった象牙が血の付いた状態で落ちていたとされる。象牙は重さ5キロを超える大きな置物だった。二人はパジャマ姿で、夜間に寝室で襲われた可能性が高い状況だった。
室内のロッカーや整理だんすは荒らされ、金庫を開けようとしたような痕跡もあったと報じられている。警視庁が事件名を「強盗殺人」として現在も捜査しているのは、この室内状況や財物をめぐる捜査を踏まえたものだ。
風呂場の窓には侵入の痕跡――窓枠を外して土足で入ったとみられた
侵入経路として捜査されたのは風呂場の窓だった。後年報道によると、まず窓ガラスを割ろうとした痕跡があり、さらに窓枠そのものを外して屋内へ入った形跡が確認された。室内には土足の跡も残っていたという。
こうした侵入方法から、当時の捜査では侵入盗に慣れた人物の可能性も視野に入れられた。住宅へ入る技術と、質店に現金や換金可能な品物があることを知っていた人物がどの範囲にいたのか。顧客や出入り業者を含む接点が洗い出されることになった。
金品を探した形跡の一方で、寝室には現金100万円が残っていた
この事件が長く語られてきた理由の一つが、室内の物色状況と残された現金の組み合わせだ。弁護士JPニュースは、寝室に現金100万円の札束が手つかずで残っていたと伝えている。金庫を開けようとしたような痕跡がありながら、まとまった現金が残された。
室内に物色痕と金庫を開けようとした跡がある一方、100万円は残されていた。捜査では、室内のどこが荒らされ、何が手つかずで残ったのかを照合しながら、侵入後の犯人の動きと狙われた財物が調べられた。
事件数日前には、施錠していた裏門が開けられる出来事もあった
事件の数日前、藤井さん宅では裏門が何者かに開けられる出来事があったと後年報道は伝える。防犯のため施錠していた門が破られ、敷地内へ入った形跡があったが、その時点では盗難被害がなく警察への届け出はしなかったという。
事件前に施錠された裏門が破られ、敷地内へ入った形跡があったことから、捜査では犯行当夜だけでなく数日前からの周辺の人の動きも調べられた。夫婦の生活時間や質店への出入りを知る人物の洗い出しにもつながった。
物色された室内と残された100万円――捜査は強盗と人間関係の双方を調べた
室内が荒らされ、金庫を開けようとした跡があったことから、捜査では金品目的の線が重く見られた。風呂場の窓には「突き破り」を試みた後、窓枠を外して入ったとみられる痕跡があり、後年報道は当時、侵入盗に慣れた人物の可能性も検討されたと伝えている。
一方、寝室には現金100万円が残っていた。さらに、凶器に使われたとみられる象牙はもともと室内にあった物だった。捜査では、質店の金品を狙って侵入した人物だけでなく、夫婦と接点のある人物についても調べが進められた。事件数日前の裏門侵入も含め、犯行前後の人の動きを洗い出す捜査が続いた。
警視庁が今も求めるのは「音」「血の付いた服」「不審者・車両」の記憶
警視庁の現行ページは、情報提供を求めるポイントを三つに絞っている。発生時間帯に悲鳴や物音を聞いた人、血の付いた衣服を着た人物を見た人、不審な人物や車両を見た人。事件当時に直接目撃していなくても、後から家族や知人の不自然な行動を聞いた場合なども捜査の照合材料になり得る。
23年以上が経過した現在、現場周辺の環境や人間関係も大きく変わっている。それでも警視庁は、当夜の悲鳴や物音、血の付いた衣服、不審な人物や車両という具体的な記憶を手掛かりに、事件当時の行動を照合する捜査を続けている。
2025年12月、遺族らが上限300万円の私的懸賞金を開始
警視庁は2025年12月25日、事件ページを更新し、捜査に協力する会による私的懸賞金の対象になったことを公表した。期間は2026年12月24日まで。事件の検挙などへの寄与度に応じ、上限300万円の範囲で支払われる。
複数の情報提供者がいる場合は寄与度に応じて分割され、匿名で個人を特定できない場合、警察職員、被疑者本人や共犯者などは支払い対象から除かれる。制度を実施しているのは「北砂七丁目質店経営者夫婦強盗殺人事件の捜査に協力する会」で、捜査と情報受付は城東警察署の特別捜査本部が続けている。
殺人・強盗殺人の公訴時効は撤廃され、事件は現在も捜査できる
事件当時、殺人や強盗殺人には公訴時効があった。しかし2010年の刑事訴訟法改正で、人を死亡させた罪のうち法定刑の上限が死刑である罪について公訴時効が廃止された。改正時点で時効が完成していなかった事件にも新制度が適用される。
2002年発生の本件は2010年時点で旧時効期間が完成しておらず、その後も時効によって捜査が終了する事件ではなくなった。2026年8月26日現在、警視庁の公開捜査ページには事件が掲載され、城東警察署特別捜査本部が情報を受け付けている。
大雪の翌朝から23年以上――現場の具体的な痕跡を残したまま捜査は続く
北砂七丁目の事件には、最後の目撃時刻、翌朝の発見、寝室に残された象牙、荒らされた室内、風呂場の窓の侵入痕、手つかずの100万円、事件数日前の裏門という複数の手掛かりが残った。これらは23年以上が経過した現在も捜査の経過をたどる具体的な材料になっている。
現在も警視庁が求めているのは、事件当夜の悲鳴や物音、血の付いた衣服、不審な人物や車両についての情報だ。藤井義正さんとえつ子さんが地域の会合から帰宅した夜から23年以上が経過した今も、当夜の行動と現場に残った痕跡を手掛かりに公開捜査が続いている。
参考資料・出典
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