日立妻子6人殺害事件は、2017年10月6日早朝、茨城県日立市の県営住宅で、妻と3歳から11歳までの子ども5人が殺害され、自宅に放火された事件である。水戸地裁は2021年に死刑、東京高裁は2023年に控訴を棄却。2025年2月21日、最高裁第二小法廷が上告を棄却し、その後、死刑が確定した。現在も、土肥死刑囚は死刑確定者となっている。
- 2017年10月6日早朝、日立市の県営住宅で何が起きたのか 離婚問題から妻子6人殺害へ至った経緯と裁判所の動機認定
- 勾留中の心肺停止で生じた記憶喪失と「訴訟能力」の争点
- 一審死刑から2025年の最高裁上告棄却・死刑確定までの経過
日立妻子6人殺害事件の概要
| 事件名 | 日立妻子6人殺害事件 |
|---|---|
| 発生日・期間 | 2017年10月6日早朝 |
| 発生場所 | 茨城県日立市の県営住宅 |
| 被害 | 死亡者数:妻(当時33歳)と子ども5人子どもの年齢11歳、7歳、5歳、3歳、3歳 |
| 被告人等 | 土肥博文死刑囚(旧姓・小松博文)犯行態様妻子6人を柳刃包丁で刺した後、自宅玄関付近にガソリンをまいて放火 |
| 裁判・捜査状況 | 殺人、非現住建造物等放火など/2021年6月30日、水戸地裁が死刑/2023年4月21日、東京高裁が控訴棄却/2025年2月21日、最高裁第二小法廷が上告棄却/死刑現在の状況2025年に死刑確定。現在も死刑確定者 2017年10月6日午前4時40分ごろ、就寝中の妻子を襲った 事件が起きたのは2017年10月6日午前4時40分ごろだった。現場は茨城県日立市にある県営住宅の一室である。 |
| 現在の状況 | 日立妻子6人殺害事件は、2017年10月6日早朝、茨城県日立市の県営住宅で、妻と3歳から11歳までの子ども5人が殺害され、自宅に放火された事件である。水戸地裁は2021年に死刑、東京高裁は2023年に控訴を棄却。2025年2月21日、最高裁第二小法廷が上告を棄却し、その後、死刑が確定した。現在も、土肥死刑囚は死刑確定者となっている。 |
2017年10月6日早朝、日立市の県営住宅で何が起きたのか 離婚問題から妻子6人殺害へ至った経緯と裁判所の動機認定
当時、土肥死刑囚は妻、養女、4人の男児と暮らしていた。子どもたちは11歳、7歳、5歳、そして3歳の双子で、最年長でも小学生だった。確定判決によると、土肥死刑囚は刃体の長さ約22センチの柳刃包丁を使用。妻の顔面、胸部、腹部、背部などを多数回刺し、11歳の養女にも多数回の攻撃を加えた。
7歳の長男、5歳の二男、3歳の三男と四男についても、それぞれ腹部、胸部、背部などを複数回刺した。最高裁は、就寝中の妻子の身体の重要部分を狙った犯行について、強固な殺意に基づく残虐なものと評価している。一審判決では、妻と11歳の養女への刺突がそれぞれ数十回に及んだとされた。被害者側に防御創が確認されたことも踏まえ、抵抗を排して殺害を遂げようとする強い意思があったと判断されている。
6人を刺した後、玄関付近にガソリンをまいて放火
土肥死刑囚は妻子を刺した後、自らも死のうと考えた。そして自宅玄関付近で、自分の足元や床などにガソリンをまき、ライターで火を付けた紙片を落として放火した。火は床、壁、天井へ燃え広がった。6人の死因は一様ではなく、刺し傷による失血、心タンポナーデ、一酸化炭素中毒、または外傷と一酸化炭素中毒の競合などだった。
11歳の養女は病院へ搬送されましたが、同日午前6時54分ごろ死亡。他の5人も死亡し、妻子6人全員の命が奪われた。弁護側は一審で、刺突行為と死亡との因果関係を争う主張も行った。しかし裁判所は、刺されたことで火災から逃げることが困難になった事情などを認定し、6人の死亡と一連の犯行との因果関係を認めている。
妻から離婚を切り出され、事件2日前に柳刃包丁・ロープ・ガソリンを購入
事件の背景として裁判所が認定したのは、夫婦間の離婚問題だった。2017年9月30日、土肥死刑囚は妻の携帯電話に、ある男性とのSNS上のやり取りがあることを発見。妻と男性との関係を疑い、妻を追及した。ここで注意が必要なのは、妻が不倫していたこと自体が確定判決で認定されたわけではない点である。一審判決によれば、妻は浮気を否定し、その場で離婚したいと切り出した。
土肥死刑囚は妻の母親や元雇用主へ相談し、妻と親しい男性のもとへ出向いて関係を追及した。その過程で、自分だけが悪者にされ、妻と子ども5人を他の男性に取られて一人になるとの思いを強めたと認定されている。さらに、妻を殺害すれば子どもたちは「殺人犯と被害者の子」として残され、明るい未来がないなどと考え、子ども5人も殺害したうえで自死する発想へ傾いていった。
10月4日、事件の2日前には柳刃包丁、ロープ、ガソリンを購入。一審と最高裁は、詳細で緻密な計画殺人とまではいえないものの、突発的犯行ではなく、事前準備に基づく側面があったと判断した。
犯行直前まで「家族を殺さず自分が出ていく」選択肢とも葛藤
この事件は、包丁などを購入した時点から一直線に実行されたわけではない。一審判決は、土肥死刑囚が犯行直前まで葛藤していた経過も詳しく認定している。10月5日、土肥死刑囚は家を出た後に生活する場所として紹介されていた漫画喫茶へ行き、1か月分の宿泊代金を支払った。子どもたちへのプレゼントも購入している。
同日夜には、自分が翌日に家を出ることで妻との話がまとまった。子どもたちにプレゼントを渡し、家族で夕食を取った際には「やっぱり家族はいいな」という感情が生じ、殺害して自死する考えが一度弱まったとされている。ところが深夜から再び離婚後の問題を考え続け、午前3時ごろには購入していた柳刃包丁とロープをリビングへ持ち出した。
朝が近づき、自分だけが家を出れば妻子が他の男性のもとへ行くとの思いを強め、午前4時40分ごろ、妻子6人を殺害することを決意。直後に犯行へ及んだと認定されている。
裁判所が「身勝手で自己中心的」とした犯行動機
一審から最高裁まで、量刑判断で厳しく評価されたのが動機である。最高裁は、妻が懇意にする男性に妻子を取られたくないと考え、妻殺害後に残される子どもたちの将来を悲観したという動機を身勝手と評価した。一審判決も、「妻子を取られたくない」という発想は6人の人格を無視した自己中心的な考え方だと指摘。子どもについても、妻の実家から支援を受けて暮らすことが可能だったとして、「殺害するしかない」という判断を独善的とした。
また、夫婦関係悪化の背景について、土肥死刑囚が仕事を度々替え、約1年間定職に就かず妻の信頼を失っていったことなど、自身の振る舞いも離婚問題の原因になったと認定されている。ネット上では本件を単純に「妻の不倫が原因」と説明する記述がありますが、確定判決に即して整理するなら正確ではない。司法判断の中心は、土肥死刑囚が妻の男性関係を疑い、離婚を切り出されたことを契機に犯行へ至ったというものだ。
放火罪が「非現住建造物等放火」だった理由
事件の罪名を見ると、6人が実際にいた住宅への放火でありながら、非現住建造物等放火とされている点に疑問を持つ人も少なくない。確定した事件像では、土肥死刑囚は妻子6人を刺した後、すでに全員が死亡したと思い込んでいた。その状態で自宅を「現に人が住居として使用しておらず、人もいない建物」と誤認し、火を放ったと認定されている。
現実には妻子がまだ住宅内におり、そのうち一酸化炭素中毒が死亡原因または死因の一部となった被害者もった。そのため、現実の状況だけを見れば人がいる住宅への放火ですが、故意の内容との関係から、本件では非現住建造物等放火が問題となった。「6人が死んだ後に空き家へ火を付けた」という意味ではない。
自死に失敗した後、午前5時10分ごろ日立警察署へ自首
放火後、土肥死刑囚は自らも死のうとしていた。ところが下半身の着衣に火が燃え移り、熱さに耐えられず屋外へ逃げた。別の方法で自死しようと公園へ向かったものの実行できず、午前5時10分ごろ日立警察署へ出頭した。その時点では警察官や消防隊員が事件を認知していなかった。土肥死刑囚は、自宅で妻と子ども5人を包丁で刺し、ガソリンをまいて火を付けたという趣旨を自ら申告した。
捜査段階では、柳刃包丁やガソリンの購入、刺突、放火などについて相当程度詳しく供述。その内容は防犯カメラ、販売履歴、遺体の負傷状況、住宅の焼損状況などとおおむね一致すると一審は判断した。裁判所は自首が消火活動や証拠保全に一定の貢献をしたと認めましたが、火災自体はいずれ早期に発覚した可能性が高いとして、死刑を回避するほど大きな事情とは評価しなかった。
勾留中の心肺停止で事件の記憶を失う
事件の裁判を異例なものにしたのが、起訴後に生じた深刻な健康問題である。土肥死刑囚は勾留中、心不全や肺高血圧症に伴う危篤状態となり、心肺停止を経験した。その後は回復したものの、低酸素状態による脳の器質的障害が残った。水戸地裁は精神鑑定などを踏まえ、脳全体の萎縮や前頭葉機能低下があり、事件に関する記憶を失っていること自体は認定した。
これは「記憶喪失を装っている」と裁判所が判断した事件ではない。司法上も、犯行後に生じた脳障害による記憶喪失が認められている。その一方、記憶を失っていることと、裁判を受ける能力がないことは同じではない。この区別が、一審から最高裁まで重要な争点となった。
記憶喪失でも「訴訟能力はある」|裁判を続けられるかが最大の争点
弁護側は、事件当時の記憶を失った被告人は自ら十分に防御できず、訴訟能力を欠くとして、公訴棄却などを求めた。しかし水戸地裁は、土肥死刑囚が弁護人の援助や裁判所の支援を受ければ、訴訟手続を理解し、意思疎通を図ることが可能だと判断。刑事訴訟法上の「心神喪失の状態」には当たらず、訴訟能力を有するとした。
この問題は控訴審でも争われた。東京高裁は2023年4月21日、一審の判断を維持して控訴を棄却した。最高裁でも弁護側は、記憶障害を抱えた被告人への裁判手続の問題や死刑回避を主張しましたが、2025年2月21日、第二小法廷は上告を棄却した。したがって本件は、事件の記憶を失っていることは認められたが、裁判そのものを受けられない状態ではないと最終的に判断された事件である。
2021年、水戸地裁が死刑判決|6人殺害の結果と犯行態様を重視
2021年6月30日、水戸地裁は土肥死刑囚に死刑を言い渡した。検察側の求刑も死刑だった。判決は、妻と幼い子ども計6人もの生命が奪われた結果を、殺人事件の中でも重大と評価。本来安全であるはずの自宅で眠っていた被害者らを、約22センチの柳刃包丁で次々に刺した態様を特に重くんだ。
犯行2日前に包丁とロープなどを準備していた一方、直前まで実行するか葛藤していた事情も検討された。裁判所は「詳細で綿密な計画」までは認めませんでしたが、事前準備を伴い、突発的・偶発的とはいえないと判断している。自首、捜査段階での詳細な供述、反省の言葉、同種前科がないことなど有利な事情も考慮された。それでも6人死亡という結果、強固な殺意、犯行態様の悪質性を踏まえると、死刑回避に足りないとされた。
2023年東京高裁も死刑維持、2025年最高裁で死刑確定
土肥死刑囚側は一審判決を不服として控訴した。2023年4月21日、東京高裁は控訴を棄却。一審の死刑判断を維持した。弁護側は、記憶喪失によって裁判能力を欠くことや、死刑が重すぎることなどを訴えましたが、認められなかった。その後、最高裁へ上告。2025年2月21日、最高裁第二小法廷は裁判官4人全員一致で上告を棄却した。
最高裁は、6人の生命を奪った結果は極めて重大で、就寝中の妻子を鋭利な包丁で相次いで刺した態様は、強固な殺意に基づく残虐なものだと評価した。また、離婚を切り出されたことを契機に妻子を殺害して自死することを考え、柳刃包丁などを購入し、2日間の葛藤の末に実行したとして、突発的犯行ではなく事前準備に基づく側面があると指摘した。
自首や当初の反省供述なども考慮されましたが、最高裁は死刑をやむを得ないと判断。上告棄却後、土肥博文死刑囚の死刑が確定した。
現在の状況|旧姓「小松博文」から「土肥博文」で死刑確定
事件発生当時から一審・控訴審の報道では、主に小松博文の名前が使われていた。2025年の最高裁段階では、報道および裁判関連情報で土肥博文(旧姓・小松)と表記されている。このため、過去の記事と最新の司法状況を照合する際には、同一人物であることに注意が必要である。
現在では、一審死刑、控訴棄却、最高裁上告棄却を経て死刑が確定している。もはや「死刑判決を受けた被告人」や「上告中」という段階ではない。本件は、6人もの家族を一度に殺害した結果の重大性だけでなく、犯行後に生じた真正な記憶喪失と、それでも訴訟能力を認めて死刑判決を確定できるのかという刑事司法上の問題を含んだ事件としても残った。
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