名張毒ぶどう酒事件|一審無罪から逆転死刑、奥西勝の死後も続く第11次再審

公開日 2026年2月4日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
1961年
都道府県
三重県
事件分類
冤罪事件 / 大量殺人事件
最終刑・処分
死刑

1961年3月28日、三重県名張市葛尾の公民館で開かれた住民の懇親会で、女性用に用意されたぶどう酒を飲んだ17人が有機リン中毒を起こし、5人が死亡した。警察は準備に関わった奥西勝(当時35歳)を取り調べ、奥西は一度犯行を認めたが、その後否認へ転じた。

津地裁は1964年、証拠に合理的な疑いが残るとして無罪を言い渡した。ところが名古屋高裁は1969年に無罪判決を破棄して死刑とし、1972年に最高裁で確定した。その後は再審請求が続き、2005年には一度再審開始が認められたものの取消しとなった。奥西は2015年に死亡し、現在は妹らが死後再審を続けている。

事件名名張毒ぶどう酒事件
発生日1961年3月28日
発生場所三重県名張市葛尾
被害女性5人死亡、12人が中毒症状
被告人奥西勝(事件当時35歳)
一審1964年12月23日、津地裁・無罪
控訴審1969年9月10日、名古屋高裁・死刑
上告審1972年6月15日、最高裁・上告棄却
奥西の死亡2015年10月4日、八王子医療刑務所
現在2026年1月22日、第11次再審請求を申立て

女性用のぶどう酒を飲んだ17人が相次いで倒れた

懇親会では男性側に日本酒、女性側にぶどう酒が用意されていた。乾杯後、ぶどう酒を口にした女性たちが次々に体調を崩し、5人が死亡、12人が中毒症状を負った。ぶどう酒から有機リン系農薬が検出され、故意に毒物が混入された事件として捜査が始まった。

捜査で焦点となったのは、瓶を誰が運び、開栓し、毒物を入れられる時間が誰にあったかだった。被害者には奥西の妻と、交際相手とされた女性も含まれていた。検察はこの人間関係を動機と位置付けた。

取り調べ5日目に自白し、その後否認へ

奥西は事件翌日から取り調べを受け、5日目の深夜に農薬をぶどう酒へ入れた趣旨の供述をした。4月3日に逮捕され、4月24日に殺人・殺人未遂罪で起訴された。

しかし奥西は自白を撤回し、自分は犯人ではないと主張した。以後の裁判では、自白の内容が客観的な状況と整合しているか、ぶどう酒の瓶を開けて毒物を混入する機会が実際にあったのかが中心的な争点となった。

津地裁は自白と周辺証拠に疑問を示し無罪

津地裁は1964年12月23日、奥西に無罪を言い渡した。裁判所は、自白内容と事件当日の行動、ぶどう酒瓶の王冠に残った痕跡、関係者の供述変遷などを検討し、奥西が毒物を混入したと断定するには疑いが残ると判断した。

事件そのものが存在しないという判断ではない。5人が毒物によって死亡したことを前提に、起訴された奥西が実行者であることを合理的疑いを超えて証明できたかが問われ、第一審は証明不十分と結論付けた。

検察控訴で無罪から死刑へ

検察が控訴すると、名古屋高裁は1969年9月10日、一審無罪を破棄し、奥西に死刑を言い渡した。高裁は一審とは異なる証拠評価を採り、自白の主要部分や犯行機会、農薬との関係などを総合して奥西を犯人と認定した。

一審無罪から控訴審死刑への変更は、量刑だけが変わったのではない。同じ事件について、犯人性そのものの結論が逆転した。奥西は上告したが、最高裁は1972年6月15日に上告を棄却し、名古屋高裁の死刑判決が確定した。

確定後、再審請求が繰り返された

死刑確定後、奥西は無実を訴え続け、再審請求を繰り返した。争点となったのは、自白の信用性だけではない。毒物の成分鑑定、ぶどう酒瓶の王冠の傷、開栓方法、封かん紙の状態など、犯行機会や物証の評価に直結する証拠が検討された。

再審では、確定判決後に得られた新証拠を加えても有罪認定に合理的な疑いが生じるかが問われる。古い事件では現物の保存状態にも限界があるため、残された写真、鑑定記録、実験結果、当時の供述を組み合わせて審理が続いた。

2005年、第7次請求で再審開始が決定

第7次再審請求で、名古屋高裁刑事第1部は2005年4月5日、再審開始と死刑執行停止を決定した。弁護側が提出した毒物鑑定や瓶の開栓に関する新証拠などを踏まえ、確定判決の有罪認定に疑いが生じると判断した。

奥西にとって、死刑確定から30年以上を経て初めて得た再審開始決定だった。しかし再審公判がそのまま始まったわけではない。検察側が異議を申し立て、別の裁判体による審理へ移った。

2006年に再審開始が取り消された

名古屋高裁刑事第2部は2006年12月26日、検察側の異議を認め、前年の再審開始決定を取り消した。弁護側が重視した鑑定について、確定判決の認定を崩すほどの証明力はないと判断した。

最高裁は2010年4月にこの決定をいったん取り消し、審理を名古屋高裁へ差し戻した。しかし差戻審は2012年5月、改めて再審開始決定を取り消した。2013年10月、最高裁が特別抗告を棄却し、第7次請求は再審開始に至らないまま終了した。

奥西は2015年、死刑確定者のまま死亡

奥西はその後も第8次、第9次と再審を求めた。第9次請求の途中だった2015年10月4日、八王子医療刑務所で肺炎のため死亡した。89歳だった。

本人の死亡によって第9次請求は終了したが、有罪判決が取り消されたわけではない。11月には妹の岡美代子らが第10次再審請求を申し立て、刑事訴訟法に基づく死後再審の手続が始まった。

第10次請求は2024年に最高裁で棄却

第10次請求は2017年に名古屋高裁で棄却され、2022年には異議申立ても棄却された。最高裁第三小法廷は2024年1月29日、特別抗告を棄却した。

決定は再審を開始しない結論だったが、宇賀克也裁判官は反対意見を付し、再審を開始すべきだと述べた。最高裁の裁判官間でも新証拠の評価が一致しなかった点は、第10次請求の大きな特徴となった。

封かん紙の「のり」をめぐり第11次再審へ

2026年1月22日、妹の岡美代子らは名古屋高裁へ第11次再審請求を申し立てた。弁護団は、ぶどう酒瓶の封かん紙から製造段階とは異なる市販ののりの成分が検出されたとする鑑定や、その内容を補強する実験結果などを新たな証拠として提出している。

封かん紙の状態は、事件当日に瓶がどの段階で開けられ、再び封じられた可能性があるのかに関わる。2026年8月27日時点で、第11次請求について再審開始・棄却の結論は出ていない。

死刑執行文書をめぐる情報公開訴訟も継続

再審とは別に、弁護団側は奥西に関する「死刑執行上申書」などの情報公開も求めている。法務省が文書の存否を明らかにしないまま不開示としたため、処分取消しを求める訴訟が提起された。

最高裁は2026年1月27日、二審判決には理由の不備があるとして取り消し、名古屋高裁へ差し戻した。再審請求と情報公開訴訟は別の手続だが、奥西の死後も事件をめぐる司法手続は続いている。

第1次から第6次まで、再審請求は長期間続いた

奥西の再審請求は1973年に始まった。第1次は1974年、第2次は1975年、第3次と第4次は1976~77年にそれぞれ終了した。第5次請求は1977年に始まり、名古屋高裁の棄却、異議審、最高裁での特別抗告まで約20年続いた。

1997年には第6次請求が申し立てられ、1998年に名古屋高裁が棄却、1999年に異議申立ても棄却され、2002年4月に最高裁が特別抗告を退けた。その直後に第7次請求が始まり、ここで初めて再審開始決定へ至った。

毒物の種類をめぐる鑑定が第7次請求の中心となった

確定判決は、奥西が所持していた有機リン系農薬をぶどう酒へ混入したと認定していた。第7次再審では、事件のぶどう酒から検出された成分と、確定判決が前提とした農薬の成分が一致するのかが改めて検討された。

名古屋高裁刑事第1部は2005年、新たな鑑定を踏まえると確定判決の認定には疑いが生じるとして再審開始を決定した。死刑執行も停止されたが、検察の異議申立てによって審理は継続し、翌年には結論が反転した。

最高裁は2010年、再審取消決定をいったん破棄した

2006年の異議審で再審開始が取り消された後、弁護側は最高裁へ特別抗告した。最高裁は2010年4月5日、名古屋高裁の取消決定を破棄し、審理を差し戻した。毒物鑑定をめぐる判断について、さらに検討が必要だとされた。

ただし最高裁がこの時点で再審開始を確定させたわけではない。差戻後の名古屋高裁は2012年5月25日、再び再審開始決定を取り消した。2013年10月16日に最高裁が特別抗告を棄却し、第7次請求は終了した。

第8次、第9次の途中で奥西の健康が悪化

2013年11月、第8次再審請求が申し立てられた。名古屋高裁は2014年5月に棄却し、2015年1月には異議申立ても退けた。弁護団は同年5月、特別抗告を取り下げて第9次請求へ移った。

奥西は長期収容の中で体調を崩し、八王子医療刑務所で治療を受けていた。2015年10月4日に肺炎で死亡したため、本人を請求人とする第9次再審請求は終了した。死刑は執行されなかった。

第10次では封かん紙の状態が改めて争点となった

妹の岡美代子が申し立てた第10次請求では、事件で使われたぶどう酒瓶の封かん紙に関する鑑定が提出された。弁護側は、封かん紙の裏から製造時とは異なるのり成分が検出されたとして、瓶が事件前に開けられた状況を再検討する必要があると主張した。

確定判決が前提とした毒物混入方法と、封かん紙に残る物理的な痕跡が両立するかが争われた。名古屋高裁は2017年に請求を棄却し、2022年の異議審も棄却。2024年1月の最高裁決定へ進んだ。

2024年最高裁決定には再審開始を求める反対意見

最高裁第三小法廷は2024年1月29日、第10次請求の特別抗告を棄却した。多数意見は、新たに提出された証拠を考慮しても確定判決の有罪認定に合理的な疑いは生じないと判断した。

一方、宇賀克也裁判官は反対意見を付し、再審を開始すべきだとした。同じ最高裁決定の中で、新証拠が確定判決へ与える影響について判断が分かれた。

第11次請求は第10次の鑑定をさらに補強

2026年1月22日に申し立てられた第11次請求では、封かん紙ののり成分に関する鑑定をさらに補強する実験結果などが提出された。弁護団は、瓶がどの段階で開封されたのかという犯行機会の認定そのものに関わる証拠だとしている。

奥西本人が死亡して10年以上が経つが、死後再審では有罪判決を取り消し、名誉を回復できるかが争われる。2026年8月27日時点では第11次請求の結論は出ていない。

参考資料・出典

関連事件

同じテーマの書籍を探す

この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。