山梨キャンプ場女児失踪事件|小倉美咲さんの骨発見と現在も残る失踪の謎

公開日 2026年3月10日
最終更新 2026年7月31日

山梨キャンプ場女児失踪事件は、2019年9月21日、山梨県道志村のキャンプ場で、小学1年生だった小倉美咲さんが行方不明になった事案である。現在でも、事故だったのか、第三者が関与した事件だったのかは特定されておらず、警察は両面から捜査を続けている。

POINT
この記事でわかること
  • 小倉美咲さんがキャンプ場から姿を消すまでの経緯
  • 行方不明当日に確認されている詳しい時系列
  • 警察や自衛隊による大規模捜索の内容
  • 約2年7カ月後に人骨や靴が発見された経緯
  • DNA型鑑定によって死亡が確認された流れ
  • 事故と事件のどちらも否定されていない理由
  • 現在でも明らかになっていない事実
項目内容
一般的な呼称山梨キャンプ場女児失踪事件、道志村キャンプ場女児行方不明事案
発生日2019年9月21日
最後に確認された時刻午後3時40分から3時45分ごろ
発生場所山梨県南都留郡道志村の椿荘オートキャンプ場
当事者小倉美咲さん
失踪当時の年齢7歳、小学1年生
居住地千葉県成田市
当日の服装黒色の長袖シャツ、青色のジーンズ、緑色の運動靴
大規模捜索2019年9月21日から10月6日までの16日間
捜索参加者警察、消防、自衛隊、地元住民、ボランティアなど延べ約1700人
人骨発見2022年4月、キャンプ場から約600メートル離れた山中
死亡判断2022年5月14日、肩甲骨のDNA型が美咲さんと一致
死因特定されていない
第三者の関与確認されていない
逮捕・起訴なし
現在死亡は確認。失踪から死亡までの経緯は不明で、事件・事故の両面から捜査継続

2019年9月21日、家族や知人と道志村へ

小倉美咲さんは2019年9月21日、母親や姉とともに、山梨県道志村の椿荘オートキャンプ場を訪れた。キャンプには、以前から家族ぐるみで交流していた子育てサークルのメンバーが参加している。参加者は7家族、子どもを含む計27人だった。インターネットを通じて当日初めて集まった人々ではなく、以前から一緒にキャンプなどをしていた間柄である。

小倉家は午後0時15分ごろ、キャンプ場へ到着した。美咲さんの父親は仕事のため、翌日から参加する予定だった。昼食後、子どもたちはキャンプサイト周辺の森や林道で遊び、午後3時20分ごろまでに戻っている。

おやつを食べた後、友達を追いかけて出発

午後3時35分ごろ、おやつを食べ終えた子どもたちは、再び遊びに出かけた。美咲さんはほかの子どもたちより食べ終わるのが遅く、5分から10分ほど後にキャンプサイトを離れている。母親は、先に出発した子どもたちの後を追う美咲さんを見送った。これが、家族による最後の目撃となった。

美咲さんが1人で出発した時刻は、午後3時40分から3時45分ごろとされている。子どもたちが遊んでいた場所までは、キャンプサイトから歩いて移動できる距離だった。しかし、美咲さんは友達のいる場所へ到着していない。

午後4時、子どもたちの中に美咲さんがいないと気付く

午後3時50分ごろ、大人が子どもたちを迎えに行き、遊んでいた子どもたちへキャンプサイトに戻るよう声をかけた。午後4時ごろ、戻ってきた子どもたちの中に美咲さんがいないことへ、母親が気付く。参加者はキャンプサイト周辺、子どもたちが遊んでいた沢、林道、キャンプ場の受付付近などを手分けして探した。

捜索範囲を広げても見つからなかったため、午後5時ごろに警察へ通報している。警察は午後6時ごろに到着し、家族やキャンプ参加者から事情を聴いたうえで、現地の捜索を始めた。

失踪当日の夜から警察犬を投入

日没後には地元消防団も到着し、警察やキャンプ参加者とともに美咲さんを捜した。警察犬も投入され、キャンプ場内の森、橋、坂道、沢などが調べられている。山間部には街灯が少なく、日没後の視界は限られていた。川や急な斜面もあり、夜間の捜索には危険が伴う。

警察などによる初日の捜索は午後10時ごろに終了しましたが、家族や知人はその後も探し続けた。翌22日未明には父親も現地へ到着し、午前3時ごろまで捜索が行われている。

警察、消防、自衛隊による大規模捜索

翌9月22日から、警察や消防を中心とする本格的な捜索が始まった。警察犬やヘリコプターに加え、猟友会、民間の災害救助犬、地元住民、全国から集まったボランティアも参加している。9月24日には、熱を感知する機器を備えたドローンが投入された。山梨県は陸上自衛隊へ災害派遣を要請する。

翌25日から自衛隊員約150人が加わり、一時は警察や消防を含む250人を超える態勢で捜索が行われた。山中や林道だけでなく、沢、道志川、道志ダムなどの河川や水中も調べられた。

延べ約1700人が16日間捜索するも手掛かりなし

捜索は範囲を変えながら、繰り返し行われた。すでに確認した森林や沢についても、隊員が再び入り、落ち葉や岩の陰、急斜面などを調べている。自衛隊は9月28日に撤収し、消防団も翌29日を最後に活動を終えた。その後も警察を中心とする捜索が続く。

2019年10月6日、山梨県警は現地捜索本部による大規模捜索を終了した。16日間の捜索には延べ約1700人が参加しましたが、美咲さんの靴や衣類を含め、有力な手掛かりは一つも見つからなかった。

写真を公開し全国から情報を募る

捜索開始から10日目となる9月30日、家族の意向を受けて、美咲さんの顔写真が公開された。山梨県警は、山中で迷っている可能性だけでなく、何らかの事件へ巻き込まれた可能性も否定できないとして、全国へ情報提供を求める。10月2日には、行方不明当日にキャンプ場で撮影された写真も公開された。

美咲さんは身長約125センチで、肩までの黒髪だった。黒色の長袖シャツ、青色のジーンズ、緑色の運動靴を身に着けていた。防犯カメラや周辺を通行した車のドライブレコーダーも調べられましたが、失踪の経緯を特定できる映像は確認されなかった。

大規模捜索後も捜査と情報収集を継続

大規模捜索が終わった後も、山梨県警は美咲さんを特異行方不明者として扱い、捜査と情報収集を続けた。周辺の空き家や物置への聞き込み、道路を走行した車両の確認、寄せられた目撃情報の精査などが行われている。家族もチラシの配布やホームページ、SNSを通じて、全国へ情報提供を呼びかけた。

美咲さんに似た子どもを見たという情報や、事件への関与をほのめかす連絡も寄せられた。しかし、いずれも美咲さんの発見へ直接つながる情報ではなく、失踪から2年以上が経過した。

2022年4月、山中の沢で人骨を発見

事件が大きく動いたのは、2022年4月23日である。美咲さんを捜していたボランティアの男性が、キャンプ場から約600メートル離れた山中の沢で、人の骨のようなものを発見した。男性は写真を撮って確認した後、4月25日に道志村の駐在所へ届け出ている。

翌26日、警察は見つかったものが人の頭蓋骨の一部とみられることを確認した。発見場所がキャンプ場の近くであり、子どもの骨である可能性もあったため、美咲さんとの関連を調べる捜索が始まる。

子ども用の運動靴と靴下を発見

警察が沢や周辺の斜面を捜索すると、人骨以外の遺留品も相次いで見つかった。4月28日には、右足用の子ども用運動靴が発見されている。翌29日には、左足用の運動靴と片方の靴下が見つかった。

靴は、美咲さんが行方不明当日に履いていた緑色の運動靴と、メーカー、種類、サイズなどの特徴が一致していた。ただし、靴だけから使用者を科学的に特定することはできず、この時点では美咲さんのものと断定されていない。

黒い長袖シャツと肩甲骨も見つかる

5月4日には、靴が見つかった場所の近くから、黒っぽいハイネックの長袖シャツと骨のようなものが発見された。シャツは、美咲さんが行方不明になった時に着ていた衣類と特徴が似ていた。司法解剖の結果、同日に見つかった骨は、人の右肩甲骨と確認される。

警察は頭蓋骨と肩甲骨について、DNA型鑑定を進めた。発見現場では、その後も腕や脚の骨を含む複数の人骨が見つかっている。

頭蓋骨から母親との血縁関係を確認

最初に見つかった頭蓋骨の一部は劣化が進み、個人を直接特定するDNA型を十分に取り出せなかった。そこで、母系の血縁関係を調べられるミトコンドリアDNA型鑑定が行われる。2022年5月12日、頭蓋骨の一部は、美咲さんの母親と血縁関係にある人物のものとして矛盾しないとの結果が判明した。

ただし、ミトコンドリアDNA型は母方の親族間で共通するため、この鑑定だけで美咲さん本人と断定することはできない。警察は、より個人識別能力の高いDNA型を検出できる可能性がある肩甲骨の鑑定を続けた。

肩甲骨のDNA型が小倉美咲さんと一致

2022年5月14日、山梨県警は、右肩甲骨から検出されたDNA型が小倉美咲さんと一致したと発表した。この結果を受け、警察は美咲さんが死亡していると判断している。美咲さんが行方不明になってから、約2年7カ月後のことだった。

その後、現場付近で見つかった腕や脚などの骨についても、美咲さんのDNA型と一致したことが確認されている。死亡が確認された一方、美咲さんがなぜ山中にいたのかという最大の疑問は残された。

美咲さんの死因は特定されていない

発見された骨は長期間、山中の風雨や土砂へさらされていた。そのため、骨の状態だけから、美咲さんの死因や死亡時期を詳しく特定することは困難だった。転落や低体温症などの事故で亡くなったのか、第三者によって命を奪われたのかは分かっていない。

発見された骨に、第三者から暴力を受けたことを明確に示す痕跡があったとの公表もない。死亡したという事実は確認されましたが、死因は現在も不明である。

事故による失踪だった可能性

事故の可能性として考えられるのは、美咲さんが友達を捜す途中で進路を間違え、山中へ迷い込んだという経過である。現場周辺には分岐する道や沢、急な斜面があり、進む方向を誤るとキャンプサイトから離れてしまう。子どもが不安や焦りから、来た道を戻らずに移動を続けることもある。

また、遺骨や所持品が沢で見つかったことから、雨水や土砂によって、当初いた場所から移動した可能性も検討されている。しかし、警察は美咲さんがどの道を通り、どの地点で事故に遭ったのかを特定していない。

第三者が関与した事件の可能性

美咲さんが第三者の車へ乗せられ、連れ去られたのではないかという可能性も、失踪当初から捜査されていた。キャンプ場周辺の道路は一般車両が通行でき、行楽シーズンにはキャンプ客や観光客も訪れる。行方不明になった約20分間に、美咲さんが誰かと接触した可能性を完全には否定できない。

一方、第三者が美咲さんを連れ去ったことを示す目撃証言、防犯カメラ映像、車両記録などは公表されていない。事故と事件のどちらについても、決定的な証拠が確認されていない状態である。

なぜ最初の大規模捜索で発見できなかったのか

事件をめぐる大きな疑問の一つが、延べ約1700人が捜索したにもかかわらず、骨や靴が見つからなかった点である。発見場所は、キャンプ場から直線距離では遠くない一方、沢や急斜面が続く山中だった。落ち葉、倒木、岩、土砂が重なる場所では、衣類や小さな遺留物を見つけることは容易ではない。

捜索後に台風や大雨が発生し、沢の地形や土砂の状態が変化した可能性もある。ただし、遺骨や所持品が失踪当初から発見場所にあったのか、別の場所から移動したのかは確認されていない。

「当時はそこにいなかった」という見方も確定していない

当初の捜索で見つからなかったことから、後になって第三者が遺体や所持品を山中へ移したという説も広まった。しかし、第三者が遺骨を運んだことを示す証拠は公表されていない。反対に、遺骨が失踪当初から発見場所付近にあったと断定できる証拠もない。

山中で人や物が見つからなかったという結果だけから、誘拐や遺棄があったと結論づけることはできない。現在までに確認されている証拠では、美咲さんが山中へ至った経緯を一つに絞ることはできないというのが実情である。

母親やキャンプ参加者への根拠のない疑い

美咲さんの失踪後、インターネット上では、母親やキャンプ参加者を疑う書き込みが繰り返された。警察が確認していない内容を事実のように語る投稿や、家族の表情や発言だけを根拠に犯人扱いする情報も広がっている。しかし、家族や参加者が美咲さんの失踪へ関与したとする証拠は公表されていない。

母親をブログで中傷した人物は名誉毀損罪で起訴され、2021年12月、千葉地裁から懲役1年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。未解明の部分が多い事件であっても、証拠のない人物を犯人と決めつける行為は、事実の検証とは異なる。

家族が続けた捜索と情報提供の呼びかけ

母親の小倉とも子さんは、美咲さんが生きて戻ることを信じ、全国でチラシ配布や情報提供の呼びかけを続けた。2022年に骨のDNA型が一致した後も、突然示された結果をすぐには受け入れられない心境を明かしている。その後、家族は美咲さんの死と向き合いながら、失踪当日に何が起きたのかを明らかにするための活動を続けた。

2025年9月、失踪から6年となる節目に、現地に設けられていた献花台は終了した。家族は心の一区切りをつける一方、事故か事件かは何も分かっていないとして、引き続き警察への情報提供を呼びかけている。

現在の状況|死亡は確認、経緯は未解明

現在も、美咲さんが死亡したことはDNA型鑑定によって確認されている。そのため、現在も生存したまま行方不明になっている事案ではない。一方、失踪した午後3時40分ごろから、死亡するまでの経緯は明らかになっていない。

警察が事故、誘拐、殺人、死体遺棄などのいずれかを認定したとの公表はなく、容疑者の逮捕や刑事裁判も行われていない。正確には、死亡が確認された一方、失踪と死亡の原因が解明されていない事案である。警察は現在も、事件と事故の両面から捜査を継続している。

山梨キャンプ場女児失踪事件の主な時系列

  • 2019年9月21日午後0時15分ごろ:小倉家が椿荘オートキャンプ場へ到着
  • 午後3時35分ごろ:先におやつを食べ終えた子どもたちが遊びに出発
  • 午後3時40分から3時45分ごろ:美咲さんが1人で友達を追いかけて出発
  • 午後4時ごろ:戻った子どもたちの中に美咲さんがいないと判明
  • 午後5時ごろ:家族が警察へ通報
  • 9月22日:警察、消防などによる本格的な捜索を開始
  • 9月25日:自衛隊約150人が捜索へ参加
  • 9月30日:山梨県警が美咲さんの顔写真を公開
  • 10月6日:16日間の大規模捜索を終了
  • 2022年4月23日:ボランティア男性が山中で人骨のようなものを発見
  • 4月25日:発見者が警察へ届け出る
  • 4月28日:子ども用の右足の運動靴を発見
  • 4月29日:左足の運動靴と片方の靴下を発見
  • 5月4日:黒い長袖シャツと人の右肩甲骨を発見
  • 5月12日:頭蓋骨の一部から母親との血縁関係に矛盾しないDNA型を検出
  • 5月14日:肩甲骨のDNA型が美咲さんと一致し、警察が死亡と判断
  • その後:腕や脚など複数の骨からも美咲さんのDNA型を確認
  • 2025年9月:現地の献花台を終了
  • 現在:事件・事故の両面から捜査継続

山梨キャンプ場女児失踪事件が残したもの

小倉美咲さんは、友達と遊ぶために母親のもとを離れた後、わずかな時間の中で姿を消した。警察や自衛隊を含む多くの人々が山や川を捜しましたが、当時は靴一つ見つからなかった。約2年7カ月後、キャンプ場に近い山中から骨や所持品が見つかり、美咲さんの死が確認された。

それでも、美咲さんが友達とは異なる方向へ進んだのか、山中で事故に遭ったのか、第三者と接触したのかは分かっていない。未解明であることは、自由な憶測によって空白を埋めてよいという意味ではない。確認されている事実と可能性を慎重に分け、根拠のない犯人捜しを避けながら、失踪の経緯を検証し続ける必要がある。

美咲さんがどのような道をたどり、なぜ家族のもとへ戻れなかったのか。その答えは、2026年を迎えても明らかになっていない。

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