2019年9月21日、山梨県道志村の椿荘オートキャンプ場で、小学1年生だった小倉美咲さん(7)が姿を消した。大規模な捜索でも手掛かりは見つからなかったが、約2年7か月後の2022年4月、キャンプ場近くの山中で人の骨の一部が発見される。そこから遺留品や複数の骨が相次いで見つかり、DNA型鑑定によって警察は美咲さんが死亡したと判断した。
ただし、骨が見つかったことは「失踪後に何が起きたか」まで明らかにしたわけではない。山梨県警は人骨発見後も事件・事故の両面から捜査を継続しており、家族が2025年9月に公表した文章でも、その状態は変わっていないとされている。
| 事件名 | 山梨キャンプ場女児失踪事件 |
|---|---|
| 行方不明 | 2019年9月21日 |
| 場所 | 山梨県南都留郡道志村・椿荘オートキャンプ場 |
| 行方不明者 | 小倉美咲さん(当時7歳、小学1年生) |
| 大規模捜索 | 16日間、警察・消防・自衛隊・ボランティアなど延べ約1700人 |
| 人骨発見 | 2022年4月23日、キャンプ場近くの山中 |
| 死亡判断 | 2022年5月、肩甲骨などのDNA型一致を受け山梨県警が死亡と判断 |
| 捜査状況 | 事件・事故の両面から継続 |
| 現在 | 失踪から死亡までの具体的経緯は特定されていない |
友人を追って一人でサイトを離れた後、姿が見えなくなった
家族が公開している当日の経過によると、美咲さんは複数家族でキャンプ場を訪れていた。午後3時35分ごろ、子どもたちが先に遊びに向かい、美咲さんはおやつを食べ終えた後の午後3時40分から45分ごろ、一人で友人たちを追ってサイトを離れた。ここが家族が最後に確認した姿となった。
家族の時系列では、午後3時50分ごろに大人が遊びに行った子どもたちを迎えに行き、子どもたちはサイトへ戻った。午後4時、美咲さんがその中にいないことに母親が気付き、近場の捜索を開始。午後4時20分ごろからはキャンプ場内、テニスコートの先、受付付近の民家周辺などへ範囲を広げ、午後5時に警察へ連絡した。警察の到着は午後6時ごろだった。
家族の記録では、美咲さんは黒い長袖の上着、青いジーンズ、緑色の運動靴を身に着けていた。最後に確認された時刻から警察への通報まで、大人たちがキャンプ場内と周辺を探し続けていた経過が残されている。
警察・消防・自衛隊・ボランティアが16日間捜索した
行方不明直後から、山梨県警は大月警察署だけでなく機動隊や航空隊も投入した。地元消防、ボランティア、自衛隊なども加わり、山林、沢、川、道路周辺などを捜索した。国家公安委員会の2022年会見でも、当時の捜索に複数の機関・団体が参加したことが説明されている。
家族の公表資料では、大規模な現地捜索は10月6日までの16日間に及び、参加者は延べ約1700人とされる。それでも美咲さん本人や決定的な所持品は見つからず、以後は情報提供の呼び掛けや必要に応じた捜索が続いた。
約2年7か月後、キャンプ場から離れた沢で人骨が見つかった
状況が大きく変わったのは2022年4月だった。4月23日、ボランティアで捜索していた男性が、キャンプ場から直線距離で約600メートル離れた山中の枯れ沢で、人の頭部とみられる骨の一部を見つけた。警察は周辺を改めて捜索し、骨や衣類、運動靴などを次々に発見した。
失踪当時に大規模捜索が行われた地域の近くから、年月を経て骨や所持品が出てきたことになる。だが、発見場所と失踪地点が分かっただけで、美咲さんがどの経路を通ってそこへ至ったのかまでは確定しなかった。
最初の頭骨は「母親との血縁に矛盾なし」までしか分からなかった
2022年5月12日、山梨県警は最初に見つかった頭部の骨について、ミトコンドリアDNA型鑑定の結果を公表した。結果は、美咲さんの母親と血縁関係にあるとして矛盾しないというものだった。
ここで重要なのは、この段階では「美咲さん本人の骨と特定された」わけではない点だ。ミトコンドリアDNAは母系の血縁関係を調べることができる一方、同じ母系の別人を排除できない。頭骨からは個人識別に有効な核DNAを十分に得られず、警察も本人を特定する結果ではないと説明した。
4月末から靴や衣類が相次いで見つかった
人骨の発見を受けて警察が周辺を捜索すると、4月末には子ども用の運動靴が相次いで見つかった。報道では、失踪時に美咲さんが履いていた緑色の運動靴とメーカーや種類などの特徴が一致するとされ、さらに靴下や黒いハイネックの衣類なども沢周辺から発見された。
これらの発見により、2019年の失踪地点と2022年の骨の発見地点を結び付ける物証が増えた。ただし、衣類や靴が見つかった位置関係だけで、本人が当日にそこまで歩いたのか、自然作用で移動したのか、別の経路をたどったのかを確定することはできなかった。
肩甲骨のDNA型が一致し、警察は美咲さんの死亡を判断した
その後に見つかった肩甲骨からは、個人識別に用いるDNA型が検出された。2022年5月14日、山梨県警は肩甲骨のDNA型が美咲さんと一致したと発表し、死亡していると判断した。最初の頭骨の鑑定結果だけで死亡確認に至ったのではなく、後から得られた別の骨のDNA型一致が決定的な根拠となった。
さらに、腕や脚の骨でも美咲さんのDNA型と一致するものが確認された。警察は同じ沢周辺の捜索を続け、人の骨のようなものを複数回にわたり回収した。
失踪時の運動靴や衣類とみられる物も周辺から発見された
骨の発見地点周辺では、運動靴や衣類なども見つかった。発見物は失踪当時の美咲さんの服装や所持品との関連が調べられ、骨の鑑定と並行して身元確認と経路の解明が進められた。
骨と遺留品が同じ山域から見つかったことは重要な物証となったが、発見時点まで約2年7か月が経過している。山中の環境変化もあり、「どの時点で」「どのように」その場所へ至ったのかを発見状況だけから一つに決めることはできなかった。
死亡が確認されても、死因と失踪後の行動は別の問題として残った
DNA型一致によって美咲さんの死亡は確認された。しかし、死亡確認と死因の特定は同じではない。公開されている警察説明では、美咲さんがキャンプサイトを離れた後の移動経路、死亡した時期、死亡に至った具体的な原因は示されていない。
そのため、警察は骨が見つかった後も「事件・事故の両面」で捜査を続けると説明した。第三者が関与した事件と結論づけたわけでも、山中での事故と結論づけたわけでもない。現在の記事で最も慎重に区別すべきなのは、死亡が確認された事実と、死亡までの経緯が解明されたかどうかである。
大規模捜索で見つからなかった場所から、なぜ後に発見されたのか
この事件では、2019年の大規模捜索と2022年の発見地点の関係が注目されてきた。現地では警察、消防、自衛隊、ボランティアが広範囲を捜索したが、人が多く入ったことと、山林内のすべての地点を同じ精度で確認できたことは同義ではない。
一方、骨が後に移動したのか、当初から発見場所付近にあったのかについて、警察は最終的な結論を公表していない。地形や自然環境からさまざまな可能性が語られてきたが、公開資料で確定していない経路を記事側で補うことはできない。
2025年9月、家族は献花台を終了しても情報提供を呼び掛けた
美咲さんの家族は2025年9月30日、現地に設けられていた献花台を同月21日に終了したと公表した。行方不明から6年、死亡を知らされてから3年を経て、現地での一つの節目を設けた形となる。
ただし、家族は同じ文章で「事件か事故かについては未だに何もわからない状態」と記し、山梨県警が事件・事故の両面で捜査を継続しているとして、大月警察署への情報提供を引き続き求めている。現地でも、長年捜索に携わった人たちを中心とするチームが活動を続けていると説明されている。
この事件で現在までに確定していること
2019年9月21日にキャンプ場から美咲さんが行方不明になったこと、2022年に近隣の山中で骨や遺留品が見つかったこと、複数の骨のDNA型が美咲さんと一致し、警察が死亡と判断したことは確認されている。
一方、失踪後の移動経路、死因、死亡時期、事件性の有無は公表資料から確定していない。行方不明事件として始まった捜査は、遺骨発見によって大きく進展したものの、「なぜ姿を消し、なぜその場所で骨が見つかったのか」という核心までは解明されていない。
参考資料・出典
- 国家公安委員会委員長記者会見要旨(2022年5月19日)
- テレビ朝日「頭の骨 DNA鑑定 母との血縁関係に矛盾せず」
- テレビ朝日「道志村 新たに4つの骨のようなもの発見」
- テレビ朝日「道志村の人骨 母親と親族関係“矛盾なし”」
- 小倉美咲さん家族開設ホームページ「行方不明の経緯」
- 小倉美咲さん家族公表資料(捜索経過)
- 小倉美咲さん家族開設ホームページ「献花台を終了しました 今後について」
関連事件
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