2009年、鳥取県内の海と川で二人の男性が遺体で見つかった。元トラック運転手の矢部和実さん(47)と、電器店を経営していた圓山秀樹さん(57)。二人の体内からは睡眠薬などが検出され、いずれも上田美由紀との間に返済や支払いをめぐる債権関係があった。
上田は二件の強盗殺人を一貫して否認した。犯行を直接目撃した証人はおらず、裁判で問われたのは、薬物、債務、最後の接触、事件直後の上田の状態といった間接事実の積み重ねで二件を認定できるかだった。最高裁は2017年、合理的な疑いを差し挟む余地がないとして死刑を維持した。
| 事件 | 2009年4月4日・10月6日の強盗殺人 |
|---|---|
| 場所 | 鳥取県北栄町周辺の日本海、鳥取市の摩尼川 |
| 被害者 | 矢部和実さん(47)、圓山秀樹さん(57) |
| 被告人 | 上田美由紀 |
| 一審 | 2012年12月4日、鳥取地裁・死刑 |
| 控訴審 | 2014年3月20日、広島高裁松江支部・控訴棄却 |
| 上告審 | 2017年7月27日、最高裁第一小法廷・上告棄却 |
| 死刑確定 | 2017年8月23日 |
| その後 | 2023年1月14日、広島拘置所で窒息により死亡 |
「連続不審死」と呼ばれたが、有罪が確定した殺人は二件だった
上田の周辺では複数の男性が死亡していたため、捜査や報道では「鳥取連続不審死事件」と呼ばれるようになった。ただし、死刑判決の対象となった殺人は矢部さんと圓山さんの二件である。周辺の別の死亡事例まで、上田による殺人として刑事裁判で認定されたわけではない。
最高裁判決が審理したのも、二件の強盗殺人と詐欺、窃盗、住居侵入などである。事件名として知られる範囲と、確定判決によって犯罪事実として認定された範囲は一致しない。二人の死亡を個別に見ると、共通していたのは上田が支払いを迫られる立場にあり、被害者へ睡眠薬などを服用させた後、水中へ誘導したと認定された点だった。
二人は上田に金を貸す、商品を売る立場にいた
矢部さんと圓山さんは、単に上田の知人だったというだけではない。矢部さんには貸金の返済を受ける権利があり、圓山さんには販売した家電代金を受け取る権利があった。二人が死亡すれば、上田にとって目前の返済・支払い要求をかわすことができる関係にあった。
最高裁が「債務の弁済を免れようとして債権者を殺害した」と整理したのは、この金銭関係が殺害の動機と直接結び付いていたためだ。二件は被害者も場所も異なるが、債務逃れ、薬物、水中への誘導という構造が共通していた。
矢部和実さん殺害は270万円の債務が背景にあった
矢部さんは上田と交際していたことがあり、上田に対する貸金を抱えていた。裁判では、2009年3月に270万円の金銭借用証書が作られ、返済期限が同月末に設定されていたことなどから、上田には返済を迫られる具体的な事情があったと認定された。
4月4日、上田は矢部さんに睡眠薬などを服用させて意識がもうろうとした状態にし、鳥取県北栄町沿岸の海中へ誘導して溺死させたとされた。矢部さんの遺体は後に海で発見され、体内から薬物成分が検出された。最高裁は、債務の弁済を免れることが殺害の動機だったと認定している。
圓山秀樹さんは家電代金約53万円の支払いを求めていた
圓山さんは鳥取市内で電器店を営み、上田側へ洗濯機など複数の家電製品を後払いで販売していた。代金は約53万円。支払いを求める立場にあった圓山さんは、2009年10月6日に上田と接触した後、行方が分からなくなった。
翌7日、圓山さんは鳥取市内の摩尼川で死亡しているのを発見された。判決は、上田が睡眠薬などを服用させて意識もうろう状態にし、川の水中へ誘導して溺死させたと認定した。二件目も、支払い義務から逃れるため債権者を殺害した強盗殺人と判断された。
2009年11月の詐欺事件での逮捕から、二件の死亡捜査が進んだ
上田が最初に身柄を拘束されたのは強盗殺人ではなく、2009年11月2日の詐欺事件だった。同居していた男性とともに逮捕され、取り込み詐欺などの捜査が進む過程で、矢部さんと圓山さんの死亡も詳しく調べられた。
二人の遺体から検出された睡眠薬などの成分、上田が薬を入手できた経路、被害者が最後に接触した人物、債務関係が一つずつ照合された。上田は後に強盗殺人容疑でも逮捕・起訴されたが、二件の殺害については捜査段階から公判を通じて否認した。
二人の体内から出た睡眠薬は、上田の入手可能性と結び付けられた
司法解剖では、矢部さんと圓山さんの体内から睡眠薬などの成分が検出された。二人から検出された薬物の組み合わせは同一ではなかったが、捜査では上田がそれぞれの薬を入手していた、または入手できた経路が確認された。
最高裁は薬物だけを決め手にはしていない。被害者が自ら服用した可能性、別人が与えた可能性も含め、最後に接触した人物、事件後の上田の状態、債務関係と合わせて評価した。薬物は、独立した一個の証拠ではなく、複数の間接事実をつなぐ要素として用いられた。
直接目撃ではなく、複数の間接事実が犯人性の根拠になった
最高裁が列挙した事情の一つは、矢部さん、圓山さんが行方不明になった際、上田が最後に接触していた人物だったこと。さらに、その後まもなく同居男性が上田を見た際、上田の身体がぬれていたことも証拠として評価された。
二人の遺体からは特徴的な組み合わせの睡眠薬などが検出され、上田はそれらを事前に入手していたか、入手できる立場にあった。そして二人に対する債務があり、死亡すれば返済や支払いを免れられる。最高裁は、これらを総合すれば上田が二件の犯人であることは合理的な疑いを差し挟む余地がないとした。
事件直後に「体がぬれていた」という目撃も二件を結んだ
最高裁判決が具体的に挙げた事情には、各被害者が行方不明になった後まもなく、上田が一人でいるところを同居男性に目撃され、その際に体がぬれた状態だったことも含まれる。二件はいずれも海または川で溺死させたとされたため、この目撃は犯行後の行動を示す事情として扱われた。
もちろん、身体がぬれていたことだけで殺人を証明できるわけではない。最高裁は、同居男性の証言が他の客観的事実と整合しているかを確認し、薬物、債務、最後の接触という事情と重ねたうえで信用できると判断した。
弁護側が示した別の人物による犯行の可能性は退けられた
上田側は、自身が殺害したのではないとして争い、同居男性の関与をうかがわせる主張も行った。重要な証言をした同居男性には、自分の責任を回避する動機があるとして信用性も争った。
最高裁は、同居男性の証言が客観的な事実と整合していると評価し、信用できるとした。犯行現場を直接見た証拠がないことだけで無罪になるのではなく、互いに関連する間接事実が別の合理的説明を排除できるかが判断された。
殺人以外にも、詐欺・窃盗・住居侵入が同じ裁判で審理された
上田の刑事裁判は強盗殺人二件だけで構成されていたわけではない。取り込み詐欺などの詐欺事件、窃盗、住居侵入も起訴され、最高裁の事件名にも「強盗殺人、詐欺、窃盗、住居侵入」と並んでいる。
ただし死刑を選ぶ量刑判断の中心は二件の強盗殺人だった。最高裁は、その他の財産犯罪の多さを理由に死刑としたのではなく、別々の機会に二人の債権者を計画的に殺害した結果と動機を最も重い事情として位置付けている。
鳥取地裁は二件を計画的な強盗殺人と認定し、死刑を選んだ
2012年12月4日、鳥取地裁の裁判員裁判は上田に死刑を言い渡した。二件とも、債務の弁済を免れる目的で、あらかじめ用意した睡眠薬などを被害者に服用させ、水中へ誘導して溺死させたと認定した。
量刑では、別々の機会に二人を殺害したこと、強固な殺意に基づく計画的な犯行だったこと、金銭上の義務を免れるという動機に酌むべき事情がないことが重く評価された。上田に重大な前科がなかったことなどを考慮しても、極刑を回避する事情にはならないとされた。
死刑判断では「二人だから」ではなく、二件を反復した経過が重視された
最高裁は、死刑選択にあたり被害者が二人であることだけを取り出していない。一件目の後に犯行を止めず、別の債務を免れるため再び睡眠薬を準備し、水中へ誘導する方法で二件目を実行したことを「強固な殺意に基づく計画的で冷酷な犯行」と評価した。
上田には罰金前科しかなかった。それでも、動機に酌むべき事情がなく、落ち度のない二人が死亡し、遺族の処罰感情も厳しいとして、一審の死刑をやむを得ないと判断した。死刑は財産犯罪を重ねた結果ではなく、二件の強盗殺人の罪責から選ばれた。
広島高裁松江支部、最高裁でも死刑判決は変わらなかった
2014年3月20日、広島高裁松江支部は上田側の控訴を棄却した。上田は最高裁へ上告し、犯人性や証拠評価を争ったが、2017年7月27日、最高裁第一小法廷も上告を棄却した。
最高裁は、二件の強盗殺人について一、二審の認定を是認し、死刑についても「やむを得ない」とした。判決訂正の申立ても退けられ、2017年8月23日に死刑が確定した。上田は死刑確定者として広島拘置所に収容された。
上告棄却の判決と、死刑の法的確定には時間差があった
最高裁が上告を棄却したのは2017年7月27日だが、その日に直ちにすべての手続が終わったわけではない。判決訂正の申立てが行われ、その手続が終わった2017年8月23日に死刑が確定した。
上田はその後、広島拘置所に死刑確定者として収容された。刑が確定したことと死刑が執行されたことは別であり、2023年まで執行は行われなかった。
死刑は執行されず、2023年1月14日に広島拘置所で死亡した
2023年1月14日夕方、上田は広島拘置所の居室で食事中に食べ物をのどに詰まらせて倒れた。職員が異物を取り除くなどした後、外部の病院へ搬送されたが死亡が確認された。49歳だった。死因は窒息とされ、死刑執行による死亡ではない。
事件は上田の死亡によって刑の執行には至らず終わった。ただし、二件の強盗殺人についての有罪判決と死刑判決はそのまま確定判決として残る。「周辺で何人が死亡したか」という数字ではなく、矢部さんと圓山さんについて何が証明され、どの証拠から犯人性が認定されたのかが、刑事裁判の中心だった。
二件の確定判決は、周辺の別の死亡事例まで認定したものではない
事件発覚時には上田と関係のあった複数男性の死亡が掘り起こされ、六人という数字が広く知られるようになった。しかし最高裁判決が上田の犯行として確定させた殺人は、矢部さんと圓山さんに対する強盗殺人二件である。
それ以外の死亡まで「上田が殺害した」と一括して扱えば、確定判決の範囲を越える。鳥取連続不審死事件の刑事責任を追う際は、報道上の事件群と、司法が有罪認定した二件を切り離さず、同時に混同もしないことが重要になる。
参考資料・出典
- 最高裁判所第一小法廷「平成26年(あ)第589号 強盗殺人、詐欺、窃盗、住居侵入被告事件」2017年7月27日
- 共同通信ニュース用語解説「鳥取連続不審死事件」
- 日本テレビ「なぜ男たちは次々騙されたのか?」2017年12月19日
- 文春オンライン「なぜ『ゴミ屋敷に住むホステス』に男性たちは騙されたのか?」2026年4月
- TBS NEWS DIG「鳥取連続不審死事件 上田美由紀死刑囚が死亡」2023年1月14日
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