1999年、宮崎県内で二人の男性が相次いで殺害され、いずれも産業廃棄物処分場に遺体を隠された。中心人物として起訴されたのは、当時、産業廃棄物処理会社の幹部だった渕上幸春。二人は、渕上らが関わった保険金詐欺などの事情を知る立場にいた。
事件は単純な金銭トラブルの連続ではない。一件目の被害者を殺害した後も詐欺や不正をめぐる関係が続き、約半年後、別の関係者が再び「事情を知る人物」として狙われた。宮崎地裁は2003年に渕上へ死刑を言い渡し、福岡高裁宮崎支部、最高裁もこれを維持した。
| 事件名 | 宮崎の口封じ連続殺人事件 |
|---|---|
| 発生期間 | 1999年3月25日ごろ~9月 |
| 場所 | 宮崎県内 |
| 被害者 | 元建設作業員の男性(47)と税理士の男性(47) |
| 被告人 | 渕上幸春 |
| 主な罪名 | 詐欺、殺人、死体遺棄など |
| 一審 | 2003年5月26日、宮崎地裁が死刑 |
| 控訴審 | 2007年1月23日、福岡高裁宮崎支部が控訴棄却 |
| 上告審 | 2011年4月19日、最高裁第三小法廷が上告棄却 |
| 刑 | 死刑確定 |
事件の出発点には、偽装交通事故による保険金詐欺があった
最高裁判決で扱われた罪名には、二件の殺人・死体遺棄だけでなく、詐欺、詐欺未遂、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、威力業務妨害などが並ぶ。渕上の犯罪行為は殺人だけが単独で起きたのではなく、金銭を得るための複数の不正行為の中から発展している。
当時の裁判資料をまとめた記録によれば、1999年3月には関係者らと故意の交通事故を起こし、保険金を得る計画が実行された。最初の被害者となる元建設作業員の男性もこの偽装事故に関係し、渕上側の事情を具体的に知る立場になった。
3月25日、最初の関係者が殺害され、車ごと隠された
最初の被害者は47歳の元建設作業員だった。裁判で認定された事件経過では、渕上は男性に薬物を摂取させた上で首を絞めて殺害し、遺体を車両内に隠した。その後、事情を詳しく知らない別の人物を使い、車両ごと産業廃棄物処分場へ埋めさせたとされた。
殺害の理由として重視されたのは、被害者が保険金詐欺の内部事情を知り、捜査機関などへ話せば渕上らに不利益が及ぶ立場だったことだ。単に分け前をめぐる口論が激化したというより、既に行った犯罪の発覚を防ぐための「口封じ」という構造で捉えられた。
遺体を処分場へ埋める行為まで、犯行計画に組み込まれた
一件目では、殺害後の遺体処理にも渕上の仕事上の環境が利用された。産業廃棄物を扱う場所は大量の廃棄物が搬入され、通常の山林へ遺棄する場合とは異なる発見困難性がある。裁判では、遺体を隠し、殺人と自分との結び付きを消そうとした行動として評価された。
後に捜査が進むと、こうした処分場への埋設が重要な客観的手掛かりになった。共犯・関係者の供述だけでなく、実際にどこへ何を運んだか、その説明と遺体発見が一致するかが、供述の信用性を検討する材料となった。
約半年後、事情を知る税理士が次の標的になった
同年9月、二人目の被害者となったのは47歳の税理士だった。この男性も渕上らの金銭活動や保険金詐欺をめぐる事情を知る立場にあり、渕上側にとって捜査や追及につながり得る存在だった。
最高裁判決の罪名と量刑判断では、渕上が短期間のうちに詐欺等を繰り返し、その関係者二人への殺人、死体遺棄を重ねたことが重視されている。一件目を隠したことで犯罪行為が終わったのではなく、秘密を知る別の人物の排除へ進んだ点が、この事件を連続殺人として見る核心になる。
二件目は共犯者を使い、車両による殺害が実行された
二件目では、渕上と関係する男性が実行に加わった。公開資料では、税理士を拘束した上で車両を使って殺害し、遺体を産業廃棄物処分場へ運んで隠した事件として整理されている。共犯者には後に有期懲役刑が確定した。
二件の殺害方法は同じではないが、共通するのは、渕上側の不正を知る人物を対象にし、死亡後は廃棄物処理の環境を利用して遺体を隠したことだった。裁判所は、被害者ごとの直接的な対立だけでなく、犯罪発覚を防ぐために関係者を排除していった全体像を量刑判断に組み込んだ。
捜査では共犯供述だけでなく、遺体の発見と客観状況が問題になった
複数人が関与する事件では、一人の供述をそのまま事実とすることはできない。捜査と裁判では、供述が具体的な埋設場所や車両の使用状況、被害者の行動、遺体の発見状況と一致するかが検討された。
渕上側は、特に一件目の殺人について自らが実行できたのかを争った。身体疾患があり、首を絞めて殺害する力があったのかという点を弁護側が問題にしたため、実行行為の認定には供述の信用性と身体状況の両方が関わった。
弁護側は一件目の実行行為と供述の信用性を争った
渕上には筋疾患があり、弁護側は一件目について、被害者を絞殺する身体能力があったのか、捜査段階の供述を信用してよいのかを争った。最高裁でも、被告人の捜査官に対する供述の任意性を問題にする主張が出されている。
最高裁第三小法廷は記録を検討し、供述の任意性を疑うべき証跡は認められないとして憲法違反の主張の前提を否定した。その上で、事実誤認や量刑不当をいう主張について、上告理由に当たらないとした。
2003年の一審は、二人への殺人を含む一連の犯罪で死刑を選択
宮崎地裁は2003年5月26日、二件の殺人・死体遺棄と複数の詐欺事件などを合わせ、渕上に死刑を言い渡した。最高裁判決が後に示した量刑評価では、少年院入院や成人後の服役を経ても、短期間に自ら主導して詐欺等を繰り返し、その関係者二人への殺人へ進んだ点が厳しく指摘されている。
死刑判断は殺害人数だけで決められたものではない。二件が先行する不正の発覚を防ぐ目的と結び付き、殺害後に遺体を隠したこと、過去の刑事処分を経ても犯罪行為が拡大したと評価されたことなどが総合された。
福岡高裁宮崎支部も死刑を維持し、事件は最高裁へ
渕上側は一審判決を不服として控訴した。福岡高裁宮崎支部は2007年1月23日に控訴を棄却し、一審の死刑を維持した。ここでも事実認定と量刑の両面が争われたが、二件の殺人を含む一連の犯罪について責任を軽くする判断には至らなかった。
上告審の事件番号は平成19年(あ)第352号。最高裁の判例公開では、詐欺、殺人、死体遺棄など多数の罪名を掲げた上で、「死刑の量刑が維持された事例(宮崎の2名殺害等事件)」として整理されている。
最高裁は2011年4月19日、上告を棄却した
最高裁第三小法廷は2011年4月19日、渕上の上告を棄却した。判決は、渕上が少年院入院や成人後の服役を経験しながら、その後も自ら主導して詐欺などを繰り返して多額の金員を得、さらに関係者二人への殺人、死体遺棄を重ねたと指摘した。
一定の反省を示していること、遺族が受け取りを拒んだ金員をしょく罪寄附したこと、病状なども考慮された。しかし最高裁は、それらを踏まえても刑事責任は極めて重大として、一審の死刑を維持した原判断を是認せざるを得ないと結論付けた。
「口封じ」の二文字だけでは見えない、事件の連続性
この事件を「口封じ殺人」とだけ要約すると、二人が同時に狙われたように見える。しかし実際には、先行する詐欺、不正を知る一人目の排除、遺体隠匿、その後も続く犯罪関係、そして約半年後の二人目の殺害という時間の流れがある。
最高裁が量刑で重く見たのも、単発の衝突ではなく、複数の犯罪を主導する中で殺人が重ねられた経過だった。2011年の上告棄却によって死刑判断は維持され、判決訂正の手続きを経て刑が確定した。事件を理解するには、二件の殺人をその前後の詐欺事件から切り離さずに見る必要がある。
最高裁が量刑で使った「犯罪性向の拡大、深化」という評価
最高裁判決は、渕上が少年院に2回入院し、成人後にも3回服役していた経歴に触れた上で、それでも短期間に詐欺などを自ら主導して繰り返し、さらに関係者二人の殺人・死体遺棄へ進んだと整理した。過去の処分歴そのものだけで死刑を正当化したのではなく、その後の犯罪がより重大なものへ拡大した経過を評価した。
判決文にある「犯罪性向は拡大、深化している」という指摘は、この事件の量刑理由を理解する手掛かりになる。一件目の殺人後に立ち止まらず、犯罪の事情を知る別の人物にまで標的が広がったことが、再犯可能性や矯正可能性の評価にも影響した。
反省、しょく罪寄附、病状も最高裁は考慮している
最高裁は不利な事情だけを列挙したわけではない。渕上が一定の反省の情を示していたこと、遺族から受け取りを拒まれた約46万円をしょく罪寄附したこと、病状などを酌むべき事情として明記している。死刑の量刑判断では、こうした有利な事情も含めて比較された。
それでも最高裁は刑事責任が極めて重大だとし、一審死刑を維持した控訴審判断を是認した。ここは『反省がなかったから死刑』という単純な説明とは異なる。一定の反省や病状を認めても、二件の殺人を含む犯罪全体の重大性が上回るという判断だった。
共犯者がいた二件目でも、渕上の主導性が量刑上の中心になった
二件目の殺人には実行に加わった共犯者がいたが、渕上と同じ刑にはならなかった。複数人による犯行では、現場でどの行為をしたかだけでなく、誰が計画を立て、誰が指示し、誰の利益や目的のために実行されたのかが量刑を左右する。
最高裁は渕上について、詐欺などを『自ら主導して』繰り返し、その関係者への殺人を重ねたと認定している。二件目で他者が実行行為に関わったからといって、渕上の責任が従属的になるとは評価されなかった。事件全体を動かした立場が、死刑維持の判断に結び付いている。
2011年4月19日の最高裁判決は上告を棄却し、福岡高裁宮崎支部が維持した死刑判断を変えなかった。判決訂正申立てが退けられた後に刑が確定している。したがって、本件の司法上の結論は『最高裁が新たに死刑を言い渡した』のではなく、一審の死刑を控訴審、上告審が維持したという経過になる。
最高裁判決が列挙した多数の罪名からも分かるように、本件は二件の殺人だけを切り出すと背景を見失いやすい。詐欺で利益を得る仕組み、その事情を知る関係者、発覚への警戒、殺害後の隠匿が連続していた。二人の死亡は、その犯罪関係を維持しようとする流れの中で起きたものとして裁判所に評価された。
二件目に実行関与した共犯者がいた一方、渕上は一連の詐欺と二件の殺人を主導した被告人として別個に量刑された。共犯者の刑とは区別され、渕上については最高裁まで死刑が維持された。
参考資料・出典
最高裁判例掲載記録「平成19年(あ)第352号 詐欺、殺人、死体遺棄等被告事件」(2011年4月19日)
Lawzilla「平成19(あ)352/詐欺、殺人、死体遺棄等被告事件」
判例update「最判平成23年4月19日・平成19年(あ)352」
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
