飯塚事件|久間三千年の死刑執行後も続く再審、DNA型鑑定と目撃証言をめぐる争い

公開日 2026年9月7日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 1990年代 冤罪事件 死刑 殺人事件

事件ステータス

都道府県
福岡県
事件分類
冤罪事件 / 殺人事件

1992年2月20日朝、福岡県飯塚市で小学1年生の女児2人が登校途中に姿を消した。翌21日、2人は当時の甘木市内の山中で遺体となって見つかる。事件から2年以上を経て逮捕されたのが久間三千年だった。

久間は捜査段階から公判、上告審まで事件への関与を否定し続けた。それでも複数の状況証拠が積み上げられ、1999年に死刑判決、2006年に確定、2008年に刑が執行された。本人が死亡した後も再審請求は終わっていない。2026年2月、福岡高裁が第2次再審請求の即時抗告を棄却すると、弁護団は最高裁へ特別抗告した。

発生1992年2月20日
場所福岡県飯塚市。遺体は翌日、当時の甘木市内で発見
被害者小学1年生の女児2人(いずれも7歳)
被告人久間三千年
一審1999年9月29日、福岡地裁が死刑
確定2006年10月8日
死刑執行2008年10月28日
現在第2次再審請求について最高裁へ特別抗告中

登校途中の2人が消え、翌日に山中で発見された

2人は同じ小学校に通う1年生だった。朝、自宅を出た後に学校へ到着せず、捜索が始まった。翌日、飯塚市から離れた山中で2人の遺体が発見され、福岡県警は誘拐・殺人事件として捜査を進めた。

捜査では、女児を乗せた可能性がある車についての目撃情報、遺体や周辺から得られた資料、当時用いられていたDNA型鑑定などが検討された。事件直後に特定の人物が現行犯的に浮上した事件ではなく、断片的な証拠を組み合わせて被疑者へたどる捜査となった。

事件から2年以上後、久間三千年が逮捕された

久間が逮捕・起訴されたのは事件から2年以上が経過した後だった。起訴罪名は略取誘拐、殺人、死体遺棄など。久間は一貫して無実を主張し、捜査段階の自白を中心に組み立てられた事件ではなかった。

そのため裁判で重要になったのは、個々の状況証拠がどこまで久間と犯行を結び付けるかだった。女児を乗せたとされる車の特徴や目撃証言、繊維片などの鑑定、DNA型に関する鑑定結果が総合評価された。

旧式のDNA型鑑定は、有罪認定を支えた証拠の一つだった

当時の捜査ではMCT118型と呼ばれるDNA型鑑定が使われた。現在のSTR型鑑定とは技術も評価方法も異なる時代の鑑定であり、再審請求ではその精度や統計的な意味、資料の扱いが繰り返し争われている。

確定判決はDNA型だけで有罪を認定したわけではない。複数の状況証拠を総合して久間を犯人と認定した。一方、弁護側は、各証拠にはそれぞれ信用性の問題があり、相互に補強し合うという評価自体を見直すべきだと主張してきた。

福岡地裁が死刑、控訴・上告も退けられた

福岡地裁は1999年9月29日、久間に死刑を言い渡した。その後、福岡高裁、最高裁でも有罪判断は維持され、2006年10月8日に死刑が確定した。久間は最後まで犯行を認めなかった。

死刑確定から約2年後の2008年10月28日、刑が執行された。再審によって有罪判断が見直される前に本人が死亡したため、その後の手続は遺族が引き継ぐ「死後再審」として進むことになる。

死刑執行の翌年に始まった第1次再審請求

2009年、久間の妻が再審を請求した。弁護側はDNA型鑑定や目撃証言などの信用性を改めて争ったが、再審開始には至らなかった。確定判決の証拠評価を覆すほどの新証拠かどうかが壁になった。

久間の死刑はすでに執行されているが、有罪判決は現在も法的に維持されている。再審請求が続いている一方、無罪を認める司法判断は出ていない。

第2次再審では新たな目撃証言の信用性が焦点になった

2021年に申し立てられた第2次再審請求では、被害女児を事件当日に見たとする新たな証言などが提出された。弁護側は、確定判決が前提とした時間帯や犯行経路に疑問を生じさせる証拠だと主張した。

福岡地裁は2024年6月5日に再審請求を棄却。福岡高裁も2026年2月16日、新証言について記憶が変容している可能性などを指摘し、即時抗告を退けた。弁護団は同月24日、最高裁に特別抗告した。

2026年現在、有罪判決は維持されたまま再審手続が続く

2026年8月時点で、久間に対する確定死刑判決は取り消されていない。刑は2008年に執行済みであり、現在争われているのは、確定した有罪判決を再審によって開き直すべきかどうかである。

死刑執行後の事件であるため、再審の結論が本人の身柄を変えることはない。それでも、どの証拠によって有罪が認定され、その証拠を現在の基準でどう評価するのかという問題は残る。最高裁の特別抗告審が次の手続となっている。

有罪判決は「一つの決定的証拠」ではなく状況証拠の組み合わせで組み立てられた

飯塚事件には、久間が女児2人を連れ去った瞬間を直接見た証人や、犯行そのものを示す映像のような直接証拠はなかった。確定判決は、被害者から検出された血液型、当時のMCT118型DNA鑑定、女児や不審車両に関する目撃供述、久間が使用していた車との共通点など、複数の状況証拠を総合して有罪を認定した。

再審手続で重要になるのは、それぞれの証拠に後から疑問が生じたとき、残る証拠だけでも確定判決を維持できるのかという点である。DNA鑑定だけを切り離して「一致したから有罪」「古い方法だから無罪」と整理すると、実際の証拠構造を取り違える。

第1次再審ではDNA鑑定と目撃証言の信用性が争われ、第2次再審では目撃者本人の新たな証言が提出された。それでも裁判所は、新証拠を旧証拠と合わせて評価しても確定判決を覆すほどではないと判断してきた。

足利事件と同じ時代のDNA鑑定が使われたことの意味

飯塚事件で使われたMCT118型DNA鑑定は、後に再審無罪となった足利事件でも問題となった時代の手法だった。このため、飯塚事件でも鑑定の精度や資料の扱いが再審請求の大きな焦点となった。

ただし、足利事件で旧式DNA鑑定の問題が明らかになったことだけで、別事件である飯塚事件の有罪判決が自動的に無効になるわけではない。飯塚事件ではDNA以外の状況証拠も存在し、裁判所はそれらを合わせた証拠評価を行っている。

再審請求側は、DNA鑑定の信用性が揺らいだうえ、目撃供述にも新たな疑問が生じた以上、証拠全体を改めて評価すべきだと主張している。現在の再審手続は、まさにその総合評価をめぐる争いである。

死刑執行後に遺族が再審を求め続ける特殊な手続

久間の死刑は2008年10月28日に執行された。本人が法廷で再び争うことはできなくなったが、刑事訴訟法上、一定の場合には死亡した有罪確定者について遺族が再審を請求できる。飯塚事件では遺族が2009年に第1次再審を申し立てた。

第1次再審は認められず、2021年7月に第2次再審請求が始まった。福岡地裁は2024年6月に棄却、福岡高裁も2026年2月16日に即時抗告を棄却したが、弁護団は同月24日に最高裁へ特別抗告した。

2026年8月28日時点で、久間の死刑は執行済みで、有罪判決も維持されている。一方、遺族側は有罪判決の誤りを主張し、第2次再審請求の特別抗告を最高裁で続けている。

最高裁への特別抗告で、2026年現在も再審開始の可否が争われている

福岡高裁は2026年2月16日、第2次再審請求の即時抗告を棄却した。高裁は、新たに提出された目撃証言について、事件から長期間が経過していることなどから記憶が変容した可能性を否定できないとして信用性を認めなかった。

弁護団はこの判断を不服として2月24日、最高裁へ特別抗告した。特別抗告は通常の上告とは異なり、再審請求手続の中で高裁決定の取消しを求める手続である。確定した死刑判決そのものがこの時点で取り消されたわけではない。

弁護側は、旧DNA鑑定の信用性が第1次再審で揺らいだうえ、女児や不審車両に関する目撃供述にも新しい証言が出たのだから、証拠全体をもう一度評価する必要があると主張している。

これに対し、これまでの裁判所は、新証拠を加えても確定判決の有罪認定には合理的疑いが生じないという立場を取ってきた。再審開始のハードルをどのように適用するかが争点として残っている。

2026年8月28日時点で最高裁の結論は出ておらず、第2次再審請求は特別抗告審の段階にある。久間の死刑は執行済みで、有罪判決は維持されたままである。

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