2019年10月20日早朝、福岡県太宰府市のインターネットカフェ駐車場に止まった車の後部座席で、高畑瑠美さん(36)が死亡していた。死因は外傷性ショック。捜査と裁判が明らかにしたのは、死亡直前だけの暴行ではなく、金銭をめぐる支配が強まり、家族との関係を断たれた状態で約1か月にわたり暴力が続いていた経過だった。
山本美幸と岸颯は傷害致死、監禁、恐喝などで起訴され、福岡地裁は山本に懲役22年、岸に懲役15年を言い渡した。福岡高裁は2021年12月3日、検察官と被告人双方の控訴を棄却した。一方、事件前には高畑さんの家族が佐賀県警鳥栖署へ繰り返し相談しており、事件後には警察が何を把握していたのかも大きな論点となった。
| 事件名 | 太宰府主婦暴行死事件 |
|---|---|
| 発覚 | 2019年10月20日 |
| 主な場所 | 福岡県太宰府市など |
| 被害者 | 高畑瑠美さん(当時36歳) |
| 主な被告人 | 山本美幸、岸颯 |
| 主な罪名 | 傷害致死、監禁、恐喝など |
| 死因 | 下半身打撲による外傷性ショック |
| 一審 | 2021年3月2日、福岡地裁が山本に懲役22年、岸に懲役15年 |
| 控訴審 | 2021年12月3日、福岡高裁が検察官・被告人双方の控訴を棄却 |
| 現在 | 山本は服役中の2022年に死亡。岸の懲役15年は確定 |
金銭を取り立てる関係が、高畑瑠美さんの生活全体へ広がった
福岡高裁判決は、山本が高畑さんや家族に金銭を支払わせる過程を詳しく認定している。高畑さんの兄の借金を肩代わりさせる、ホストクラブの利用代金を立て替えた形にして負債を増やす、元暴力団員とされた人物への恐怖心を利用して支払いを求めるなどし、借金を背景とした支配を強めた。
高畑さんは金策のため実家や親族から借金を重ね、家族関係も悪化していった。高裁は、夫との関係も不和にさせられたうえで山本・岸の住居に暮らすようになり、生活全般と精神面の双方で抑圧が強まったと認定した。単に「金を貸した、返さなかった」という民事上の金銭トラブルではなく、暴力や威迫を伴う恐喝事件が複数組み合わさっていた。
約1か月にわたる暴行と監禁が続き、抵抗しにくい状態になった
判決によれば、高畑さんへの暴行は約1か月にわたり日常的、継続的に繰り返された。木刀などが使われ、衰弱してからも暴行は止まらなかった。高裁は、高畑さんが家族から切り離され、衣食住を含む生活を管理され、不本意な行動を強いられていたことも監禁の実態として重視している。
監禁というと、鍵の掛かった部屋から一歩も出られない状態を想像しやすい。しかし本件では、外出する場面があったことだけで自由な生活だったとは評価されなかった。借金、暴力への恐怖、家族からの孤立、生活管理を総合すれば、自分の意思で関係から離れることが著しく困難な状態だったというのが裁判所の判断だった。
山本は支配の中心、岸は死亡につながる激しい暴行を担ったと認定
高裁は2人の役割を同一には扱っていない。山本については、高畑さんから継続的に金銭を得て家族から引き離し、自宅で生活を支配し、自ら暴行を加えるだけでなく岸に暴行を仕向けるなど、事件に至る経緯で主導的・中心的な役割を果たしたと評価した。
岸についても責任は軽くない。判決は、連日のように高畑さんへ暴行し、死亡の直接の原因となった下半身への激しい暴行を行ったとして、死亡結果に対する責任の重大さを指摘している。高畑さんは下半身打撲による外傷性ショックで死亡した。
高畑さんだけでなく複数人への恐喝も量刑に影響した
山本の懲役22年は、高畑さんへの傷害致死と監禁だけで決まったものではない。福岡高裁判決では、高畑さん、その夫、知人らを対象とする7件の恐喝・恐喝未遂が併合罪として扱われ、既遂の被害総額は489万円余りに及ぶと整理された。
裁判所は、暴力や暴力団関係者への恐怖を利用し、相手に借金までさせて金銭を支払わせる手口が繰り返された点を重く見た。高畑さんへの支配も、この金銭搾取の延長に位置付けられている。
夫への高額な金銭要求が弁護士介入で行き詰まった
福岡高裁判決には、高畑さんの夫に対する恐喝未遂も記録されている。山本側は、元暴力団員とされた人物の威を利用し、高畑さんが使い込んだとする金やホストクラブの付けなど複数の名目を持ち出し、夫に高額な現金を支払わせようとした。
夫が弁護士へ依頼したことで、この企ては未遂に終わった。高裁は、高畑さん自身の金策が尽きかけ、家族からさらに金を得ることも難しくなった時期と、暴行がより激しくなっていった時期を連続した経過として捉えている。金銭搾取と身体的暴力は別々の出来事ではなく、一つの支配関係の中で進行していた。
2021年3月、福岡地裁は山本に22年、岸に15年を言い渡した
2021年3月2日、福岡地裁は山本美幸に懲役22年、岸颯に懲役15年を言い渡した。量刑の中心となったのは、長期間にわたり高畑さんの意思を抑圧し、継続的な暴行を加えて死亡させた傷害致死・監禁だった。山本については複数の恐喝事件も刑を重くする要素となった。
2人は事実認定を争い、検察側も死体遺棄罪を無罪とした部分を不服として控訴した。したがって控訴審は、単に刑期が重いか軽いかだけを審理したわけではない。傷害致死・監禁の認定に加え、「遺体を乗せた車を移動させた行為が死体遺棄罪に当たるか」という法律上の問題も争点になった。
検察側が争った「死体遺棄」は二審でも無罪が維持された
高畑さんが死亡した後、遺体は車の後部座席にある状態で、福岡市内の駐車場から太宰府市内のインターネットカフェ駐車場まで運ばれた。検察側は、この運搬自体が死体を隠す行為であり死体遺棄罪が成立すると主張した。
福岡高裁は一審と同じく、この運搬を刑法190条の「遺棄」とは認めなかった。車内で死亡した高畑さんに物を被せるなど新たな隠匿行為はなく、最終的には119番通報して発見されることを前提に行動していたことなどを踏まえ、宗教風俗上の死体の適切な処置を妨げるほどの隠匿には当たらないと判断した。結果として、検察側の控訴も棄却された。
死亡後の移動は、罪証隠滅の「時間稼ぎ」と評価された
死体遺棄罪が成立しなかったからといって、死亡後の行動が問題のないものと評価されたわけではない。高裁は、2人が高畑さんの死亡に気付いた後、口裏合わせをするなど保身に終始したことを、量刑上不利な犯行後の情状として扱っている。
一方、死体遺棄罪については刑法上の構成要件を満たすかを別に判断した。遺体を載せた車で約1時間移動した行為は、犯罪への責任を免れるため口裏合わせをするまでの時間稼ぎとは評価できても、死体そのものを長期間隠す目的の積極的な隠匿とは評価できないという整理だった。悪質な行動であることと、特定の犯罪が成立することは同じではない。
福岡高裁は被告側の事実誤認・量刑不当の主張も退けた
2021年12月3日、福岡高裁第1刑事部は検察官と被告人両名の控訴をすべて棄却した。山本側が争った事実認定や量刑について、高裁は一審判断に不合理な点はないとした。岸側の事実誤認の主張も退けられている。
高裁は山本の22年について、本件の傷害致死・監禁を同種事案の中でも重い部類と評価した一審の位置付けを維持した。岸についても、死亡の直接原因となる暴行を繰り返した責任は重大とされた。上告は行われず、山本の懲役22年、岸の懲役15年が確定したと報じられている。
事件前、家族は鳥栖署へ繰り返し相談していた
刑事裁判とは別に、この事件で検証が続いたのが事件前の警察相談だった。テレビ西日本は、高畑さんの家族が事件前に11回にわたり佐賀県警へ相談していたと報道している。一方、佐賀県警が警察記録などを調査して確認した相談は8回だった。
佐賀県警は、相談内容を主に金銭トラブルとして受け止め、高畑さん本人へ直ちに危害が及ぶ状況とは認識しなかったと説明した。2021年1月には、家族が相談時に録音した音声も本部長自身が確認したうえで、同じ見解を示している。
「8回」と「11回」は同じ資料から出た数字ではない
記事で相談回数を一つに決めつけると、資料の違いが消えてしまう。11回は遺族側が「警察へ相談・連絡した」と数えた回数として報じられ、8回は佐賀県警が内部調査で確認した相談記録の回数である。数字の差そのものより、家族が事件前から金銭要求や周囲の状況を警察へ伝えていた事実が重要となる。
佐賀県警は事件後、相談簿の記載や再訪を促した後の対応などを検討し、署で相談を受ける際の報告書の作成方法を見直した。一方で、県警は当時の対応について「直ちに危害が及ぶとは認められなかった」とする立場を崩していない。
山本美幸は刑確定後に服役し、2022年に43歳で死亡した
山本美幸は懲役22年の確定後、佐賀県の麓刑務所に服役した。テレビ西日本は2022年11月、山本が同年夏ごろに体調を悪化させ、43歳で死亡していたと報じた。死刑や無期懲役ではなく、有期懲役の刑期途中で死亡したことになる。
岸颯については懲役15年が確定している。本件で確定した中心罪名は傷害致死や監禁などであり、高畑さんの死亡を「殺人罪で有罪になった事件」と説明するのは正確ではない。刑事裁判が認定した支配、暴行、恐喝の積み重ねを追うことで、死亡に至った過程が見えてくる。
参考資料・出典
- 福岡高等裁判所 令和3年12月3日判決(令和3年(う)第137号)
- FNNプライムオンライン「太宰府市主婦暴行死事件・裁判」
- サガテレビ「事件前、鳥栖警察署に相談」
- サガテレビ「佐賀県警が相談時の録音データ確認し改めて説明」
- テレビ西日本「太宰府主婦暴行死事件 届かなかったSOS」
- FNNプライムオンライン「太宰府主婦暴行死事件 2年に及ぶ取材の全貌」
- テレビ西日本「山本美幸受刑者(43)が死亡」
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