佐世保小6女児同級生殺害事件|御手洗怜美さんの死と11歳女児への保護処分

公開日 2026年2月4日
最終更新 2026年7月31日

佐世保小6女児同級生殺害事件は、2004年6月1日、長崎県佐世保市立大久保小学校で、6年生の御手洗怜美さん(12)が同級生の女児(11)に刃物で切り付けられ、死亡した事件である。事件は給食準備の時間帯、校舎3階の学習ルームで起きた。

女児は事件当時14歳未満で、刑事裁判にかけられる年齢ではなかった。警察の調査後、児童相談所と家庭裁判所の手続へ進み、長崎家裁佐世保支部は2004年9月、女児を児童自立支援施設へ送致した。

大久保小学校では事件後、6月1日を命について考える日として残し、追悼の集会を続けている。2026年にも全校集会が開かれ、御手洗さんの命を悼むとともに、身近な人との関わりを考える時間が設けられた。

POINT
この記事でわかること
  • 給食準備中の校内で御手洗怜美さんが殺害され、教職員が発見するまで
  • 事件当時11歳だった女児が刑事裁判ではなく少年審判を受けた理由
  • 長崎家裁が児童自立支援施設送致と2年間の強制的措置を決めた内容
  • 学校と佐世保市が事件後に続けている、命と人間関係を考える取り組み
事件名佐世保小6女児同級生殺害事件
発生日2004年6月1日
発生場所長崎県佐世保市立大久保小学校・校舎3階学習ルーム
被害者御手洗怜美さん(当時12歳・小学6年)
加害女児同級生の女児(当時11歳)
法的手続14歳未満のため刑事裁判ではなく少年審判
家裁決定2004年9月15日、児童自立支援施設送致
強制的措置必要な範囲で2年間認める決定
現在の状況少年審判は終結。施設退所後に社会復帰したと報道
学校の取り組み毎年6月1日前後に追悼と命を考える全校集会を実施

給食準備が始まるころ、同級生の二人は教室を離れた

2004年6月1日、大久保小学校では普段と変わらない授業が行われていた。昼になり、教室で給食の準備が始まるころ、御手洗さんと同級生の女児は校舎3階の学習ルームへ向かった。

学習ルームは校内の授業や活動に使われる部屋だった。外部から侵入した人物による事件ではなく、同じ学級で過ごしていた二人の間に起きた。女児は室内で御手洗さんを刃物で切り付け、その後、教室へ戻って担任へ異変を伝えた。

教職員が急いで学習ルームへ向かい、消防と警察へ連絡した。御手洗さんは首などに深い傷を負っており、現場で死亡が確認された。学校は残る児童を別の場所へ移し、保護者への引き渡しを進めた。

授業中の学校で同級生が亡くなったことは、児童と教職員に大きな衝撃を与えた。事件直後から専門家による心のケアが入り、学校生活をどう再開するかが検討された。

教室へ戻った女児の衣服には血が付き、担任はただちに事情を確認した。校内には警察と救急が入り、児童たちは何が起きたのか十分に分からないまま、教室や体育館で待機した。保護者への連絡と引き渡しは、その日のうちに進められた。

御手洗さんの父親は毎日新聞佐世保支局長で、事件は全国で大きく報じられた。加害側が11歳の児童だったことから、学校の安全管理だけでなく、刑事責任年齢や少年法の手続にも注目が集まった。

11歳だった女児は逮捕・起訴されず、児童相談所へ通告された

刑法は、14歳に満たない者の行為を罰しないと定めている。女児は事件当時11歳だったため、成人や14歳以上の少年のように逮捕・起訴され、刑事裁判で刑を言い渡される手続には進まなかった。

警察は現場の状況や女児の説明を調べたうえで、事件を児童相談所へ通告した。14歳未満の子どもが刑罰法令に触れる行為をした場合は、児童福祉法に基づく調査が行われ、必要に応じて家庭裁判所へ送られる。

本件では、長崎家庭裁判所佐世保支部が長期の観護措置を取り、女児の精神状態、発達、家庭環境、学校での人間関係を調べた。少年審判は非公開で進められ、御手洗さんを死亡させた事実と、女児にどのような教育や支援が必要かが審理された。

刑事裁判が開かれなかったことは、事件が軽く扱われたという意味ではない。法律上、11歳の子どもへ刑罰を科すことができないため、社会から一定期間離し、生活指導と心理的支援を行う処分が検討された。

家裁は、思いつきの行為ではなく事前に準備された事件とみた

2004年9月15日、長崎家裁佐世保支部は女児を児童自立支援施設へ送致する決定をした。家裁は、女児が事前に刃物を準備し、御手洗さんを学習ルームへ呼び出した経過から、突発的な行為ではなく計画性があったと認定した。

一方、女児に精神疾患があるため事件が起きた、という判断は示されなかった。鑑定では現実を理解する力は保たれていたが、相手の気持ちや行為の結果を具体的に想像すること、怒りや不満を言葉で調整することに課題があるとされた。

女児の知的能力が高かったことも報じられたが、学習上の能力と、対人関係の中で感情を扱う力は同じではない。家裁は、女児が御手洗さんへの不満を強め、相談や関係の修復ではなく、殺害という考えを固定していった経過を重くみた。

決定では、御手洗さん側に事件の責任となる事情はないことも確認された。二人の間に書き込みや交換日記をめぐる行き違いがあったとしても、それが命を奪う行為を正当化することはない。

家裁の決定では、女児が事件後に自分の行為を理解し始め、御手洗さんの死を受け止めようとしている様子も検討された。処分は、事件時の責任だけでなく、その後にどのような教育を続ければ再び重大な行為へ向かわないかという見通しを含んでいた。

施設での生活は、学校教育だけではなく、日課、対人関係、感情の伝え方を長期間かけて学び直すものだった。女児の年齢を考えれば、成長の過程全体を支える処遇が必要だと判断された。

「ネットが原因」という説明だけでは、二人の間に起きた経過は分からない

事件当時、子どもが作ったウェブサイトへの書き込みが大きく報じられた。御手洗さんと女児の間に、インターネット上の表現や交換日記をめぐる不満があったことから、事件はしばしば「ネットによるトラブル」として語られた。

しかし、家裁が調べたのは一つの書き込みだけではない。女児が不満をどのように受け止め、どの時点から相手を殺害する考えを持ち、刃物を準備して呼び出すまでに至ったのかが検討された。

女児が読んでいた本や見ていた映像、ウェブ上の活動を犯行へ直結させる報道もあった。特定の作品に触れたことだけで、事件の原因を説明することはできない。確認された行動と、事件後に作られた人物像を分けて見る必要がある。

御手洗さんが書いた言葉を探し出し、被害を招いた理由のように扱うことも適切ではない。家裁が認定したのは、女児が自分の不満を殺害の計画へ変え、御手洗さんの生命を奪ったという経過だった。

児童自立支援施設への送致と、2年間の強制的措置が決まった

送致先となった児童自立支援施設は、非行や家庭環境上の問題を抱える子どもに、生活指導、学校教育、心理的支援を一体で行う施設である。少年院とは別の制度で、児童福祉法に基づいて運営される。

女児については、通常の開放的な生活だけでは安全と教育を確保できない可能性があると判断された。家裁は、施設が必要と認める場合に行動の自由を制限できる「強制的措置」を2年間認めた。

この2年間は懲役の刑期ではない。施設へ送られた日から自動的に二年で処分が終わるという意味でもなく、教育と安全のため、外出などを制限する措置を取れる期間だった。

女児は施設で長期の教育と心理的支援を受け、その後に退所した。事件から10年の時点では、すでに社会復帰していると報じられているが、少年審判の記録や現在の生活は公開されていない。

大久保小学校では、6月1日の記憶を追悼と教育に引き継いでいる

事件後、大久保小学校では児童と教職員への支援が続けられた。事件が起きた学習ルームは、御手洗さんを悼み、命について考える場所として整えられた。御手洗さんが好きだったひまわりにちなむ取り組みも行われてきた。

佐世保市教育委員会は6月を「いのちかがやく強調月間」とし、市立小中学校で命、人権、身近な人との関わりを考える授業や集会を実施している。大久保小学校では、毎年6月1日前後に全校で黙とうし、児童が命について考える。

2026年6月1日にも、事件から22年となる集会が開かれた。現在の児童の多くは事件後に生まれているため、学校は刺激的な内容を伝えるのではなく、一度失われた命は戻らないことや、困ったときに周囲へ相談することを年齢に応じて話している。

女児の現在の氏名や居住地を追跡することが、事件を忘れないことではない。学校に残されているのは、御手洗さんの命を悼み、子ども同士の対立や孤立を見逃さないための時間である。

少年審判は終結し、現在確認できるのは施設退所までである

2004年の保護処分は執行され、女児は児童自立支援施設を退所した。共同通信などは、事件から10年の時点で社会復帰していると伝えている。

その後の氏名、住所、職業、家族関係は公表されていない。事件当時11歳だった子どもの更生とプライバシーを守るため、少年審判の記録や退所後の支援内容も通常は公開されない。

現在の法的状況を成人事件のように「刑期満了」「出所」と書くことはできない。女児に科されたのは刑罰ではなく、児童自立支援施設で教育と支援を受ける保護処分だった。

御手洗さんが学校で命を奪われた事実を中心に置きながら、11歳の女児に対して法律が刑罰ではなく保護処分を選んだ経過も分けて記録する必要がある。

家裁が選んだ処分は、女児の行為を軽く扱ったものではなかった。11歳で刑事責任を問えないという法律上の位置づけのもとで、通常の学校生活から離し、施設内で生活全体を組み直す長期の教育が必要とされた。御手洗さんの被害を記録することと、加害女児に刑罰ではなく児童福祉の処遇が適用された経過を示すことは、相反するものではない。

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