2022年3月8日夜、浜松市佐鳴台の住宅で、祖父の浦山毅さん(79)、祖母の秀子さん(76)、兄の山田健人さん(26)が相次いで殺害された。殺人罪に問われた山田悠太郎は、事件時に解離性同一症の影響で人格が交代し、自分には殺害の記憶がないとして犯人性と責任能力を争った。
静岡地裁浜松支部は、解離性同一症そのものを否定しなかった。犯行時に解離した状態だったことも認めた。それでも、3件を通じた行動の一貫性や犯行前後の対応を重視し、事理弁識能力と行動制御能力の低下は「著しいものではない」と判断。検察の無期懲役求刑に対し、懲役30年を言い渡した。東京高裁が控訴を棄却し、2026年4月10日付の最高裁決定で刑が確定した。
| 発生日 | 2022年3月8日 |
|---|---|
| 場所 | 浜松市佐鳴台の被告人方 |
| 被害者 | 浦山毅さん(79)、浦山秀子さん(76)、山田健人さん(26) |
| 被告人 | 山田悠太郎 |
| 罪名 | 殺人3件 |
| 主な争点 | 犯人性、解離性同一症と刑事責任能力 |
| 一審 | 2025年1月15日、静岡地裁浜松支部が懲役30年 |
| 求刑 | 無期懲役 |
| 控訴審 | 2025年10月30日、東京高裁が控訴棄却 |
| 上告審 | 2026年4月10日付、最高裁第二小法廷が上告棄却 |
「警察が来る」と家族に伝え、結束バンドで拘束させた
判決が認定した事件当日の流れは、突発的な一度の暴行ではない。山田は家族に対し、警察関係者が来るなどと虚偽の説明をし、家族を一定の場所へ集め、結束バンドを使わせる行動を取った。裁判所は、こうした準備や誘導も犯行前後の精神状態を判断する材料にした。
午後7時13分頃、兄の健人さんが住宅へ到着した。判決によると、健人さんは山田が話していた警察関係の説明が事実ではないと気づいた。その後、健人さんは過去の暴力について山田に謝罪し、警察へ行くことや治療を受けることにも応じる趣旨の話をした。それでも事件は止まらなかった。
祖父母がいる1階と、家族が集まる2階を行き来した
一審判決は、午後7時13分頃から午後9時30分頃までの間に、山田が祖父母をハンマーや金槌で多数回殴打して殺害したと認定した。兄については午後9時頃から9時30分頃までの間に同様の暴行を加えたとしている。
裁判で重要になったのは、3件の間に山田が住宅内を移動し、他の家族と会話しながら行動を続けていた点だった。裁判所は、解離が起きていたとしても、犯行日全体を客観的に見れば行動には連続性があり、場面ごとに無関係な人格が断絶して動いたとみることには慎重だった。
父がハンマーを奪い、双子の兄が110番・119番通報した
判決によると、山田は父と兄を1階へ連れて行き、結束バンドで手首を拘束させた。兄が殺害された後、父は拘束を外して山田からハンマーを奪うことに成功した。山田はいったんその場を離れた後、住宅へ戻った。
午後9時34分頃、双子の兄が110番し、同38分頃には119番通報した。救急搬送された3人はいずれも死亡した。裁判所は、事件後に血の付いた道具や衣類を洗うなどした行動や、父を犯人のように見せようとしたと評価できる言動も、犯人性と責任能力を判断する事情に挙げた。
山田は2018年に静岡県警へ入り、約1年後に退職した
山田は高校卒業後の2018年4月、静岡県警の警察官となった。だが心身の不調から2019年6月に退職し、実家へ戻った。判決は、帰宅後に過去の家庭内での被害体験を思い出すことが増え、フラッシュバック、頭痛、睡眠障害などに悩むようになった経過を認定している。
一方、2021年頃には友人と会ったり、衣類や靴を仕入れて転売したりする時期もあった。精神症状が存在したことと、日常生活のすべてで判断能力を失っていたことは同じではない。裁判では、病名の有無ではなく、犯行時に違法性を理解し、それに従って行動を抑える能力がどの程度残っていたかが問われた。
判決は、幼少期からの家庭内暴力と虐待を量刑事情として認定した
判決には、山田が子どもの頃から父や兄による暴力を受け、兄から性的虐待も受けていたことが記載されている。祖父母についても、山田は兄から、祖父母が金銭を渡して母や山田らへの暴力を促していたと聞かされた。こうした家庭環境は、山田が祖父母や兄へ強い怒りを抱く背景として裁判所が検討した。
ただし、生育歴は「殺害してよい理由」とされたわけではない。裁判所は、被害体験や家族関係が動機形成と精神状態へ影響したことを認めながら、それでも法的な責任能力が失われるほどではなかったと区別した。
2人の精神科医は、同じ診断名から異なる結論へ進んだ
責任能力をめぐっては、起訴前に行われた二つの精神鑑定が中心証拠となった。弁護側は第1鑑定を重視し、人格交代によって主人格が行動を制御できなかったと主張した。検察側は第2鑑定を基礎に、解離があったとしても判断能力・行動制御能力は著しく損なわれていないと反論した。
裁判所は、山田が解離性同一症に罹患しており、犯行時にも解離した状態にあったと認めた。それでも、病的体験だけで責任能力を結論づけず、動機、準備、被害者への対応、犯行後の行動までを一体として評価した。
「別人格がした」という供述だけでは、犯人性は否定されなかった
山田は自分に殺害の記憶がなく、別の人格状態が3人を殺害したとの認識を述べた。弁護側は、主人格と別人格を切り分けることで、山田本人を殺人の実行者と認めるには合理的疑いがあるとも主張した。
一審はこの主張を採用しなかった。刑事責任を判断する対象は一人の被告人であり、人格状態の交代があったとしても、身体を共有する一連の行為を全体として評価する必要があるとした。東京高裁も、人格交代があった場合でも複数の人格状態をひとまとまりに考察して責任能力を検討する一審の方法を支持した。
裁判所は「強い怒り」と3件を通じた一貫性を重視した
一審判決は、山田が祖父母や兄に対して抱いていた怒りや絶望感は、家庭内での被害体験や家族関係から理解可能な動機だと評価した。犯行当日に3回の解離があったとしても、殺害対象と動機は連続し、行動全体が大きく断絶していないとみた。
その結果、解離性同一症の影響で、強い憤怒にとらわれ、殺害を思いとどまる感情との葛藤が生じにくくなり、先を考えて行動を制御する能力は低下していたと認定した。しかし、その低下は著しくないとして心神喪失・心神耗弱を否定し、完全責任能力を認めた。
3人死亡でも無期懲役ではなく懲役30年となった理由
検察側の求刑は無期懲役だった。3人の生命が奪われ、ハンマーなどによる攻撃は強い殺意を示す。裁判所も結果を極めて重大と評価した。一方で、犯行計画については周到に練られた高度な計画性までは認めなかった。
量刑では、山田が受けた虐待を含む家庭環境が動機形成へ影響したこと、解離状態によって責任能力が実質的に低下していたこと、若年で前科がなく治療を通じた更生可能性があることなども考慮された。裁判所は重い部類の事案としながら、無期懲役を選択せず、有期懲役の上限である30年を選んだ。
2025年10月、東京高裁も完全責任能力を維持した
山田側は一審判決を不服として控訴し、責任能力の評価を改めて争った。弁護側は、人格交代があった場合に主人格が別人格の行動を制御できないとする鑑定意見などを重視するよう求めた。
2025年10月30日、東京高裁は控訴を棄却した。一審が犯行前後の状況と鑑定結果を総合した判断に、論理則・経験則上の不合理な点はなく、完全責任能力とした法的評価も相当とした。解離性同一症の診断を否定するのではなく、その症状が刑法上の責任能力をどこまで低下させたかという評価で一審を維持した。
2026年4月10日、最高裁の上告棄却で懲役30年が確定
山田側はさらに上告したが、最高裁第二小法廷(三浦守裁判長)は2026年4月10日付で上告を棄却した。これにより、懲役30年とした一、二審判決が確定した。
この事件では、精神疾患の存在そのものより、「その影響が犯行時の判断能力と行動制御能力を著しく低下させたか」が一貫して中心争点となった。最終的な司法判断は、解離の影響を認めながらも完全責任能力を認定するものだった。
父も現場にいたが、起訴されたのは祖父母と兄に対する3件の殺人
事件当時、住宅には山田の父や母、双子の兄もいた。一審判決は、兄を殺害した後に父も殺害するつもりだった可能性と、父への殺意が消失・後退していた可能性の双方に触れ、記録上いずれか一方へ確定することはしなかった。父は山田からハンマーを奪って逃れた。
ここは事件の罪名を整理するうえで重要となる。山田が起訴され、有罪となったのは浦山毅さん、秀子さん、山田健人さんに対する3件の殺人であり、父に対する殺人未遂が確定判決の罪となるべき事実に加えられたわけではない。現場にいた家族全員を「殺害対象だった」と一括して扱うことはできない。
主文は懲役30年、未決勾留640日算入とハンマー没収
一審の主文は懲役30年に加え、未決勾留日数640日を刑へ算入し、犯行に用いられたハンマー1本を没収するという内容だった。3件はいずれも殺人罪として有罪となり、裁判所は有期懲役刑を選択した。
量刑理由では、兄の妻が夫を失い、幼い子を一人で育てなければならない状況に置かれ、厳しい処罰感情を示していることも挙げられた。他方、山田が比較的若く前科前歴がないこと、出所後に環境を整え治療を受ければ更生の余地があることも考慮された。被害結果の重大性だけでも、精神疾患だけでも決まらず、複数の事情を併せた結果が懲役30年だった。
参考資料・出典
- 静岡地方裁判所浜松支部 令和5年(わ)第53号判決(2025年1月15日)
- 静岡新聞SBS「浜松・祖父母ら3人殺害の男の控訴棄却」(2025年10月30日)
- 共同通信「元警察官、懲役30年確定へ 浜松の3人殺害」(2026年4月11日)
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
