旭川女子高校生殺害事件|村山月さん殺害、内田梨瑚懲役27年・小西優花23年確定

公開日 2026年3月10日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2024年
都道府県
北海道
事件分類
マッチングアプリ・SNS関連 / 少年犯罪 / 強盗・監禁・暴行事件 / 性犯罪 / 殺人事件
最終刑・処分
有期刑

2024年4月18日夜から19日未明、北海道留萌市の女子高校生村山月(むらやま・るな)さん(当時17歳)が、旭川市の内田梨瑚と小西優花らに車で連れ回され、旭川市神居古潭の神居大橋付近で死亡した。村山さんは服を脱ぐよう命じられ、橋の欄干付近で「落ちろ」「死ね」などと繰り返し迫られた末、石狩川へ落下し、溺水による窒息で亡くなった。

小西は起訴内容を認め、2025年3月に懲役23年が確定した。内田は監禁を認めた一方、殺人と不同意わいせつ致死を否認したが、旭川地裁は2026年6月22日、直接押したかは断定できないとしながらも、一連の行為自体が殺害の実行行為に当たるとして懲役27年を言い渡した。双方が控訴せず、7月7日に刑が確定した。

事件期間2024年4月18日夜~19日未明
主な場所北海道留萌市から旭川市神居古潭
被害者村山月さん(当時17歳)
被告人内田梨瑚、小西優花
罪名殺人、監禁、不同意わいせつ致死
小西優花懲役23年、2025年3月確定
内田梨瑚懲役27年、2026年7月7日確定
現在両名の刑が確定

SNSに使われた画像をめぐり、50万円を要求

旭川女子高校生殺害事件|内田梨瑚・小西優花の判決と確定まで

事件の発端は、村山月さんが内田梨瑚の写った画像をSNSで無断使用したことだった。内田は投稿を知ると村山さんへ連絡し、検察側の冒頭陳述では示談金名目で50万円を要求したとされた。その後、村山さんは留萌市で車に乗せられ、旭川市まで自由を奪われた状態で移動させられた。

検察側の冒頭陳述によると、村山さんが内田の写った画像をSNSへ投稿したのは2024年4月18日午後8時31分ごろだった。内田は投稿を知ると村山さんへ連絡し、示談金名目で50万円を要求。当時16歳の少年に暴力団関係者を装わせ、「どう落とし前つけんの」などと電話で脅させたとされた。

内田本人は後の被告人質問で、50万円という金額は村山さん側から申し出たという趣旨の説明もした。裁判ではこの点を含め、通話記録、メッセージ、共犯者の供述などが検討された。判決が量刑上重視したのは、画像投稿への怒りをきっかけに、村山さんを現実の暴力と拘束へ追い込んだ一連の行動だった。

画像が投稿されたのは18日午後8時31分ごろとされ、そこから道の駅での合流まで約3時間だった。公判では、投稿されたのは内田がラーメンを食べている画像だったと説明された。内田は短時間のうちに小西らへ連絡し、当時16歳の少年にも電話で威圧させた。SNS上の抗議が、複数人を巻き込んだ呼び出しと金銭要求へ急速に変わっていった。

午後11時半ごろ、留萌市の道の駅で合流

内田らは旭川市から留萌市へ向かい、18日午後11時半ごろ、「道の駅るもい」で村山さんと合流した。村山さんは車に乗せられ、携帯電話を取り上げられた。複数人が同乗する車内で威圧や暴行を受け、自由に降車したり帰宅したりできない状態が続いた。

その後、車は旭川市方面へ移動した。裁判では、この留萌市から旭川市への移動が監禁として認定された。画像をめぐる謝罪や金銭の話から始まった接触は、村山さんの移動の自由を奪う犯罪へ変わっていた。

コンビニで「助けてください」|逃げる機会を奪われた

19日午前3時7分ごろ、車が旭川市内のコンビニに立ち寄った際、村山さんはトイレから飛び出し、店員へ「助けてください」「通報してください」と助けを求めた。内田らは抵抗する村山さんを店外へ連れ出し、検察側は店の裏手で顔を殴るなどの暴行を加えたと主張した。その後も村山さんは車に戻され、監禁状態は続いた。

内田は被告人質問で、この逃走を図られた場面で強い怒りを抱いたことを認める趣旨の説明をした。人目のある店舗で明確に救助を求めても離脱できず、再び車に乗せられた経過は、村山さんが自発的に同行し続けたのではないことを示す重要な事情となった。

コンビニを出た後、車は神居古潭方面へ向かった。裁判では、留萌市での合流から橋へ到着するまでの移動を断片的な出来事としてではなく、携帯電話を取り上げ、暴行や威迫を続けて移動の自由を奪った一連の監禁として認定した。

神居大橋付近で服を脱がせ、欄干へ

内田と小西は村山さんを神居古潭地区へ連れて行き、服を脱ぐよう命じた。村山さんは全裸の状態にされ、橋の欄干付近へ追い込まれた。公判では、「落ちろ」「死ね」などの言葉が繰り返されたことや、逃げ場のない橋上で恐怖を与え続けた経過が証拠として示された。

旭川女子高校生殺害事件|内田梨瑚・小西優花の判決と確定まで

小西は2026年の内田公判で、村山さんが前方へ傾いた際、内田が肩甲骨付近を両手で押し、その直後に視界から消えたと証言した。内田はこれを否定し、村山さんを欄干付近に残して車へ戻った後に叫び声を聞いたという趣旨の説明をした。

遺体は約1か月後、約60キロ下流で発見

村山さんが帰宅しなかったため、家族は4月22日に行方不明届を提出した。警察は通信記録や関係者の供述から留萌市から旭川市へ移動した経路を追い、監禁事件として関係者を逮捕。石狩川流域の捜索を続けた。

5月21日、神居大橋から約60キロ下流の奈井江町付近で村山さんの遺体が発見された。司法解剖で死因は溺水による窒息と判明した。北海道警は6月12日、内田と当時19歳だった小西を殺人容疑で再逮捕し、その後、殺人、監禁、不同意わいせつ致死などで起訴された。

遺体が見つかるまで約1か月を要したため、橋上で何が起きたかを示す物的証拠には限界があった。捜査と裁判では、車内やコンビニの経過、通信記録、橋上の動画、共犯者の供述などをつなぎ、村山さんが留萌市で合流してから石狩川へ落下するまでの連続した行動が再構成された。

小西優花|起訴内容を認め、懲役23年が確定

小西は事件当時19歳で、改正少年法上の特定少年として手続が進められた。旭川家裁から検察官送致され、旭川地検が2024年8月に殺人、監禁、不同意わいせつ致死などで起訴した。特定少年の起訴に伴い実名が公表され、成人と同じ公開の裁判員裁判で審理された。

小西の裁判員裁判は2025年2月から旭川地裁で開かれた。小西は起訴内容を認め、事件当日の内田との行動や橋上での状況を供述した。検察は懲役25年を求刑し、3月7日、旭川地裁は「主体的に関与した」として懲役23年を言い渡した。

小西本人は判決後、3月12日付で上訴権を放棄した。検察側も控訴せず、3月14日までに懲役23年が確定した。小西はその後、内田の公判に証人として出廷し、橋上で内田が村山さんの肩甲骨付近を両手で押したと証言した。

内田梨瑚の初公判|監禁は認め、殺人などを否認

内田の裁判員裁判は2026年5月25日に旭川地裁で始まった。内田は監禁については認めたが、「殺意はなかった」「橋から落下させていない」として殺人罪を否認した。全裸にした行為が不同意わいせつに当たることは認めつつ、死亡との因果関係を争った。

検察側は、直接突き落としたかどうかに限らず、全裸にし、欄干付近へ追い込み、「落ちろ」「死ね」と繰り返し迫る行為によって村山さんを死の危険へ追い込んだこと自体が殺害の実行行為に当たると主張した。

公判では橋上で撮影された動画も証拠として再生され、欄干に座らされた村山さんが拒絶する声や、周囲とのやり取りが示された。落下の瞬間を直接映した映像はなかったため、裁判所は動画、共犯者の証言、内田の供述、現場状況を組み合わせて殺人の実行行為を判断した。

弁護側は、内田が橋を離れた後に村山さんが自ら飛び降りたか、誤って落ちた可能性があるとして、殺人の実行行為と殺意を否定した。したがって争点は「手で押したか」だけでなく、押していない場合でも、それ以前の威迫と行動が殺人罪の実行行為に当たるかという点に広がった。

旭川地裁|直接押したかは断定せず、それでも殺人罪を認定

2026年6月22日、旭川地裁は内田に求刑どおり懲役27年を言い渡した。判決は、小西が証言したように内田が手で押したかどうかについては断定できないとした。一方で、村山さんを全裸にして橋の欄干へ追い詰め、落下を迫り続けた行為は、村山さんが自ら落ちた場合でも誤って落ちた場合でも死亡を生じさせる危険が極めて高く、殺害の実行行為に当たると判断した。

不同意わいせつ致死についても、服を脱がせた行為と、その後の死亡結果との因果関係を認めた。監禁を含む起訴された罪はいずれも成立するとされ、画像投稿への怒りを背景とする動機についても、短絡的で自己中心的だとして厳しく評価された。

懲役27年は2026年7月7日に確定

内田側は判決後、本人の意向で控訴しない方針を示した。旭川地検も控訴せず、期限の7月6日までに双方から控訴がなかったため、懲役27年は7月7日付で確定した。弁護側によれば、内田本人が判決を受け入れ、控訴しない意思を示したという。これにより、内田と小西の刑事裁判はいずれも終結した。

確定した司法判断の中心は、村山さんが留萌市から旭川市まで監禁され、服を脱がされ、橋の欄干付近で落下を迫られ、死亡した一連の行為に両名が刑事責任を負うという点にある。内田が落下の瞬間に手で押したかは判決で断定されなかったが、その一点が殺人罪成立の条件とはされなかった。

内田の懲役27年は有期懲役として重い量刑となった。判決は、村山さんの人格と尊厳を踏みにじる行為が段階的に重なったこと、内田が中心となって事件を進めたことなどを重視した。直接の押し出しを認定できなかったことは、量刑判断の中で事件全体の危険性を消す事情とは扱われなかった。

SNS上の小さな接点から、監禁と殺人へ拡大した事件

村山さんと内田は、事件前から深い交友関係にあったわけではない。発端はSNS上の画像使用だった。そこから金銭要求、脅迫、呼び出し、監禁、暴行、全裸にする行為、橋上での威迫へと短時間にエスカレートした。

裁判で確定したのは、SNS上のトラブルの是非ではなく、現実の身体拘束と暴力によって17歳の村山さんの生命が奪われたことに対する刑事責任である。小西に懲役23年、内田に懲役27年が確定し、2026年7月までに成人被告2人の司法手続は終結した。

参考資料・出典

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