旭川女子高校生殺害事件|内田梨瑚・小西優花の判決と確定まで

公開日 2026年3月10日
最終更新 2026年7月31日

旭川女子高校生殺害事件は、2024年4月18日夜から19日未明、北海道留萌市の女子高校生(当時17歳)が車で監禁され、旭川市神居古潭地区の橋付近で服を脱ぐよう命じられた後、川へ落下して死亡した事件である。内田梨瑚と小西優花が殺人、監禁、不同意わいせつ致死などの罪に問われた。小西は懲役23年、内田は懲役27年が確定しており、両名に対する刑事裁判は終結している。

POINT
この記事でわかること
  • SNS上の画像投稿をきっかけに被害者が呼び出された経緯
  • 留萌市から旭川市神居古潭まで移動の自由を奪われた経過
  • 落下の瞬間を断定せず殺人罪を認定した裁判所の判断
  • 小西優花の懲役23年と内田梨瑚の懲役27年確定
発生期間2024年4月18日夜から19日未明
主な場所北海道留萌市から旭川市神居古潭地区
被害者留萌市の女子高校生(当時17歳)
被告人内田梨瑚、小西優花
主な罪名殺人、監禁、不同意わいせつ致死など
死因川への落下後の溺水による窒息
小西優花の判決懲役23年、確定
内田梨瑚の判決懲役27年、2026年7月7日確定
現在の状況両名の刑が確定

画像の無断使用を理由に被害者へ接触した

事件の発端は、被害者が内田の画像データをSNS上で無断使用したことだった。内田側は投稿を問題視し、謝罪や説明を求める形で被害者へ接触した。画像の無断使用があったとしても、相手の身体と移動の自由を奪う理由にはならない。裁判で問題となったのは投稿の是非ではなく、被害者を呼び出した後、複数人で監禁し、暴行と屈辱的な行為を重ね、死亡へ至らせた一連の行動である。

午後8時31分の投稿から、道の駅るもいでの合流へ

検察側の冒頭陳述によると、被害者が内田の画像をSNSへ投稿したのは2024年4月18日午後8時31分だった。内田は投稿を知ると、当時19歳だった小西や当時16歳の少年らを巻き込み、被害者へ連絡を取った。検察側は、内田が被害者へ示談金名目で50万円を要求し、少年に暴力団関係者を装わせて電話で脅したと説明した。被害者は同日午後11時37分ごろ、留萌市の道の駅るもいで内田らと合流した。

ここまでの経過は、画像投稿をめぐる話し合いだけでは終わらなかったことを示す。被害者は車へ乗せられ、携帯電話を取り上げられ、留萌市から旭川市方面へ移動させられた。判決では、この移動が監禁の一部として認定された。

留萌市から旭川市まで車内で自由を奪った

判決によると、内田と小西は被害者を車へ乗せ、留萌市から旭川市へ移動した。被害者は自分の意思で帰宅できない状態に置かれ、移動中も威圧や暴行を受けた。監禁は、身体を縛る行為だけを指すものではない。複数人の威圧や危害の告知によって、車から降りることや助けを求めることが現実に困難な状態も、移動の自由を奪う行為として判断される。本件では、呼び出しから橋へ到着するまでの移動全体が監禁として認定された。

午前3時7分、立ち寄ったコンビニで助けを求めた

検察側の説明では、車で連れ回されていた被害者は、4月19日午前3時7分ごろ、立ち寄ったコンビニエンスストアで店員に助けを求めた。被害者は通報してほしいという趣旨を伝えたが、内田らは被害者がおかしくなっているという趣旨の説明をしたとされる。検察側は、内田らが被害者を店外へ連れ出し、店の裏手で顔面を殴るなどの暴行を加えたと主張した。外部の人へ助けを求める機会が生じた後も、監禁は終わらず、被害者は再び車で移動させられた。

コンビニでの出来事は、被害者が自発的に同行し続けていたのではないことを示す事実として公判で扱われた。被害者が助けを求めた後も移動が続いた経過は、監禁罪の認定と、橋へ至るまでの一連の行動を理解するうえで重要となった。

4月22日の行方不明届から、約1カ月後の遺体発見へ

被害者が帰宅しなかったため、家族は4月22日に行方不明届を提出した。北海道警は被害者の行動や連絡履歴を調べ、内田らとの接触と、留萌市から旭川市方面へ移動した経過を確認した。監禁などの疑いで関係者を逮捕し、供述や通信記録を基に石狩川の捜索を続けた。

5月21日、神居大橋から約60キロ下流に当たる奈井江町内の石狩川河岸で被害者の遺体が発見された。捜索にはドローンや潜水士も投入され、司法解剖で死因は溺水による窒息と判明した。遺体発見によって、監禁や不同意わいせつの捜査は、橋上での行動と死亡結果を対象とする殺人事件の捜査へ進んだ。

北海道警は6月12日、内田と当時19歳だった小西を殺人容疑で再逮捕した。事件当時16歳だった少年らについては、監禁への関与が少年事件として扱われた。成人・特定少年・少年で手続きは分かれたが、留萌市での呼び出しから神居大橋までの行動は、関係者の供述、映像、通信記録などを照合して調べられた。

神居古潭の橋で服を脱ぐよう命じた

二人は被害者を旭川市神居古潭地区の橋付近へ連れて行った。判決では、被害者へ服を脱ぐよう命じ、欄干に座らせ、「落ちろ」「死ね」などと怒鳴ったことが認定された。被害者はその後、橋から川へ落下し、溺水による窒息で死亡した。小西は内田が被害者を押したという趣旨の証言をした。一方、内田は監禁を認めながら、殺意はなく、橋から落下させてもいないとして、殺人と不同意わいせつ致死を否認した。

初公判で監禁を認め、殺人と不同意わいせつ致死を争った

内田の裁判員裁判は2026年5月25日に始まった。内田は監禁罪を認めた一方、殺意はなく、被害者を橋から落下させてもいないとして、殺人罪を否認した。服を脱がせた行為についても、死亡との因果関係を争い、不同意わいせつ致死罪の成立を否定した。

検察側は、内田と小西が被害者を全裸にして欄干へ座らせ、落下を迫る言葉を繰り返し、何らかの有形力を行使したと主張した。直接手で突き落とした事実を確定できなくても、それ以前の言動によって実質的に転落させたのであれば、殺人の実行行為に当たるという構成だった。

弁護側は、内田らが携帯電話と現金4000円を残し、被害者が自力で帰ると考えて橋を離れた後、叫び声と衝撃音を聞いたと説明した。被害者が自ら飛び降りたか、誤って落下した可能性があり、殺人の共謀と実行行為はないと主張した。

落下の瞬間を断定せず、殺人の実行行為を認定した

旭川地裁は、小西の証言を含む証拠を検討したが、被害者が自ら落ちたのか、誤って落ちたのか、直接押されたのかという落下の瞬間までは断定しなかった。

裁判所は、被害者を裸にして欄干へ座らせ、落下を迫る言葉を繰り返した一連の行為を評価した。被害者が自ら落ちた場合でも、誤って落ちた場合でも、その状況を作った行為は殺害の実行行為に当たると判断した。高い橋の欄干へ座らせ、暴行と脅迫を続ければ、落下して死亡する危険が高いことを認識できたとされた。

不同意わいせつ致死が成立した理由

内田は不同意わいせつ致死罪についても争った。検察は、性欲目的ではなくても、被害者の性的尊厳を著しく侵害する目的で服を脱がせた行為が同罪に当たり、その行為と死亡に因果関係があると主張した。裁判所は、裸にして欄干へ座らせた行為と落下死亡が一連の経過にあるとして、不同意わいせつ致死罪の成立を認めた。わいせつ行為と死亡結果を別々の出来事とは扱わず、被害者を辱め、死の危険へ追い込んだ経過全体を判断した。

小西の証言と内田の説明は、落下の瞬間で食い違った

小西は自身の裁判で起訴内容を認め、内田の公判では、内田が被害者の背中を押した後に被害者が視界から消えたという趣旨の証言をした。内田はこれを否定し、欄干へ座らせたことは認めながら、自分が離れた後に落下したと説明した。共犯者の証言は重要な証拠となる一方、自身の刑事責任との関係もあるため、裁判所は他の証拠と照合して信用性を判断する。旭川地裁は、落下の瞬間について小西の説明だけを全面的に採用せず、直接押したかどうかは断定できないとした。

小西優花は特定少年として起訴され、懲役23年が確定した

事件当時19歳だった小西は、改正少年法の特定少年に当たった。旭川家庭裁判所は2024年7月26日に事件を検察官へ逆送し、旭川地検は8月2日、小西を監禁、殺人、不同意わいせつ致死の罪で起訴して実名を公表した。小西は起訴内容を認めた。2025年3月7日、旭川地裁は、監禁、橋までの連れ回し、わいせつ行為、死亡結果への関与を認定し、懲役23年を言い渡した。判決後、小西側と検察側が上訴権を放棄し、同月14日までに刑が確定した。

内田の公判では、小西が橋上の状況を証言した。共犯者としてすでに刑が確定していることは証言評価の一要素となるが、裁判所は落下の瞬間について小西の説明だけを全面的に採用せず、直接押したかどうかは断定しなかった。

内田梨瑚には求刑どおり懲役27年

2026年6月22日、旭川地裁は内田に求刑どおり懲役27年を言い渡した。監禁だけでなく、殺人と不同意わいせつ致死を含む全ての罪を認定した。判決は、被害者の人格と尊厳を踏みにじる犯行であり、画像投稿への怒りを背景とする動機は短絡的かつ自己中心的で、酌量の余地がないとした。内田が監禁を認めながら殺人などを否認した経過も踏まえ、真摯な反省を認めにくいと評価した。

控訴期限の7月6日までに内田側と旭川地検の双方が控訴せず、懲役27年は7月7日付で確定した。これにより、小西の懲役23年と内田の懲役27年はいずれも確定している。

確定判決で分かったことと、断定されなかったこと

確定したのは、被害者が留萌市から旭川市まで監禁され、服を脱ぐよう命じられ、橋の欄干へ座らされ、落下を迫られた末に死亡したこと、その一連の行為について内田と小西に殺人などの責任があることである。一方、落下の瞬間に内田が手で押したかは断定されなかった。殺人罪は、直接押したという一点ではなく、被害者を逃げられない状態で死の危険へ追い込んだ行為全体から認定された。

関連事件

同じテーマの書籍を探す

この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。