2005年4月25日午後8時55分ごろ、千葉県市原市の営業中のファミリーレストランで、暴力団組長の男性2人(当時45歳と39歳)が拳銃で射殺された。宮城吉英、濱崎勝次、別の暴力団組長の3人は、慰謝料などの金銭要求をめぐる対立から、支払いに応じるよう装って2人を店へ呼び出し、店内と店前の歩道で発砲した。
店内には一般客17人と店員5人がいて、発射された弾丸の一部は被害者の後方にある客席のテーブルへ着弾し、仕切りガラスも破損した。無関係の客や従業員が巻き添えになる危険が高い状況だった。宮城と濱崎は別々に裁判を受け、いずれも死刑が確定した。事件後に自殺した共謀者は裁判を受けていない。宮城と濱崎の死刑は2013年4月26日、東京拘置所で執行された。
| 事件名 | 市原市ファミレス内組員2人射殺事件 |
|---|---|
| 発生日 | 2005年4月25日 |
| 発生場所 | 千葉県市原市のファミリーレストラン |
| 被害 | 暴力団組長の男性2人が死亡。一般客と店員に負傷者なし |
| 主要人物 | 宮城吉英、濱崎勝次、事件後に自殺した共謀者 |
| 現在の状況 | 宮城・濱崎の死刑は2013年4月26日に執行 |
前年の暴行事件から始まった金銭要求
事件の発端は、宮城が飲食店の女性経営者へ暴行を加えた問題だった。被害者側と関係する暴力団員は、女性への慰謝料だけでなく、上部団体の名前を出したことに対する看板料などの名目でも高額な金銭を要求した。宮城と所属組織の組長らは、要求に応じれば組織の面目を失い、今後の活動にも影響すると考えた。
本来であれば、暴行事件の被害回復と金銭問題は法的な手続や話し合いで処理されるべきだった。しかし、宮城らは要求を拒むだけでなく、相手側の関係者を呼び出して殺害する計画を選んだ。最高裁は、組織の体面を守るという暴力団特有の発想に基づく動機であり、酌量の余地はないと指摘した。
当初の標的には、金銭を要求していた配下の人物と、その背後にいる組長が想定されていた。最終的には、金を受け取りに来る相手側関係者を店内で射殺する方針となり、誰が現場へ来るかに応じて複数人を殺害する準備が進められた。
現金を渡すと装った呼び出し
宮城らは要求額の一部を支払うと偽り、相手側の関係者を市原市内のファミリーレストランへ呼び出した。人目の少ない場所へ連れ出すのではなく、一般客が利用する店舗を受け渡し場所に選んだのは、相手を警戒させず、現金の支払いが実際に行われるように見せるためだった。
3人の役割は事前に打ち合わせられていた。共謀者の組長が現金を数えて被害者たちの注意を引き、合図を送った後、宮城と濱崎が拳銃で発砲する計画だった。2丁の拳銃が用意され、逃げた場合にも追跡して撃つことが想定されていた。
被害者の45歳男性と39歳男性はいずれも暴力団組長で、約束に応じて店へ来た。相手側にも不当な金銭要求があったと裁判では認定されたが、そのことが殺害を正当化するものではない。裁判所は、対立の経緯と殺人の責任を明確に分けて判断した。
合図を受けた店内での一斉発砲
4月25日夜、3人は被害者2人と店内のテーブルを囲んだ。現金を数える行動で被害者の注意を引いた後、合図を受けた宮城と濱崎は、テーブル越しの至近距離から拳銃を立て続けに発射した。突然の発砲により、被害者たちは店外へ逃れようとした。
宮城と濱崎は店内だけで発砲を終えず、逃げる2人を追い、出入口付近と店前の歩道でも撃った。2丁の拳銃から発射された弾丸は合計8発とされ、被害者2人はいずれも死亡した。至近距離からの連続した発砲と追撃は、確実に殺害する意思を示すものと認定された。
宮城は、対立の原因を作ったのは自分だとの意識から実行役を申し出て、率先して発砲した。濱崎も計画に加わり、拳銃を用いて実行行為を分担した。裁判では、単に現場に同席したのではなく、殺害計画を共有し、それぞれが実行役として重要な役割を果たしたとされた。
一般客17人と店員5人がいた営業中の店舗

発砲時、店内には飲食中の一般客17人と店員5人がいた。被害者の背後には一般客が着席するテーブルがあり、弾丸の一部はそのテーブルへ着弾した。別の弾丸は仕切りガラスを破損しており、わずかに方向が違えば無関係の客や従業員が死亡・負傷する状況だった。
殺害の標的は2人に限定されていたとしても、営業中の飲食店で複数回発砲した行為は、周囲の市民を危険にさらした。最高裁は、一般客を巻き添えにする危険が甚だ高く、地域社会へ与えた衝撃と不安も大きいと評価した。
一般客と店員に銃撃による人的被害が出なかったのは結果にすぎない。犯行側は、店内の人数や座席の位置を確認して発砲を控えたわけではなく、被害者を追って店外でも撃ち続けた。この無関係な人々への危険が、量刑上の重要な事情になった。
共謀者の自殺と宮城の逮捕
事件後、3人のうち暴力団組長だった共謀者は自殺し、刑事裁判を受けることはなかった。捜査は、店内の目撃状況、発砲の位置、関係者間の金銭トラブル、事件前後の連絡や行動を調べ、宮城と濱崎の関与を追った。
宮城は2005年5月25日に逮捕され、当時48歳だった。初公判では起訴された事実を認め、争点は主に量刑となった。事件を誘発した対立の経緯や被害者側の金銭要求も審理されたが、計画的に呼び出して射殺した責任を軽くする事情とは認められなかった。
濱崎についても、宮城とは別に起訴され、実行役としての関与が審理された。共謀者が死亡していたため、3人の間でどのような話し合いがあり、誰がどの発砲をしたのかは、残された証拠と両被告の供述から判断された。
宮城と濱崎に別々に言い渡された死刑
宮城の裁判では、千葉地裁が2005年12月12日に死刑を言い渡した。東京高裁は2006年10月5日に控訴を棄却し、最高裁第二小法廷も2009年6月15日に上告を棄却した。最高裁は、宮城が自ら実行役を申し出て率先して発砲し、終始積極的に犯行を遂行したと認定した。

濱崎には千葉地裁が2007年10月26日に死刑を言い渡し、東京高裁が2008年9月26日に控訴を棄却した。最高裁は2011年12月15日に上告を棄却し、死刑が確定した。
両被告について、反省や謝罪の意が示されたことは考慮された。それでも、金銭要求を口実に被害者を誘い出した計画性、2人を死亡させた結果、営業中の店舗で多数の市民を危険にさらしたことから、死刑を回避する事情にはならないと判断された。
2013年4月26日に執行された2人の死刑
宮城の死刑は2009年6月26日に、濱崎の死刑は2011年12月27日に確定した。2人は東京拘置所に収容され、2013年4月26日、同じ日に死刑を執行された。宮城は56歳、濱崎は64歳だった。
法務大臣は執行後の会見で、2人が共犯者と共謀し、ファミリーレストラン店内と店前の歩道で拳銃2丁を使って2人を射殺した事件だと説明した。組織の体面を守る発想に基づき、一般市民を巻き添えにする危険のある場所で発砲した点も、事件の特徴として示された。
現在の法的状況は、宮城と濱崎の有罪・死刑が確定し、いずれも刑が執行済みである。もう1人の共謀者は事件後に自殺したため、公判で有罪判決を受けたわけではない。3人の結末は同じではなく、裁判を経た2人と、裁判前に死亡した人物を区別して記録する必要がある。
店内外の射撃と4人の共謀
実行計画では、金銭を受け取る役と、合図を確認して発砲する役が分けられていた。被害者側の幹部2人がテーブルに着くと、共謀者は現金の一部を数えるふりをして時間を作り、予定した合図を送った。宮城と濱崎はその合図に合わせて店内へ入り、至近距離から相次いで発砲した。支払い交渉の場で突発的な口論が起きたのではなく、現金を見せて相手を所定の席へとどめ、射撃しやすい状態を作る計画だった。
被害者の1人が店外へ逃れようとすると、発砲は店内だけで終わらず、実行者は追い掛けて歩道上でも銃弾を浴びせた。2人を確実に死亡させるまで射撃を続けた態様から、威嚇や負傷させる目的ではなく、当初から殺害する意思が共有されていたと認定された。銃弾は客席のテーブルや間仕切りのガラスにも達し、無関係の客や店員が巻き込まれる具体的な危険が生じた。
宮城と濱崎は実際に拳銃を撃った者として起訴されたが、事件を成立させたのは2人だけではなかった。前年の暴行事件をめぐる交渉を続け、被害者を呼び出し、偽の支払いを準備し、店内で合図を送った者がいたことで、射殺計画は実行可能になった。中心となった暴力団幹部は事件後に自殺し、裁判を受けなかったが、その死亡によって実行者2人の共謀や責任が失われることはなかった。
宮城と濱崎は別々の裁判で審理され、それぞれの参加経緯や役割が判断された。両事件の最高裁判決は、2人の被害者を計画的に射殺したことに加え、営業中のファミリーレストランを実行場所に選び、多数の一般人を危険にさらした点を重く評価した。金銭要求をめぐる組織間の対立が背景にあっても、それは生命を奪う行為を正当化する事情にはならず、2人とも死刑が確定した。
捜査では、店内外に残った弾痕や薬きょう、被害者の負傷部位、目撃者の説明などから、実行者の位置と射撃の順序が確認された。一般客が多数いたため証言は複数に及び、事件前の金銭交渉や呼び出しの連絡も含めて、店内で偶然始まった争いではないことが裏付けられた。実行者と合図役の行動が予定どおり連動していたことから、3人の間に殺害の共謀が成立していたと認定された。暴力団同士の内部事情が背景にあっても、公開された飲食店で第三者を危険にさらした事実は、量刑上独立して重い事情となった。
2人の裁判では、発砲した弾数や命中状況だけでなく、被害者を店へ呼び出すまでの連絡と、現金を数える合図の意味が詳しく検討された。射撃前の準備と店外まで続いた追跡が一つの計画として認定されたことで、殺害結果について実行者全員が責任を負うとされた。
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