千葉中央メディカルセンター男性置き去り死亡事件|島村智広さんを人違いで連れ去り、田中大樹と渡部俊文に実刑

公開日 2026年6月14日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2023年
都道府県
千葉県 / 埼玉県
事件分類
強盗・監禁・暴行事件 / 殺人事件

2020年9月3日午前4時45分ごろ、千葉市若葉区の千葉中央メディカルセンターへ、全身に暴行を受けた痕のある男性が運び込まれた。男2人は警備員に男性を託すと、詳しい事情を説明しないまま車で立ち去った。男性は埼玉県越谷市の島村智広さん(32)と判明し、死亡が確認された。

島村さんは、男たちが探していた人物ではなかった。数時間前、埼玉県八潮市の駐車場で別人と取り違えられ、自分の名前を答えた後も説明を信じてもらえず、車へ連れ込まれて暴行を受けた。田中大樹には懲役11年、計画を主導した渡部俊文には懲役14年。裁判は、人違いから始まった暴行と、病院へ運んだ後に立ち去った行為の双方を刑事責任として認定した。

発生日2020年9月3日
被害者島村智広さん(当時32歳)
連れ去り場所埼玉県八潮市の飲食店駐車場
発見場所千葉中央メディカルセンター(千葉市若葉区)
捜査死体遺棄、逮捕監禁致傷を経て殺人容疑でも再逮捕
裁判で認定された主な罪傷害致死、死体遺棄など
田中大樹2021年8月、懲役11年
渡部俊文2022年3月、懲役14年

午前4時45分、「この人をお願いします」と病院へ

9月3日早朝、男2人が島村さんを千葉中央メディカルセンターへ運び込んだ。島村さんには多数の外傷があり、意識も呼吸も確認できない状態だった。病院側から警察へ通報が入り、千葉県警は遺体がここへ運ばれるまでの経路を追い始めた。

病院は千葉市にあったが、島村さんの車は埼玉県八潮市で見つかった。捜査線は県境を越え、午前1時台に八潮市で起きた連れ去りと、約3時間半後の病院への搬送がつながっていく。

渡部が探していたのは、金銭トラブルの相手だった

犯行の発端には、渡部が知人との間で抱えていた金銭トラブルがあった。裁判では、渡部が自宅から金を盗まれたと考え、知人へ「制裁」を加える目的で相手を探し、田中らを伴って行動したと認定された。

ところが、9月3日午前1時20分ごろ、八潮市の飲食店駐車場で見つけたのは島村さんだった。島村さんは元の金銭トラブルとは無関係で、渡部らが探していた人物とは別人だった。

島村さんは自分の名前を答えたが、誤認は止まらなかった

駐車場で名前を尋ねられた島村さんは、自分が「島村」であると答えた。それでも男らは、本来探していた人物が偽名を使っていると思い込み、説明を受け入れなかった。ここで人違いを解く機会があったにもかかわらず、暴行が始まった。

島村さんは車へ連れ込まれ、その後も暴行を受けた。捜査では鉄パイプや、拳にはめて使用する金属製の凶器などが使われたとされ、車で移動した後も暴行が続いた。

午前1時台の連れ去りから、病院まで約3時間半

連れ去りは午前1時20分ごろ、病院へ運び込まれたのは午前4時45分ごろだった。その間、島村さんは車内や移動先で繰り返し暴行を受け、やがて反応を失った。

2人は島村さんを医療機関まで運んだものの、暴行の経緯や自分たちの関与を詳しく説明せず、生死の結果を確かめないまま立ち去った。この行動が、後の裁判で死体遺棄罪をめぐる中心的な争点となる。

田中が出頭し、渡部も身柄を確保された

事件後、田中は警察へ出頭し、まず死体遺棄容疑で逮捕された。渡部も後に出頭し、同じく死体遺棄容疑で逮捕される。2人の供述や移動経路の捜査から、八潮市の駐車場での連れ去りとその後の暴行が具体化した。

捜査は逮捕監禁致傷容疑などへ広がり、2020年10月16日には2人が殺人容疑で再逮捕された。警察は暴行の程度、島村さんが死亡した時期、2人が生命の危険をどの段階で認識したかを調べた。

起訴後は傷害致死と死体遺棄が裁判の中心になった

捜査段階では殺人容疑で再逮捕されたが、起訴後の公判では、島村さんへの暴行は傷害致死として審理された。裁判所は殺人罪による刑ではなく、暴行によって死亡させた傷害致死罪などについて刑を言い渡している。

もう一つの争点が死体遺棄だった。2人は島村さんを病院へ運んでおり、弁護側は救命を求める行為だったとして遺棄の成立を争った。裁判所は、運び込んだ場所だけでなく、その時点での島村さんの状態と2人の認識、立ち去り方を合わせて判断した。

田中の裁判、病院へ運んでも死体遺棄が成立すると判断

田中の公判では、病院へ運んだ行為が死体遺棄に当たるかが争われた。千葉地裁は、島村さんがすでに死亡している可能性を田中らが認識していたと推認し、病院で生死を確認せずに立ち去った経過を重視した。

2021年8月24日、千葉地裁は田中に懲役11年を言い渡した。傷害致死に加え、病院で島村さんを残して立ち去った行為についても死体遺棄罪の成立を認めた。田中の刑はその後確定した。

渡部は制裁を計画した主導者として、より重い刑を受けた

渡部の公判では、元の金銭トラブルから「制裁」を企てた立場が重く評価された。島村さんが探していた相手ではないと説明していたのに暴行を止めず、無関係の人物を死亡させた結果について、計画を動かした責任が問われた。

渡部も、病院へ運んだ時点で島村さんが死亡していたとは認識していなかったとして死体遺棄罪を争った。裁判所は、犯行途中で島村さんの反応がなくなったことなどから、死亡している可能性が高いと認識していたと判断した。

2022年3月、渡部に懲役14年

2022年3月30日、千葉地裁は渡部に懲役14年を言い渡した。検察側の求刑は懲役15年。判決は、金銭トラブルの相手への制裁を企てたこと、島村さんの説明を聞き入れずに暴行を続けたこと、病院へ置いた後に立ち去ったことを一連の経過として評価した。

田中の懲役11年より刑が重くなったのは、渡部が犯行計画を作り、実行を主導した立場にあったためだった。共同して暴行した事件でも、裁判所は計画への関与と主導性を被告ごとに分けて量刑へ反映させた。

島村さんには、元の争いに巻き込まれる理由がなかった

島村さんは、渡部が抱えていた金銭トラブルの当事者ではなかった。八潮市の駐車場に居合わせたことで別人と取り違えられ、本人が名乗っても説明を信用されないまま、暴行の対象にされた。

人違いは最後まで気付かなかったという経過ではない。名前を尋ね、異なる答えを受け取った後も、探していた人物だという思い込みが優先された。その判断のまま暴行が続き、島村さんは32歳で命を奪われた。

「病院へ運んだ」後の行動まで、判決は刑事責任として評価した

2人が最後に島村さんを病院へ運んだことは、結果として医療機関へ到達させた行為だった。しかし、裁判所はそれだけで救護行為と評価せず、島村さんが死亡している可能性を認識しながら、自分たちの行為を説明せずに立ち去った点を死体遺棄と認定した。

事件は、別人への私的な制裁計画から始まり、人違いを修正できないまま暴行が続いた。最終的に確定した刑事責任は殺人罪ではなく、傷害致死、死体遺棄など。田中に懲役11年、渡部に懲役14年という二つの実刑判決が残った。

参考資料・出典

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