1979年10月15日、鹿児島県大崎町の牛小屋で、42歳の中村邦夫さんが堆肥の中から遺体で見つかった。警察は親族による殺人・死体遺棄事件として捜査し、中村さんの義姉にあたる原口アヤ子さんらを逮捕した。原口さんは捜査段階から犯行を否認したが、1980年に懲役10年の判決を受け、刑は翌1981年に確定した。
それから40年以上、大崎事件は一つの有罪判決をめぐって再審請求が繰り返されてきた。原口さん側は、殺害を裏付ける直接的な物証が乏しいこと、共犯者とされた親族3人の自白の信用性、そして中村さんの死因・死亡時期を争っている。再審開始を認める判断は過去に3度出たが、そのたびに上級審で覆った。2026年1月には第5次再審請求が始まり、7月までに11件の新証拠が提出されている。
| 事件発覚 | 1979年10月15日 |
|---|---|
| 場所 | 鹿児島県大崎町 |
| 被害者 | 中村邦夫さん(当時42歳) |
| 再審請求人 | 原口アヤ子さん |
| 確定判決 | 殺人・死体遺棄、懲役10年 |
| 刑確定 | 1981年 |
| 満期出所 | 1990年7月17日 |
| 第1次再審請求 | 1995年申立て、2002年再審開始→後に取消し |
| 第3次再審請求 | 2017年再審開始、2018年高裁維持→2019年最高裁が取消し |
| 第4次再審請求 | 2020年申立て→2025年2月25日、最高裁が特別抗告棄却 |
| 第5次再審請求 | 2026年1月8日申立て、審理継続中 |
10月12日夜、中村さんは道路上で倒れ、近隣住民に自宅へ運ばれた
事件の出発点は、遺体発見の3日前にある。鹿児島県弁護士会が第4次再審請求をめぐる声明で整理した経過によれば、1979年10月12日、中村さんは農道脇へ転落し、前後不覚の状態で道路上に横たわっていた。午後9時ごろ、近隣住民2人が中村さんを自宅へ運んだ。
確定判決は、その後の午後11時ごろ、原口さんが元夫と義弟を含む3人で中村さんを殺害し、翌13日未明にさらに1人を加えて遺体を牛小屋の堆肥へ遺棄したと認定した。殺害方法については、タオルによる頸部圧迫で窒息死させたという筋立てだった。
10月15日、牛小屋の堆肥から遺体――捜査は親族へ向かった
中村さんは12日から姿が見えなくなり、15日、自宅の牛小屋に積まれた堆肥の中から遺体となって発見された。捜査は中村さんと同居・近居していた親族へ向かい、原口さん、元夫、義弟、義弟の息子が事件に関与したとして逮捕・起訴された。
原口さんは逮捕時から一貫して殺害への関与を否定した。一方、ほかの3人は捜査段階で犯行を認める供述を行い、確定審ではこの自白が有罪認定の中心に置かれた。原口さん本人の自白ではなく、共犯者とされた親族の供述が事件の骨格を形づくった点が、その後の再審で長く争われることになる。
1980年3月、鹿児島地裁が懲役10年――物証より供述が大きな位置を占めた
1980年3月31日、鹿児島地裁は原口さんに殺人・死体遺棄で懲役10年を言い渡した。判決を支えた主な証拠として、共犯者とされた3人の自白、義弟の妻の供述、頸部圧迫による窒息死を推定した法医学鑑定などが挙げられている。
弁護側は、殺害を直接示す客観的・物的証拠が乏しく、親族の供述の信用性に問題があると主張したが、控訴・上告は退けられた。原口さんは服役し、1990年7月17日に満期で出所した。その後も無実を訴え続け、1995年4月に最初の再審請求へ進む。
第1次再審では2002年に再審開始――しかし高裁が取り消した
第1次再審請求は1995年4月19日に申し立てられた。審理は長期化したが、2002年3月26日、鹿児島地裁は再審開始を決定した。確定判決後、初めて裁判をやり直す可能性が具体化した瞬間だった。
ところが検察側が即時抗告し、福岡高裁宮崎支部は2004年12月、地裁決定を取り消して再審請求を棄却した。最高裁も2006年1月に特別抗告を退け、第1次請求は再審公判へ進まなかった。
第2次では「供述弱者」とされた親族3人の自白が改めて争点になった
原口さんは2010年8月、第2次再審請求を申し立てた。弁護側は新しい法医学鑑定に加え、共犯者とされた親族の知的能力や取調べ時の状況を踏まえた供述心理学上の鑑定を提出し、自白の信用性を争った。
鹿児島地裁は2013年3月に請求を棄却し、福岡高裁宮崎支部も2014年7月に即時抗告を棄却。最高裁は2015年2月に特別抗告を退けた。再審開始には至らなかったものの、自白がどのように形成され、どこまで実体験に基づくのかという問題は、その後の請求でも繰り返し中心に置かれる。
第3次では地裁と高裁が再審開始――最高裁が2019年に結論を覆した
2015年7月に始まった第3次再審請求では、鹿児島地裁が2017年6月28日に再審開始を決定した。検察側は即時抗告したが、福岡高裁宮崎支部も2018年3月12日、再審開始の判断を維持した。
しかし2019年6月25日、最高裁第一小法廷は地裁・高裁の決定を取り消し、再審請求を棄却した。最高裁は、弁護側の法医学鑑定が死因に疑問を投げかけても、中村さんが自宅へ運ばれた時点の死亡時期まで決定づけるものではないと評価し、確定判決の認定を崩すには足りないと判断した。
第4次は「死因」だけでなく「死亡時期」へ――2025年、最高裁で裁判官1人が反対意見
第3次請求の最高裁決定を受け、弁護側は2020年3月30日に第4次再審請求を申し立てた。新たな救命救急医の鑑定は、中村さんが近隣住民によって自宅へ運ばれた時点で、すでに死亡していた可能性を含めて検討した。さらに、近隣住民の供述や親族の自白についても専門家の分析が提出された。
鹿児島地裁は2022年6月に請求を棄却し、福岡高裁宮崎支部も2023年6月に即時抗告を棄却した。最高裁第三小法廷は2025年2月25日、4人の裁判官の多数意見で特別抗告を退けた。
この決定には宇賀克也裁判官の反対意見が付いた。宇賀裁判官は、新たな医学鑑定が死亡時期について専門的な知見を提供しており、共犯者供述なども含め新旧証拠を総合評価する必要があるとして、再審を開始すべきだとした。多数意見と反対意見が、同じ新証拠をどう評価するかで分かれた。
2026年1月、第5次再審請求――新証拠は11件に増えた
第4次請求が最高裁で退けられてから1年を待たず、2026年1月8日、弁護団は鹿児島地裁へ第5次再審請求を申し立てた。今回は、自白の信用性を改めて検証する鑑定と、確定判決が認定した殺害方法を再現する実験などが中心となっている。
2026年7月14日の第3回進行協議までに、弁護団は11件の新証拠を提出した。心理学の専門家は親族3人の供述内容を分析し、捜査機関による誘導の影響を指摘。さらに、タオルで首を絞めたとする確定判決の犯行態様について初めて再現実験を行い、その結果を証拠化したと説明している。
3度の再審開始判断が出ても、再審公判は一度も開かれていない
大崎事件では、第1次請求で鹿児島地裁、第3次請求で鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部が再審開始を認めている。合計3回の開始判断が出た一方、いずれもその後の不服申立てで覆り、再審公判そのものは開かれていない。
2026年8月26日現在、原口さんに対する1980年の有罪判決は維持されたまま、第5次再審請求が鹿児島地裁で進んでいる。次回の進行協議は10月15日に予定されている。事件から47年近くが経過した現在も、確定判決を支えた親族の供述と法医学鑑定をどう評価するかが審理の中心にある。
再審を動かしたのは、確定審に出なかった証拠の開示でもあった
大崎事件の再審手続では、時間の経過とともに捜査機関が保有していた資料の一部が開示され、新しい鑑定や供述分析の材料になってきた。鹿児島県弁護士会は、特に第2次再審の即時抗告審や第3次再審請求で、裁判所の訴訟指揮に応じて証拠が段階的に開示された経緯を指摘している。
再審では、確定判決当時と同じ証拠だけを読み直すのではなく、後から開示された捜査資料を含めて、法医学者や供述心理学の専門家が別の角度から検証する作業が続いた。3度の再審開始判断が生まれた背景には、長年の請求の中で証拠の見え方そのものが変化してきた事情もある。
第5次再審は、殺害方法そのものを再現する段階へ進んだ
2026年の第5次請求では、従来からの死亡時期や供述分析に加え、確定判決が認定した殺害方法を実際に検証する再現実験が行われた。弁護団は、タオルで首を絞めて窒息死させたとする認定を再現し、その実行可能性を検討した報告書を新証拠として提出した。
同時に、親族3人の供述については心理学の専門家が内容の矛盾や変化を分析している。第5次再審で焦点になっているのは、抽象的な「自白は信用できるか」ではなく、誰がいつ何を語り、その内容が客観的状況や殺害方法と整合するのかという個別の照合である。
参考資料・出典
- 鹿児島県弁護士会「『大崎事件』第4次再審請求の特別抗告棄却決定に対する会長声明」(2025年3月13日)
- 鹿児島県弁護士会「『大崎事件』再審請求棄却決定に関する会長声明」(2023年6月5日)
- 鹿児島県弁護士会「『大崎事件』再審請求棄却決定に関する会長声明」(2022年6月22日)
- 日本国民救援会「鹿児島・大崎事件」
- KTS鹿児島テレビ「大崎事件 弁護団が新証拠11件提出 第5次再審請求 初の再現実験も」(2026年7月14日)
- FNNプライムオンライン「大崎事件・第5次再審請求 弁護団が新証拠11件を提出」(2026年7月15日)
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