2009年10月20日夜から21日未明、千葉県松戸市のマンション。被告人は当時21歳の大学生・荻野友花里さんの部屋へ侵入し、帰宅した荻野さんを拘束して金品を奪った後、室内にあった包丁で左胸部を3回刺すなどして殺害した。最高裁決定は、翌日には被告人が再び部屋へ入り、犯跡を隠す目的で火を放ったと認定している。
この事件の裁判は、事実認定より量刑判断が大きく割れた。千葉地裁の裁判員裁判は死刑。東京高裁はこれを破棄して無期懲役とし、検察と弁護側の双方が上告したが、最高裁は2015年2月3日にいずれも棄却した。死刑と無期を分けたのは、事件が重大かどうかではなく、どの事情にどれだけの重みを与えるかだった。
| 事件 | 松戸女子大生殺害放火事件 |
|---|---|
| 発生 | 2009年10月20日夜〜21日未明 |
| 被害者 | 荻野友花里さん(21) |
| 主な認定 | 住居侵入、強盗殺人、現住建造物等放火など |
| 一審 | 2011年6月30日、千葉地裁・裁判員裁判が死刑 |
| 控訴審 | 2013年10月、東京高裁が一審を破棄し無期懲役 |
| 最高裁 | 2015年2月3日、検察・弁護双方の上告棄却 |
| 確定刑 | 無期懲役 |
帰宅前の部屋に侵入し、荻野さんを室内で待った
最高裁決定によれば、被告人は荻野さんが不在の間に部屋へ侵入し、帰宅後に金品を奪う目的で包丁を突き付け、両手首を縛るなどした。強盗の過程で殺意を抱き、左胸部を3回刺すなどして死亡させた。
裁判所が後に重く見たのは、侵入や強盗には準備された面があっても、荻野さんを殺害すること自体を事前に計画していたとは認められなかった点である。この「強盗の計画」と「殺害の計画」を分けた評価が、控訴審以降の量刑を左右する。
キャッシュカードを使い、翌日もう一度部屋へ戻って放火
被告人は奪ったキャッシュカードを使い、21日に複数回にわたって現金を盗んだ。さらに22日にはマンションへ戻り、室内に火を放った。最高裁は、当時この建物に15人が居住していたとして、放火が周囲へ及ぼす危険も量刑上重い事情として扱った。
つまり裁判は、荻野さん1人が死亡した強盗殺人だけを切り離して審理したわけではない。殺害後の窃盗、現住建造物等放火を含む一連の行動に加え、同じ時期に繰り返された別の住居侵入や強盗事件もまとめて判断対象になった。
約2か月の間に重大事件を反復し、13件の罪が裁判員裁判へ
最高裁決定には、松戸事件以外にも、女性にけがを負わせた強盗致傷、強盗強姦、監禁、住居侵入などが認定されたと記されている。被告人は直近の服役を終えてから3か月足らずの間に、一連の犯行を繰り返していた。
一審の裁判員裁判は、松戸事件の殺意や放火の危険だけでなく、短期間に重大犯罪を反復したこと、累犯前科や同種前科、反省の程度などを総合した。その結果、被害者が1人で殺害自体に計画性がない点を考慮しても、死刑を回避する決定的事情にはならないとした。
2011年、千葉地裁の裁判員裁判は死刑を選択
千葉地裁は2011年6月30日、被告人に死刑を言い渡した。最高裁が後に整理した一審の量刑理由では、殺意が強固で殺害態様が執ようだったこと、放火に類焼の危険があったこと、松戸事件以外の犯罪も生命や身体に重大な危害を及ぼしかねないことが挙げられた。
一審は、死亡被害者が1人であることや、殺害を事前に計画していなかったことも認識していた。それでも、短期間に複数の重大犯罪を重ねた経過と前科を強く評価し、死刑が相当だと結論づけた。後の争いは、この重み付けが過去の量刑との公平性を保っているかへ移る。
東京高裁は事実を大きく変えず、量刑の重み付けを変えた
東京高裁は2013年、一審の死刑判決を破棄して無期懲役とした。最高裁決定の要約によれば、高裁は一審が認定した事件の重大性を否定したのではない。問題にしたのは、被害者1人の強盗殺人で、殺害そのものが計画的ではない事件に死刑を選ぶ根拠だった。
高裁は、松戸事件以外の犯罪について殺人の故意が認定されていないことや、前科にも人を殺害しようとした犯罪が含まれていないことを指摘した。複数の重大犯罪を重ねた事実は重いが、それをそのまま「複数人を殺害した事件」と同じように扱うことはできないという整理だった。
殺害の計画性がないことを、高裁と最高裁はなぜ重視したのか
最高裁は、一人を殺害した強盗殺人でも死刑が選択される場合はあると明示した。その一方、利欲目的の犯罪でも、人の生命を奪うことを当初から計画して準備し実行した場合は、生命侵害の危険性や生命軽視の程度がより高く評価されると説明している。
本件では、荻野さんを殺害すること自体の事前計画は認められなかった。そのため、殺害方法や結果の重大性を極めて重く見ても、計画的な一人殺害事件と同じ重みを与えるには慎重な検討が必要になる。最高裁は、この点に関する高裁の評価を不合理とはしなかった。
他事件と前科は重い――しかし死刑の決定打にはしなかった
一審は、出所後間もなく多数の重大事件を繰り返したことを、死刑選択を強く支える事情とした。最高裁も、その反復性や被告人への非難が強いこと自体は否定していない。
ただし、松戸事件以外では人を殺害する故意が認定されておらず、前科も殺人を伴うものではなかった。最高裁は、これらを被告人に不利な事情として考慮できるとしても、非計画的な一人死亡の強盗殺人で死刑を選ぶための不足部分を直ちに埋める事情にはならないとみた。
最高裁が示した「先例」は、過去判決の単純な点数表ではない
2015年の最高裁決定は、死刑判断では公平性を確保する必要があるとした。過去の事件と細部まで機械的に比較するのではなく、裁判例の集積から、罪質、動機、計画性、殺害方法、被害者数、遺族感情、前科などの要素がどのような重みで扱われてきたかを確認し、それを裁判体の共通の出発点にする必要があると述べた。
この考え方は裁判官だけの裁判でも、裁判員裁判でも変わらない。裁判員が参加した一審だから量刑判断が優先されるという意味ではなく、死刑を選ぶなら、なぜ他の選択肢では足りないのかを具体的かつ説得的に示さなければならないという基準が置かれた。
「被害者1人なら死刑にならない」という判断ではない
最高裁は、死亡被害者が1人であれば死刑を選べないとはしていない。実際、決定は一人死亡の事件でも死刑がやむを得ない場合があると明記した。重要なのは人数だけではなく、殺害を当初から計画したか、犯行目的、態様、前科、他の犯罪との関係などを合わせた評価である。
本件で無期懲役が維持されたのは、「一人だから」という単純な線引きではない。非計画的な一人死亡の強盗殺人について蓄積された量刑傾向を出発点とし、それを超えて死刑を選ぶだけの根拠を、他事件や前科がどこまで補えるかを検討した結果だった。
2015年2月3日、検察・弁護双方の上告を棄却
検察は無期懲役への変更を不服として上告し、弁護側も別の論点から上告した。最高裁第二小法廷は2015年2月3日、双方の上告を棄却した。これにより、東京高裁が言い渡した無期懲役が維持された。
最高裁は一審の事実認定そのものに大きな誤りがあるとしたのではない。死刑を選択する判断に、過去の量刑傾向と公平性を踏まえた「具体的、説得的な根拠」が十分示されているかを点検し、高裁が死刑を回避した結論を是認したのである。
遺族は被害者参加で公判に関わり、死刑を求め続けた
千葉犯罪被害者支援センターが公開する遺族の手記では、荻野さんの母親が被害者参加制度を利用して裁判に関わった経過を記している。一審の死刑判決後、高裁で無期懲役へ変更され、最高裁でもその結論が維持されたことへの思いも残されている。
刑事裁判の結論は無期懲役で確定した。一方、遺族が求めた刑と裁判所が選んだ刑には大きな隔たりが残った。本件は、裁判員裁判の死刑判断を控訴審がどのように審査するのか、死刑の公平性をどう確保するのかを最高裁が具体的に示した事件でもある。
参考資料・出典
・千葉地方裁判所 2011年6月30日判決(裁判員裁判)
・最高裁判所第二小法廷 2015年2月3日決定
・公益社団法人千葉犯罪被害者支援センター「被害者等の声」
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