四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件|無実認定と20分の制圧、高裁が死亡との因果関係を認定

公開日 2026年7月23日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2004年
都道府県
三重県
事件分類
冤罪事件 / 未解決事件
事件状況
未解決

2004年2月17日、三重県四日市市尾平町の大型商業施設にあるATMコーナーで、一人の男性が突然「泥棒」と呼ばれた。男性は四日市市内に住む68歳。子どもを抱いた女性の声をきっかけに周囲の客らに取り押さえられ、駆け付けた警察官へ引き渡された。

男性は警察官による制圧中に嘔吐して意識を失い、翌日に死亡した。後に津地方検察庁は男性が窃盗未遂に関与していなかったと認定し、遺族へ被疑者補償を支給した。一方、死亡をめぐる民事訴訟では、一審と控訴審で「警察官の制圧と死亡の因果関係」の判断が分かれた。

発生2004年2月17日
場所三重県四日市市尾平町・当時のジャスコ四日市尾平店ATMコーナー
男性四日市市内の男性(当時68歳)
発端子どもを抱いた女性が男性を「泥棒」と呼び、周囲の客らが取り押さえた
死亡警察官へ引き渡された後に意識を失い、翌日死亡
民事提訴2007年2月1日、妻が三重県へ5717万円余を請求
一審2010年11月18日、津地裁が県に880万円の支払いを命令
控訴審2011年9月9日、名古屋高裁が死亡との因果関係を認め賠償額を増額
刑事上の扱い津地検が男性の無実を認定し、遺族に被疑者補償
現在までの核心発端となった女性は特定されず、男性の名誉回復と警察の制圧の適法性・因果関係が争点となった

「泥棒」という一声から始まった取り押さえ

三重県が議会へ提出した訴訟関係資料によると、男性はATMコーナーで子どもを抱いた女性から「泥棒」と呼ばれ、居合わせた買い物客に取り押さえられた。警察官が到着するまでの段階では、男性が実際に窃盗をしたことを裏付ける確認はできていなかった。

事件後に広く使われる「誤認逮捕死亡事件」という呼称は、この出発点を示している。ただし、民事訴訟で直接争われたのは、原告が主張した誤認逮捕だけではない。警察官が現場で行った身体的な制圧が許される限度を超えていたか、その制圧が男性の死亡につながったかが中心的な争点となった。

女性は現場を離れ、何が起きていたのかは解明されなかった

男性を「泥棒」と呼んだ女性は、警察官が男性を制圧している間に現場から離れた。後に県警は防犯カメラ映像を公開して情報提供を求めたが、女性の身元は特定されなかった。したがって、女性がなぜ男性を泥棒と認識したのか、財布をめぐって実際にどのようなやり取りがあったのかは、刑事裁判によって確定していない。

この点は事件を理解するうえで重要だ。男性が無実だったことと、女性が意図的に虚偽の申告をしたことは同じ意味ではない。後者について有罪判決は存在せず、発端となった女性の意図まで事実として断定することはできない。

警察官の制圧は約20分続いたと高裁が認定

当時報道が伝えた名古屋高裁判決によると、男性を警察官が制圧した時間は約20分に及んだ。高裁は、男性の胸や腹に強い力がかかる状態が続いたと認定し、居合わせた客による数分間の取り押さえと、警察官による制圧を同じ程度の負荷として扱わなかった。

男性は制圧中に嘔吐し、やがて意識を失った。翌日に死亡し、報道では高度のストレスを原因とする高血圧性心不全が問題となった。誰が男性を最初に取り押さえたかだけではなく、警察官が引き継いだ後も制圧を続けたことが、後の国家賠償請求で検討されることになる。

民事裁判で重視されたのは、警察官が現場に到着した時点でどの程度の危険が残っていたのかという点でもあった。一般人が突然の出来事に反応して男性を取り押さえた場面と、職務として状況を確認できる立場にある警察官が引き継いだ後の行為では、同じ「取り押さえ」でも法的評価が異なる。

高裁判決を伝えた当時報道では、警察官の一人が男性の身体へ強い圧力をかける状態を長時間続けたことが具体的に認定された。男性の抵抗を抑える必要があったかという問題だけでなく、その必要性に比べて加えた力と継続時間が過大ではなかったかが、違法性を判断する基礎となった。

男性は窃盗未遂に関与していなかったと津地検が認定

事件発生時、男性は窃盗未遂の疑いを向けられた。しかし、捜査を経て男性の犯罪関与を裏付ける事実は確認されず、津地検は男性を無実と認定した。当時報道では、遺族に対して被疑者補償として1日分の上限額だった1万2500円が支払われたとされている。

この補償は、男性の死亡について県が負う損害賠償を意味するものではない。窃盗未遂の被疑者として扱われたことについて検察が行った補償であり、死亡との因果関係や警察官の制圧の違法性は、遺族が別に起こした国家賠償請求訴訟で争われた。二つの手続を混同すると、「無実と認められたから賠償が決まった」という不正確な説明になる。

事件から長い時間が経過してから無実が公的に示された点も、この事案の特徴だった。男性は自分で嫌疑を否定し続けたり、裁判で名誉回復を求めたりすることができないまま死亡している。遺族にとって民事訴訟は、金額だけでなく、現場での制圧が男性の死亡にどう関係したのかを司法判断として残す手続でもあった。

ここでいう「無実認定」は、民事訴訟の勝敗とは別の問題である。窃盗未遂に関与していなかったことと、警察官の制圧が違法だったか、さらにその違法な制圧が死亡の原因だったかは、それぞれ別に判断されなければならなかった。

妻は2007年、三重県へ5717万円余を請求

男性の妻は2007年2月1日、「誤認逮捕と違法な制圧で夫が死亡した」として三重県を相手に津地裁へ損害賠償請求訴訟を起こした。三重県の議案資料には、慰謝料などとして5717万円余を請求したことが記録されている。

訴訟の対象は、最初に男性を取り押さえた一般客の行為だけではなく、警察官が男性を制圧した方法と継続時間だった。警察官には現場の安全を確保する職務がある一方、必要性が失われた後も過度な力を加えれば国家賠償法上の責任が生じ得る。その境界が争われた。

津地裁は「制圧は違法」としたが死亡との因果関係は認めず

2010年11月18日、津地裁は三重県に880万円の支払いを命じた。判決は警察官の制圧について、必要かつ相当な限度を超えた違法な行為と評価した一方、その制圧が男性の死亡を生じさせたとまでは認定しなかった。

三重県は敗訴部分の取り消しを求めるため、控訴に必要な議案を県議会へ提出した。遺族側も死亡との因果関係を認めなかった一審判断に不服を持ち、争いは名古屋高裁へ移った。したがって、2010年の880万円という数字は最終的な賠償額ではない。

一審は、女性に泥棒と呼ばれ、買い物客に取り押さえられた際のストレスと、警察官による制圧のストレスのどちらが死亡に結び付いたのかを分け切れないとみた。つまり、違法性は認めても、死亡という結果との法的な因果関係については別の結論を出した。

名古屋高裁は因果関係を認め、賠償額を約3640万円へ増額

2011年9月9日の名古屋高裁判決は、一審の因果関係判断を変更した。高裁は、買い物客による取り押さえを約5分としたうえで、体重約94キロの警察官による制圧が約20分続き、胸や腹に強い力が加わったと認定。男性に与えたストレスは警察官の制圧の方がはるかに大きかったと判断した。

その結果、高裁は警察官の制圧と死亡との因果関係を認め、三重県に約3640万円の支払いを命じた。事件の民事責任は、単に「誤認だった」という一点ではなく、警察が男性を確保した後にどのような方法で身体を制圧し続けたのかという具体的な行為によって判断された。

県議会には賠償金と遅延損害金5034万9千円が計上された

三重県議会の2011年9月27日の会議録には、名古屋高裁判決を受け、賠償金と遅延損害金の合計5034万9千円を補正予算へ計上したことが残る。高裁が示した損害賠償額そのものと、実際の支払いに必要な遅延損害金を含む予算額は同一ではない。

県議会ではこの事案について「無実の県民が死亡するという重大な事実」との認識も示され、警察の対応や再発防止が議論された。民事判決が確定したことは、男性に窃盗の責任がなかったことに加え、警察官の制圧と死亡の因果関係について司法判断が示されたことを意味する。

この会議録は、判決後の県側の実務対応も確認できる一次資料である。高裁の認容額だけを見れば約3640万円だが、支払い時には事件から判決までの遅延損害金が加わる。そのため、県が実際に用意した予算額は5034万9千円となった。このため、高裁が認容した約3640万円と、遅延損害金を含む5034万9千円は、同じ金額を指すものではない。

2005年に女性の防犯カメラ画像を公開、それでも身元は判明しなかった

事件から1年後の2005年2月、三重県警は現場の防犯カメラに映っていた女性の画像を公開し、情報提供を求めた。当時の新聞記事を整理した資料では、容疑事実を特定できない段階で関係者の画像を公表する異例の対応だったと報じられている。

それでも女性の身元は分からず、本人から事情を聴くことはできなかった。防犯カメラは男性が窃盗をしたという当初の見方を見直す材料にはなったが、映像だけで女性の意図や刑事責任まで確定することはできない。男性の無実が後に認められたことと、女性側について何が犯罪として成立するかは別の問題として残った。

「誤認逮捕」と「違法な制圧」は分けて読む必要がある

この事件では、「誤認逮捕」「無実認定」「違法な制圧」「制圧と死亡の因果関係」という四つの論点が重なって語られやすい。だが、それぞれ根拠となる手続が異なる。男性の窃盗未遂への関与は捜査・検察の判断、制圧の違法性と死亡との因果関係は国家賠償請求訴訟で判断された。

一方、発端となった女性の身元や真意は明らかになっていない。男性の死について警察の法的責任が確定したからといって、現場で起きたすべての事実が解明されたわけではない。この事件に残った空白は、最初の「泥棒」という一声がなぜ発せられたのかという点にある。

参考資料・出典

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