四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件は、2004年2月17日、三重県四日市市の商業施設内で、68歳の男性が窃盗犯と誤認され、警察官に制圧された後に死亡した事件である。2011年9月9日、名古屋高裁は警察官の制圧行為を違法とし、男性の死亡との因果関係を認定した。三重県に約3640万円の賠償を命じた判決は、県が上告を断念したことで確定している。
- 68歳の男性が窃盗犯と誤認された経緯
- 買い物客と警察官によって行われた制圧の状況
- 男性の無実が防犯カメラから判明するまでの流れ
- 「泥棒」と叫んだ女性が現場を立ち去った経緯
- 津地検が男性の無実を認め、補償を行った理由
- 名古屋高裁が警察官の制圧と死亡の因果関係を認めた判決
- 女性の身元が特定されないまま時効となった現在の状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般的な呼称 | 四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件、四日市誤認逮捕死亡事件 |
| 発生日 | 2004年2月17日 |
| 発生時刻 | 午後1時10分ごろ |
| 発生場所 | 三重県四日市市尾平町のジャスコ四日市尾平店 |
| 現在の施設名 | イオン四日市尾平店 |
| 被害者 | 四日市市内に住む男性(当時68歳) |
| 発端 | 幼児を抱いた女性が男性へ「泥棒」と叫んだ |
| 男性への対応 | 買い物客らが取り押さえ、警察官が手錠を掛けて制圧 |
| 制圧時間 | 約20分 |
| 死亡日時 | 2004年2月18日午前1時50分ごろ |
| 死因 | 高血圧性心不全と不整脈 |
| 男性の嫌疑 | 防犯カメラなどから無実と判断された |
| 女性 | 幼児を抱えて現場から立ち去り、身元未特定 |
| 映像公開 | 2005年2月、三重県警が女性の防犯カメラ画像を公開 |
| 刑事手続き | 女性の行為をめぐる窃盗未遂事件は容疑者不詳のまま時効 |
| 被疑者補償 | 津地検が男性の無実を認定し、遺族へ1万2500円を支給 |
| 民事一審 | 2010年11月18日、津地裁が三重県へ880万円の賠償命令 |
| 民事控訴審 | 2011年9月9日、名古屋高裁が約3640万円の賠償命令 |
| 現在の状況 | 県の賠償責任は確定。女性の身元と事件の発端は未解明 |
2004年2月17日、ATMを利用していた男性
2004年2月17日午後、68歳の男性は、ジャスコ四日市尾平店で買い物をしていた。男性は孫が飼っていたハムスターの餌などを購入した後、店内のATMコーナーへ向かったとされている。ATMを操作していた男性は、買い物袋を持っていた。防犯カメラには、男性が通常どおりATMを利用する様子が映っている。
そこへ、2歳前後とみられる幼児を抱いた女性が近づいた。女性と男性は接触した後にもみ合う状態となり、女性は周囲へ聞こえる声で「泥棒」と叫んだ。
「泥棒」という声だけで買い物客らが男性を制圧
女性の声を聞いた買い物客らは、ATMコーナーへ駆け付けた。その場で、女性が具体的に何を盗まれたのか、男性が実際に盗みを行ったのかについて、十分な確認は行われなかった。買い物客らは、抵抗する男性を床へ押さえ付けた。男性は「違う」「放せ」という趣旨の言葉を発していたとされている。
男性が女性の財布や現金を持っていることも確認されなかった。事件は、女性が発した「泥棒」という一言を周囲が事実と受け止めたことで、一気に制圧と逮捕へ進んだ。
別件対応中の警察官が男性の身柄を引き継ぐ
当時、店内には別の万引き事件へ対応するため、四日市南警察署の警察官2人が来ていた。警察官は「泥棒を捕まえた」との連絡を受け、ATMコーナーへ向かう。現場へ到着した時点で、幼児を抱いた女性はすでに立ち去っていた。
警察官は女性から被害内容を直接聞くことができず、盗まれたとされる物の確認もできていない。それでも警察官は買い物客らから男性の身柄を引き継ぎ、窃盗未遂の現行犯として後ろ手に手錠を掛けた。
警察官が約20分間にわたり制圧
男性は、自分は泥棒ではないとして抵抗を続けた。警察官の1人は、うつぶせの状態となった男性の背中側から体重を掛け、床へ押さえ付けた。後の民事裁判では、体重約94キロの警察官による制圧が、男性の胸部や腹部へ強い力を加える状態で約20分間続いたと認定されている。
もう1人の警察官は、現場を立ち去った女性を探すなどしていましたが、女性を確保することはできなかった。男性を取り押さえた買い物客らも、事情を十分に確認されないまま現場を離れたとされている。
男性が嘔吐し意識を失う
制圧されていた男性は、途中で嘔吐し、反応が弱くなった。応援で到着した警察官らが異変に気付き、手錠を外して救急車を要請する。男性は午後1時43分ごろに到着した救急車で、四日市市内の病院へ搬送された。
しかし意識は回復せず、翌18日午前1時50分ごろに死亡した。司法解剖の結果、死因は高血圧性心不全と不整脈で、強い精神的・肉体的ストレスが影響したとみられた。
防犯カメラに窃盗行為は映っていなかった
事件後、四日市南署はATMコーナーの防犯カメラ映像を詳しく確認した。映像には、男性が女性の財布や現金などを盗もうとする様子は記録されていなかった。男性は自分のキャッシュカードを使用しており、現場からも男性のカードが発見されている。
目撃者からも、男性が女性の所持品を盗む場面を見たという証言は得られなかった。三重県警は2月21日、男性が何らかの窃盗行為を行った状況はなく、無実だったと判断した。
男性と女性が奪い合った物は誰の所有物だったのか
事件直後には、男性と女性が財布のような物を奪い合っていたとの情報があった。しかし、その物が女性から盗まれた財物だったことを示す証拠はなかった。男性の所持品や防犯カメラ映像を調べても、女性の物を奪ったと認められる状況は確認されていない。
津地検も後に、男性を窃盗犯とする証拠は存在しなかったと判断している。一方、女性が男性のカードや財布を奪おうとしたのか、別の事情でもみ合いになったのかは、女性が見つからなかったため解明されなかった。
幼児を抱いた女性は現場から立ち去る
男性へ「泥棒」と叫んだ女性は、幼い子どもを抱いていた。周囲の買い物客らが男性を取り押さえている間に、女性はATMコーナーを離れている。警察官が現場へ到着した時には、女性の姿はなかった。
女性は自分から警察へ被害を届け出ることも、事件後の捜査へ名乗り出ることもなかった。なぜ女性が「泥棒」と叫んだのか、男性との間にどのようなやり取りがあったのかは、現在も分かっていない。
公開された女性の特徴
三重県警が公表した女性の主な特徴は、次のとおりである。
- 当時25歳から30歳くらい
- 身長約160センチ
- 痩せ型
- 肩付近まで伸びた薄い茶色の髪
- 黒っぽい上着とズボン
- ショルダーバッグを所持
- 2歳前後とみられる幼児を抱いていた
防犯カメラには、女性が男性へ近づく前から、ATMコーナーの方向を複数回うかがう様子も映っていたと報じられている。ただし、映像だけでは女性が窃盗を計画していたのか、男性へ故意に虚偽の嫌疑を掛けたのかを確定できない。女性は事件の真相を知る重要人物ですが、刑事裁判で犯罪者と認定された人物ではない。
2005年、異例の防犯カメラ画像公開
事件発生から約1年間、女性の身元へつながる有力な情報は得られなかった。三重県警は2005年2月、現場の防犯カメラに映っていた女性の画像を公開した。女性の具体的な容疑を確定できない段階で画像を公開するのは異例の対応だった。
画像を掲載したポスターも作成され、店舗や駅、公共交通機関などへ掲示されている。多数の情報が寄せられましたが、女性本人の特定や、事件の発端を解明する証拠には結び付かなかった。
男性を逮捕したことと制圧方法は別の問題
警察官が現場へ到着した時、男性は買い物客らによって取り押さえられていた。警察側は当初、民間人による現行犯逮捕の身柄を引き継いだもので、当時の状況では逮捕は正当だったと説明した。一方、女性が現場を離れ、盗難被害の内容や被害品も確認できない中で、男性だけを窃盗犯として扱った対応には批判が集まった。
後の民事裁判で中心的に争われたのは、逮捕手続き全体だけではなく、男性へ加えた制圧の強さと時間である。裁判所は、男性が抵抗していたとしても、警察官の制圧は必要かつ相当な限度を超えていたと判断した。
遺族が三重県へ約5700万円を請求
2007年、男性の妻ら遺族は、警察官の過剰な制圧によって男性が死亡したとして、三重県を相手に損害賠償訴訟を起こした。請求額は約5700万円だった。遺族側は、男性を長時間うつぶせにし、警察官が体重を掛けた行為は必要な限度を超えていたと主張した。
また、嘔吐などの異変が現れていたにもかかわらず、制圧を続けた対応にも問題があったと訴えている。三重県側は、男性の抵抗が激しく、制圧は必要で適切だったとして争った。
2010年、津地裁が制圧の違法性を認定
2010年11月18日、津地裁は警察官の制圧について、必要かつ相当な限度を超えた違法な行為だったと判断した。一方、男性が死亡した原因については、女性から「泥棒」と叫ばれ、買い物客らに取り押さえられた際のストレスも影響した可能性があるとした。警察官による制圧だけが死亡を引き起こしたとは断定できないとして、死亡との因果関係は認めなかった。
そのうえで津地裁は、三重県に慰謝料など880万円を支払うよう命じた。遺族側は、死亡との因果関係を否定した点を不服として名古屋高裁へ控訴する。
2011年、名古屋高裁が制圧と死亡の因果関係を認定
2011年9月9日、名古屋高裁は津地裁判決を変更し、警察官の制圧行為と男性の死亡との因果関係を認めた。判決は、買い物客らによる制圧は約5分だったのに対し、警察官による制圧は約20分間続いたと認定している。さらに、体重約94キロの警察官が男性の胸部や腹部へ強い力を加えたことで、男性に極めて大きなストレスが掛かったと判断した。
女性の言動や買い物客による制圧よりも、警察官による長時間の制圧が死亡へ与えた影響ははるかに大きかったとしている。名古屋高裁は三重県へ約3640万円の賠償を命じ、県が上告を断念したことで判決が確定した。
津地検が男性の無実を認定
女性の行為をめぐる窃盗未遂事件は、容疑者を特定できないまま2011年2月に公訴時効を迎えた。三重県警は容疑者不詳として事件を津地検四日市支部へ送致した。津地検は防犯カメラ映像や関係資料を確認し、死亡した男性が窃盗犯だったことを示す証拠はないと判断する。
2011年5月、津地検は男性の無実を正式に認め、被疑者補償として遺族へ1万2500円を支給した。これは当時の被疑者補償制度における、身柄拘束1日分の最高額だった。
女性を窃盗犯や虚偽告訴の犯人と断定できるのか
防犯カメラには、女性が男性へ近づき、もみ合った後に「泥棒」と叫ぶ様子が記録されていた。男性が無実だったことから、女性が故意に虚偽の嫌疑を掛けたとの見方もある。また、女性自身が男性のカードなどを奪おうとしていたのではないかという可能性も捜査された。
しかし女性は特定されず、事情聴取も刑事裁判も行われていない。映像だけでは、女性の目的や故意、男性との接触前後のすべての状況を確定できない。そのため、女性を法的に窃盗犯、虚偽告訴の犯人、または男性を死亡させた犯人と断定することはできない。
私人による現行犯逮捕の危険性
刑事訴訟法では、現行犯人については警察官以外の一般人でも逮捕できる。ただし、実際に犯罪が行われたことが明白であり、その人物が犯人であることを確認できる状況が必要である。周囲の叫び声や一方の説明だけを信じ、事情を確認せずに人を拘束すれば、無実の人を傷付ける危険がある。
逃走や差し迫った危険がない場合には、必要以上の力を加えず、警察へ通報して状況を見守る対応が重要である。本事件では、誰も男性が物を盗む場面を見ていなかったにもかかわらず、複数人が男性を窃盗犯と決め付けた。
「抵抗したこと」を有罪の根拠にしない
無実の男性は、突然窃盗犯と決め付けられ、複数人から床へ押さえ付けられた。その状況で拘束から逃れようとすることは、必ずしも犯罪を犯した人物の行動を意味しない。自分の無実を主張し、拘束へ抵抗した行為が、さらに強い制圧を正当化する材料として扱われる危険がある。
警察官には、抵抗の強さだけでなく、犯罪を裏付ける客観的な事情や本人の体調を確認することが求められる。本事件の民事判決は、抵抗する人物を制圧する必要があっても、その方法と時間には限度があることを示した。
四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件の主な時系列
- 2004年2月17日午後1時10分ごろ:ジャスコ四日市尾平店のATMコーナーで、女性が68歳男性へ「泥棒」と叫ぶ
- 直後:買い物客らが男性を取り押さえる
- 午後1時15分ごろ:店内にいた四日市南署員が男性の身柄を引き継ぐ
- その後約20分間:警察官が男性へ手錠を掛け、床へ押さえ付けて制圧
- 午後1時30分すぎ:男性が嘔吐し、意識を失う
- 午後1時43分ごろ:救急車が到着し、男性を病院へ搬送
- 2月18日午前1時50分ごろ:男性が高血圧性心不全と不整脈で死亡
- 2月21日:三重県警が防犯カメラなどから男性の無実を判断
- 2005年2月:三重県警が幼児を抱いた女性の防犯カメラ画像を公開
- 2007年:遺族が三重県へ約5700万円の損害賠償を請求
- 2010年11月18日:津地裁が警察官の制圧を違法と認定し、三重県へ880万円の賠償命令
- 2011年2月:女性の行為をめぐる窃盗未遂事件が容疑者不詳のまま公訴時効
- 5月:津地検が男性の無実を認定し、遺族へ被疑者補償1万2500円を支給
- 9月9日:名古屋高裁が制圧と死亡の因果関係を認め、約3640万円の賠償を命令
- 9月:三重県が上告を断念し、名古屋高裁判決が確定
- 現在:女性の身元と「泥棒」と叫んだ理由は解明されていない
現在の状況|県の賠償責任確定、女性は未特定
68歳の男性が窃盗を行っていなかったことは、三重県警と津地検の双方によって確認されている。警察官による制圧行為が違法であり、男性の死亡と因果関係があることも、名古屋高裁の確定判決で認定された。一方、男性へ「泥棒」と叫んだ女性は、現在まで特定されていない。
女性の行為をめぐる窃盗未遂事件は公訴時効が成立しており、刑事裁判で事件の発端を検証する機会は失われた。買い物客らの制圧に関して刑事責任が認定されたとの公表もない。現在の正確な状況は、男性の無実と県の賠償責任は確定した一方、女性の身元や事件の発端は未解明のままである。
四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件が残したもの
四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件では、買い物に訪れただけの68歳男性が、突然「泥棒」と呼ばれた。誰も窃盗の瞬間を見ていない中で、周囲の人々は男性を取り押さえ、警察官も客観的な状況を十分に確認せず身柄を拘束した。男性が必死に抵抗したことは、犯人である証拠ではなく、無実の人物が突然拘束された際の反応だった可能性がある。
名古屋高裁は、警察官による長時間の強い制圧が男性へ重大なストレスを与え、死亡へつながったと認定した。男性の無実と県の責任は認められましたが、本人が名誉回復の結果を知ることはできなかった。また、女性の身元が分からないため、なぜ男性を泥棒と呼んだのか、故意だったのか、誤解だったのかも明らかになっていない。
本事件は、一人の主張を無条件に信じる危険、私人逮捕の限界、警察による制圧の相当性、拘束中の健康管理という問題を残した。
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