島根女子大生殺人事件|平岡都さん失踪から7年、死亡した被疑者と57枚の画像

公開日 2026年2月4日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2009年
都道府県
島根県
事件分類
未解決事件 / 殺人事件
事件状況
未解決
司法状況
該当なし
最終刑・処分
容疑者死亡・裁判なし

事件から約7年後、捜査線上に浮かんだ男はすでに死亡していた。男が残したデジタルカメラや記録媒体から、被害者の遺体や刃物などを写した57枚の画像が見つかり、島根・広島両県警は2009年の女子大学生殺害との結び付きを強めた。

被害者は島根県立大学1年の平岡都さん(19)。2009年10月26日夜、浜田市内のアルバイト先を出た後に行方が分からなくなり、11日後から広島県北広島町の臥龍山で遺体の一部が見つかった。2016年12月、警察は事件直後に死亡していた矢野富栄を殺人、死体損壊、死体遺棄の疑いで書類送検した。

行方不明2009年10月26日夜
被害者平岡都さん(19)・島根県立大学1年
遺体発見2009年11月6日〜19日、広島県北広島町・臥龍山
捜査島根・広島両県警の合同捜査本部
被疑者矢野富栄(当時33歳、2009年11月8日に死亡)
書類送検2016年12月20日、殺人・死体損壊・死体遺棄容疑
検察処分2017年1月31日、被疑者死亡のため不起訴
現在の位置づけ警察は事件を解決と発表。刑事裁判による有罪認定はない

10月26日夜、平岡都さんはアルバイト先を出た後に消息を絶った

平岡さんは香川県出身で、浜田市にある島根県立大学へ通っていた。2009年10月26日夜、市内のアルバイト先を出た後、学生寮へ戻らないまま連絡が取れなくなった。大学側や警察による捜索が始まり、行方不明者として情報提供が呼び掛けられた。

所持品や移動経路を追っても、平岡さんが自分の意思で遠方へ向かったことを示す材料は見つからなかった。警察は事件に巻き込まれた可能性を視野に捜査を続けたが、最初の転機は浜田市から県境を越えた広島県側で訪れた。

午後9時15分ごろの防犯カメラ映像を最後に、足取りが途切れた

平岡さんがアルバイト先のショッピングセンターを出たのは午後9時15分ごろだった。店を出る姿は防犯カメラに残っていたが、学生寮までの約2.5キロの経路にあるコンビニのカメラでは確認されなかった。寮へ向かう途中のどこで移動手段が変わったのかは、当時の捜査でも重要な焦点となった。

寮へ続く道は夜間に人通りが少なく、警察は周辺の防犯カメラや車両の通行記録を調べた。浜田市内から臥龍山方面へ向かう道路の車両も確認し、平岡さんと面識のある人物だけでなく、周辺地域の不審者情報や過去の事件歴を含めて対象を広げていった。

11日後、臥龍山で遺体の一部が見つかった

11月6日、広島県北広島町の臥龍山で女性の遺体の一部が見つかり、DNA型鑑定などから平岡さんと確認された。その後19日までの捜索で別の部位も発見され、捜査は殺人と死体損壊・遺棄を含む重大事件へ移った。

浜田市内で姿を消した大学生の遺体が、約30キロ離れた山中に分散して遺棄されていた。島根県警と広島県警は合同捜査本部を置き、平岡さんが最後に確認された時間帯の車両、人の動き、周辺の防犯情報などを広く洗い直した。

臥龍山では機動隊員や警察犬を投入した捜索が続き、血痕が付着したビニール片から平岡さんのDNA型が確認された。学生寮近くの側溝からは左足用のスニーカーも見つかり、当初は平岡さんの所持品の可能性が検討されたが、DNA型を採取できず本人のものとは特定できなかった。こうした断片的な手掛かりが増える一方、被疑者へ直結する証拠は長く得られなかった。

事件直後の11月8日、後に被疑者となる男は交通事故で死亡していた

捜査が難航した大きな事情の一つは、後に被疑者とされた矢野富栄が、遺体の一部が最初に見つかった2日後の2009年11月8日に死亡していたことだった。矢野は山口県内の高速道路で母親とともに交通事故に遭い、33歳で死亡した。

矢野が死亡したのは山口県美祢市付近の中国自動車道だった。母親を乗せて走行中に単独事故を起こし、車両が炎上して二人とも死亡した。後に事件との時間的な近さから様々な推測が語られたが、遺書は確認されず、警察は交通事故として扱っている。

当時、この事故と平岡さんの事件を結び付ける決定的な材料は把握されていなかった。矢野から事情を聴く機会は失われたまま、捜査は長期化する。2010年2月には事件が公的懸賞金の対象となり、警察は全国から広く情報を求め続けた。

長期捜査の中で、矢野と事件を結ぶ情報が集まり始めた

捜査本部は目撃情報や交友関係、車両、過去の居住地などを繰り返し確認した。2016年には周辺県を含めた関係者の洗い直しが進み、事件当時に島根県益田市で生活し、臥龍山周辺へ車で移動できた矢野の存在が改めて検討された。

矢野の死亡からすでに7年近くが経過していたため、本人の供述ではなく、残された物と記録を追う捜査になった。関係先からデジタルカメラや記録媒体などを押収・解析し、削除されていたデータも含めて復元作業が行われた。

そこで得られたのが、デジタルカメラやUSBメモリーなどに残っていた画像だった。単に平岡さんの姿が写っているという程度ではなく、遺体や刃物など事件の内部事情をうかがわせる内容が含まれていたことが、警察の判断を大きく動かした。

復元された57枚の画像が、捜査を矢野富栄へ収束させた

解析の結果、記録媒体などから計57枚の画像が確認された。そこには平岡さんの遺体とみられるもの、刃物、矢野自身の足などが写っていた。遺体発見前には一般に知られていなかった事件情報と重なる内容もあり、捜査本部は矢野の関与を裏付ける重要な客観資料と位置付けた。

画像の撮影場所についても捜査が進み、矢野が当時住んでいた益田市の住宅内部と結び付く状況が確認された。山中の遺棄現場だけでなく、被害後の一連の行為を矢野の生活圏へつなぐ材料が得られたことで、長く広がっていた捜査対象は一人へ収束していった。

警察は画像だけで結論を出したのではなく、矢野の行動や事件当時の状況、関係先から得た情報を合わせて検討した。その結果、矢野が2009年10月26日に平岡さんを殺害し、遺体を損壊したうえで臥龍山へ遺棄した疑いが強いと判断した。

2016年12月20日、死亡した矢野を3容疑で書類送検した

2016年12月20日、島根・広島両県警の合同捜査本部は、矢野を殺人、死体損壊、死体遺棄の疑いで松江地検へ書類送検した。事件発生から約7年2か月が経過していた。

矢野はすでに死亡していたため、逮捕や取調べを経て起訴される通常の刑事手続には進まなかった。警察は証拠を総合して矢野を被疑者と特定し、事件を解決したと発表したが、矢野自身が法廷で供述し、弁護側が証拠を争う機会は存在しなかった。

2017年1月、不起訴となり刑事裁判は開かれなかった

2017年1月31日、松江地検は矢野を不起訴とした。理由は被疑者が死亡しているためで、無罪判決が出たわけでも、証拠不十分によって嫌疑が否定されたわけでもない。

同時に、刑事裁判による有罪認定もない。公開されている法的経過は、警察が矢野を3容疑の被疑者として送致し、検察が死亡を理由に不起訴としたところで終わっている。平岡さんがどのように矢野と接点を持ったのか、詳しい動機や事件当夜のすべての経過は、法廷で確定されないまま残った。

情報提供者3人には計300万円の捜査特別報奨金が支払われた

2017年3月、警察庁は事件の解決に結び付いた情報を寄せた3人へ、捜査特別報奨金として合計300万円を支払った。事件は2010年から報奨金の対象となっており、制度による支払いが行われた事件としては6件目だった。長期化した捜査の中で寄せられた情報が、矢野の周辺を詳しく調べるきっかけの一つになった。

島根県警は現在も公式ページで「女子大学生死体遺棄等事件の解決について」として経過を公開している。捜査機関としては被疑者を特定して終結した事件である一方、被疑者死亡によって公判は一度も開かれていない。この二つの事実が、島根女子大生殺人事件の最終的な位置づけとなっている。

参考資料・出典

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