1998年1月14日夜、当時20歳だった女性が群馬県群馬郡群馬町三ツ寺、現在の高崎市にある自宅へ帰った。階段を上がろうとしたところ、後ろから腕をつかまれた。そこにいたのは、以前から女性へ一方的に近づき、付きまとい行為を続けていたとされる小暮洋史だった。
家には両親と祖母がいるはずだった。女性が大声を出しても家族は出てこない。小暮は女性を祖母の部屋へ連れて行き、長時間拘束するような状態で「好きだ」という趣旨の言葉を伝えたと、女性は後年の取材で証言している。女性が抵抗した後、小暮は家を出た。
その後、女性は家族3人が殺害されていることを知る。死亡したのは父の石井武夫さん(48)、母の千津子さん(48)、祖母のトメさん(85)。群馬県警は小暮を殺人容疑で全国に指名手配した。2026年8月24日現在も逮捕されたとの公式発表はなく、警察庁指定重要指名手配被疑者として捜査が続いている。
| 発生 | 1998年1月14日夜 |
|---|---|
| 場所 | 群馬県群馬郡群馬町三ツ寺(現在の高崎市) |
| 被害者 | 石井武夫さん(48)、妻・千津子さん(48)、武夫さんの母・トメさん(85) |
| 手配被疑者 | 小暮洋史(1969年7月31日生) |
| 容疑 | 殺人 |
| 身長 | 約170cm |
| 現在 | 警察庁指定重要指名手配被疑者、未逮捕 |
| 捜査特別報奨金 | 上限300万円 |
| 現在の応募期間 | 2025年11月1日~2026年10月31日 |
長女の勤務先へ、配達業者として出入りしていた小暮洋史
小暮と石井家の接点は、事件当日に突然生まれたものではなかった。FNNプライムオンラインの遺族取材によると、石井家の長女が働いていたドラッグストアに、小暮は配達業者として出入りしていた。
小暮は長女を繰り返し誘うようになった。長女は一度、強く誘われて二人で出かけたが、帰り道に自宅とは反対方向へ車を走らせるなどの行動に恐怖を感じたという。それ以降、誘いを断るようになった。
断られるようになると、仕事帰りを車でつけられる、職場や自宅へ無言電話がかかるといった行為が続いたと長女は証言している。現在ならストーカー行為として理解される一連の接近だが、1998年当時はストーカー規制法がまだ成立していなかった。
事件直前、小暮は突然仕事を辞めた
長女によれば、事件が起きる直前、小暮は突然仕事を辞め、ドラッグストアへ姿を見せなくなった。長女は、もう接触されることはないのではないかと安堵したという。
しかし1月14日、小暮は勤務先ではなく長女の自宅に現れた。警察は、長女に一方的な好意を抱いていた小暮が一家3人を殺害した疑いがあるとして捜査している。ここで重要なのは、これは警察が殺人容疑で手配している段階の認定であり、小暮は逮捕も起訴もされていないという点だ。
1998年1月14日夜、長女が帰宅すると小暮がいた
事件当日、長女は外出していた。帰宅して階段を途中まで上がったところで、後ろから腕をつかまれたと後年の取材で振り返っている。自宅にいるはずのない小暮だった。
長女は家族へ気づいてもらおうと大声を出した。しかし両親や祖母は現れなかった。小暮は長女を祖母の寝室へ連れて行き、上に乗るような形で押さえ、「好きだ」という趣旨の言葉を伝えたという。
長女は抵抗して腕を振りほどいた。小暮は最終的に家を出て、車で逃走した。長女が廊下へ出ると、家の中には家族が襲われた痕跡が残っていた。
浴室や押し入れから家族3人の遺体
報道によれば、家の浴室や押し入れなどから石井武夫さん、千津子さん、トメさんの遺体が見つかった。群馬県警は、武夫さんと千津子さんは刃物で刺され、トメさんは首を絞められた疑いがあるとして小暮を追ってきた。
ここでは必要以上に遺体状況を描写する必要はない。事件の理解に重要なのは、長女本人が帰宅するより前に家族3人が襲われ、長女が帰るまで小暮が住宅内に残っていたとみられていることだ。
小暮は長女本人を殺害せず立ち去った。動機の全容は本人が未逮捕のため法廷で検証されていない。警察・報道は、長女への一方的な好意や付きまといとの関連を背景として伝えているが、確定判決で認定された動機ではない。
黒い日産シルビアで逃走
小暮は事件後、黒い日産シルビアで逃走したとされる。群馬県警と報道によれば、車は群馬県を離れ、茨城県水戸市や埼玉県熊谷市方面などで足取りが確認された。
FNNの取材では、使用車両が最後に目撃された場所として、群馬県と埼玉県を結ぶ刀水橋付近が紹介されている。車は埼玉方面へ向かったのを最後に、有力な足取りが途絶えた。逃走に使われた車両自体も見つかっていないと報じられている。
長期間にわたり本人も車も発見されていないことから、事件後すぐ遠隔地へ移動したのか、第三者の支援があったのか、別の身分で生活したのかなどさまざまな可能性が考えられてきた。しかし、警察が公式に確定させた逃走経路は限られており、推測を事実のように書くことはできない。
全国指名手配から「重要指名手配」へ
群馬県警は事件後、小暮を殺人容疑で全国に指名手配した。現在は警察庁指定重要指名手配被疑者の一人として掲載されている。警察庁の現行ページでは、1969年7月31日生、身長約170cm、殺人容疑として情報提供を求めている。
群馬県警は事件専用ページで、若い時期の手配写真だけでなく、年齢を重ねた場合を想定した複数の推定顔貌を公開している。白髪、眼鏡、ひげ、髪型の違いなどを組み合わせ、長期間の逃走で外見が変わっている可能性に対応するためだ。
さらに、歯の治療痕などを示すデンタルチャートも公開している。顔貌は年月や生活環境で変わっても、歯科治療の特徴は本人確認の手掛かりになり得る。警察が公開する情報は、長期未解決の指名手配事件として異例の幅広さになっている。
「手のにおいをかぐ」「爪をかむ」――写真以外の特徴も公開
警察は小暮の身体的特徴だけでなく、癖についても情報提供している。FNNが群馬県警の捜査員に取材した記事では、「手のにおいをかぐ」「爪をかむ」といった特徴が紹介された。
長期逃走では、手配写真だけを見て本人を判断するのが難しくなる。警察は身長、体格、歯、癖など複数の特徴を組み合わせ、「似た人物を知っている」「昔一緒に働いていた」といった情報も含めて広く集めている。
事件から26年後、長女が初めて詳しく語った
長女は長い間、事件について公に詳しく語ることを避けてきた。しかし2023年以降、自らSNSで事件情報を発信し、2024年にはFNNの長期取材に応じた。
そこで語られたのが、事件前の誘い、車での付きまとい、無言電話、事件当日の帰宅後の体験だった。捜査機関の発表だけでは見えにくかった「事件前から続いていた接近」が、被害者本人の証言として具体的に伝えられた。
長女は取材で、失われた命は戻らないとしたうえで、小暮に対して逃げ続けず法の裁きを受けてほしいという趣旨の言葉を述べている。事件が未解決であることは、刑事手続が止まったままという意味だけではない。被害者家族にとって、逃走が続く限り事件は終わらない。
2026年も捜査特別報奨金の対象
警察庁は2025年9月12日付の捜査特別報奨金広告で、小暮の所在に関する情報や、検挙・事件解決につながる情報について上限300万円の報奨金を設定している。現在の応募期間は2025年11月1日から2026年10月31日まで。
情報提供先は群馬県高崎北警察署の捜査本部で、専用のフリーダイヤルも設けられている。群馬県警の事件ページも2026年1月に更新され、重要指名手配と情報提供の呼びかけが続いている。
警察庁の重要指名手配一覧にも小暮は掲載されたままである。2026年8月24日時点で、逮捕、死亡確認、指名手配解除などを示す公式発表は確認されていない。
未解決事件だからこそ「犯人」と断定しない
事件記事では、長期間指名手配されている人物を「犯人」と書いてしまいやすい。しかし小暮は、警察が殺人容疑で指名手配している被疑者であり、本人の逮捕・起訴・裁判は行われていない。
警察の捜査結果と遺族の証言から、小暮が事件当日に住宅内にいたこと、事件後に逃走したとされることなど、多くの具体的情報が公開されている。それでも刑事裁判による有罪認定が存在しない以上、記事では「警察は~の疑いで手配している」「長女は~と証言している」と主体を分ける必要がある。
1998年1月14日から28年以上。石井武夫さん、千津子さん、トメさんの3人が殺害された事件は、現在も捜査中である。公開される推定顔貌やデンタルチャート、長女自身の情報発信、報奨金制度はいずれも、一つの情報から長い逃走を終わらせるために続けられている。
毎年1月14日、警察は事件を過去形にしない
事件から年月が経っても、群馬県警は発生日の1月14日前後に高崎駅などで情報提供を呼びかけてきた。2025年、事件から27年となった際にも警察官がJR高崎駅で広報物を配布し、捜査幹部が『どんなささいなことでも』情報を寄せてほしいと呼びかけた。
長期未解決事件では、本人を直接見たという情報だけが手掛かりになるわけではない。以前の勤務先、知人関係、似た人物が別名を使っている、歯科治療の特徴が一致するなど、過去と現在を結ぶ断片が重要になる。そのため群馬県警は、若い頃の写真だけでなく推定顔貌やデンタルチャートまで公開している。
小暮が事件後にどのような生活を送ってきたのかは分かっていない。死亡した、海外へ渡った、別人名義で暮らしているといった説を裏付ける公式情報もない。警察が現在も重要指名手配を継続している以上、記事では所在不明という事実以上の推測を加えないことが重要になる。
長女が自ら発信を始めたのは、事件を忘れさせないため
FNNの2024年取材で、長女は事件を少しでも知ってもらうため、2023年からSNSで情報発信を始めたと説明している。長い年月が経つほど、手配写真を見ても事件そのものを知らない世代が増える。遺族自身が事件前の付きまといや当夜の体験を語ることは、新しい情報提供者へ事件を届ける意味も持つ。
長女は、家族の命は戻らないとした上で、小暮に逃げ続けず法の裁きを受けてほしいという趣旨の言葉を述べている。これは量刑を求める裁判上の意見ではない。裁判自体がまだ始まっていない事件で、まず本人を捜査機関の前に立たせてほしいという遺族の願いである。
事件から28年以上が過ぎても、小暮が逮捕されない限り、警察は容疑事実を法廷で立証できず、小暮側の説明も司法の場で検証されない。長期逃走が続くこと自体が、被害者家族から刑事手続による区切りを奪い続けている。
参考資料・出典
- 群馬県警「群馬町三ツ寺(現高崎市)における一家3人殺人事件」
- 警察庁「捜査特別報奨金に関する広告(令和7年9月12日)」
- 警察庁「指定重要指名手配被疑者」
- FNNプライムオンライン「重要指名手配犯・小暮洋史容疑者を追って26年」
- FNNプライムオンライン「一家3人を殺害…小暮洋史容疑者」
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