1949年7月15日午後9時23分ごろ、国鉄中央線三鷹駅の車庫から無人の電車が動き出し、駅構内の車止めを越えて駅前へ突入した。電車は商店や住宅へ衝突し、通行人ら6人が死亡、20人以上が負傷した。国鉄の人員整理をめぐる労使対立が強まる中で起き、警察は人為的に電車を暴走させた事件として捜査した。
国鉄労働組合員ら10人が起訴され、一審は竹内景助を無期懲役、他の被告を無罪とした。東京高裁は竹内だけを死刑とし、最高裁では裁判官15人のうち8人が上告棄却、7人が反対する僅差で1955年に確定した。竹内は無実を訴えて再審を求めたが1967年に獄中で死亡した。親族による請求も続き、2026年2月には孫が第4次再審請求を申し立てている。
| 事件名 | 三鷹事件 |
|---|---|
| 発生日・期間 | 1949年 |
| 発生場所 | 東京都北多摩郡三鷹町(現在の三鷹市) |
| 事件概要 | 1949年、国鉄三鷹駅で無人電車が暴走し6人が死亡した。 |
| 判決・現在の状況 | 死刑(1955年確定、1967年に獄中死亡)。死刑確定者死亡・第4次再審請求中 |
| 最終確認日 | 2026年8月1日 |
車庫から動き出した7両編成の電車
事故車両は三鷹電車区に置かれていた7両編成で、運転士が乗っていない状態で本線方向へ走り出した。電車は三鷹駅の線路終端を越え、駅前の建物へ突入した。夜の駅前には人がおり、車両と倒壊物によって多数の死傷者が出た。
調査では、電車を動かすための操作が人為的に行われたと判断された。誰がどの車両で、どのように電源と制動を扱ったかが刑事裁判の中心となった。現場は事故の救助と復旧が優先され、車両や設備の状態を後年の基準で完全に保存することはできなかった。
無人電車が動き出すには、主幹制御器、ブレーキ、電源など複数の操作が関わる。事故直後の捜査では、鉄道職員の知識がなければ実行しにくいと考えられたが、どの位置から誰が操作したかを示す指紋や目撃は得られなかった。車両は救助と復旧のため移動され、設備の状態も時間とともに変化した。後の再審で写真や図面の読み方が重視されたのは、現物を同じ条件で再現できないためだった。
国鉄の大量人員整理と共産党員への捜査
事件当時、国鉄では大量の人員整理が進められ、労働組合との対立が激しくなっていた。事件の約10日前には下山定則総裁が行方不明となり、轢死体で発見されている。捜査は国鉄内の労働運動、とりわけ共産党員や組合活動家へ向けられた。
竹内景助は国鉄の電車運転士で、共産党員ではなかったが、車両を動かせる知識を持つ人物として取り調べを受けた。ほかの国鉄職員とともに逮捕され、共同で電車を暴走させたとして起訴された。後に共謀の主張が崩れ、竹内一人の犯行とする構図へ変化した。
国鉄の人員整理反対運動を背景に置いた捜査は、事件の動機を組織的妨害と見る方向へ進んだ。しかし、起訴された共産党員らと竹内の間に、暴走計画を具体的に話し合った客観記録は確認されなかった。一審で他の9人が無罪となった後も、竹内だけの単独犯行が維持されたため、当初の共謀事件という捜査構図と最終判決の間には大きな隔たりが生じた。
変転した自白と単独犯行への変更
竹内は取り調べの初期には関与を否定したが、共犯者とともに実行したという供述を始めた。その後、自白の内容は複数回変わり、最終的には一人で電車を動かしたとする説明になった。公判では再び否認し、捜査官の誘導や圧力によって虚偽の供述をしたと訴えた。
物的証拠で竹内と操作箇所を直接結ぶものはなく、有罪認定は自白の信用性に大きく依存した。自白が変化した理由、電車を一人で動かすことが技術的に可能だったか、犯行時刻に竹内がどこにいたかが争われた。
竹内の供述は、共犯者の人数、集合場所、操作方法が変化した。取調官が示した仮説へ合わせて内容が修正されたのではないかという疑いが、再審請求の中心となった。自白の一部に現場と合う説明があっても、それが本人の体験から出たのか、捜査過程で知らされたのかを区別する必要がある。録音録画のない時代のため、調書が作られるまでの会話を直接検証することはできない。
一審無期懲役から控訴審死刑へ
東京地裁は1950年、竹内について単独犯行を認定し、無期懲役を言い渡した。他の9人は無罪となった。竹内と検察の双方が控訴し、東京高裁は1951年、第一審の量刑を破棄して死刑を選択した。新たな直接証拠が加わったのではなく、同じ事件の重大性をより重く評価した結果だった。
最高裁大法廷は1955年、8対7で上告を棄却した。反対意見を述べた裁判官は、自白の信用性や単独での操作可能性に疑問を示した。死刑事件で最高裁の判断が一票差となったことは、確定後の再審運動で繰り返し取り上げられた。
控訴審が死刑へ変更した結果、竹内は自ら上訴したことで刑が重くなる不利益を受けた。現在は刑事訴訟法上、不利益変更禁止の考え方があるが、検察側も控訴していたため量刑変更が可能だった。最高裁の一票差は、全裁判官が事実と法解釈を同じように見ていなかったことを示す。反対意見は自白の不自然さや証拠不足を具体的に指摘し、後の再審弁護団が検討する出発点となった。
竹内景助の獄中死と最初の再審請求
竹内は死刑確定後も犯行を否認し、1956年に再審を請求した。手続は長期間進まず、本人への尋問や証拠調べが現実化する前の1967年1月、脳腫瘍のため東京拘置所で死亡した。死亡時45歳だった。
本人が死亡すると、当時進んでいた請求は終了した。竹内の家族は、死刑が執行されなかったことで生命を失う直接の刑罰は免れたものの、有罪判決を取り消す判断を得られないまま残された。再審制度では請求人の範囲と死亡時の扱いが、その後も大きな問題となった。
竹内が死亡した時点で最初の再審請求が終わったことは、本人の名誉回復と家族の権利を切り離せない問題にした。死刑確定者が長期拘禁中に病死すれば、刑は執行されなくても有罪判決は残る。親族が死後再審を申し立てるには、当時の証拠を集め直し、新証拠が確定判決へ合理的疑いを生じさせると示さなければならない。時間経過は請求人側に大きな負担となった。
パンタグラフと車両操作をめぐる新証拠
2011年、竹内の長男が第2次再審請求を申し立てた。弁護団は、確定判決が前提とした電車の操作方法と、事故直後の車両写真やパンタグラフの損傷が一致しないと主張した。二両目のパンタグラフが発車前から上がっていた可能性があれば、竹内の自白どおりに操作したという認定が揺らぐ。
第2次請求は2024年に最高裁で棄却された。同年9月には第3次請求が申し立てられ、専門家の鑑定や写真分析が新証拠とされた。東京高裁は証人尋問を予定したが、請求人だった長男が2025年5月に死亡していたことが判明し、手続は終了した。
パンタグラフの写真は、事故現場で撮影された一枚ごとの時刻や角度、復旧作業の影響を確認して評価する必要がある。弁護側は、確定判決の操作手順なら生じない状態が写っていると主張し、検察側は写真だけでは発車時の状態を確定できないと反論してきた。技術者の鑑定は車両構造を説明するが、最終的には写真がどの時点を示すかという事実認定と組み合わせなければならない。
2026年に申し立てられた第4次再審
第3次請求の終了後、竹内の孫が請求人となり、2026年2月に東京高裁へ第4次再審請求を申し立てた。主張の中心には、二両目のパンタグラフの状態、自白と客観的な車両構造の矛盾、確定判決に直接物証がないことが置かれている。
2026年8月時点で、第4次請求について再審開始か棄却かの判断は出ていない。事故による6人の死亡は確定した事実だが、竹内景助が単独で電車を暴走させたという認定は、死刑確定から70年以上を経ても再審手続で争われている。
第4次請求は、第3次請求の内容を単に引き継ぐだけでなく、孫が法定の請求人として新たに申し立てた手続である。裁判所は過去の棄却決定との関係を整理し、提出された鑑定が新規性と明白性を持つかを判断することになる。再審開始が決まったわけでも、竹内の無罪が確定したわけでもない。2026年8月の現在、確定死刑判決と再審を求める主張が併存している段階にある。
三鷹事件では6人の死亡と多数の負傷という被害があり、再審論議の中でもその結果を省くことはできない。竹内の有罪に疑問を示すことと、列車を暴走させた行為の重大性を弱めることは別である。真犯人がほかにいたとしても、駅前にいた人々が突然車両に襲われた被害は変わらない。再審は、事件そのものを否定する手続ではなく、その犯罪を竹内が実行したとする確定判決に新証拠で合理的疑いが生じるかを審査する。
第4次請求の審理では、過去の請求で提出された資料と新たな請求人が示す証拠の関係も問題になる。同じ証拠を繰り返すだけでは再審開始は難しいが、鑑定手法の進歩や未評価資料との組合せで新たな意味を持つ場合がある。裁判所が証人尋問や鑑定人尋問を行うか、検察へ追加開示を求めるかは今後の手続による。2026年8月時点では請求中であり、開始決定が出たとの表記は誤りとなる。
竹内の自白には、電車を動かした後にどの経路で現場を離れたか、作業着や道具をどう扱ったかという周辺事実も含まれていた。再審弁護団は、それらが当時の勤務記録や車両状態と合わないと指摘している。検察側は、長時間の経過や記憶の誤差があっても核心部分は信用できると反論してきた。再審裁判所は、部分的な食い違いが自白全体を崩すのか、周辺的な誤りにとどまるのかを判断することになる。
事件名は国鉄労働運動と結び付けられやすいが、最終的に有罪となった竹内は共産党員ではなく、他の9人は無罪だった。したがって「共産党による事件」と確定した事実はない。政治的背景を説明する場合も、捜査がその方向へ進んだことと、裁判が組織犯行を認定したことを分ける必要がある。
再審請求の報道では、竹内の孫や弁護団の会見内容が主な情報源となる。請求人側の主張は重要だが、裁判所が採用した事実とは区別しなければならない。検察の意見や決定文が公表された場合に照合し、第4次請求の進行に応じて「請求中」「審理中」「棄却」「開始」を更新する必要がある。
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