三鷹事件|竹内景助の死刑判決と自白の変遷、2026年の第4次再審

公開日 2026年2月4日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
1949年
都道府県
東京都
事件分類
冤罪事件 / 大量殺人事件
最終刑・処分
死刑

1949年7月15日午後9時23分ごろ、国鉄三鷹電車区から無人の7両編成電車が走り出した。電車は三鷹駅の車止めを越え、駅前へ突入し、6人が死亡した。終戦から4年、国鉄をめぐる労使対立が激しかった時期に起きた事故は、ほどなく刑事事件として扱われることになる。

起訴されたのは国鉄職員10人だった。しかし東京地裁が有罪としたのは竹内景助だけで、しかも検察が描いた共同犯行ではなく「竹内単独の犯行」と認定した。竹内は一審で無期懲役、高裁で死刑となり、1955年に最高裁で確定した。本人は後に無実を訴え、再審を求めたが、1967年に獄中で死亡した。

それで手続が終わったわけではない。遺族による再審請求が続き、2025年には第3次再審請求が請求人の死亡により終了。2026年2月4日、竹内の孫が東京高裁へ第4次再審請求を申し立てた。現在争われているのは、70年以上前に確定した死刑判決を、残された証拠から改めて審理すべきかという問題である。

発生1949年7月15日午後9時23分ごろ
場所国鉄三鷹駅(東京都三鷹市)
被害6人死亡、負傷者多数
起訴竹内景助を含む国鉄職員10人
一審東京地裁が竹内のみ有罪・無期懲役、他9人無罪
控訴審東京高裁が竹内を死刑、他9人の無罪維持
確定1955年、最高裁で竹内の上告棄却
本人の再審第1次再審中の1967年に竹内が死亡
近年の動き2026年2月4日、孫が第4次再審請求

午後9時23分ごろ、7両編成の無人電車が走り出した

東京高裁の2019年決定が整理した確定判決の事実によると、電車は三鷹電車区から約660メートル走行し、三鷹駅へ進入した。速度は時速60キロを超え、所定位置で停止せずに車止めを突破したとされる。駅前で6人が死亡し、多数の負傷者が出た。

列車が無人で発進したことは、事件を理解する第一の前提になる。問題は、車両を誰が、どのような操作で走行可能な状態にしたのかだった。捜査は国鉄職員による意図的な運転操作を疑い、竹内を含む複数人を逮捕・起訴した。

確定判決が採用した筋書きでは、竹内が先頭車両に入り、主幹制御器などを操作して電車を走行可能な状態にし、パンタグラフを上げて発進させたとされた。竹内は車庫内の車止め付近で電車が脱線・停止すると考えていたという認定だったが、実際の電車は車止めを越えて本線側へ進み、三鷹駅まで暴走した。

この「一人で一連の操作を実行できたのか」は、後の再審で技術論へつながる。どの車両のパンタグラフがいつ上がったのか、手ブレーキや扉連動装置などをどの順序で扱う必要があったのかが、単独犯行認定の現実性を検証する材料になった。

検察は10人の共同犯行として起訴したが、9人は無罪になった

1949年8月23日、竹内ら国鉄職員10人が起訴された。検察側は複数人が関与した犯行として公判を進めたが、東京地裁は1950年8月11日、その筋書きをそのまま採用しなかった。竹内については単独犯行を認定して無期懲役とし、残る9人には無罪を言い渡した。

この点は三鷹事件の特異な部分である。起訴段階の「共同犯行」と、最終的に竹内へ確定した「単独犯行」は同じ事実認定ではない。9人の無罪は控訴審でも維持され、竹内だけが刑事責任を負う形になった。

東京高裁は事実認定を変えず、量刑だけを死刑へ変更した

検察は竹内への無期懲役が軽すぎるとして控訴し、竹内側も有罪認定を争った。東京高裁は1951年3月30日、竹内単独犯という一審の事実認定を維持しながら、量刑について検察側の主張を認め、無期懲役を死刑へ変更した。

最高裁は1955年6月22日に上告を棄却し、同年12月の判決訂正申立ても退けられた。これにより竹内の死刑が確定した。後年の再審手続で審査されてきたのは、この確定判決を支えた証拠が、新証拠を加えてもなお有罪を維持できるだけの強さを持つのかという点だった。

最高裁大法廷の上告棄却は8対7の僅差だったと報じられている。多数意見によって有罪・死刑が確定した一方、裁判官の評価が大きく割れていたことは、その後の再審運動で繰り返し参照されてきた。ただし、僅差であること自体が判決を無効にするわけではなく、再審には新証拠によって確定判決へ合理的な疑いを生じさせる必要がある。

有罪認定の中心に置かれた供述は、捜査から公判まで何度も変わった

2019年の東京高裁決定は、竹内の供述経過を詳細に記録している。竹内は逮捕後しばらく犯行を否定し、1949年8月20日に単独犯行を認める供述へ転じた。その後は共同犯行を述べる時期があり、公判でも単独犯行を認めたり否定したりと変遷した。

再審請求側は、この変遷そのものを自白の信用性に疑問を生じさせる事情として主張してきた。確定判決側は、供述だけを孤立して評価したのではなく、事故現場の状況や関係者の証言などと併せて竹内の犯人性を認定したとされる。したがって再審では「自白が変わった」という一点だけでなく、他の証拠と組み合わせたとき合理的な疑いが生じるかが問題になる。

第2車両のパンタグラフ写真が、単独犯行説をめぐる技術的争点になった

再審請求で繰り返し問題になったのが、事件後の写真に写る第2車両のパンタグラフだった。確定判決は竹内が先頭車側で電車を走行可能な状態にしたと認定したが、請求側は、第2車両のパンタグラフも出区時から上がっていたなら、別の操作や複数人関与の可能性を検討すべきだと主張した。

加えて、第7車両の手ブレーキ、前照灯、扉の連動装置など、編成の複数箇所で必要とされる操作も争点にされた。ここで重要なのは、写真から何が見えるかだけではなく、その状態が「発進前から存在した」のか、「暴走後の衝突などによって生じた」のかという時間関係だった。

2019年東京高裁は「衝突後に上がった可能性」を排除できないと判断した

第2次再審請求の即時抗告審で、東京高裁は2019年7月31日、再審開始を認めなかった。決定は、事故直後の車両検査資料や専門的説明を踏まえ、第2車両のパンタグラフが衝突の衝撃などで上がった可能性を排除できないとした。請求側が提示した新証拠を加えても、確定判決に合理的な疑いが生じるとは認めなかった。

これは「写真が偽物だった」と判断したわけではない。写真に写る状態の成立時点をどう評価するかで、請求側と裁判所の見方が分かれたということである。再審請求で技術鑑定が重視される理由も、まさにこの点にある。

東京高裁は、新旧の証拠を総合しても、確定判決の事実認定を覆すほどの疑いには至らないと判断した。再審の審理は、確定判決を最初からやり直す通常公判とは異なる。新たに提出された証拠が、既存証拠と合わせたときに無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるかが入口になる。

そのため、請求側が示す「別の操作可能性」が技術的に成立するだけでは足りず、それが竹内単独犯という確定判決の証拠評価へどの程度の疑いを生じさせるかまで問われる。パンタグラフ論争は、車両工学の問題であると同時に、再審で新証拠をどう評価するかという刑事手続の問題でもある。

竹内本人が申し立てた第1次再審は、獄中死によって途中で終わった

竹内は死刑確定後の1956年2月3日、東京高裁へ再審を請求した。ところが審理中の1967年に東京拘置所で死亡し、本人を請求人とする手続は同年6月に終了した。死刑は執行されなかったが、死亡によって有罪判決が取り消されたわけではない。

刑事訴訟法は一定の遺族にも再審請求を認めている。そのため竹内の死後も、「死亡した死刑確定者の名誉回復」と「確定判決の事実認定を見直す」という形で再審運動が引き継がれた。

第2次再審は2011年に始まり、2024年まで裁判所の判断が続いた

竹内の長男は2011年11月10日に第2次再審を申し立てた。東京高裁は2019年に請求を退け、即時抗告後の手続も続いたが、2024年4月までに最高裁で再審開始を認めない判断が確定したと報じられている。

第2次再審で前面に出たのは、供述の信用性と車両操作の技術的可能性だった。単に「竹内が無罪を主張した」というだけではなく、確定判決が単独犯行を認定するために用いた証拠体系を、新しい鑑定や写真評価から崩せるかが争われた。

再審請求側は、確定判決の時代には十分に検討されなかった写真資料や車両構造の専門知見を組み合わせ、単独操作説に疑問を投げかけた。これに対して裁判所は、新証拠を個別に見るだけでなく、当時の検査記録や目撃・供述関係を含む旧証拠と総合して評価した。再審の結論が技術鑑定一つだけで決まらなかったのはそのためである。

第3次は請求人死亡で終了し、第4次は孫が2026年2月に申し立てた

第3次再審請求では、竹内の長男が改めて東京高裁へ再審を求めたが、2025年10月に請求人が死亡したため手続が終了した。共同通信によると、2026年2月4日、今度は竹内の孫が第4次再審請求を東京高裁へ申し立てた。

第4次でも、自白の変遷やパンタグラフを含む車両操作の問題が中心に据えられている。支援団体は、自白心理や車両工学に関する専門家の意見を新証拠として提出し、専門家尋問を求めているとしている。ただし、2026年8月26日時点で再審開始が決定した事実はない。

第3次再審では専門家尋問に向けた動きもあったが、請求人の死亡によって手続が終わった。第4次は孫が新たな請求人となったため、前の手続がそのまま自動的に継続したわけではない。裁判所は改めて申立てを受け、提出された新証拠と確定記録を基礎に再審開始の可否を判断することになる。

「第4次再審請求中」は、竹内の無罪が確定したという意味ではない

竹内に対する死刑判決は1955年に確定しており、本人の死亡後も確定判決そのものは取り消されていない。一方、第4次再審請求が係属していることは、その確定判決について改めて審理を開始すべきかが裁判所に問われていることを意味する。

三鷹事件を現在形で語るときは、この二つを分ける必要がある。司法上の現在地は「竹内の有罪・死刑判決が確定したまま、遺族が再審開始を求めている」。事件から77年が経過した2026年も、自白と車両操作をめぐる証拠評価は手続の中心に残っている。

参考資料・出典

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