1979年8月、栃木県足利市で5歳の福島万弥ちゃんが姿を消した。6日後、遺体は渡良瀬川の河川敷で見つかった。それから17年の間に、足利市と県境を挟んだ群馬県太田市周辺で、幼い女児の失踪と殺害が繰り返される。
5件のうち4人は遺体で発見され、1996年に太田市のパチンコ店から姿を消した横山ゆかりちゃんは現在も所在不明だ。1990年の松田真実ちゃん事件では菅家利和さんが逮捕され無期懲役が確定したが、DNA型の再鑑定で犯人由来資料と一致しないことが判明し、2010年に再審無罪となった。
2026年5月8日の衆議院法務委員会で、警察庁は5件を発生順に説明したうえで、幼女を対象とし、行方不明場所が近接していることなどから「同一犯による犯行の可能性は否定できない」とする従来の見解に変更はないと答弁した。ただし、5件が同一人物の犯行だと刑事裁判で認定されたわけではない。
| 対象となる5件 | 1979年福島万弥ちゃん/1984年長谷部有美ちゃん/1987年大沢朋子ちゃん/1990年松田真実ちゃん/1996年横山ゆかりちゃん |
|---|---|
| 発生地域 | 栃木県足利市・群馬県太田市周辺 |
| 被害 | 4人が遺体で発見、横山ゆかりちゃんは所在不明 |
| 足利事件 | 松田真実ちゃん事件で菅家利和さんが有罪確定後、2010年に再審無罪 |
| 警察庁の2026年見解 | 5件について同一犯による犯行の可能性は否定できないとの見解に変更なし |
| 現在の捜査 | 横山ゆかりちゃん事件の捜査本部を中心に、関連事件の解明も継続 |
| 懸賞金 | 横山ゆかりちゃん事件は捜査特別報奨金300万円と民間謝礼金400万円、上限700万円 |
1979年、神社付近から消えた福島万弥ちゃん
最初の事件は1979年8月3日。警察庁の2026年答弁によると、福島万弥ちゃん(当時5歳)は足利市内の神社付近で所在不明となった。捜索が続き、8月9日、同市内を流れる渡良瀬川の河川敷で遺体が発見された。
この事件について現在公表されている公的資料は多くない。重要なのは、後年まとめて語られる「北関東連続事件」という呼称から逆算して犯人像を作らないことだ。当時、この事件だけで特定人物の犯行が確定したわけではなく、警察庁も2026年の答弁では5件の事実経過と関連の可能性を区別している。
1984年、長谷部有美ちゃんはパチンコ店付近で所在不明になった
1984年11月17日、足利市内のパチンコ店付近で長谷部有美ちゃん(当時5歳)が所在不明になった。警察庁の答弁では、遺体発見は翌年ではなく、約1年4カ月後の1986年3月7日。足利市内の畑で見つかったとしている。
当時報道を整理した後年資料には、捜索願の提出、失踪後の不審電話、1986年の白骨遺体発見など、より細かな経過が残る。一方、その後に足利事件で逮捕された菅家さんがこの事件についても疑われた時期があった。2026年の国会答弁でも、捜査過程で足利市の3事件について菅家さんが疑われたことが確認されている。
1987年、大沢朋子ちゃんは太田市の公園付近から消えた
3件目は県境を越えた群馬県側で起きた。1987年9月15日、大沢朋子ちゃん(当時8歳)が太田市内の公園付近で所在不明となり、1988年11月27日、同市内の利根川河川敷で遺体が発見された。
5件はすべて同じ場所で起きたわけではない。それでも足利市と太田市は隣接し、幼い女児が短い生活圏から姿を消した点が重なる。警察庁が2026年にも「行方不明になった場所等が近接」と説明したのは、この地理的な近さが関連性を検討する理由の一つだからだ。
1990年の松田真実ちゃん事件で、菅家利和さんが逮捕された
1990年5月12日、松田真実ちゃん(当時4歳)が足利市内のパチンコ店付近で所在不明となった。翌13日、渡良瀬川河川敷で遺体が発見された。後に「足利事件」と呼ばれる事件である。
捜査は菅家利和さんへ向かい、1991年に逮捕された。当時のMCT118型DNA鑑定では、事件資料から検出された型と菅家さんの型が一致すると判断され、本人の自白とともに有罪認定を支える証拠となった。無期懲役判決は控訴審、上告審でも維持され、刑が確定した。
しかし、有罪が確定したことと事実が正しかったことは同じではなかった。再審段階で行われたDNA型の再鑑定では、犯人由来とみられる資料のDNA型と菅家さんのDNA型が一致しなかった。2010年3月26日、宇都宮地裁は再審で無罪を言い渡した。
最高検はDNA鑑定の過大評価と自白の吟味不足を問題点とした
最高検察庁は足利事件を検証し、主たる問題として、当時のDNA型鑑定についての理解・検討が不十分なまま鑑定結果を過大に評価したこと、その結果として菅家さんの自白の信用性に対する吟味が不十分となり、虚偽の自白を見抜けなかったことを挙げた。
再審判決も、再鑑定でDNA型が一致しなかった事実は、菅家さんの自白を前提とすれば説明できないと指摘した。足利事件は「DNA鑑定が間違っていた事件」という一言だけでは足りない。科学鑑定への過度な依存と、自白を鑑定結果に合わせて評価した捜査・公判の構造そのものが問題となった。
菅家さんの無罪は、松田真実ちゃん事件の解決を意味しない
再審無罪によって明らかになったのは、菅家さんを犯人とする有罪認定が維持できないということだ。松田真実ちゃんを殺害した人物が誰なのかが新たに確定したわけではない。刑事裁判上、真犯人は特定されないまま残った。
この点が5件を考えるうえで重い。菅家さんが有罪とされた期間、足利市周辺で起きた複数事件との関連も含めて疑われていた。しかし、その前提が崩れたことで、1979年から1996年までの事件群は改めて未解明の問題として残ることになった。
1996年、横山ゆかりちゃんがパチンコ店から姿を消した
1996年7月7日、横山ゆかりちゃん(当時4歳)は群馬県太田市内のパチンコ店で家族と来店中、店内で一人で遊んでいる間に行方不明となった。群馬県警は略取誘拐容疑事件として捜査し、失踪直前に店内でゆかりちゃんへ声をかけていた男を重要参考人として公開している。
群馬県警が2026年7月1日に更新したページでは、男は身長158センチ程度、ニッカズボン様の服装、サンダル様の履物、サングラスという特徴で示されている。防犯カメラ映像が残る一方、人物の身元は現在も特定されていない。
懸賞金は上限700万円、2026年も捜査本部が継続
横山ゆかりちゃん事件は2026年も群馬県警の捜査本部が継続している。警察庁の捜査特別報奨金は上限300万円、太田遊技業防犯協会の私的謝礼金は上限400万円で、合わせた懸賞金の上限は700万円と案内されている。
2026年5月の国会答弁で警察庁は、横山ゆかりちゃん事件を中心に「その他関連する事件」についても解明へ向けた捜査を進めていると説明した。5件すべてについて同じ捜査本部が同じ法的状態で捜査している、という意味ではない。現在も公に動きが確認できる中心は横山ゆかりちゃん事件である。
「5件は同一犯」という断定と、警察庁の見解は違う
北関東の5件は、被害者が幼い女児であること、発生地域が近いこと、複数の事件がパチンコ店付近で起きていることなどから、一連の事件として長く論じられてきた。2026年の国会質疑では、3件がパチンコ店、3件で遺体が河川敷から見つかったという共通点も指摘された。
ただし、これらは関連性を検討する材料であって、同一人物による5件の連続犯行が確定したという意味ではない。警察庁の表現も「同一犯による犯行の可能性は否定できない」にとどまる。可能性を認めることと、犯人を特定することの間には大きな距離がある。
2026年の国会で再び問われたDNA情報と目撃証言
2026年5月の法務委員会では、足利事件で遺体が発見される前日に、女児の手を引いて渡良瀬川方向へ向かう男性を見たという目撃情報や、ジャーナリスト側が独自に行ったDNA鑑定についても質問が出た。
これに対し警察庁は、個別具体的な捜査内容や特定人物への事情聴取、DNA鑑定結果の認識について回答を差し控えた。その一方で、様々な目撃情報を含め、あらゆる可能性を排除せず捜査していると答弁している。国会で指摘された人物や鑑定結果を、そのまま「真犯人」と読み替えることはできない。
現在確定しているのは、5件の被害と一つの冤罪、そして捜査の継続
5件のうち4人の女児が死亡し、横山ゆかりちゃんは行方不明のまま。足利事件では菅家利和さんに無期懲役が確定した後、再審で無罪となった。ここまでは公的資料で確認できる事実である。
残る核心は、誰が女児たちを襲ったのか、5件にどこまで関連があるのかという点だ。2026年現在も警察庁は同一犯の可能性を否定せず、群馬県警は横山ゆかりちゃん事件の捜査本部を維持している。関連を語るなら、確定した事実と捜査上の可能性を混同しないことが不可欠になる。
5件を同じ「連続事件」と呼んでも、法的な事件単位は別々に残る
1979年の福島万弥ちゃん事件、1984年の長谷部有美ちゃん事件、1987年の大沢朋子ちゃん事件、1990年の松田真実ちゃん事件、1996年の横山ゆかりちゃん事件は、それぞれ発生日も県警の管轄も異なる別個の事件である。「北関東連続幼女誘拐殺人事件」という呼び方は、5件の近接性と類似性をまとめて論じるために使われてきた。
2026年の警察庁答弁も、5件を一つの確定した連続殺人事件として処理しているわけではない。まず各事件の発生・発見経過を個別に説明し、その上で同一犯の可能性を否定できないと述べている。この順序は重要で、関連性は捜査上の評価であって、5件の犯人同一性を認定した判決ではない。
足利事件の再審無罪で問われたのは「新しい鑑定」だけではなかった
最高検の検証報告は、再鑑定結果が過去のDNA型鑑定と食い違ったことだけを問題にしていない。当時の鑑定結果を過大評価したため、自白内容が客観的な状況と整合するかを十分に吟味できず、虚偽の自白を見抜けなかったと整理している。
再審判決では、犯人由来とみられる資料のDNA型が菅家さんと一致しない以上、菅家さんの自白を前提にすると説明できないとされた。科学鑑定と自白が互いを補強する形で有罪認定に使われた一方、その一方が崩れたとき、もう一方の信用性も改めて検討し直す必要が生じた。
参考資料・出典
衆議院「第221回国会 法務委員会 第8号(2026年5月8日)」
最高検察庁「いわゆる足利事件における捜査・公判活動の問題点等について」
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
