藤沢悪魔払い殺人事件|茂木政弘さん殺害、「悪魔払い」と責任能力をめぐる判決

公開日 2026年3月16日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 1980年代 有期刑 殺人事件

事件ステータス

発生年月日
1987年
都道府県
神奈川県
事件分類
殺人事件

1987年2月22日午後3時ごろ、神奈川県藤沢市のアパートで、ミュージシャンの茂木政弘さん(当時32歳)が絞殺された。殺害したとして起訴されたのは、茂木さんの親族にあたる鈴木正人と、妻の茂木美幸だった。2人は殺害後も数日にわたって遺体を損壊し、25日夜、室内に入った警察官に発見された。

事件は「悪魔払い殺人」と呼ばれてきたが、横浜地裁の判決が認定した動機は、単純に宗教的な命令に従ったというものではない。裁判では、殺意と死体損壊の故意があったのか、2人が幻覚や「三人精神病」などの影響で責任能力を失っていたのかが大きく争われた。判決は心神喪失・心神耗弱をいずれも否定し、鈴木に懲役14年、美幸に懲役13年を言い渡した。

発生日1987年2月22日
場所神奈川県藤沢市のアパート
被害者茂木政弘さん(当時32歳)
被告人鈴木正人、茂木美幸
認定された罪殺人・死体損壊
主な争点殺意・死体損壊の故意、精神状態、責任能力
判決鈴木に懲役14年、美幸に懲役13年

茂木政弘さんはドラム演奏と作曲を続けていた

判決で被害者は匿名の「D」とされているが、茂木政弘さんはロックバンド「スピッツ・ア・ロコ」でドラム演奏や作曲を担っていた。大学を中退して音楽活動を続け、バンドはレコードを発売した時期もあったが、のちには契約先が見つからず、メンバーが費用を負担しながらライブを続ける状態になっていた。

妻の美幸は看護職として働いた経験があり、1986年4月に茂木さんと結婚した。鈴木は茂木さんの親族で、子どものころに同居した時期もあった。判決が描く事件前の関係は、「犯人2人対被害者」という単純な構図ではなく、親族関係、夫婦関係、音楽活動への期待が重なったものだった。

事件当時、3人全員が同じ宗教団体に所属していたわけではない

「悪魔払い」という通称から、宗教団体の儀式として犯行が行われたように受け取られることがある。しかし判決は、その理解とは異なる事実関係を示している。鈴木は宗教法人の分教所を訪れたことはあったものの、事件当時まで入信した事実はなかった。

茂木さんは以前その教団に所属していたが、信仰から距離を置き、1985年6月に離籍された。美幸もかつて入信していたものの、1986年2月に離籍され、1987年ごろには朝夕の礼拝もしなくなっていた。したがって、教団の指示や正式な宗教儀式として事件が起きたとする根拠は、判決の認定にはない。

「神の曲」をめぐる話から3人の共同生活が始まった

事件前、茂木さんのバンドは将来に行き詰まりを抱えていた。鈴木は茂木さんに対し、「神の曲」を作る役割があるといった趣旨の話をし、作曲活動へ専念するよう促した。茂木さんもその話を受け入れ、妻の美幸を含む3人は鈴木のアパートで共同生活を送るようになった。

ただし、美幸は当初から3人で暮らすことを望んでいたわけではなく、夫と2人だけで生活したいと考えていたと裁判所は認定している。鈴木の主導する共同生活の中で、作曲、生活態度、神や悪魔をめぐる言葉が次第に日常の判断へ入り込んでいった。

2月21日から「塩揉み」と呼ばれる加虐行為が強まった

2月21日、鈴木は茂木さんの身体に「悪魔の素」があるなどとして、塩を使って皮膚を強くこする行為を始めた。美幸は当初、その行為を不快に感じ、悪魔という説明も半信半疑だった。それでも茂木さん自身が鈴木を信じるよう美幸へ求めたことなどから、美幸も行為に加わるようになった。

翌22日には暴行がさらに激しくなり、茂木さんは抵抗する場面もあったが、やがて著しく衰弱した。事件を理解するために重要なのは、ここで「悪魔払い」という言葉だけを抜き出さないことにある。判決は、継続する加虐行為の中で鈴木と美幸の苛立ちや加虐的な心理が強まっていった経過を詳細に検討した。

2月22日午後3時ごろ、2人は共謀して茂木さんを殺害

横浜地裁は、鈴木が衰弱した茂木さんを見て、これまでの憤懣や強い苛立ちを一気に払拭したいという衝動に駆られたと認定した。美幸も、夫の優柔不断さへの苛立ちや、鈴木に従い続ける中で生じた心理などから殺害に加わることを決意したとされる。

午後3時ごろ、鈴木が茂木さんの首を絞め、美幸が脚などを緊縛して身体を押さえる形で共同して殺害した。死因は窒息死だった。裁判所は、2人が「悪魔を祓うために必要だった」と考えて行動しただけで殺意はなかった、という弁護側の説明を採用しなかった。

殺害から約30分後に始まった遺体損壊は25日まで続いた

判決によると、遺体の損壊は殺害から約30分後に始まり、2月25日午後6時ごろまで断続的に続いた。手段の細部は極めて生々しいため省くが、2人は協力して遺体を大きく損壊しており、美幸の看護職としての知識も作業に使われたと裁判所は認定している。

25日夜、大家らが室内を確認し、その後に警察官が入った時点でも、2人は遺体損壊を続けていた。裁判所は、この行動についても「悪魔払い」の観念だけでは説明せず、加虐的な心理に加え、証拠を隠す目的が含まれていたと認定した。

25日夜に警察官が室内へ入った時も、2人は遺体損壊を続けていた

判決によると、遺体損壊は2月22日の殺害直後から25日夕方まで断続的に続いた。25日夜、家主らが異変を察して室内を確認し、その後警察官が入った時点でも、鈴木と美幸は作業を続けていたとされる。

この間、2人は必要な物を買いに外出し、訪ねて来た人物への対応や、発覚を避けるための行動も取っていた。横浜地裁は、事件前後の出来事を具体的に記憶し、状況に応じて複数の行動を選択していた点を、意識障害や精神病によって現実認識を失っていたとの主張を検討する材料の一つにした。

弁護側は「幻覚」「三人精神病」などを理由に責任能力を争った

裁判の中心となったのは、異様に見える行動を刑法上どのように評価するかだった。弁護側は、2人が悪魔に取りつかれた茂木さんから悪魔を払う意思で行動し、一種の幻覚に導かれていたため、殺人や死体損壊の故意がないと主張した。

さらに鈴木については、自らの行動を意識的に制御できない状態だった、または「三人精神病」の心因反応状態で心神耗弱だったと主張。美幸についても「三人精神病」により心神喪失または心神耗弱だったとした。精神鑑定の結論は一致せず、裁判所は各鑑定の前提となった供述や事実認識から検討する必要に迫られた。

複数の精神鑑定は結論が分かれ、裁判所は前提事実まで検討した

判決には、鈴木について精神分裂病や側頭葉てんかんの可能性を論じた鑑定、「三人精神病」を論じた鑑定、それらを否定する方向の鑑定などが記載されている。美幸についても、犯行時の意識状態や宗教的な支配観念が責任能力へ与えた影響について専門家の評価が分かれた。

横浜地裁は、鑑定結果を結論だけで選ぶのではなく、被告人が鑑定人へ話した内容の信用性、事件前後の具体的行動、犯行時の記憶、買い物や遺体損壊など複雑な行為を継続できていた点を照合した。その結果、真の精神病や意識障害が犯行を支配していたとは認めなかった。

鈴木の「悪魔」に関する供述には矛盾が多いとされた

裁判所は、鈴木の「悪魔」に関する供述が時期や内容によって食い違い、何を悪魔と考えていたのかも判然としないと指摘した。さらに、茂木さんや美幸を自分のもとから離れさせないため、悪魔や悪魔払いの観念を意図的に利用したとみられる行動もあったと認定している。

美幸についても、茂木さんを殺さなければ悪魔を払えないという鈴木の言葉を全面的に信じていたわけではないと判断された。こうした事情から、2人が悪魔や悪魔払いという観念に完全に支配され、現実の意味を理解できない状態だったとの説明は退けられた。

裁判所が認定した動機は「宗教」だけではなかった

横浜地裁が認定した犯行動機では、鈴木は茂木さんが期待どおり作曲に専念せず、優柔不断な態度や反抗的な言葉を示したことに苛立ちを強めたとされた。美幸にも、夫との生活や夫の態度への不満があり、加虐行為へ加わる中で苛立ちを募らせたと認定されている。

つまり「悪魔払い」は事件の言葉遣いや行動に確かに存在したが、それだけが殺害の原因とされたわけではない。裁判所は、2人の人間関係、茂木さんへの苛立ち、継続する暴行による興奮、悪魔払いへのこだわりなどが重なり、殺害へ進んだと判断した。

心神喪失・心神耗弱は否定されたが、判断力の低下は量刑で考慮された

判決は、2人に殺人・死体損壊の故意があり、善悪を判断する能力や、その判断に従って行動する能力が失われた心神喪失状態ではなかったとした。著しく能力が低下した心神耗弱にも当たらず、刑事責任能力は認められた。

ただし、何の心理的影響もなかったとしたわけではない。量刑理由では、加虐行為の継続による興奮や「悪魔払い」へのこだわりから心理的な視野が狭まり、責任能力に影響するほどではないものの、ある程度判断力が低下していたことを有利な事情の一つとして考慮している。

鈴木に懲役14年、美幸に懲役13年

横浜地裁は、殺人と死体損壊の刑事責任はいずれも重いとし、とりわけ鈴木が主導的な役割を果たしたこと、美幸も殺害と遺体損壊の実行行為へ直接加わったことを指摘した。一方で、犯行時の心理的な視野狭窄、長期の未決勾留、美幸について事件前に家族の世話へ尽力していた事情なども検討した。

その結果、鈴木には懲役14年、美幸には懲役13年が言い渡された。「悪魔払い」という通称だけを見ると、責任能力のない状態で起きた事件のようにも見えるが、判決が下した結論は反対だった。異常な言葉や行動があったことと、刑法上の責任能力を失っていたことは同じではない。

事件名に残る「悪魔払い」と、裁判所が認定した事実は分けて見る必要がある

事件を後世に残したのは、現場で使われた「悪魔」「悪魔払い」という言葉と、長期間に及んだ遺体損壊だった。しかし判決を読むと、宗教団体の関与、精神病、殺意、動機のどれも、通称から受ける印象ほど単純ではない。

鈴木は事件当時その教団の信者ではなく、茂木さんと美幸もすでに離籍していた。裁判所は、悪魔払いの観念が心理へ影響したことは認めながらも、2人が現実を理解し、殺害と遺体損壊の意味を認識して行動していたと判断した。この区別が、事件を正確に理解するうえで最も重要な点となる。

参考資料・出典

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