1999年5月25日から26日にかけて、神奈川県川崎市川崎区のマンションで、中国人の男女6人が拘束され、現金や貴金属を奪われた。その後、同居していた5人が刃物で襲われ、3人が死亡、2人が重傷を負った。訪問中だったもう1人も拘束時に負傷したが、室外へ逃げ出して管理人に発見され、事件が明らかになった。
川崎中国人6人殺傷事件で強盗殺人などに問われた陳徳通は、同居人との争いを恨み、強盗計画を利用して報復を実行したと認定された。共犯者らが部屋を離れた後、陳だけが残って5人を刺した点が、強盗と殺害を区別する重要な事実となった。2006年6月に死刑が確定し、2009年7月28日に東京拘置所で執行された。
| 事件名 | 川崎中国人6人殺傷事件 |
|---|---|
| 発生日 | 1999年5月25日~26日 |
| 発生場所 | 神奈川県川崎市川崎区のマンション |
| 被害 | 中国人男女3人死亡、3人負傷 |
| 被告人 | 陳徳通(事件当時31歳) |
| 現在の状況 | 2006年6月27日に死刑確定、2009年7月28日に執行 |
来日後に川崎のマンションで共同生活
陳徳通は中国福建省の出身で、1998年に日本へ入り、東京都内を経て川崎市川崎区のマンションへ移った。部屋には中国人の夫婦2組と男性1人が暮らしており、陳はそのうちの夫婦と遠い親族関係にあった。建設現場の日雇い仕事などで生活していたが、仕事が安定せず、家賃の分担を十分に支払えない状態が続いた。
共同生活では、仕事の手配や家計、生活音などをめぐって関係が悪化した。1999年5月20日未明、陳が朝食を作っていた際、同居男性から音がうるさいと注意され、殴り合いになった。ほかの同居人も加わって陳を取り押さえ、陳は複数人から暴力を受けたと受け止めた。
陳はこの出来事を強く恨み、同居人へ報復する考えを持つようになった。ただし、後に集められた共犯者全員が殺害計画を知らされていたわけではない。陳は同居人宅に金品があるという情報を利用し、表向きは強盗として仲間を集めながら、自身は別に殺害の意思を持って現場へ入ったと認定された。
同居人との対立には家賃や仕事の不安定さが関係していたが、陳は住居を離れたり第三者へ相談したりするのではなく、数日後に集団で戻る方法を選んだ。殴り合い直後の反射的な行為ではなく、仲間と道具を準備する時間を置いていた点から、報復は計画されたものと判断された。
甥を通じて仲間を集め強盗計画を進める
陳は東京都内に住む甥へ相談し、マンションの住人が人材の紹介などで収入を得ているため、室内に現金や貴金属があると伝えた。甥は同郷出身者らへ声を掛け、最終的に陳を含む8人が現場へ向かうことになった。共犯者らの主な目的は財物を奪うことだった。
一行は粘着テープや鎖など、住人を拘束するための道具を準備した。陳は住人と同居していたため、部屋の位置、出入り、人数を知っていた。外部の者だけでは難しい侵入を、内部事情を知る陳が支えた形だった。
裁判では、強盗への共謀と、陳だけが持っていた殺意が分けて検討された。共犯者らは住人を縛って財物を奪ったが、翌朝には部屋を離れている。陳はその後も残り、同居人5人を刃物で襲った。強盗の共同実行が終わった後の行動であっても、奪った財物の確保や犯行発覚の防止と結び付くため、陳には強盗殺人・同未遂の責任が認められた。
仲間を集める際、陳は自分が受けた暴力への恨みより、室内に大金があるという話を前面に出した。共犯者に利益を期待させることで人数を確保し、住人を一斉に制圧できる状況を作った。裁判では、この誘い方も陳の主導性を示す事情となった。
6人を拘束し現金やカード、貴金属を奪う
1999年5月25日午後9時20分ごろ、陳と共犯者7人はマンションの部屋へ入り、住んでいた5人と、その時に訪ねてきた男性1人の計6人を襲った。被害者らは粘着テープや鎖で手足を縛られ、自由に動けない状態にされた。抵抗の過程で訪問者の男性がけがを負った。
一行は現金約5万3000円、キャッシュカード、腕時計、貴金属などを奪った。大金があるとの見込みに反し、室内で得た現金は多くなかった。共犯者らはカードを使って銀行口座から金を引き出そうとしたが、残高はわずかだったとされる。腕時計などは換金され、分配された。
被害者6人は長時間拘束され、外部へ助けを求められない状況に置かれた。強盗行為そのものにも複数人が関与し、陳は同居人としての知識を使って実行を容易にした。住人との個人的な恨みは、財産を狙う共犯者には十分に共有されず、陳は強盗の場を報復の機会として利用した。
共犯者らは被害者を拘束した状態で部屋を離れており、被害者の安全を確保する措置は取らなかった。ただし、5人を刃物で襲ったのは陳単独の行為とされたため、殺人結果については陳とほかの共犯者の認識を分けて審理する必要があった。
共犯者が去った後に同居人5人を襲撃
26日朝、共犯者7人は部屋を離れた。陳だけが現場に残り、午前9時すぎ、サバイバルナイフで同居していた5人を次々に刺した。部屋の名義人だった夫婦と同居男性の計3人が死亡し、別の夫婦2人が重傷を負った。被害者らは拘束された状態で、十分な抵抗や逃走ができなかった。
陳は、前に受けた暴行への報復として5人全員を殺そうとしたと認定された。被害者の負傷箇所や回数から、単に脅したり逃走を妨げたりするための攻撃ではなく、明確な殺意があったと判断された。訪問者の男性には殺害行為を加えず、同居人5人を選んで襲ったことも、個人的な報復目的を示した。
死亡した3人と重傷を負った2人の間で、陳が攻撃方法を大きく変えたわけではなかった。結果として生存した被害者がいたため、その2人については強盗殺人未遂となった。事件の法的評価では、死亡結果だけでなく、5人全員に対する殺意と、強盗行為との結び付きが検討された。
拘束を抜けた男性の発見から捜査が始まる
訪問中に拘束された男性は、陳の襲撃対象から外れた後、縛られたまま部屋を抜け出した。マンションのエレベーター付近まで移動したところ、26日午前10時ごろに管理人が発見した。通報を受けて警察と救急隊が室内へ入り、複数の死傷者がいることが確認された。
生存者の供述により、陳と共犯者らの存在が早い段階で浮上した。室内には拘束に使われた物や血痕が残り、奪われたカードの使用、腕時計などの換金経路も追跡対象となった。警察は関係者の交友関係と居住実態を調べ、6月中旬から7月にかけて陳らを順次逮捕した。
事件発覚時、共犯者らはすでに複数の場所へ分かれていた。国籍や在留状況に関する捜査も行われたが、刑事裁判の中心は、誰が強盗を共謀し、誰が殺害を実行したかに置かれた。生存した被害者と訪問者の証言は、強盗時の人数、拘束の方法、共犯者退出後の陳の行動を区別するうえで重要だった。
警察は生存者の治療と並行して通訳を介した事情聴取を行い、関係者の呼称や出身地、住居を整理した。被害者と被疑者の多くが外国籍で在留状況も異なっていたが、事件の立証では国籍ではなく、現場での役割、供述、カード利用や換金の記録が中心となった。
逮捕された共犯者らについては、強盗時の暴行と拘束への責任が問われた。陳が5人を襲う場面を見ておらず、殺害の具体的な計画を共有していなかった者には、陳と同じ強盗殺人の責任が当然に及ぶわけではない。裁判では共謀の範囲が個別に判断された。
強盗殺人と報復目的を認定した裁判
横浜地方裁判所川崎支部は2001年9月17日、陳に死刑を言い渡した。陳は強盗への関与を認めつつ、殺害と財物奪取の関係、殺意の範囲などを争った。裁判所は、強盗の機会を利用し、拘束されて抵抗できない同居人5人を報復目的で襲ったこと、3人を死亡させ2人へ重傷を負わせた結果を重く評価した。
東京高等裁判所は2003年2月20日、第一審の死刑判決を維持した。弁護側は、被害者側から受けた暴力が事件の発端であり、刑を軽くすべきだと主張したが、数日後に仲間を集め、強盗を装って報復の機会を作った計画性から、衝動的な反撃とは認められなかった。
2006年6月27日、最高裁第二小法廷は上告を棄却した。被害者側との対立があったとしても、拘束した5人を刃物で次々に襲う理由にはならず、3人死亡、2人重傷という結果は重大だとした。共犯者を強盗に誘いながら真の殺害目的を十分に知らせなかった点も、陳が事件を主導した事情とされた。
弁護側は、事件前に陳が同居人らから暴行を受けた経緯を量刑上考慮するよう求めた。裁判所は対立の存在自体は認めたが、数日後に多数の仲間を集め、無抵抗の状態にした5人へ刃物を使うことを正当化する事情ではないとした。
死刑判決では、陳が事件当時31歳で更生可能性を主張できる年齢だったことも検討された。しかし、強盗を組織し、拘束された5人へ集中的に攻撃し、3人を死亡させた結果から、年齢を理由に刑を軽くすることはできないとされた。
2009年7月に死刑執行
死刑確定後、陳は東京拘置所に収容された。2009年7月28日、死刑が執行され、41歳で死亡した。同日にほかの死刑確定者への執行も行われ、陳については強盗殺人、強盗殺人未遂、強盗致傷の確定犯罪事実が公表された。
事件では、共同生活の中で生じた対立が、個人的な報復と集団強盗を結び付ける形で拡大した。陳は自分の恨みを共犯者へ全面的に説明せず、金品の存在を強調して仲間を集めた。共犯者が去った後に殺害へ移ったことで、各人の刑事責任は分けて判断された。
6人のうち1人が拘束されたまま室外へ出て管理人に発見されたことが、被害の拡大を止め、捜査開始につながった。生存者の供述と客観証拠によって、強盗とその後の襲撃の時間関係が明らかになり、陳の単独の殺害行為が認定された。死刑執行により陳の刑事手続は終結している。
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。



