2017年3月1日から2日にかけ、名古屋市南区の住宅で大島克夫さん(当時83歳)と妻のたみ子さん(当時80歳)が刃物で殺害され、現金少なくとも1227円と診察券などが入った財布が持ち去られた。近隣に住んでいた山田広志(旧姓・松井)が強盗殺人罪で起訴された。
山田が夫婦を殺害し財布を持ち去ったことは裁判で争われなかった。最大の争点は、夫婦を殺害した時点ですでに金品を奪う目的があったかだった。2019年の名古屋地裁は強盗目的を認めず、殺人と窃盗で無期懲役としたが、2020年に名古屋高裁が判決を破棄して差し戻した。2023年3月の差し戻し審は強盗殺人を認定して死刑を言い渡したものの、山田は控訴中の同年12月13日に死亡し、死刑判決は確定しなかった。
| 事件名 | 名古屋老夫婦強盗殺人事件 |
|---|---|
| 発生 | 2017年3月1日〜2日 |
| 場所 | 愛知県名古屋市南区 |
| 被害者 | 大島克夫さん(83)、妻・たみ子さん(80) |
| 被告人 | 山田広志(旧姓・松井) |
| 起訴罪名 | 強盗殺人 |
| 最初の一審 | 2019年・殺人+窃盗で無期懲役 |
| 破棄差し戻し | 2020年1月10日・名古屋高裁 |
| 差し戻し審 | 2023年3月2日・名古屋地裁、死刑 |
| 結末 | 控訴中の2023年12月13日に被告死亡、死刑判決は未確定 |
80代夫婦が自宅で殺害され、財布がなくなる
被害者は名古屋市南区で暮らす大島克夫さんと妻たみ子さんだった。二人は自宅内で首などを刃物で刺され、出血性ショックで死亡した。名古屋高裁判決によれば、克夫さんは右内頸動脈・右外頸動脈の切断、たみ子さんは左頸静脈の損傷が致命傷となった。
住宅からは、現金少なくとも1227円と診察券など15点が入った財布1個が持ち去られた。現金額だけを見れば少額だが、夫婦の殺害と財物の持ち出しが同じ現場で連続していたため、殺人後の窃盗なのか、最初から財物を奪うための強盗殺人なのかが量刑を大きく左右することになった。
山田は殺害と財布の持ち出しを認めた
山田は夫婦を殺害したこと、被害者宅から現金入りの財布を持ち去ったこと自体は争わなかった。最初の一審で争われたのは、犯行当初から金品を奪う目的があったか、そして犯行時に完全な刑事責任能力があったかだった。
検察側は、山田が当時定職に就かず、借金や飲食代のつけを抱えていたこと、被害者宅に金があると思っていたこと、殺害直後に室内や車を物色し財布を持ち去ったことから、最初から強盗目的があったと主張した。
山田側は、たみ子さんの言葉に腹を立てて殺害に及び、克夫さんはその場で衝動的に襲った、その後に財布を見て初めて金品を持ち出そうと思ったと説明した。強盗目的を否定できれば、成立する罪は強盗殺人ではなく、殺人と窃盗に分かれる。
最初の名古屋地裁は「殺人+窃盗」で無期懲役
2019年、名古屋地裁の裁判員裁判は、山田に当初から強盗目的があったとまでは認められないとして、二人に対する殺人罪と財布の窃盗罪を認定し、死刑求刑に対して無期懲役を言い渡した。
一審は、山田が借金を抱えていたとしても、人を殺してまで金を得ようとするほど追い詰められていたかには疑問があるとした。また、被害者宅に特に高額な現金があると知っていた証拠がなく、殺害後の物色も広範囲ではなかったことから、殺害後に窃盗を思い立った可能性を排除できないと判断した。
責任能力については完全責任能力を認定した。山田には軽度の知的障害があるとされたが、その影響は限定的で、善悪を判断し、自分の行動を制御する能力が著しく低下していたとは認めなかった。
名古屋高裁は「強盗目的の評価が不合理」と破棄
検察側と弁護側の双方が控訴し、名古屋高裁は2020年1月10日、一審判決を破棄して事件を名古屋地裁へ差し戻した。公式判決は、一審が強盗目的を否定した判断には、複数の事情を総合的に評価する観点が欠けていると指摘している。
高裁が重視した一つは、山田が被害者らを殺害した後、血の付いた手でトートバッグを物色し、その後に靴下を手にはめて財布を取っていたことだった。「財布を見て初めて金を取ろうと思った」という説明と、財布を見つける前から物色していた経過が整合しないと判断した。
さらに高裁は、事件当日に山田が知人への借金やスナックのつけなど合計6万6000円の債務を抱え、返済日が当日だったものも複数あったことを挙げた。借金だけで直ちに強盗目的を認定したのではなく、殺害後すぐに財物を物色した事情などと合わせれば、金を得る目的を推認できるとした。
「高額の現金があると知らなかった」ことは強盗目的を否定しない
一審は、山田が被害者宅に特に高額な現金があると認識していた証拠がないことも強盗目的を否定する方向に評価した。これに対し名古屋高裁は、高額の金があると知らなければ強盗目的が生じないという考え方は経験則に反すると指摘した。
また、たみ子さんへの怒りが殺害動機だったとしても、それと金品を奪う目的は両立し得るとした。怒りがあったから強盗目的がない、と二者択一に捉えることはできないという判断だった。
高裁は自ら死刑を言い渡すのではなく、強盗目的が認められることを前提に、責任能力、犯行の計画性、反省、自首などの情状を裁判員を含む合議体で改めて審理する必要があるとして、名古屋地裁へ差し戻した。
差し戻し審では強盗殺人を前提に量刑を審理
差し戻し後の審理は、最初の一審と同じ問いをゼロから繰り返したわけではない。名古屋高裁が、強盗目的を否定した一審判断には事実誤認があるとして破棄しているため、強盗殺人の成立を前提に量刑や責任能力を改めて検討することになった。
検察側は再び死刑を求刑し、弁護側は強盗目的や知的障害の影響を争い、無期懲役が相当だと主張した。山田は2022年にステージ4の膵臓がんと診断され、余命宣告を受けたことも公判で明らかになったが、病状そのものが犯罪事実の認定を左右するものではなかった。
2023年3月2日、差し戻し審が死刑判決
2023年3月2日、名古屋地裁は山田に死刑を言い渡した。CBCテレビによれば、判決は、二人を殺害した直後に室内を物色していたことなどから、当初から強盗目的があったと認定した。
弁護側は軽度の知的障害が事件全体に影響したと主張したが、裁判所は、山田に職歴があり、犯行でも目的に沿った行動を取っていたとして完全責任能力を認めた。二人の生命を奪った結果の重大性などを踏まえ、死刑を回避すべき事情はないと判断した。
山田は判決当日に控訴した。このため死刑はその場で確定せず、名古屋高裁で差し戻し審判決の事実認定と量刑が審理されることになった。
控訴審で弁護側は強盗目的を再び争う
2023年9月28日、名古屋高裁で控訴審が開かれた。中京テレビによれば、山田はがん治療のため入院中で出廷せず、弁護側はトートバッグに残った血痕の状況などから、金品を探すために物色したとは認められないとして一審の事実誤認を主張した。
検察側は控訴棄却を求め、審理は即日結審した。判決は2024年1月18日に予定されていた。つまり2023年末の時点でも、差し戻し審の死刑判決が正しいかどうかについて高裁の実体判断はまだ示されていなかった。
判決前の2023年12月13日、山田が死亡
CBCテレビは2023年12月14日、山田が前日の13日夜に死亡したと報じた。49歳だった。山田は2022年2月に末期の膵臓がんと診断され、2023年9月の控訴審には体調不良と入院のため出廷していなかった。
死亡時点では控訴が係属中で、2024年1月18日に判決が予定されていた。本人が死亡したことで、名古屋高裁が差し戻し審の強盗目的認定や死刑量刑を判決で判断する機会は失われた。
したがって、山田を「死刑確定者」とすることはできない。2023年3月の死刑判決は控訴されており、確定前のまま手続が終わった。逆に、最初の無期懲役判決が復活したわけでもない。最初の判決はすでに名古屋高裁に破棄されていたためである。
事件の核心は「殺害時点の強盗目的」だった
この事件は、犯人が誰か、夫婦を殺害したかという点で判決が揺れたわけではない。山田が二人を殺害し、財布を持ち去ったことは争われなかった。裁判が長期化した最大の理由は、金品を奪う考えが殺害前から存在したかという一点が、罪名と死刑適用の可能性を大きく変えたからだった。
殺害後に初めて財布を盗むことを思いついたなら、殺人と窃盗になる。最初から財物を奪うために殺害したなら強盗殺人となる。名古屋地裁の最初の一審と名古屋高裁は、この目的の推認について異なる判断を示し、差し戻し審は高裁の指摘を踏まえて強盗殺人を認定した。
しかし、その差し戻し審判決は控訴審で確定性を得る前に被告人が死亡した。2026年8月時点で残る司法記録は、最初の無期懲役判決、これを破棄した名古屋高裁判決、差し戻し審の死刑判決、そして控訴中の死亡という異例の経過である。
参考資料・出典
- 名古屋高裁 令和2年1月10日判決(原判決破棄・名古屋地裁へ差戻し)
- CBCテレビ「“末期がんで余命1年”の男にきょう判決」
- CBCテレビ「“末期がんで余命宣告”48歳被告に死刑判決」
- 中京テレビ「名古屋・南区夫婦強殺 男の控訴審」
- CBCテレビ「死刑判決を受け控訴審中の山田広志被告が死亡」
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