伊東市干物店強盗殺人事件|肥田公明死刑囚の有罪認定と再審請求

公開日 2026年3月12日
最終更新 2026年7月31日
カテゴリー 2010年代 死刑

2012年12月、静岡県伊東市八幡野の干物販売店で、女性経営者と男性従業員の2人が殺害され、業務用冷凍庫の中から遺体で発見された。一般に「伊東市干物店強盗殺人事件」と呼ばれる事件である。この事件が今も注目される理由は、極めて重大な結果だけではない。死刑判決が確定した事件でありながら、確定後も無罪を主張する再審請求が続き、第三者のDNA型や単独犯行の可能性などをめぐって弁護側が争っている点にある。

POINT
この記事でわかること
  • 伊東市の干物店で2人が殺害された事件の経緯
  • 肥田公明が犯人と認定された主な情況証拠
  • 凶器や直接証拠をめぐる弁護側の無罪主張
  • 一審死刑判決から最高裁までの裁判経過
  • 2025年の再審請求棄却と現在の状況
事件名伊東市干物店強盗殺人事件
発生日時2012年12月18日
発覚2012年12月19日朝
発生場所静岡県伊東市八幡野の干物販売店「八八ひものセンター」
被害者女性経営者・清水高子さん(当時59歳)、男性従業員・小淵慶五郎さん(当時71歳)
被告人肥田公明(事件当時60歳、元従業員)
犯行種別強盗殺人
死亡者数2人
被害確定判決の認定では現金約32万円を強取
判決死刑確定
現在無罪を主張し再審手続を争う。2025年4月に最高裁へ特別抗告
主な争点直接証拠に乏しい中で、複数の情況証拠から肥田を犯人と認定できるか

事件の特徴は、2人が刃物様の物で攻撃された後、店内の大型冷凍庫に閉じ込められたことにある。ただし、しばしば「冷凍されて死亡した事件」と単純化されるものの、裁判所が認定した死因は各傷害に基づく出血性ショックである。また、奪われた金額については報道で「約29万円」とされる例もあるが、東京高裁判決が整理した原判決の認定では、売上利益や釣銭用現金などを合わせた約32万円とされている。本記事では裁判所の認定を基準とする。

2012年12月19日、冷凍庫の中から2人の遺体が発見された

事件が発覚したのは2012年12月19日午前8時30分過ぎだった。従業員が店内に入ったところ、プレハブ型冷凍庫の扉の前が干し網や机などで塞がれていた。障害物を取り除いて扉を開けると、内部から女性経営者の清水高子さんと男性従業員の小淵慶五郎さんが発見された。店内の床、ショーケース、カウンター周辺などには多数の血痕が残されていた。

裁判所の認定によると、清水さんは左右の頸部、小淵さんは頸部や左前胸部などを刃物で攻撃された。さらに2人は冷凍庫内へ入れられ、扉の外側には脱出を妨げる障害物が置かれていた。冷凍庫は普段より大幅に低い零下40度になるよう設定されていた。遺体には寒冷症状が認められ、裁判所は、2人が攻撃を受けた後も生存した状態で冷凍庫に閉じ込められたと認定した。

現場では物色された形跡も確認された。空になったバッグや、移動させられたポーチ、書類ケースなどがあり、店で管理されていた現金がなくなっていた。このため捜査は、金銭を目的とした強盗殺人事件として進められた。

元従業員・肥田公明が捜査線上に浮かんだ経緯

肥田公明は、かつて事件現場となった干物店で働いていた元従業員だった。店の内部事情を知り、被害者2人とも面識があった。事件後、警察は肥田の行動や金銭状況を詳しく調べた。ただし、肥田は事件直後に強盗殺人容疑で逮捕されたわけではない。2013年には別件の失業給付金不正受給をめぐって逮捕・起訴され、同年6月に執行猶予付きの有罪判決を受けた。

その翌日の2013年6月4日、静岡県警は肥田を干物店事件の強盗殺人容疑で逮捕した。肥田は捜査段階から犯行を否認し、その姿勢は後の裁判でも変わらなかった。

肥田公明はなぜ犯人と認定されたのか

この事件を理解する上で最も重要なのが、「決定的な一つの証拠」ではなく、複数の情況証拠が積み重ねられた事件だという点である。凶器は特定されず、犯行を直接見た人物もいなかった。肥田の自白によって解決した事件でもない。それでも裁判所は、以下の事情を総合し、肥田以外の人物が犯人である合理的可能性を否定した。

事件当夜、肥田の車が店周辺で確認された

東京高裁判決によると、2012年12月18日午後6時10分ごろ、肥田は干物店から北へ約180メートル離れた国道沿いに停車した車内にいた。その後も車の位置は変化し、午後7時15分ごろには干物店駐車場で肥田車が確認された。午後7時57分ごろにも、ほぼ同じ場所に特徴の似た軽乗用車が停車していた。裁判所はこれも肥田の車と推認した。

肥田自身も、事件当日に店内へ入ったこと自体は認めていた。裁判所は防犯カメラなどの客観的資料を踏まえ、肥田が被害者への攻撃が始まったと推認される時間帯に現場へ立ち入り、その後も店内にとどまったと判断した。

深刻な金銭状況と事件直前の返済期限

判決では、事件前の肥田が厳しい金銭状況にあったことも重視された。預貯金残高は妻の分と合わせても約6万円程度とされ、複数の借入れを抱えていた。特に裁判所が注目したのは、知人から借りた15万円の返済である。肥田は返済期限を延ばしながら、事件当日の18日になっても返済できていなかった。携帯電話も料金滞納によって通話停止の状態だった。

こうした事情から、裁判所は肥田が短期間でまとまった現金を必要としていたと判断した。

事件直後から翌朝にかけて約40万円を使用

有罪認定で特に大きな意味を持ったのが、事件直後の金銭行動だった。東京高裁判決によると、肥田は12月18日午後9時ごろから翌19日午前9時4分ごろまでの間に、合計40万41円を支払いや他人への交付、自己名義口座への入金などに使った。具体的には、妻への現金5万円の交付、未納だった携帯電話料金などの支払い、15万円の借金返済、ATMへの現金入金が行われている。

さらに翌朝には、500円硬貨100枚と100円硬貨600枚、合計11万円分の硬貨を口座へ入金した。店からなくなったと認定された現金には、500円硬貨や100円硬貨の棒金が含まれており、裁判所は金額や金種構成の類似を重要視した。つまり裁判所は、事件直前まで資金に窮していた肥田が、現場に滞在した直後から突然まとまった現金を使用し始めたことを、犯人性を示す強い事情の一つと評価したのである。

一方、肥田公明は一貫して無罪を主張した

肥田は逮捕後から裁判を通じて、強盗殺人への関与を否定した。弁護側が問題視したのは、犯人性を直接示す証拠の乏しさだった。

  • 犯行に使用された凶器が特定されていない
  • 犯行そのものの目撃者がいない
  • 肥田による犯行の自白がない
  • 「肥田が被害者2人を殺害する瞬間」を直接示す証拠がない
  • 店から現金を持ち去る場面が直接確認されたわけではない

弁護側は、肥田が店に入ったことと、2人を殺害したことは別問題だと主張した。仮に何らかの現金を持ち出したと考えたとしても、殺害した人物が別に存在する可能性は排除されていないという立場だった。控訴審判決でも、この「別犯人仮説」が詳細に検討されている。しかし東京高裁は、事件当夜の肥田の行動、現場滞在、犯行直後の多額の現金使用、硬貨の金種などを総合すると、肥田を強盗殺人の犯人とした一審判断に誤りはないと結論づけた。

死刑判決はどのように確定したのか

肥田は無罪を主張したが、一審から最高裁まで有罪判断は覆らなかった。

年月日裁判・手続結果
2013年6月4日強盗殺人容疑で逮捕その後、強盗殺人罪で起訴
2016年11月24日静岡地裁沼津支部死刑判決
2018年7月30日東京高裁控訴棄却、死刑支持
2021年1月28日最高裁第一小法廷上告棄却
2021年判決訂正申立て後死刑判決が確定

2016年、一審は求刑通り死刑

2016年11月24日、静岡地裁沼津支部の裁判員裁判は肥田に死刑を言い渡した。裁判所は、2人の生命が奪われた結果の重大性に加え、刃物による攻撃後、被害者を冷凍庫へ閉じ込め、外側を塞ぎ、温度を大きく下げた一連の行為を厳しく評価した。一方、肥田側は有罪認定と量刑の双方を不服として控訴した。

2018年、東京高裁も死刑を支持

2018年7月30日、東京高裁は控訴を棄却した。高裁判決は、死刑が生命そのものを奪う究極の刑罰であり、慎重に適用されるべきだとした上で、本件では2人が死亡した結果、金銭目的、強固な殺意、犯行態様などを総合的に検討した。また、犯行に事前の綿密な計画性があったとまでは認めなかった。それでも、計画性が認められないことだけで死刑を回避できるほどの事情ではないと判断した。

2021年、最高裁が上告を棄却

2021年1月28日、最高裁第一小法廷は肥田側の上告を棄却した。最高裁は、客観的証拠を中心とする複数の事情から肥田を犯人と認めた一、二審判断を維持した。その後、判決訂正申立ても退けられ、死刑判決が確定した。

死刑確定後の再審請求で何が争われたのか

死刑が確定しても、肥田の無罪主張は終わらなかった。2021年8月、肥田側は静岡地裁沼津支部に再審を請求した。再審は、すでに確定した有罪判決について、新たな証拠などにより誤判の疑いが生じた場合に裁判をやり直すための手続きである。弁護側は、確定判決が認定した肥田単独犯行には疑問があり、別の人物、あるいは複数の人物が関与した可能性があると主張した。

第三者のDNA型をめぐる主張

再審請求では、現場に残された肥田とは別の第三者のDNA型が新証拠の一つとして主張された。

弁護側にとっては、確定判決が肥田による犯行とした構図に疑問を生じさせる事情だった。一方、第三者のDNA型が存在することだけで、その人物が殺害犯だったと直ちに証明されるわけではない。誰のDNAなのか、いつ、どのような経緯で現場に付着したのかという評価が必要になる。

「単独犯行は可能だったのか」という疑問

弁護側は、冷凍庫前に置かれた障害物など現場状況にも着目した。元従業員の証言などを新証拠として提出し、2人を攻撃した上で冷凍庫へ入れ、外側を塞ぐ一連の行為を肥田1人だけで実行したという確定判決の構図に疑問を示した。ここは事件の重要な論点である。確定判決は肥田による犯行を認定しているが、再審請求側は、その前提自体に合理的疑いがあると争った。

2025年に再審請求棄却、東京高裁も即時抗告を退けた

再審請求から約3年半後の2025年2月19日、静岡地裁沼津支部は請求を棄却した。弁護側は同月25日に即時抗告した。しかし2025年3月28日、東京高裁は即時抗告を棄却した。この手続きは別の意味でも注目された。再審請求審の段階では裁判官、検察側、弁護側による協議が行われていたが、東京高裁は新たな協議を一度も開かず、即時抗告から約1カ月で棄却決定を出したと報じられた。

弁護側は、静岡地裁沼津支部が求めた証拠開示を認めなかったことなども問題視した。その上で2025年4月1日、最高裁へ特別抗告した。したがって、事件は「死刑判決が確定している」という点では決着している一方、肥田側はその確定判決自体に誤りがあるとして、再審の開始を求め続けている。

現在、この事件をどう見るべきか

伊東市干物店強盗殺人事件では、裁判所が肥田公明を犯人と認定し、死刑判決は確定している。記事上も、この確定判決を無視して「未解決事件」や「犯人不明事件」と扱うことはできない。一方、肥田が一貫して無罪を主張し、確定後に正式な再審請求を行ったことも事実である。特にこの事件は、自白、犯行目撃証言、特定された凶器といった一つの直接証拠ではなく、多数の情況証拠を総合して犯人性を認定した。

そのため再審手続では、確定判決を支えた証拠の連鎖に、新証拠を加えた時に合理的疑いが生じるかが問われる。事件直後の突然の現金使用、借金返済、硬貨の金種、現場周辺で確認された車、店内に立ち入った事実。これらは裁判所が重視した。一方、弁護側は第三者のDNA型や現場状況などを挙げ、別犯人の可能性を主張した。

極めて重大な強盗殺人事件であると同時に、情況証拠による死刑事件で、どこまで犯人性を立証できるのかという司法上の重い問題を残し続けている。それが、事件発生から10年以上を経てもなお伊東市干物店強盗殺人事件が注目される理由である。

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