三島女子短大生焼殺事件|山根佐知子さん殺害、一審無期から死刑へ変わった量刑判断

公開日 2026年3月10日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2002年
都道府県
静岡県
事件分類
強盗・監禁・暴行事件 / 性犯罪 / 殺人事件
最終刑・処分
死刑

2002年1月22日夜、静岡県三島市。アルバイトを終え、自転車で帰宅していた短期大学生の山根佐知子さん(当時19歳)は、国道を車で走っていた服部純也に目を付けられた。服部は先回りして山根さんの進路を塞ぎ、逃げようとした山根さんを車内へ押し込んだ。

約3時間にわたる監禁と性的暴行の後、服部は山根さんを解放せず、犯行の発覚を恐れるなどして殺害を決意した。静岡地裁沼津支部は死刑求刑に対して無期懲役を選んだが、検察側と服部側の双方が控訴。東京高裁は一審を破棄して死刑を言い渡し、最高裁が2008年2月29日に上告を棄却した。服部の死刑は2012年8月3日に執行された。

発生2002年1月22日夜~23日未明
場所静岡県三島市など
被害者山根佐知子さん(当時19歳)
被告人服部純也
罪名逮捕監禁、強姦、殺人
一審2004年1月15日、無期懲役
控訴検察側・被告人側の双方が控訴
控訴審2005年3月29日、東京高裁が死刑
最高裁2008年2月29日、被告人側上告を棄却
死刑執行2012年8月3日、東京拘置所

帰宅中の山根佐知子さんを見つけ、車で先回りした

最高裁判決によると、山根さんは三島市の自宅から神奈川県内の短期大学へ通っていた。家計に負担を掛けないよう自分の小遣いを稼ぐためにアルバイトをしており、事件当夜も仕事を終えて自転車で帰る途中だった。

服部は深夜、車で国道を走行中に山根さんを見つけた。先回りして自転車の前に立ちふさがり、逃げようとした山根さんを強姦目的で車内へ無理やり押し込んだ。そのまま車を走らせ、山根さんを約3時間にわたって監禁した。

約3時間の監禁中に性的暴行、いったんは解放も考えた

服部は山間の路上に車を止め、車内で山根さんに性的暴行を加えた。二人に面識はなかった。最高裁は、服部が自らの性的欲求を満たすため、偶然見かけた山根さんを標的にした経過を認定している。

性的暴行の後、服部はいったん山根さんを解放することも考えた。しかし、犯行が発覚することを恐れたことに加え、覚醒剤仲間のもとへ早く行って覚醒剤を使用したいという思いもあり、山根さんの殺害を決意したと最高裁判決は記している。

実家から灯油を持ち出し、人の少ない場所へ連れていった

殺害を決めた服部は実家から灯油を持ち出した。山根さんを人の少ない場所へ連れていき、両手首を後ろ手にしてガムテープで縛り、口にもテープを貼った。灯油をかけて火をつけ、山根さんは全身性のやけどで死亡した。

刑事裁判で成立した罪は逮捕監禁、強姦、殺人だった。火を使った殺害方法は殺人の実行行為として認定され、控訴審と最高裁の量刑判断でも重く評価された。

事件から約半年後、服役中の服部と遺留物のDNA型が一致した

山根さんと服部には面識がなく、捜査は交友関係から直ちに服部へつながったわけではなかった。転機となったのは現場などから得られた遺留物のDNA型だった。別の交通事件で服役していた服部が捜査線上に浮かび、採取されたDNA型との一致が確認された。

静岡県警は2002年7月23日、服部を逮捕監禁などの容疑で逮捕した。事件発生から約6か月後だった。偶然通りかかった山根さんを車に押し込んだという犯行の性質上、被害者の人間関係だけでは見えにくかった人物が、客観的な遺留情報によって結び付いた。

服部には服役歴があり、仮出獄から約9か月後の犯行だった

最高裁判決は、服部のそれまでの非行・犯罪歴も詳しく挙げている。少年時代には2度、少年院送致の保護処分を受けた。1992年には覚醒剤取締法違反などで懲役1年6月、執行猶予4年・保護観察付きの有罪判決を受けている。

その執行猶予中に強盗致傷などを起こし、1995年には懲役4年6月の実刑判決を受け、先の執行猶予も取り消された。長期服役を経て2001年4月に仮出獄を許されたが、約9か月後に山根さんへの犯行に及んだ。最高裁はこの経過から、改善更生の可能性を厳しく評価した。

最高裁は「偶然見かけた19歳」を狙った経過を量刑事情に挙げた

最高裁が重く見たのは、殺害方法だけではない。山根さんは服部と面識がなく、帰宅のため自転車で国道を走っていただけだった。服部は山根さんを見かけると先回りし、逃げようとする相手を車内へ押し込んだ。被害者側に犯行へ巻き込まれる事情は何もなかった。

監禁は約3時間に及び、性的暴行の後も山根さんを帰さなかった。殺害は当初から周到に準備されたものではなかったが、服部はいったん実家から灯油を持ち出し、人目の少ない場所へ移動したうえで実行している。最高裁は一連の経過を通じて犯行態様を厳しく評価した。

一審は死刑を求められながら無期懲役を言い渡した

静岡地裁沼津支部は2004年1月15日、服部に無期懲役を言い渡した。検察側は死刑を求刑していた。一審は犯行の結果と殺害方法を重大としながら、殺人が当初から周到に計画されたものではないことや、服部が反省の態度を示していることなども考慮した。

この一審判決後、検察側は死刑を求めて控訴し、服部側も控訴した。東京高裁では双方の控訴を受けて審理が続き、一審が死刑を回避した事情をどこまで重く評価するかが量刑の中心となった。

東京高裁は一審を破棄し、服部に死刑を言い渡した

2005年3月29日、東京高裁は一審の無期懲役判決を破棄し、死刑を言い渡した。控訴審では、山根さんが偶然標的にされたこと、長時間の監禁と性的暴行、犯行発覚を防ぐために殺害へ進んだこと、殺害方法などが改めて量刑の中で評価された。

服部の前科・服役歴も重く見られた。長期服役を経験しながら、仮出獄から短期間で重大犯罪へ至った事実は、再犯可能性や更生可能性の判断に結び付いた。一審が挙げた反省や計画性の程度を考慮しても、無期懲役では軽すぎるという結論だった。

東京高裁は一審が死刑を避けた事情より、再犯経過と犯行態様を重く見た

一審が無期懲役とした後、東京高裁は同じ事件記録を前提に量刑を組み直した。服部は長期服役を経験し、仮出獄から約9か月しか経っていなかった。しかも本件では、面識のない山根さんを連れ去り、長時間拘束して性的暴行を加えた後、口封じのため殺害へ進んでいた。

高裁は、殺害が事件当初から練られた計画ではなかったという一審の事情を認めつつも、それだけで極刑を避ける理由にはならないと判断した。最高裁もこの評価を支持し、前歴、犯行態様、動機、結果、遺族感情などを総合して死刑を維持した。

殺害被害者が1人の事件で、最高裁が死刑を維持

服部側は東京高裁判決を不服として上告した。最高裁第二小法廷は2008年2月29日、上告を棄却した。判決は、山根さんへの犯行経過、殺害方法、遺族の処罰感情、服部の犯罪歴などを挙げ、罪責は極めて重大だとした。

一方で最高裁は、本件殺人が周到な計画に基づくものではないことや、服部が反省の態度を示していることも明記した。それらを酌むべき事情として考慮した上で、なお東京高裁の死刑を是認せざるを得ないと判断した。これにより死刑が確定した。

山根さんの生活と遺族の被害も最高裁判決に記された

最高裁判決は山根さんについて、自宅から短期大学へ通い、家計に負担を掛けないよう小遣いを自分で稼ぐためアルバイトをしていたと記している。事件当夜も、そのアルバイトからの帰宅途中だった。

両親は19歳の娘を突然失った。最高裁は、山根さんの両親が深い悲しみの中で服部への厳しい処罰感情を示したことも量刑事情として挙げている。数字上は殺害被害者1人の事件であっても、裁判所は被害の具体的な内容を積み重ねて刑を判断した。

一審と控訴審で結論が変わったのは、事実より量刑評価だった

一審と控訴審で、山根さんが連れ去られ、監禁され、性的暴行を受けた後に殺害されたという事件の骨格が大きく変わったわけではない。結論を分けたのは、その確定した事情を無期懲役と死刑のどちらへ結び付けるかという量刑評価だった。

一審は、殺害までが当初から計画されていなかったことや反省などを死刑回避に働く事情として重く見た。東京高裁と最高裁は、それらを認めながらも、犯行態様と再犯経過を含む全体を見れば死刑が相当だとした。

前の実刑から仮出獄後、社会生活へ戻って9か月で再犯した

服部の前歴が量刑で大きな意味を持ったのは、単に前科が複数あったからではない。覚醒剤取締法違反の執行猶予中に強盗致傷などへ及び、実刑判決と執行猶予取消しによって長期間服役した後、仮出獄から約9か月で本件に至っている。

最高裁は、少年時代からの処分歴、成人後の刑罰、長期服役を経ても重大犯罪を繰り返した経過を踏まえ、「犯罪性向は根深い」と評価した。死刑を避ける事情として反省や計画性の程度も検討されたが、再犯経過は更生可能性を判断する上で重い事情となった。

2012年8月3日、東京拘置所で死刑が執行された

死刑確定から約4年半後の2012年8月3日、服部の刑は東京拘置所で執行された。40歳だった。同日には大阪拘置所でも別の死刑確定者に対する執行が行われた。

事件発生から執行まで約10年半。一審無期懲役、双方控訴、控訴審死刑、最高裁の上告棄却という経過をたどり、刑事手続は終結した。

参考資料・出典

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