池袋暴走事故|松永真菜さん・莉子ちゃん死亡、禁錮5年確定から飯塚幸三の服役中死亡まで

公開日 2026年9月15日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

都道府県
東京都
事件分類
危険運転・交通犯罪

2019年4月19日昼、東京都豊島区東池袋で乗用車が赤信号の交差点へ進入し、歩行者や自転車を次々とはねた。自転車で横断歩道を渡っていた松永真菜さん(31)と長女の莉子ちゃん(3)が死亡し、9人が重軽傷を負った。運転していたのは旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三だった。

刑事裁判で争われたのは、車が故障して暴走したのか、飯塚がブレーキとアクセルを踏み違えたのかという点だった。東京地裁は車両の異常を否定し、踏み違いによる過失運転致死傷を認定。禁錮5年が確定し、飯塚は収監された。2024年10月26日、服役中に老衰で死亡している。

発生2019年4月19日
場所東京都豊島区東池袋
死亡松永真菜さん(31)、長女莉子ちゃん(3)
負傷9人
被告人飯塚幸三
罪名自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)
判決2021年9月2日、東京地裁が禁錮5年
刑確定2021年9月
その後2024年10月26日、収容先で死亡

赤信号の交差点へ進入し、母子2人が死亡した

飯塚が運転する乗用車は東池袋の道路を走行中、制御を失った状態で複数の交差点へ進入した。横断歩道や路上にいた人、自転車に衝突しながら進み、最後はごみ収集車に衝突して停止した。

松永真菜さんと莉子ちゃんは自転車で横断しているところをはねられ、死亡した。このほか9人が負傷した。事故は単独の接触ではなく、短い距離の中で複数の被害を生じさせた連続的な暴走事故だった。

逮捕の有無が大きく注目されたが、裁判の罪名は過失運転致死傷

事故直後、飯塚はけがの治療を受け、警察は在宅で捜査を進めた。身柄を拘束されなかったことが社会的に強く注目され、肩書や経歴と結び付けた議論も広がったが、刑事手続上は捜査機関が逃亡や証拠隠滅の恐れなどを踏まえて逮捕の必要性を判断する。

検察が起訴した罪名は危険運転致死傷ではなく、自動車運転処罰法違反の過失運転致死傷だった。重大な結果が生じた交通事件でも、成立する犯罪類型は運転状況や故意・過失の内容に基づいて決まる。被害の大きさだけから危険運転致死傷罪になるわけではない。

飯塚は「車の異常」を主張した

刑事裁判で飯塚は、アクセルペダルを踏み続けた認識を否定し、車に何らかの異常が生じた可能性を主張した。弁護側も、電子制御系を含む車両側の不具合を排除できないとして無罪を求めた。

これに対し検察側は、事故車の解析結果や走行データ、現場状況などから車両に異常はなく、飯塚がブレーキと間違えてアクセルを踏み続けたと主張した。裁判の核心は、事故原因を機械故障と人的操作ミスのどちらに認めるかだった。

東京地裁はアクセルとブレーキの踏み違いを認定

2021年9月2日、東京地裁は車両の故障を否定し、飯塚がブレーキとアクセルを踏み違えた結果、車を加速させたと認定した。さらに、事故後も車の異常を主張し続けた態度について、被害者や遺族の心情を深く傷つけたと量刑判断で指摘した。

判決は禁錮5年。検察の求刑は禁錮7年だった。飯塚は控訴せず、検察も控訴しなかったため、同月中に刑が確定した。高齢であることを理由に刑事責任が否定されたわけではない。

実刑確定後、医療刑務所へ収容された

刑確定後、飯塚は収監され、東日本成人矯正医療センターで服役した。高齢の受刑者でも、実刑判決が確定すれば、健康状態などを踏まえた矯正施設で刑が執行される。

事故当時から「高齢だから収監されないのではないか」といった憶測があったが、実際には禁錮刑の執行が開始された。刑事裁判の結果と、収監後の医療上の配慮は別の問題である。

民事裁判では約1億4千万円の賠償命令が確定

松永真菜さんと莉子ちゃんの遺族らは、飯塚側に損害賠償を求める民事訴訟も起こした。2023年10月、東京地裁は約1億4千万円の支払いを命じる判決を言い渡し、その後確定した。

刑事裁判が国による刑罰を決める手続であるのに対し、民事裁判は被害による損害の賠償を扱う。二つの裁判は同じ事故を対象としていても目的が異なり、刑が確定したから自動的に民事上の損害額まで決まるわけではない。

飯塚幸三は2024年10月、服役中に93歳で死亡

飯塚は2024年10月26日、収容先で老衰のため93歳で死亡した。禁錮5年を満期まで終えたのではなく、刑の執行中に死亡したことになる。

遺族の松永拓也さんは、飯塚の死後も交通事故の再発防止や高齢運転者の免許返納を訴える活動を続けている。飯塚との面会では、本人から高齢者に早い免許返納を働きかけてほしいとの言葉を受けたことも公表した。

事故を「上級国民」論だけで理解すると裁判の核心を外す

この事故は、飯塚が事故直後に逮捕されなかったことから、社会的地位によって特別扱いされたのではないかという批判が広く拡散した。だが、刑事裁判で実際に争われた中心は、事故原因と過失の内容だった。

最終的に裁判所は車両故障説を退け、運転操作の誤りを認定し、禁錮5年の実刑判決が確定した。事故直後の逮捕をめぐる社会的議論とは別に、刑事裁判では過失の内容と事故原因が審理された。

事故車の記録と鑑定が「車両故障説」を否定する根拠になった

飯塚は公判で、アクセルを踏み続けた認識を否定し、車両側の異常を主張した。裁判では事故車の電子記録、アクセルやブレーキ系統の状態、現場での走行状況などが詳しく検討された。

東京地裁は、事故車に暴走を生じさせる機械的異常は認められず、飯塚がブレーキを踏もうとしてアクセルを踏み込んだと認定した。事故後の車両調査と走行データが、人的操作ミスを認める重要な根拠になった。

高齢運転者による事故であっても、年齢だけから事故原因を推定するのではなく、車両・現場・操作の証拠から個別に過失を認定する。刑事裁判の核心はそこにあった。

禁錮5年は「危険運転致死傷」ではなく過失犯罪への実刑

事故では2人が死亡し9人が負傷したが、飯塚が起訴されたのは過失運転致死傷罪だった。危険運転致死傷罪は、アルコールや極端な高速度など法律が定める特別な危険運転類型に該当する場合に成立する。

池袋事故で認定されたのは、ペダル踏み違いと、その後もアクセルを踏み続けた過失である。結果が重大であることだけを理由に、より重い危険運転致死傷罪へ置き換えることはできない。

東京地裁は法定刑の範囲で禁錮5年を言い渡し、飯塚が控訴しなかったため確定した。実刑確定後は高齢と健康状態に対応できる医療機能を持つ矯正施設へ収容された。

遺族の活動は刑事裁判後も交通安全と誹謗中傷対策へ続いた

妻と娘を亡くした松永拓也さんは、事故後、交通事故を減らすための講演や啓発活動を続けてきた。同時に、事故をめぐって遺族自身へ向けられたインターネット上の誹謗中傷にも対応している。

飯塚が服役中に死亡した後、松永さんは単純な報復感情だけではなく、再発防止に加害者側の後悔も生かしたいという趣旨を公に語った。収監中の面会で、高齢者へ免許返納を働きかけてほしいと飯塚から伝えられたことも明らかにしている。

事故の刑事責任は禁錮5年で確定し、飯塚の死亡によって刑の執行も終了した。一方、交通安全や被害者支援という事件後の課題は、刑事手続とは別に続いている。

刑事裁判、民事裁判、事故後の社会的議論はそれぞれ別に進んだ

刑事裁判では、飯塚個人の過失と刑罰が問題となり、禁錮5年が確定した。裁判所は車両故障説を退け、アクセルとブレーキの踏み違いを事故原因として認定した。

民事裁判では、死亡・負傷による損害を誰がどの範囲で賠償するかが争われ、2023年に約1億4千万円の支払いを命じる判決が出て確定した。刑事刑の長さと民事賠償額は、目的も判断基準も異なる。

社会的には、高齢運転者の免許返納、衝突被害軽減ブレーキやペダル踏み間違い対策、被害者遺族への誹謗中傷など、裁判の外側でも多くの論点が生まれた。

飯塚は2024年10月、刑期満了前に収容先で死亡した。死亡によって刑の執行は終了したが、刑事判決が取り消されたわけではなく、有罪確定という法的評価は変わらない。

一方、遺族が続ける交通安全活動は、飯塚個人への処罰とは別の目的を持つ。事故を再発防止へつなげる活動と、確定した刑事責任を混ぜないことで、事件後の経過を正確に追うことができる。

参考資料・出典

同じテーマの書籍を探す

この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。