2018年、大阪府堺市の実家で父と弟が相次いで死亡した。父・富夫さん(当時67歳)は1月に重い低血糖状態へ陥り、意識障害が残ったまま6月28日に死亡。弟・聖光さん(40歳)は3月27日、2階トイレで練炭による一酸化炭素中毒死の状態で見つかった。
当初、聖光さんの死は自殺を装った状況に見えた。ところが、遺書とされた文書が姉の足立朱美の関与を示す形で作成され、遺体からは足立に処方されていた睡眠薬と同じ成分が検出された。捜査は弟の死亡から父の低血糖発作へ広がり、足立は2人に対する殺人罪などで起訴された。
| 主な発生 | 2018年1月~3月 |
|---|---|
| 場所 | 大阪府堺市中区の実家 |
| 被害者 | 父・富夫さん(67歳)、弟・聖光さん(40歳) |
| 被告人 | 足立朱美 |
| 父への行為 | 多量のインスリン投与と認定 |
| 弟への行為 | 睡眠薬で眠らせ、練炭を燃やして一酸化炭素中毒死させたと認定 |
| 一審 | 2022年11月29日・大阪地裁、無期懲役 |
| 検察求刑 | 死刑 |
| 控訴審 | 2024年4月26日・大阪高裁、双方控訴棄却 |
| 最高裁 | 2024年12月9日付・被告側上告棄却 |
| 現在 | 無期懲役確定 |
父・富夫さんに起きた二度の重い低血糖
富夫さんは糖尿病を患い、日常的にインスリンを使っていた。一方で、長年自ら血糖管理を行っており、投与量を大きく誤ることが通常の出来事だったとは考えにくいと裁判では評価された。
2018年1月、富夫さんは短期間に二度、重い低血糖状態へ陥った。最初は治療で回復したが、2度目は低血糖による脳障害が残り、自力で十分に意思疎通や栄養摂取を行うことが難しい状態となった。
起訴内容では、最初の大量投与は1月19日夜から20日未明、2度目は1月25日昼から26日朝の間に行われたとされた。最初の発作は救命され、2度目の発作後に重い意識障害が残った。
一審では、この2回を偶然の投与ミスとして説明できるかも検討された。富夫さんが自分で注射した可能性について、長年の自己管理経験や当時の生活状況と照らし、裁判所は合理的な説明にならないと判断した。
父の死亡は5か月後――末期がんとの因果関係が争点
富夫さんには進行したがんもあったため、弁護側は6月の死亡はがんによる病死であり、1月の低血糖と死亡との因果関係は認められないと主張した。
大阪地裁は、過剰なインスリン投与で低血糖性の脳障害へ陥った結果、適切ながん治療や十分な栄養摂取が困難となり、全身状態の悪化や肺炎などを通じて死亡へ至ったと認定した。低血糖直後に死亡していなくても、投与行為と死亡の因果関係は切れていないと判断した。
公判では、富夫さんがステージ4の大腸がんを患い、肺や肝臓にも転移があったことが明らかになった。副作用の強い抗がん剤治療をやめ、放射線治療を受けていた時期と低血糖発作が重なっていた。
検察側は、低血糖脳症がなければ2018年6月の時点では死亡していなかったと主張した。弁護側はがんの進行による死亡と反論したが、一審は低血糖後の寝たきり状態や治療制約が死亡を早めたと認定した。
誰がインスリンを投与したのか、直接の目撃者はいなかった
父への投与場面を見た人物や、注射の瞬間を撮影した映像はなかった。裁判では、富夫さん自身の誤投与や自殺の可能性、第三者による投与の可能性を一つずつ検討する必要があった。
裁判所は、富夫さんの糖尿病管理経験、発作前後の状況、足立が実家にいた時間帯、スマートフォンの検索履歴など複数の間接事実を組み合わせ、足立がインスリンを過剰投与したと認定した。
「低血糖死亡」「インスリン注射」を調べていた検索履歴
公判では、足立のスマートフォンに「低血糖死亡」「低血糖放置死ぬ?」といった低血糖と死亡を結び付ける検索や、インスリン注射の方法に関する検索が残っていたことが取り上げられた。
検索履歴だけで殺人を立証できるわけではない。裁判所は、富夫さんが重度低血糖へ陥った時期や足立の行動、医療上の状況と重なることを、犯人性を支える一事情として評価した。
足立が父の余命や低血糖の危険性についてインターネット上で繰り返し調べていたことも公判で示された。検索しただけなら日常的な医療情報収集とも説明できるが、実際の発作前後にインスリン投与方法まで調べていた点が他の証拠と結び付けられた。
間接証拠事件では、一つ一つの行為が日常生活でも起こり得るかだけでなく、それらが同じ時期に重なる理由を別の仮説で説明できるかが問われる。本件でも検索履歴は単独の決め手ではなく、投与機会や発作状況と合わせて評価された。
弟・聖光さんはトイレ内で一酸化炭素中毒死
父の2度目の低血糖発作から約2か月後の3月27日、聖光さんが実家2階のトイレ内で死亡した。室内では練炭が燃やされ、自殺による一酸化炭素中毒死を思わせる状況が作られていた。
しかし捜査が進むと、聖光さんが自ら練炭を準備して死を選んだという説明と合わない事情が積み重なった。検察は、足立が睡眠薬で聖光さんを眠らせたうえ、密閉しやすいトイレで練炭を燃焼させたと主張した。
聖光さんの体から、足立に処方された睡眠薬成分
聖光さんの遺体からは、足立に処方されていた睡眠薬と同じ成分が検出された。本人が通常服用していた薬ではなく、死亡前に何らかの形で摂取したことが捜査上の重要な手掛かりとなった。
裁判所は、睡眠状態にしたうえで一酸化炭素を吸わせれば、自力で異変に気付いて脱出する可能性を下げられることも踏まえ、計画的な殺害方法だったと認定した。
聖光さんが亡くなった日、練炭は自然にその場へ現れたものではなく、事前に準備されたとみられる経緯が捜査された。トイレという狭い空間を選んだことも、一酸化炭素濃度を高める行為として検察側が重視した。
睡眠薬、練炭、閉鎖空間という複数の準備が組み合わされていたことから、一審は突発的な口論による殺害ではなく、自殺に見せかけることまで見通した犯行と評価した。
「父を殺したのは自分」とする遺書が残されていた
聖光さんの死亡現場には、父の低血糖について自分がインスリンを打ったと認める内容の遺書があった。これが真正な遺書なら、父への犯行主体を弟とみる重要な証拠になり得た。
ところが裁判では、その文書が足立の関与するパソコンで作成されたことなどから、聖光さん本人が残したものではないと判断された。大阪地裁は、父への責任を弟になすり付け、自殺に見せかける目的の偽装工作と認定した。
遺書の偽造は、二つの死亡を結ぶ間接事実になった
父の低血糖と弟の練炭死は、方法も死亡時期も異なる。一見すれば別々の出来事として処理され得る事件だった。
しかし、弟名義の文書が父へのインスリン投与を自白する内容になっていたことで、二つの事件が直接つながった。裁判所は、弟を殺害して父殺害の責任まで負わせる意図があったとみて、足立による連続した犯行と認定した。
母親も事件当日に意識がもうろうとした
聖光さんが死亡した日、実家にいた母親も眠気や意識の低下を訴えたことが公判で取り上げられた。母親は、足立が用意した飲み物を口にした後に状態が悪くなったという趣旨の証言をした。
母親自身への殺人罪が今回の中心的な確定罪名となったわけではないが、弟を眠らせて練炭死させたとする検察側の事件像を検討する際、同じ時間帯に起きた事実として審理された。
母親は、夫・富夫さん、息子・聖光さんを失い、娘である足立が被告人となった立場で証言した。家族3人の関係と事件当日の飲食状況は、第三者の目撃が乏しい家庭内事件を解明する材料になった。
一方、母親の体調変化だけから足立の犯行を推定したわけではない。裁判所は薬物の客観資料、練炭や文書の準備状況などと合わせて弟殺害を認定した。
足立は法廷で黙秘、弁護側は全面無罪を主張
2022年8月22日に始まった裁判員裁判で、足立は罪状認否について「何も申し上げることはない」と述べ、実質的に黙秘を続けた。
弁護側は、父は末期がんで死亡しインスリン投与との因果関係がない、父が自ら大量投与した可能性もある、弟の死も足立による殺害と断定できないとして全面無罪を求めた。
直接証拠が乏しい事件で、大阪地裁は間接事実を積み重ねた
大阪地裁は、父の糖尿病管理経験と低血糖発作の異常性、足立の検索履歴、弟の体内から出た睡眠薬成分、練炭の準備、偽造された遺書などを個別に検討した。
一つの証拠だけで犯行を認定するのではなく、偶然や別人の行為では説明しにくい事情が重なることから、父と弟の双方を足立が殺害したと結論付けた。
検察は死刑を求刑、大阪地裁は無期懲役
検察側は2人を計画的に殺害し、弟の自殺を偽装して父殺害の責任までなすり付けようとしたとして死刑を求刑した。
2022年11月29日、大阪地裁は2件の殺人を認定しながら無期懲役を言い渡した。弟殺害と証拠偽装の悪質性を重くみる一方、父を殺害した動機が明確に解明されていないことなどを踏まえ、死刑の選択が真にやむを得ない事案とまではいえないと判断した。
死刑か無期懲役かの判断では、死亡者数だけでなく、殺害の計画性、動機、方法、犯行後の行動、過去の死刑適用事例との均衡が検討される。本件は2人死亡で、弟については自殺偽装まで準備された一方、父への犯行動機には解明されない部分が残った。
大阪地裁は事件を重大と評価しながら、過去の同種死刑事件との比較を踏まえて極刑以外の選択肢を排除しなかった。そのため死刑求刑に対して無期懲役という結論になった。
検察と弁護側の双方が控訴
無罪を求めていた弁護側は有罪認定を不服とし、死刑を求めていた検察側は無期懲役の量刑を不服として、それぞれ大阪高裁へ控訴した。
控訴審では、父が自らインスリンを大量投与した可能性、低血糖と死亡の因果関係、弟殺害の犯人性に加え、2人を殺害した事件で死刑を避けた一審量刑が軽すぎるかが改めて審理された。
2024年4月、大阪高裁も無期懲役を維持
大阪高裁は2024年4月26日、検察・被告双方の控訴を棄却した。父と弟の殺害を足立の犯行とする大枠の認定を維持した。
量刑についても、父殺害の動機が判然としないことや、過去の死刑適用事件との比較などから、死刑以外の刑を選ぶ余地がないとはいえないとして無期懲役を維持した。
最高裁が上告棄却、無期懲役が確定
足立側は最高裁へ上告した。最高裁第三小法廷は2024年12月9日付で上告を棄却し、一、二審の無期懲役が確定した。
2026年8月現在、父・富夫さんと弟・聖光さんに対する2件の殺人について、足立朱美の無期懲役判決が確定している。捜査段階や一審係属中の事件ではなく、現在の法的結論は有罪確定である。
参考資料・出典
- FNNプライムオンライン「父と弟を殺害 48歳女に無期懲役判決」
- 時事通信「48歳女、無罪主張=弟と父殺害―大阪地裁」
- FRIDAYデジタル「『全て争います』父弟を殺害した被告女性の裁判」
- 産経新聞「父弟殺害の50歳女被告、無期懲役確定へ 最高裁が上告棄却」
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