志布志事件|「4回の買収会合」を崩したアリバイと、全員無罪後の国賠判決

公開日 2026年8月31日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 2000年代 冤罪事件 無罪

事件ステータス

発生年月日
2003年
都道府県
鹿児島県
事件分類
冤罪事件

2003年の鹿児島県議会議員選挙をめぐり、志布志町の小さな集落で「4回の買収会合が開かれ、合計191万円が配られた」という事件が組み立てられた。候補者や住民ら13人が起訴され、捜査段階では6人に自白調書が作られた。

しかし刑事裁判で、その筋書きは崩れていく。会合のうち2回について候補者のアリバイが認められ、自白と客観事実が両立しないことが明らかになった。2007年2月23日、鹿児島地裁は公職選挙法違反に問われていた12人全員に無罪を言い渡し、検察は控訴しなかった。起訴された13人のうち1人は判決前に死亡し、公訴棄却となっていた。

志布志事件が刑事司法に残した問題は、無罪判決だけでは終わらない。捜査の過程では家族の名前を書いた紙を踏ませる「踏み字」が行われ、弁護人との接見内容まで聴取された。後の国家賠償訴訟では、警察の取調べだけでなく、検察の公判活動にも違法性が認められた。

事件志布志事件
発端2003年4月の鹿児島県議会議員選挙
場所鹿児島県曽於郡志布志町(現・志布志市)
起訴候補者・住民ら13人
自白調書6人について作成
刑事判決2007年2月23日、12人全員無罪
控訴検察が控訴せず確定
国賠判決2015年5月15日、国・県に計約5980万円の賠償命令

「4回の買収会合で191万円」――捜査側が描いた事件像

問題となったのは、2003年4月13日に投票が行われた鹿児島県議選だった。当選した中山信一さんの陣営が、志布志町の懐集落で住民を集め、票の取りまとめを依頼するため4回にわたって現金を配ったというのが捜査側の見立てだった。総額は191万円とされた。

懐集落は世帯数の少ない地域で、買収会合に参加したとされた顔ぶれも多くが重なっていた。選挙買収は密室で行われれば物証が乏しくなるため、関係者の供述が立証の中心になりやすい。本件でも、誰がいつどこで現金を渡したかという「自白」が事件の骨格になっていった。

否認していた住民から、捜査側の筋書きに沿う自白が作られた

捜査では、候補者や家族、住民らが長時間の取調べを受けた。13人の起訴者のうち6人について、買収会合や現金受領を認める自白調書が作成されたが、後の公判ではその多くが否認に転じ、取調べで事実でない内容を認めさせられたと訴えた。

最高検の検証は、供述の自然さや合理性、供述が変わった理由、客観証拠による裏付け、「秘密の暴露」がないことの意味など、自白の信用性を判断する基本的な検討が不十分だったと指摘した。取調べ状況を検察官が的確に把握せず、警察で得られた自白を批判的に検討しなかった点も問題とされた。

家族の名前を書いた紙を踏ませた「踏み字」

志布志事件を象徴する出来事の一つが「踏み字」だった。任意取調べを受けた川畑幸夫さんに対し、取調官は実父や義父、孫など家族の名前と、本人を責めるような文言を書いた紙を用意し、それを足で踏むよう求めた。鹿児島地裁は2007年1月18日、少なくとも3回踏ませたと認定した。

同地裁は、踏み字を違法な有形力の行使とし、退去の自由を制約したことや令状なしの身体捜索なども含めて鹿児島県の賠償責任を認めた。鹿児島県弁護士会は判決について、取調手法が公権力を背景に本人や関係者を侮辱するものだったとする裁判所の厳しい評価を紹介している。

「踏み字」と13人の買収会合事件は、捜査上は関連するが同じ手続ではない

志布志事件を説明する際、「踏み字」が13人の買収会合事件の被告人に対して行われたかのように整理されることがある。しかし、川畑幸夫さんが踏み字を受けたのは県議選をめぐる別系統の任意捜査で、川畑さん自身は買収会合事件で起訴された被告人ではない。

それでも踏み字が志布志事件と一体で論じられるのは、同じ県議選をめぐる捜査の中で起き、取調べの適正さを象徴する事例となったためだ。買収会合事件の自白強要問題と、踏み字に対する国賠判決は区別しながら読む必要がある。

「弁護士と何を話したか」まで取調べで聞かれた

刑事手続では、被疑者・被告人が弁護人と立会人なしで秘密に相談できることが防御権の基礎となる。志布志事件では、警察官や検察官が取調べの際に弁護人との接見内容を聴取し、供述調書に記録したことも問題になった。

この点をめぐる国家賠償訴訟でも、秘密交通権の侵害が認められている。自白を得る過程だけでなく、自白を争うための弁護活動との関係まで捜査側が踏み込んだことが、事件の重大な問題点として残った。

自白に「犯人しか知らない事実」があるかも検討された

自白の信用性を見る際には、供述が具体的かどうかだけでは足りない。捜査官から教えられていない、本人しか知り得ない事実が含まれるか、体験した人なら自然に語るはずの細部があるか、供述が変わった理由を合理的に説明できるかが重要になる。

最高検の検証は、志布志事件の自白について、秘密の暴露がないことや体験供述が少ないことの意味を十分に検討しなかったとした。複数人の調書が似ていても、同じ捜査情報を前提に取調べが進めば、供述同士が独立した裏付けになるとは限らない。

刑事裁判で崩れたのは「4回の会合」という土台だった

公判では、自白の内容と客観的な行動記録が照合された。2007年2月23日の鹿児島地裁判決は、公訴事実とされた4回の買収会合のうち2回について、中山さんには会合に出席できないアリバイがあると認定した。4回すべてに参加したとする他の被告人の自白は、その前提から崩れた。

国会答弁でも、二つの会合について候補者のアリバイが成立し、四つの会合を自白した被告人6人の供述調書を信用できないことなどから、12人全員に無罪が言い渡されたと整理されている。裁判所は「供述があるから会合があった」とはせず、客観事実との一致を優先した。

同じ顔ぶれで繰り返す会合、現金の原資――筋書きには別の不自然さもあった

判決では、アリバイだけでなく事件像そのものの合理性も検討された。世帯数の少ない集落で、ほぼ同じ住民を相手に短期間で何度も買収会合を開くことに選挙運動上どのような意味があったのか。配ったとされる現金の原資や、その後の使途はどう説明されるのか。

こうした点を客観資料で固めないまま、自白同士が似ていることを補強材料にすると、捜査側から与えられた情報が複数の供述に入り込んだ場合に誤った相互補強が起こり得る。最高検は後に、選挙活動の実態を解明する基本的な捜査が不十分で、アリバイ事実の把握も遅れたと検証した。

13人のうち1人が死亡。残る12人に無罪判決

起訴されたのは13人だったが、そのうち1人は裁判の途中で死亡し、公訴棄却となった。残る12人について鹿児島地裁は、2007年2月23日、「犯罪の証明がない」として全員に無罪を言い渡した。

検察は控訴せず、無罪判決は確定した。捜査開始から判決まで長期間を要し、住民らは逮捕・勾留や公判への対応を続けた。刑事事件としては無罪で終わったが、取調べや起訴、公判維持の責任をめぐる争いは、その後も国家賠償訴訟で続くことになる。

無罪確定後には刑事補償も決まり、民事で捜査の責任が争われた

無罪が確定した後、鹿児島地裁は2007年10月、被告人とされた人々について刑事補償を行う決定を出した。これは、無罪となった人が身体拘束を受けていたことに対する補償であり、警察や検察の行為が違法だったかを判断する国家賠償とは制度上別のものになる。

そこで元被告らは、単に無罪になったという結果だけではなく、なぜ逮捕・起訴され、長期間の刑事手続を受けることになったのかを問うため国と県を提訴した。2015年の国賠判決は、その過程で警察と検察双方の具体的な行為を違法と評価することになる。

2015年、国賠判決は警察だけでなく検察の過失も認定した

無罪が確定した元被告と遺族ら17人は、国と鹿児島県に損害賠償を求めた。2015年5月15日、鹿児島地裁は、警察による自白強要を含む取調べに違法があったと認定し、検察についても、証拠関係を踏まえず漫然と公判を継続したことに合理性がないと判断した。

判決は国と県に対し、合計約5980万円の支払いを命じた。国、県、原告側はいずれも控訴せず、この判断は確定した。無罪判決だけでなく、捜査と公判活動の具体的な違法性について民事裁判でも判断が示された点が、志布志事件のその後を理解するうえで重要になる。

最高検と警察庁が検証し、取調べの在り方が改めて問われた

最高検察庁は2007年8月、氷見事件と志布志事件の捜査・公判活動を検証した。志布志事件については、供述の信用性や消極証拠の検討不足、警察の取調べ状況を検察官が十分に把握しなかったこと、捜査態勢の弱さなどを挙げた。政府答弁でも、客観証拠や供述の吟味、捜査指揮に不十分な点があったとの認識が示された。

事件後、警察庁は適正な取調べの実施を求める通達や取調べ監督制度などを進めた。志布志事件が示したのは、強い取調べが問題であるという一面だけではない。捜査側の仮説と矛盾する証拠を集めて検討し、自白を客観資料から独立して検証するという基本動作が欠ければ、複数人の供述があっても事件そのものを誤認し得るということだった。無罪判決と国賠判決は、その二つの失敗を別の角度から示している。

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