2007年11月16日朝、香川県坂出市で三浦啓子さん(58)と、泊まりに来ていた孫の山下茜ちゃん(5)、彩菜ちゃん(3)の姿が消えた。室内には血痕が残り、三浦さんの自転車や携帯電話もなくなっていた。最初は「3人の失踪」として始まった事件だった。
捜査は三浦さんの義弟・川崎政則へ向かい、川崎の供述から3人の遺体が発見された。川崎は起訴事実を認めたため、公判の中心は責任能力と量刑になる。高松地裁は死刑、控訴審・最高裁もこれを維持し、2014年6月に死刑が執行された。
| 発生 | 2007年11月16日 |
|---|---|
| 場所 | 香川県坂出市 |
| 被害者 | 三浦啓子さん(58)、山下茜ちゃん(5)、山下彩菜ちゃん(3) |
| 被告人 | 川崎政則 |
| 一審 | 2009年3月16日、高松地裁が死刑 |
| 控訴審 | 2009年10月14日、高松高裁が控訴棄却 |
| 上告審 | 2012年7月12日、最高裁が上告棄却 |
| 死刑執行 | 2014年6月26日 |
祖母宅から3人が消え、血痕だけが残った
茜ちゃんと彩菜ちゃんは隣に住む祖母・三浦さんの家へ泊まりに行っていた。翌朝、家族が迎えに行くと3人はおらず、室内には事件を疑わせる血痕が残っていた。
三浦さんの自転車などもなくなっていたことから、本人が孫を連れて外出したようにも見える状態だった。しかし大規模な捜索でも3人は見つからず、警察は殺人を含む重大事件として捜査を進めた。
捜査線上に浮上したのは、三浦さんの義弟・川崎政則
川崎は、亡くなった妻と三浦さんの金銭関係をめぐって三浦さんへ恨みを募らせていたと判決で認定された。警察は川崎の行動を調べ、11月27日に死体遺棄容疑で逮捕した。
川崎は当初、遺体を別の場所へ捨てたという趣旨の供述もしたが、その後供述を変えた。翌28日、坂出港近くの資材置き場で3人の遺体が発見された。失踪事件は、親族間の3人殺害事件へ変わった。
自転車を持ち出した行為は、失踪を装う偽装とされた
捜査では、三浦さん宅から自転車や靴などが持ち出されていたことも明らかになった。川崎は3人が自らどこかへ出かけたように見せるための偽装工作だったという趣旨の供述をしている。
犯行後に遺体を運び、発見されにくい場所へ遺棄し、失踪に見せかける行動を取ったことは、後の責任能力判断でも重要な事情となった。弁護側は精神面の問題を指摘したが、裁判所は目的に沿って行動する能力が保たれていたと評価した。
裁判の中心は「犯行をしたか」ではなく責任能力だった
川崎は起訴された殺人などの事実関係を大きく争わなかった。そこで公判では、精神状態や知的能力が犯行時の責任能力にどの程度影響していたかが中心争点となった。
弁護側は心神耗弱の可能性などを主張した。検察側は、犯行準備、3人を殺害した後の遺体運搬、偽装工作など一連の行動を挙げ、完全責任能力があったと主張した。
高松地裁は3人殺害の結果と計画性を重くみて死刑
2009年3月16日、高松地裁は川崎に完全責任能力があったと認定し、求刑通り死刑を言い渡した。三浦さんへの恨みを背景に殺害を決意し、居合わせた幼い姉妹まで命を奪った結果の重大性が重く評価された。
弁護側は控訴したが、同年10月14日に高松高裁が控訴を棄却した。さらに最高裁第一小法廷も2012年7月12日に上告を棄却し、死刑が確定した。
2014年6月26日、大阪拘置所で死刑執行
死刑確定から約2年後の2014年6月26日、川崎の死刑が大阪拘置所で執行された。川崎は68歳だった。
この事件の司法手続は、逮捕・起訴、一審死刑、高裁の控訴棄却、最高裁の上告棄却を経て確定し、その後に刑執行へ進んでいる。死刑判決が出た時点と、死刑が確定した時点、執行された時点はそれぞれ別である。
失踪中、被害者家族を疑うような報道も広がった
3人が行方不明だった期間、ワイドショーやインターネットでは、姉妹の父親を疑うような推測が広がった。逮捕前で客観的な根拠が示されていない段階にもかかわらず、家族の受け答えや外見を材料に「犯人ではないか」とする扱いが起きた。
実際に逮捕されたのは別の親族だった。坂出事件は、捜査が確定していない段階で被害者家族を犯人視する報道やネット上の憶測が、どれほど深刻な二次被害を生み得るかという問題も残した。
三浦さんだけでなく、幼い姉妹まで殺害した理由が量刑で重視された
川崎が恨みを抱いていた相手は三浦さんだったと認定された。ところが犯行時、三浦さん宅には孫の茜ちゃんと彩菜ちゃんも泊まっており、川崎は2人も殺害した。
裁判所は、幼い姉妹が川崎との金銭トラブルに関与していなかったことを重視した。三浦さんへの恨みを背景にしながら、犯行の発覚を防ぐために子どもまで殺害した結果は極めて重大だと評価された。
死刑判断では死亡者数だけを機械的に数えるのではなく、動機、計画性、被害者との関係、犯行後の行動、責任能力などが総合される。この事件では3人の生命を奪った結果に加え、姉妹を巻き込んだ経緯が厳しく評価された。
遺体遺棄と偽装工作は、責任能力を考える材料にもなった
川崎は犯行後、3人の遺体を運び、三浦さんの自転車などを持ち出して失踪を装おうとした。さらに遺体の場所について供述を変えるなど、発覚を避けようとする行動もみられた。
弁護側は精神状態や知的能力の問題から責任能力の低下を主張したが、裁判所は、目的に合わせて一連の行動を選び、証拠を隠そうとした経過を判断材料の一つとした。
精神医学的な診断や能力の問題は専門鑑定だけで決まるわけではない。裁判所は犯行前後の具体的行動も合わせて、善悪を判断し行動を制御する能力が保たれていたかを評価する。
事件発覚前の「犯人探し」が被害者家族へ向かった
3人の行方が分からなかった約10日間、テレビ番組やインターネットでは家族の言動を材料にした推測が広がった。姉妹の父親について、客観的証拠のないまま疑いを向ける書き込みも相次いだ。
その後、逮捕されたのは三浦さんの義弟だった。家族は身内3人が行方不明という状況に置かれながら、同時に疑いの目にもさらされたことになる。
捜査機関が被疑者を特定していない段階で、表情や受け答えから一般人を「犯人らしい」と評価することは事実確認ではない。坂出事件は、未確定情報が大量に流通することで二次被害が生まれる危険を示した。
失踪事件として始まった11日間が、事件報道の性格を大きく変えた
11月16日に3人の行方が分からなくなった時点では、遺体は発見されておらず、警察も家族も生存の可能性を含めて捜索していた。室内の血痕は重大事件を示していたが、誰が何をしたのかは確定していなかった。
三浦さんの自転車や携帯電話までなくなっていたことは、3人が自ら外出した可能性を装う材料になった。警察は周辺捜索と関係者への聞き取りを進め、やがて義弟の川崎の行動へ捜査を集中させた。
11月27日に川崎が死体遺棄容疑で逮捕され、供述に基づく捜索の結果、翌28日に坂出港近くで3人の遺体が発見された。この時点で失踪事件は殺人・死体遺棄事件として全体像を現した。
逮捕前の期間に、テレビやインターネットでは家族を疑う推測が先行した。事件が未解明であるほど、限られた映像や受け答えに意味を付けた「犯人探し」が起きやすいことを示した。
刑事裁判で有罪となったのは川崎であり、家族を疑った事前の推測に根拠はなかった。事件記事でも、捜査前の憶測を後から事実だったかのように再利用しないことが重要になる。
死刑確定まで約5年、確定後約2年で執行された
高松地裁は2009年3月16日に死刑を言い渡し、弁護側が控訴した。同年10月14日、高松高裁は控訴を棄却。最高裁第一小法廷も2012年7月12日に上告を棄却し、死刑判決が確定した。
死刑は一審で言い渡された時点で直ちに執行できるわけではない。控訴・上告が行われた場合、上級審の判断を経て判決が確定し、その後に法務大臣の命令を経て刑が執行される。
川崎については2014年6月26日、大阪拘置所で死刑が執行された。一審判決から5年以上、最高裁での確定から約2年後だった。
2009年は一審の死刑判決、2012年は最高裁上告棄却による死刑確定、2014年は死刑執行であり、それぞれ法的な段階が異なる。
参考資料・出典
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