1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校の体育館用具室で、中学1年生の児玉有平さん(当時13歳)が、巻いて立てられた体育用マットの空洞内に頭を下にした状態で死亡しているのが見つかった。
警察は当時の生徒7人を逮捕・補導したが、少年審判では判断が分かれた。6人が家庭裁判所へ送致され、3人は「非行事実なし」で不処分、3人は関与を認定され保護処分となった。ところが保護処分を受けた3人の抗告審では、仙台高裁が不処分となった3人を含む7人全員の関与を認める判断を示す。その後の民事訴訟も一審と控訴審で結論が反転し、2005年に7人全員の損害賠償責任が確定した。2026年7月には、未払いの3人に対する3度目の訴訟でも約1億1260万円の支払い命令が確定した。
| 発生日 | 1993年1月13日 |
|---|---|
| 場所 | 山形県新庄市立明倫中学校 体育館用具室 |
| 死亡した生徒 | 児玉有平さん(13歳・中学1年生) |
| 発見状況 | 立てたロングマットの空洞内に頭部から逆さの状態 |
| 逮捕・補導 | 生徒7人 |
| 少年審判 | 3人不処分、3人保護処分、1人は児童福祉上の指導処分 |
| 民事一審 | 2002年3月19日・山形地裁、遺族側請求棄却 |
| 民事控訴審 | 2004年5月28日・仙台高裁、7人全員の責任を認定 |
| 民事確定 | 2005年9月6日・最高裁で上告棄却 |
| 第3次民事判決 | 2026年7月15日・未払い3人に約1億1260万円 |
| 第3次判決確定 | 2026年7月30日・双方控訴せず確定 |
体育館用具室、立てたマットの中で13歳が死亡
有平さんが見つかったのは、体育館の用具室に立てて置かれていたロングマットの中心部だった。頭部から逆さに入った状態で、同日午後7時ごろまでに死亡したと後の民事判決では認定されている。
この異常な発見状況から、警察は事故だけでなく他者の関与を疑い、学校内で有平さんと接点のあった生徒らを調べた。
生徒7人が逮捕・補導された
捜査では、上級生や同級生を含む7人が傷害、監禁致死などの容疑で逮捕・補導された。全員が成人刑事裁判へ送られた事件ではない。
当時の年齢と少年法の手続により、6人が家庭裁判所で少年審判を受け、残る1人は児童福祉上の指導処分となった。
少年審判で3人は「非行事実なし」
2000年の衆議院法務委員会で法務省は、山形家裁が6人のうち3人について、捜査段階の自白の信用性を否定し、アリバイの成立を認めて「非行なし」として不処分にしたと説明している。
少年審判の不処分は、成人刑事裁判の無罪判決と完全に同じ手続ではない。それでも、その少年について家裁が非行事実を認定しなかったという重要な司法判断だった。
別の3人には保護処分
残る3人について山形家裁は事件への関与を認め、少年院送致や教護院送致などの保護処分とした。
同じ事件、同じ捜査段階の供述をめぐり、家庭裁判所内で「関与を認めない3人」と「関与を認める3人」に判断が分かれたことになる。
保護処分を受けた3人が仙台高裁へ抗告
保護処分となった3人は、自分たちは事件に関与していないとして仙台高裁へ抗告した。
仙台高裁は1993年11月、3人の抗告を棄却した。その判断過程で、捜査段階の自白の信用性を認め、少年側のアリバイを否定した。
仙台高裁は、不処分が確定した3人についても「関与」を示した
国会答弁によると、仙台高裁は抗告人3人だけでなく、既に山形家裁で非行なしの不処分が確定していた3人を含む共犯者全員について、捜査段階の自白を信用できると判断した。
ただし、高裁が不処分の3人を新たに保護処分へ変更したわけではない。抗告審の対象は保護処分を受けた3人であり、不処分3人の法的処分そのものは覆らなかった。
同じ事件の司法判断が一つにそろわない状態
その結果、少年手続では、3人について「非行事実なし」の不処分が確定した一方、別の3人の抗告審理由では7人全員の関与が前提とされた。
成人の共同被告人を一つの刑事裁判で審理する場合とは異なり、少年審判が別々に進んだことが、同じ事件について整合しにくい事実認定を残す一因になった。
最高裁は保護処分3人の再抗告を棄却
保護処分を受けた3人は最高裁へ再抗告したが、1994年に棄却された。
これで3人の保護処分は維持された。ただし、最高裁が7人全員について成人刑事事件のような有罪判決を言い渡したわけではない。
この事件は2000年少年法改正の議論でも取り上げられた
第150回国会の法務委員会では、山形マット死事件が、重大事件の少年審判で事実認定をどう正確に行うかという問題の具体例として取り上げられた。
2000年の少年法改正では、一定の重大事件について検察官が少年審判へ関与できる制度などが導入された。事件の判断が分かれた経験は、少年審判の事実認定手続を見直す議論の背景の一つになった。
遺族は民事訴訟で7人全員の責任を追及
少年手続が一段落した後、児玉さんの遺族は、元生徒7人らに損害賠償を求める民事訴訟を起こした。
民事訴訟では、少年審判とは別の証拠調べと証明基準で、誰の行為が有平さんの死亡につながったかが改めて争われた。
2002年、山形地裁は遺族側の請求を棄却
2002年3月19日、山形地裁は、捜査段階の自白について信用性を肯定できないなどとして、7人が有平さんをマットへ押し込んだ事実を認定せず、遺族側の損害賠償請求を退けた。
少年審判で関与を認められ保護処分となった者についても、民事一審は責任を認めなかった。ここでも、先行する少年審判と同じ結論にはならなかった。
2004年、仙台高裁が逆転し7人全員の責任を認定
遺族が控訴すると、仙台高裁は2004年5月28日、一審を覆した。
複数の供述、学校内でのいじめ状況、事件前後の行動などを総合し、7人が共同して有平さんをマットへ頭から逆さに押し込むなどの暴行を加え、死亡させたと民事上認定した。
約5760万円の賠償命令が2005年に確定
仙台高裁は元生徒7人に対し、遺族へ総額約5760万円を連帯して支払うよう命じた。元生徒側は上告したが、最高裁は2005年9月6日に退けた。
これによって、民事上は7人全員の共同不法行為責任が確定した。少年審判で不処分だった3人についても、民事責任は別に認定された。
「少年審判で不処分」と「民事で賠償責任」は両立する
少年審判と民事訴訟は目的が異なる。少年審判は少年に非行事実があるかを判断し、必要な保護処分を決める手続。民事訴訟は損害賠償義務の有無を判断する手続である。
証拠の提出方法や審理対象も同一ではないため、少年審判で不処分になった人物について、後の民事で不法行為責任が認められることは法律上あり得る。
賠償命令が確定しても、支払いは自動ではなかった
2005年に賠償命令が確定した後も、全員が判決どおり自主的に支払ったわけではなかった。遺族は給与などへの強制執行で一部を回収したが、長期間未払いが残った。
確定判決があっても、相手に支払いがなければ、債権者側が財産を探し、強制執行などの手続きを取らなければならない場合がある。
2016年、時効を防ぐため2度目の民事訴訟
確定した損害賠償請求権にも消滅時効の問題がある。遺族は判決から時間が経過する中、未払いの請求権を維持するため再び訴訟を起こした。
確定判決で認められた金銭債権も、長期間何もしなければ消滅時効の問題が生じる。そのため遺族は、支払いが終わっていない状態で時効完成を防ぎ、再び強制執行できる状態を保つため訴訟を重ねた。
同じ事件について何度も賠償判決が出ているように見えるのは、新たな損害が毎回認定されたからではない。2005年に確定した債権を現実に回収できないまま年月が経過し、権利を維持する手続が必要になったためである。
2026年の山形地裁判決は、2016年8月23日に第2次訴訟の確定判決が存在すると明記している。つまり、事件そのものの責任を一から審理するだけでなく、確定した債権を失効させないための訴訟が繰り返された。
2025年、未払い3人を相手に3度目の提訴
なお支払いに応じていない元生徒3人について、遺族は2025年11月、3度目の損害賠償訴訟を山形地裁へ提起した。
被告3人は、そもそもの事件関与を否定して争った。しかし2026年判決は、2004年の確定判決で認められた請求原因には既判力があり、同じ事実を改めて否認して争うことは信義則上も許されないとした。
2026年の裁判は、33年前の事件を一から再審理した裁判ではない
2026年7月の山形地裁判決で中心になったのは、1993年の事件関与を証人尋問などで最初から認定し直すことではなかった。2004年の仙台高裁判決で確定した損害賠償請求権が残っているか、未払い額と遅延損害金はいくらかが主な審理対象だった。
被告側は事件への関与を否定したが、裁判所は、同じ当事者間で既に確定した判断を後の訴訟で蒸し返すことはできないとした。2026年判決を「新しい証拠で7人の犯行を再認定した判決」と理解するのは正確ではない。
2026年7月15日、遅延損害金を含め約1億1260万円
山形地裁は2026年7月15日、元生徒3人に対し、遺族4人への損害賠償元本と遅延損害金の支払いを命じた。報道では合計は約1億1260万円とされる。
金額が2005年の約5760万円から大きくなったのは、33年に及ぶ年5%の遅延損害金が積み上がったためである。一部の強制執行で回収された金額は差し引かれた。
2026年7月30日、双方控訴せず判決確定
共同通信によると、原告・被告の双方が控訴せず、7月30日付で山形地裁判決が確定した。
これにより損害賠償請求権の期間は再び延長された。事件から33年以上たっても、遺族側は判決で認められた債権を維持するため裁判を続ける必要があった。
2026年現在、民事責任は確定しているが元生徒側は関与を否定
元生徒側は2026年の訴訟でも、自分たちは事件に関与していないとの立場を示した。
一方、法的には2005年に7人全員の共同不法行為責任を認めた民事判決が確定し、2026年の第3次訴訟でもその確定判断を前提に支払いが命じられた。
事件を理解する鍵は、四つの司法判断を混ぜないこと
山形マット死事件では、山形家裁の不処分・保護処分、仙台高裁の少年抗告審、2002年の民事一審、2004年以降の民事確定判決で判断が変化した。
「7人全員が刑事裁判で有罪になった」わけでも、「3人が不処分だったから7人の関与が否定された」わけでもない。少年手続と民事手続の結論をそれぞれの範囲で読むことが、33年以上続く事件経過を正確に理解するために不可欠となる。
参考資料・出典
- 山形地方裁判所 令和7年(ワ)第212号 2026年7月15日判決
- 衆議院 法務委員会 第150回国会第2号(2000年10月10日)
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「山形マット死事件の裁判の経過」
- 埼玉新聞・共同通信「体育マットで死亡、賠償命令確定」
- TBS NEWS DIG/テレビユー山形「2026年7月15日 第3次民事訴訟判決」
- 集英社オンライン「山形マット死事件から33年」
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
