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阿部定事件|愛人殺害後に局部を切り取り持ち歩いた昭和最大の猟奇事件(1936年)

事件概要

項目内容
事件名阿部定事件
発生1936年5月18日
発生場所東京都荒川区尾久(当時:東京府)
犯人阿部定
被害者石田吉蔵(42歳)
犯行絞殺、死体損壊
逮捕1936年
判決懲役6年
性質愛人関係殺人事件

事件の注目ポイント

阿部定事件は、1936年に東京で発生した愛人殺害事件である。芸妓として働いていた 阿部定 が、愛人関係にあった男性 石田吉蔵 を旅館で絞殺し、その後遺体を損壊した。

特に事件を有名にしたのは、阿部定が犯行後に 被害者の局部を切り取り持ち歩いていた という猟奇的な行動である。この点が当時の社会に大きな衝撃を与え、事件は昭和初期を代表する猟奇犯罪として広く知られることとなった。


事件の発生

1936年5月、阿部定は東京府内の旅館で 石田吉蔵 と数日間にわたり滞在していた。

2人は愛人関係にあり、当時すでに家庭を持っていた石田吉蔵と密会を続けていたとされる。

5月18日未明、旅館の一室で阿部定は石田吉蔵の首を帯などで締め付け、窒息死させた。


犯行状況

阿部定は犯行後、石田吉蔵の遺体に対して損壊行為を行った。

その際、被害者の局部を切り取り持ち去った とされる。

さらに阿部定は、その状態で東京市内を移動しながら数日間逃走していた。

事件が発覚したのは、旅館の従業員が部屋の異変に気付き、警察に通報したことがきっかけだった。


捜査経過

警察は事件発覚後、阿部定を重要参考人として指名手配した。

事件は新聞各紙で大きく報道され、全国的な注目事件となった。

その後、1936年5月20日、東京都内で警察が 阿部定 を発見し逮捕した。

逮捕時、阿部定は被害者の遺体の一部を所持していたとされ、事件の猟奇性がさらに強く報じられることになった。


裁判

裁判では、阿部定の犯行動機や精神状態が争点となった。

阿部定は取り調べや裁判で、石田吉蔵に対する強い執着や愛情が犯行の背景にあったと語ったとされる。

裁判所は犯行を認定し、1936年に

懲役6年

の判決を言い渡した。

阿部定はその後、刑期を終えて出所した。


社会的影響

阿部定事件は昭和初期の日本社会で非常に大きな話題となった。

事件は新聞や雑誌で大きく報道され、阿部定という人物は全国的に知られる存在となった。

また、この事件は

  • 小説
  • 映画
  • 研究

などの題材として取り上げられることも多く、日本犯罪史の中でも特に有名な事件となっている。


現在の位置づけ

阿部定事件は、日本の猟奇事件の代表例として現在も語り継がれている。事件は単なる殺人事件にとどまらず、昭和初期の社会文化や男女関係の問題を象徴する出来事としても研究対象となっている。


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