静岡2女性殺害事件|日比野かおりさん・久松紘子さん殺害、桑田一也の死刑確定

公開日 2026年3月12日
最終更新 2026年8月28日
カテゴリー 2000年代 死刑

事件ステータス

都道府県
静岡県

2005年10月と2010年2月、静岡県で桑田一也と関係のあった女性2人が殺害された。被害者は日比野かおりさん(22)と久松紘子さん(25)。2つの殺人は約4年4か月離れており、2010年に久松さんの遺体が見つかったことをきっかけに、長く行方不明だった日比野さんの事件も発覚した。

最高裁第三小法廷は2014年12月2日、桑田の上告を棄却して死刑を維持した。日比野さん殺害では、桑田が無断で使い込んだ990万円の返済を免れ、警察への被害申告を阻止する目的が認定され、強盗殺人が成立した。

事件名静岡2女性殺害事件
第1事件2005年10月26日ごろ、日比野かおりさん(22)を殺害
第2事件2010年2月23日、久松紘子さん(25)を殺害
被告人桑田一也
主な罪強盗殺人、殺人、死体遺棄、窃盗、詐欺など
一審2011年6月21日、静岡地裁沼津支部・死刑
控訴審2012年7月10日、東京高裁が控訴棄却
上告審2014年12月2日、最高裁第三小法廷が上告棄却
確定刑死刑

日比野かおりさんから経済的援助を受けながら預金を使い込んだ

最高裁判決によると、当時妻子がいた桑田は、同居していた日比野かおりさんから経済的な援助を受ける一方、日比野さんの預金口座から無断で990万円を引き出して使い込んでいた。日比野さんは返済を強く求め、警察へ被害届を出す意向も桑田に伝えた。

桑田は返済問題を解決するのではなく、警察への申告を阻止し、990万円の返済義務から逃れることを考えた。この金銭関係が、2005年の殺害を強盗殺人と認定する核心となった。

2005年10月26日ごろ、日比野さんを自宅寝室で殺害

2005年10月26日ごろ、桑田は自宅寝室で日比野さんの首を両手で強く圧迫し、窒息死させた。最高裁は、桑田が被害申告を妨げると同時に債務の支払いを免れる目的で殺害したと認定している。

殺害後も桑田は日比野さんのキャッシュカードや通帳などを使用した。翌日から約3か月間、被害者名義の口座から現金を引き出したり、自ら管理する口座へ振り込ませたりし、その合計は約2358万円に上った。強盗殺人に加えて窃盗、有印私文書偽造・同行使、詐欺なども審理対象となった。

日比野さんは行方不明のまま、事件は表面化しなかった

日比野さんが姿を消した後も、殺害事件として直ちに解決することはなかった。裁判記録資料によると、家族は捜索願を提出していたが、遺体は長期間発見されなかった。

桑田は日比野さん殺害後、遺体をドラム缶に入れて沼津市内の空き地に遺棄していた。2010年に別の女性の死亡事件が発覚したことで、日比野さんの家族が桑田との関係に改めて着目し、捜査がつながっていくことになる。

別の交際相手と入籍した後、関係が破綻していった

最高裁判決によると、桑田は妻に無断で離婚届を提出した後、別の交際相手だった久松紘子さんと入籍していた。桑田は妻との関係などについて、その場しのぎの対応を続け、久松さんとの間でも別れ話に発展した。

日比野さんの殺害から約4年4か月後、桑田は再び身近な女性を殺害する。最高裁は、2件目についても、桑田自身が作り出した人間関係の混乱が背景にあり、犯行経緯や動機に酌むべき事情はないと判断した。

2010年2月23日、久松紘子さんを殺害し遺体を倉庫へ隠した

2010年2月23日、桑田は自宅寝室で久松紘子さんを殺害した。最高裁判決では、首を両手で強く圧迫し、さらに革製ベルトを使って絞め付けたと認定されている。

桑田はその後、久松さんの遺体を別居していた妻側の住宅まで運び、倉庫内に隠して遺棄した。2010年5月5日、競売後の住宅を片付けていた業者が倉庫内で遺体を発見し、事件が動き始めた。

久松さんの遺体発見から、5年前の日比野さん事件へ捜査が広がった

久松さんの身元は指紋などから確認され、警察は桑田を死体遺棄容疑で逮捕した。その後、久松さん殺害についても立件が進んだ。

裁判記録資料では、久松さんの事件を知った日比野さんの母親が警察へ相談したことが、5年前の失踪を再検討する契機になったとされる。捜査の結果、2010年8月、沼津市内の空き地に置かれていたドラム缶から遺体が発見され、日比野さんと確認された。2つの事件はここで一本の捜査につながった。

争点は日比野さん殺害に強盗目的があったかどうかだった

公判で桑田側は、日比野さんの殺害について計画性がなく、借金返済を免れるための殺害ではないとして、強盗殺人の成立や死刑を争った。殺人であっても、財産上の利益を得る目的が認定されるかどうかは、罪名と量刑の双方に大きく関わる。

最高裁は、桑田が無断で使い込んだ990万円の返済を迫られ、警察への被害届提出を告げられた状況を重視した。申告を阻止し、債務の支払いを免れる目的で殺害したという下級審の認定を維持し、強盗殺人を前提とする死刑判断を是認した。

一審から最高裁まで死刑判断が維持された

静岡地裁沼津支部は2011年6月21日、桑田に死刑を言い渡した。東京高裁は2012年7月10日に控訴を棄却し、弁護側が最高裁へ上告した。

最高裁第三小法廷は2014年12月2日、上告を棄却した。判決は、2件の殺害はいずれも計画的ではなかったこと、桑田が反省や謝罪の意思を示していることも考慮した一方、若い女性2人の生命を奪った結果、動機、犯行態様、日比野さん殺害後の預金取得などから刑事責任は極めて重大だと結論づけた。

2014年に死刑確定、2024年の報道でも死刑囚として伝えられた

2014年12月の上告棄却により桑田の死刑が確定した。文春オンラインは2024年12月の記事で桑田を「死刑囚」として取り上げ、久松さんの遺族への取材を報じている。

最初の殺害から死刑確定までは約9年、2件目の殺害からは約4年10か月を要した。別々の時期に起きた2件は、2010年の遺体発見を起点に結び付き、金銭目的を伴う強盗殺人と、別れ話を背景とする殺人として一つの刑事裁判で審理された。

2010年春、別件の捜査と久松さんの遺体発見で事態が動いた

裁判記録資料によると、桑田は2010年4月、別の女性から現金をだまし取った詐欺容疑で逮捕された。その翌月、競売にかけられた御殿場市内の住宅を片付けていた業者が倉庫内の遺体を発見し、指紋などから久松紘子さんと確認された。

警察は5月8日に桑田を死体遺棄容疑で逮捕し、5月29日には久松さんに対する殺人容疑で再逮捕した。久松さんが亡くなってから約2か月半後、隠されていた遺体の発見によって殺人事件としての捜査が具体化した。

日比野さんの母親の相談が、5年前の失踪との接点になった

久松さんの事件が報道されると、日比野かおりさんの母親は、かつて娘と交際していた桑田が関係していることに気付き、警察へ相談した。日比野さんは2005年末から家族と連絡が取れなくなり、2006年には捜索願も出されていた。

その後の捜査で、桑田が日比野さんの遺体を沼津市内の空き地に遺棄したことが判明した。2010年8月12日にドラム缶の中から遺体が発見され、残っていた身体的特徴などから身元が確認された。翌13日、桑田は日比野さん殺害の容疑でも再逮捕された。

約2358万円の取得は、殺害後も続いた財産犯として審理された

最高裁判決が認定した990万円は、殺害前に桑田が無断で使い込み、返済を迫られていた金額である。これとは別に、桑田は日比野さんを殺害した翌日から約3か月間、日比野さんのカードや通帳を使い、預貯金口座から合計約2358万円を引き出したり自分の管理口座へ移したりした。

このため公判では、生命を奪った2件だけでなく、日比野さん名義の財産を利用した窃盗、文書偽造、詐欺なども同時に審理された。殺害によって990万円の返済を免れようとした部分が強盗殺人、その後に預金を取得した行為が別の財産犯として整理された。

最高裁は「計画的ではない」事情も検討したうえで死刑を維持した

2件の殺害はいずれも、かなり前から殺害を準備していた計画犯罪とは認定されていない。最高裁はその点を桑田に有利な事情として挙げ、反省や遺族への謝罪意思も量刑上考慮した。

一方で、2人の首を長時間圧迫して殺害した態様、最初の事件が自らの多額の使い込みを発端としていること、約4年4か月後に再び別の女性を殺害したこと、若い女性2人の生命が奪われた結果を重視した。結論として、一審の死刑を維持した東京高裁の判断を是認し、上告を棄却した。

参考資料・出典

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