1978年8月14日、東京都足立区の区立小学校教諭・石川千佳子さん(29)が勤務先で殺害され、その後長く行方不明とされた。2009年の最高裁民事判決は、被害者の死亡を遺族が知り得ない状態に加害者が置いたことを重視し、当時の民法の20年という期間制限について例外的な判断を示した。
26年後の2004年8月21日、石川さんと同じ学校に勤務していた元警備職員の男が警視庁綾瀬署に出頭し、石川さんを殺害して自宅の床下に埋めたと申告した。翌日、旧宅の床下から遺体が発見された。しかし当時の殺人罪の公訴時効15年はすでに経過しており、刑事裁判で有罪・無罪を判断することはできなかった。
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| 発生 | 1978年8月14日 |
|---|---|
| 場所 | 東京都足立区・区立中川小学校周辺 |
| 被害者 | 石川千佳子さん(当時29歳) |
| 発覚 | 2004年8月21日、元警備職員が出頭 |
| 遺体発見 | 2004年8月22日、元自宅床下 |
| 身元確認 | 2004年9月29日、DNA鑑定で本人と確認 |
| 民事提訴 | 2005年4月11日 |
| 刑事処分 | 殺人罪の公訴時効成立により不起訴 |
| 民事 | 遺族が損害賠償請求 |
| 最高裁 | 2009年4月28日、除斥期間の機械的適用を否定 |
1978年夏、教師の石川千佳子さんが学校から姿を消した
石川さんは足立区立中川小学校の教諭だった。夏休み中の1978年8月、勤務先に出た後に行方が分からなくなり、家族や警察が捜したが所在はつかめなかった。
当時は遺体も殺害を示す直接証拠もなく、事件性を確定できないまま年月が過ぎた。1980年代以降、北朝鮮による日本人拉致問題が明らかになる中で、家族は拉致の可能性も検討したとされるが、真相は別の場所にあった。
2004年、同じ学校の元警備職員が「殺害した」と出頭した
2004年8月21日、事件当時に同校で学校警備主事として働いていた男が綾瀬警察署へ自首した。男は1978年8月14日に石川さんを殺害し、同月16日までに自宅の床下に遺体を埋めたと説明した。最高裁判決によると、男は自宅の明け渡しを要する土地区画整理事業が進み、遺体の発見を避けられないと考えて出頭した。
翌22日、警察は旧宅の床下から白骨化した遺体を発見した。DNA鑑定で石川さんと確認されたのは同年9月29日であり、このとき遺族は死亡の事実を知った。26年間「失踪」だった案件が、男の自首と遺体発見によって殺人事件と判明した。
刑事事件では、すでに15年の公訴時効が成立していた
1978年当時の殺人罪の公訴時効は15年だった。男が出頭した2004年には事件から約26年が経過しており、時効はすでに完成していた。警察が事情を聴取し、殺害の申告や遺体を確認しても、検察が殺人罪で起訴することはできなかった。
現在の殺人罪には公訴時効がないが、2010年の法改正で過去のすべての時効完成事件が復活したわけではない。本件は改正前にすでに時効が完成しており、刑事裁判は開かれていない。
遺族は、民事の20年期間制限が適用されるかを争った
石川さんの遺族は加害者と足立区を相手に損害賠償を求めて提訴した。これに対し加害者側は、当時の民法724条後段により不法行為から20年が経過すれば請求権は消滅すると主張した。
争点は、加害者が遺体を隠したため遺族が被害者の死亡を知れず、相続人が確定しないまま20年が経過したときも、旧民法724条後段によって賠償請求権が当然に消えるのかという点だった。遺族が実際に訴えを起こしたのは2005年4月11日である。
最高裁は2009年、旧民法724条後段の効果を制限した
最高裁第三小法廷は2009年4月28日、加害者が遺体を隠して遺族に死亡を知られない状態を殊更に作り、相続人が確定しないまま20年が過ぎた場合を判断した。相続人が確定してから6か月以内に賠償請求するなどの特段の事情があれば、民法160条の趣旨に照らして旧民法724条後段の効果を制限できるとした。本件では2004年9月29日に死亡を知り、相続の熟慮期間3か月が経過して相続人が確定。その後6か月以内の2005年4月11日に提訴したため、請求権は消滅していないと判断された。
判決は、加害者が遺体を隠して相続人の権利行使を妨げながら、20年経過を理由に賠償責任まで免れるのは著しく公平に反すると判断し、加害者の上告を棄却した。誰が加害者か長く分からなかったというだけで、すべての事件にこの例外が適用されると述べた判決ではない。
刑事の「公訴時効」と民事の「除斥期間」は別の制度だった
刑事事件で公訴時効が成立した結果、男に殺人罪の刑罰を科すことはできなかった。一方、民事訴訟で問題になったのは損害賠償請求権が長期間の経過で消滅するかという別の制度である。
最高裁判決は刑事の時効を復活させたわけではない。男が刑事裁判を受けなかった事実は変わらず、民事上の賠償責任について例外的に権利救済を認めた判断だった。とくに遺族が死亡の事実自体を知らなかったことが前提であり、死亡は判明しているが加害者が未特定だった別の事件への適用は、事情を分けて考える必要がある。
殺人罪の時効制度はその後改正されたが、本件には遡及しない
2010年の刑事訴訟法改正で、死刑に当たる罪の公訴時効は廃止された。殺人事件では現在、時間が経過しただけで起訴できなくなる制度はなくなっている。
ただし、改正時点ですでに公訴時効が完成していた事件について時効が復活することはない。足立区女性教師殺人事件は、時効廃止の前に刑事責任追及の機会を失った事件として残っている。
田原裁判官は同じ結論を、別の法律構成で説明した
2009年の最高裁判決は裁判官全員一致で加害者の上告を棄却した。ただし、田原睦夫裁判官は結論に賛成しながら理由を異にする個別意見を付けた。多数意見が旧民法724条後段を「除斥期間」と捉えつつ民法160条の趣旨によって効果を制限したのに対し、田原裁判官はそもそも20年の規定を「消滅時効」と解し、民法160条を直接適用すべきだと述べた。
結論は同じでも、なぜ20年を超えて賠償請求できるのかという法的理由は一致していない。この違いを踏まえると、判決を「どんな隠蔽事件でも20年の制限がなくなった」と読むことはできない。
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参考資料・出典
- 最高裁第三小法廷・2009年4月28日判決原文(平成20年〔受〕第804号)
- 文春オンライン「足立区女性教師の失踪事件、26年後の自首」
- 最高裁平成20年(受)804 損害賠償請求事件
- 有斐閣「最高裁平成21年4月28日判決の解説」
- 有斐閣「除斥期間と被害者救済」
- 法務省「公訴時効廃止の経過措置」
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