広島小1女児殺害事件|木下あいりさん殺害、無期判決と最高裁が破棄した「地裁差戻し」

公開日 2026年8月24日
最終更新 2026年8月28日

事件ステータス

発生年月日
2005年
都道府県
広島県
事件分類
性犯罪 / 殺人事件 / 誘拐・拉致事件
最終刑・処分
無期刑

2005年11月22日午後、広島市安芸区。小学1年の木下あいりさん(7)は、就学前健診のため通常より早く学校を出た。広島地裁判決によれば下校は午後0時40分ごろ。その約10分後、通学路沿いの石段付近で、現場近くに住むペルー国籍の男と向き合っている姿を複数の住民が目撃していた。

起訴されたのはホセ・マヌエル・トレス・ヤギ。裁判では殺意やわいせつ目的、犯行場所、責任能力が争われ、検察は死刑を求刑した。広島地裁は無期懲役を選択。その後、高裁が地裁への差し戻しを命じ、最高裁がその高裁判決を破棄して広島高裁へ戻すという経過をたどった。

発生日2005年11月22日
場所広島市安芸区
被害者木下あいりさん(7)
被告人ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ
主な起訴罪名強制わいせつ致死、殺人、死体遺棄、入管法違反
一審2006年7月4日 広島地裁・無期懲役
第一次控訴審2008年12月9日 一審破棄・広島地裁へ差し戻し
最高裁2009年10月16日 高裁判決を破棄・広島高裁へ差し戻し
差戻後控訴審2010年7月28日 双方の控訴を棄却
確定検察・弁護側とも上告せず無期懲役が確定

午後0時40分に下校、約10分後には通学路沿いで男と向き合っていた

この日は小学校で就学前健診が行われ、児童は3時間目の授業と給食を終えた後に下校する予定だった。あいりさんも午後0時40分ごろ学校を出た。広島地裁は、その8分から13分後にあたる午後0時48分から53分ごろの目撃状況を詳しく検討している。

複数の目撃者は、集合住宅向かいの石段に南米系の男性が座り、赤い折りたたみ式携帯電話を手にしながら、赤いランドセルを背負った女児と手の届くほどの距離で向き合っていたと証言した。被告人はその石段に座っていなかったと述べたが、地裁は互いに利害関係のない目撃者の供述が一致するとして信用した。

午後0時50分ごろから1時40分ごろまでの間に殺害

広島地裁は、被告人が午後0時50分ごろから1時40分ごろまでの間、集合住宅とその付近であいりさんにわいせつな行為をし、頸部を圧迫して殺害したと認定した。起訴されたのは強制わいせつ致死、殺人、死体遺棄のほか、不法入国・不法在留に関する入管法違反だった。

被告人側は、殺意やわいせつ目的を争い、行為が行われた場所も検察側とは異なると主張した。事件発生から遺体発見までの時間が短い一方、裁判ではその数十分の出来事を、目撃証言、現場状況、供述、物証から細かく組み立て直す作業が続いた。

段ボール箱を自転車で運び、ランドセルは別の場所へ移した

判決によれば、被告人はあいりさんの遺体を、購入して間もないガスコンロの段ボール箱へ入れ、黒いビニールテープで梱包した。箱は自転車で近くの空き地まで運ばれ、午後1時40分から3時ごろまでの間に発見された。

ランドセルは遺体と一緒には残されていなかった。被告人はいったん集合住宅へ戻り、帽子などを入れたランドセルを紙袋に入れて再び運び出したが、空き地に人がいたため別の駐車場付近へ置いた。ランドセルは同日夜までに発見されている。

地裁判決は、遺体を運んだ後の行動も認定している。被告人はコンビニでたばこなどを買い、帰路で親族と会って薬局へ同行し、集合住宅へ戻って食事やテレビ視聴をしていた。周辺に警察官や報道関係者が集まっていると聞いた後も、普段と大きく異なる様子を示さなかったとされた。

犯行場所は居室内か、集合住宅の階段付近か

検察側は、被告人があいりさんを居室へ連れ込み、室内で犯行に及んだと主張した。弁護側は集合住宅の階段下付近など屋外で一連の行為が行われたと主張し、犯行場所は主要な争点の一つとなった。

この違いは地図上の位置だけの問題ではない。一審では被告人の検察官調書の一部が証拠として採用されず、検察は公判途中で犯行場所の表現を居室に限定しない形へ変更した。後の控訴審では、この証拠採否と犯行場所の審理が、一審判決を破棄する理由として取り上げられることになる。

殺意、わいせつ目的、責任能力をそれぞれ争った

弁護側は、被告人が首付近へ手を置いた行為について殺意はなかったと主張し、わいせつ目的についても検察側の構成を争った。地裁は行為態様や前後の状況を検討し、殺意とわいせつ目的を認定した。

責任能力について、弁護側は犯行時に幻聴の影響を受け、是非を判断したり行動を制御したりする能力が失われ、または著しく低下していたと主張した。検察側は、事件前後の行動は状況に応じたもので精神の異常を示さないと反論。地裁は完全責任能力を認めた。

入管法違反では、2004年の不法入国から事件後までの在留も認定された

広島地裁判決では、殺人などと並んで入管法違反も審理された。被告人は2004年4月18日、有効な旅券を所持せず当時の名古屋空港から入国し、その後も日本国内に不法在留していたと認定された。

事件は2005年11月22日に起き、判決が認定した不法在留の期間は同月29日まで続く。刑事裁判では、あいりさんに対する事件と、被告人が日本に滞在していた法的状態が一つの判決で扱われた。

死刑求刑に対し、地裁は被害者数・計画性・前科の立証を検討した

検察は死刑を求刑した。広島地裁は犯行態様、結果、遺族の処罰感情、社会への影響を重い事情として評価しながら、死刑を選択するかについては最高裁の永山判決が示した複数の量刑要素を一つずつ検討した。

まず、殺害された被害者が1人である点を挙げた。被害者が1人でも死刑が選択される場合はあるとしつつ、複数人が殺害された事件と比べれば、他の量刑要素でより高い悪質性が必要になるとした。

次に計画性。地裁は、被告人があらかじめ子どもを物色していたと認定するには証拠が足りず、あいりさんと話す中で衝動的に犯行へ至った疑いを払拭できないと判断した。殺害だけでなく、わいせつ行為についても事前計画があったとは認めなかった。

ペルーでの「嫌疑」を前科と同じようには扱わなかった

量刑では、被告人がペルーで幼女に対する性犯罪の嫌疑を受けたとされる事情も問題となった。検察は犯罪性向を示す事情として主張したが、地裁は被告人が取調べを受けたことを認めている一方、有罪判決を受けたとの立証はないとした。

そのため、嫌疑を受けた事実だけを前科がある場合と同様に不利益に評価することはできないと判断した。被害者数、計画性、前科の立証を合わせて検討した結果、死刑を選択するにはなお疑いが残るとして、2006年7月4日に無期懲役を言い渡した。

地裁は無期懲役を選び、仮釈放には慎重な運用を求めた

地裁は、犯行の重大性や遺族の厳しい処罰感情を十分に踏まえても、被害者数、計画性、前科の立証という量刑要素を総合すれば、死刑を選択するにはなお疑念が残ると結論付けた。求刑は死刑だったが、主文は無期懲役となった。

判決末尾では、無期懲役を選択する一方、犯情や遺族感情に照らし、被告人には一生をもって償わせるのが相当だと述べ、仮釈放について可能な限り慎重な運用を求める付言をしている。死刑を回避したことと、刑事責任を軽く評価したことは同義ではないという量刑判断だった。

検察と被告人の双方が控訴、争点は量刑から証拠採否へ広がった

無期懲役判決に対し、検察側は量刑不当を中心に控訴した。被告人側も訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用や量刑などを争って控訴した。控訴審では死刑か無期かという問題に加え、一審が供述調書をどのように扱ったかが大きな争点となる。

公判前整理手続を経た一審では、検察が請求した供述調書の一部が採用されていなかった。広島高裁は、その判断によって犯行場所の審理が十分尽くされなかったとみて、一審の審理方法そのものを問題にした。

2008年、広島高裁は無期判決を破棄し、地裁へ差し戻した

2008年12月9日、広島高裁は一審判決を破棄し、事件を広島地裁へ差し戻した。一審が被告人の検察官調書を十分に取り調べず、犯行場所を広く認定した点などについて審理不尽があると判断したためだった。

被告人側はこの差し戻し判決に上告した。そこで最高裁が扱うことになったのは、地裁が有罪とした犯罪事実を一から評価し直すことではなく、公判前整理手続を経た一審の証拠採否を控訴審がどの範囲で手続違反として扱えるかという問題だった。

2009年、最高裁は「地裁へ戻す」とした高裁判決を破棄

最高裁第二小法廷は2009年10月16日、広島高裁の差し戻し判決を破棄し、事件を広島高裁へ差し戻した。証拠を採用するかどうかは第一次的に一審裁判所の合理的裁量に委ねられており、当事者からその点の主張がない中で、高裁が一審の証拠採否を手続違反と評価した判断には刑事訴訟法の解釈適用の誤りがあるとした。

事件は地裁で最初から審理し直すのではなく、再び広島高裁の控訴審へ戻った。検察側の量刑不当と、被告人側の事実認定・手続などに関する主張を、差戻後の高裁が改めて判断することになった。

最高裁が示したのは、公判前整理手続後の証拠採否を尊重する枠組み

最高裁判断の背景には、公判前整理手続を経て争点と証拠を絞り込む刑事裁判の運用がある。一審裁判所は当事者双方の主張を踏まえて証拠の必要性を判断しており、その採否には合理的な裁量が認められるとされた。

控訴審が一審の証拠採否を手続違反として取り上げる場合でも、その裁量判断が不合理だったことを具体的に示す必要がある。2009年の最高裁判決は、この事件の事実認定だけでなく、公判前整理手続を経た事件で控訴審がどのように一審審理を検証するかという刑事手続上の判断としても位置付けられている。

2010年、差戻後の広島高裁は双方の控訴を棄却

2010年7月28日、差戻後の広島高裁は検察側と被告人側の各控訴をいずれも棄却した。2006年の広島地裁による無期懲役判決は維持され、死刑を求めた検察側の主張も、被告人側の無罪・手続違反などの主張も退けられた。

検察側は最高裁への上告を断念し、弁護側も上告しなかったため、無期懲役が確定した。事件発生から約5年、一審、第一次控訴審、最高裁、差戻後控訴審という手続を経て刑事裁判は終結した。

あいりさんが育てたひまわりは、学校安全の取組へ受け継がれた

広島市教育委員会によると、矢野西小学校は、あいりさんが大切に育てていたひまわりの種を譲り受け、2008年度から「しあわせのひまわり」として校内で栽培を始めた。収穫した種は、事件の風化防止と子どもの安全を守る意識を保つため、栽培を希望する学校へ配付されている。

市のページは2025年3月にも更新され、この取組を紹介している。2020年度時点では小学校116校と幼稚園1園に栽培が広がった。刑事裁判は無期懲役の確定で終わったが、あいりさんの名前は学校安全の活動の中でも受け継がれている。

参考資料・出典

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