栃木小1女児殺害事件【今市事件】|勝又拓哉に無期懲役確定・2026年も再審請求へ動き

公開日 2026年3月18日
最終更新 2026年7月31日

栃木小1女児殺害事件、通称「今市事件」は、2005年12月1日、栃木県今市市(現在の日光市)で小学1年生の吉田有希さん(当時7歳)が下校途中に行方不明となり、翌日、約60キロ離れた茨城県常陸大宮市の山林で遺体となって発見された事件である。ただし勝又受刑者は現在も無実を訴えている。現在では、2025年に再審請求へ向けた新たな弁護団が結成され、証拠の再検討や鑑定などの準備が進められていると報じられている。確定有罪判決と冤罪主張が併存する、刑事司法上も極めて重要な事件である。

POINT
この記事でわかること
  • 小学1年の吉田有希さんが下校途中に行方不明となった経緯
  • 翌日、茨城県常陸大宮市の山林で遺体が発見された状況
  • 事件から8年以上後に勝又拓哉が逮捕された捜査経過 一審と控訴審で評価が変化した自白、状況証拠、訴因変更の問題
  • 現在の無期懲役確定と再審請求へ向けた動き

栃木小1女児殺害事件通称今市事件、今市小1女児殺害事件などの概要

事件名栃木小1女児殺害事件通称今市事件、今市小1女児殺害事件など
発生日・期間2005年12月1日失踪場所栃木県今市市(現在の日光市)の通学路周辺
被害吉田有希さん(当時7歳・小学1年生)
被告人等勝又拓哉殺人容疑での
裁判・捜査状況2016年4月8日、宇都宮地裁が無期懲役/2018年8月3日、東京高裁が/無期懲役現在の状況勝又受刑者は無実を主張。現在も再審請求に向けた準備が進む 2005年12月1日、小学1年の吉田有希さんが下校途中に消えた 事件が起きたのは2005年12月1日だった。
現在の状況栃木小1女児殺害事件、通称「今市事件」は、2005年12月1日、栃木県今市市(現在の日光市)で小学1年生の吉田有希さん(当時7歳)が下校途中に行方不明となり、翌日、約60キロ離れた茨城県常陸大宮市の山林で遺体となって発見された事件である。ただし勝又受刑者は現在も無実を訴えている。現在では、2025年に再審請求へ向けた新たな弁護団が結成され、証拠の再検討や鑑定などの準備が進められていると報じられている。確定有罪判決と冤罪主張が併存する、刑事司法上も極めて重要な事件である。

小学1年の吉田有希さんが下校途中に行方不明となった経緯

被害者の吉田有希さんは、当時7歳。旧今市市立大沢小学校の1年生だった。有希さんは授業を終え、ほかの児童と一緒に下校した。しかし午後2時50分ごろ、通学路の途中で同級生らと別れ、一人になった後、行方が分からなくなる。小学校を出た児童が自宅へ到着しない。家族は異変に気づき、警察へ届け出た。

警察や地域関係者による捜索が始まりましたが、その日のうちに有希さんを発見することはできなかった。この時点では、事故、迷子、第三者による連れ去りなど複数の可能性が考えられた。しかし翌日、事件は最悪の形で展開する。

翌12月2日、約60キロ離れた茨城県の山林で遺体発見

2005年12月2日午後、有希さんは茨城県常陸大宮市の山林で発見された。失踪した旧今市市周辺からは約60キロ離れていた。徒歩で移動できる距離ではなく、犯人が自動車などを使って県境を越えた可能性が強く疑われる状況だった。当時の報道によると、山林内の斜面で有希さんを発見したのは、現場付近を訪れていた男性らだった。

有希さんはすでに死亡していた。着衣を身に着けておらず、ランドセルなどの所持品も現場では見つからなかったと報じられている。前日午後に通学路から姿を消してから、約1日後。小学1年生の女児失踪事件は、殺人事件へ変わった。

胸部を十数カ所刺され、死因は心臓損傷による失血死

司法解剖などから、有希さんは鋭利な刃物で胸部を多数回刺されていたことが明らかになった。当時の捜査報道では十数カ所の刺し傷があり、死因は心臓を刺されたことによる失血死とされている。7歳の子どもに対し、胸部へ繰り返し刃物を向ける極めて激しい犯行だった。

一方、どこで有希さんが殺害されたのかは後の裁判でも重大な問題となる。遺体が発見された山林がそのまま殺害現場だったのか。それとも別の場所で殺害され、遺体だけが運び込まれたのか。この点は、勝又の自白内容と現場状況を評価するうえで大きな争点になった。

通学路からどう連れ去られたのか|長く残った空白

有希さんが最後に確認されたのは、同級生らと別れた後の通学路周辺だった。犯人がどのように接近したのかは、現在まで公開情報だけでは完全には解明されていない。見知らぬ人物が力ずくで連れ去ったのか、子どもが警戒しにくい言葉を掛けたのか、車へ乗せた具体的な状況は何だったのか。確定判決が存在する現在も、事件の全過程が詳細に明らかになったわけではない。

犯行現場と遺体発見現場が離れていることも、初動捜査を難しくした。栃木県と茨城県にまたがる広域事件となり、警察は両地域で捜査を進めることになる。

大規模捜査でも犯人特定まで8年以上

事件発生後、警察は通学路、不審車両、遺体発見現場、周辺住民への聞き込みなど幅広い捜査を進めた。しかし、犯人逮捕には結びつかなかった。凶器とされた刃物や有希さんの所持品など、事件を直接解明する重要物の行方も問題となった。

被害者と犯人の間にどのような接点があったのかも明確ではなく、事件は長期未解決化する。大きな転機が訪れたのは2014年。事件発生から8年以上が過ぎた後だった。

勝又拓哉は最初から今市事件で逮捕されたわけではない

勝又拓哉の捜査経過は、本件の冤罪論争を理解するうえで重要である。2014年1月29日、勝又はまず商標法違反事件をめぐって逮捕された。偽ブランド品に関する別事件である。その後、2月18日に商標法違反で起訴された。

殺人容疑で身柄を拘束されるより前から、今市事件についての取り調べが進められた点である。勝又は取り調べの中で有希さん殺害への関与を認める供述をした。しかし、殺人容疑で正式に逮捕されたのは2014年6月3日である。別事件での逮捕・起訴から数か月が経過していた。

同年6月24日、殺人罪で起訴される。

捜査段階では犯行を認め、その後に撤回し無罪主張

勝又は捜査段階で、事件への関与を認める供述をした。当時の捜査発表では、逮捕時に殺害を認め、有希さんへの謝罪を口にしたという趣旨が報じられている。検察官調書では、車で女児を連れ去ったこと、わいせつ行為をしたこと、発覚を恐れて刃物で刺したこと、遺体を山林へ遺棄したことなどを認める内容が作成された。

ところが勝又は後に供述を撤回する。公判では「自分は殺害していない」として無罪を主張。取り調べでの自白は真実ではないという立場を取った。こうして裁判の中心は、単純な量刑問題ではなく、勝又が本当に犯人なのか、自白を信用できるのかという犯人性そのものになった。

決定的な直接証拠が乏しい中、自白の信用性が最大争点に

今市事件の裁判が特に注目された理由は、勝又と殺害を直接結び付ける証拠をめぐる問題である。事件で使用されたと断定できる凶器、有希さんの遺留品、犯行を直接撮影した映像など、典型的な直接証拠によって単純に犯人性を証明した事件ではなかった。裁判では、取り調べ中の自白に加え、事件当時の車両移動をめぐる記録、遺体から検出された獣毛と飼い猫との関係、拘束中に母親へ宛てた手紙など、複数の状況証拠が検討された。

ただし、それぞれの証拠が何を意味するかについて、検察側と弁護側の評価は大きく対立した。特に重要だったのが、取り調べの録音・録画映像である。

法廷で長時間再生された取り調べ映像

2016年の裁判員裁判では、勝又が取り調べで供述する様子を記録した録音・録画映像が証拠として使用された。法廷では長時間にわたって映像が再生され、自白が自発的なものだったのか、供述内容を信用できるのかが審理された。一審は、自白の内容だけでなく、映像上の勝又の態度なども踏まえて供述の信用性を評価した。

しかし、この方法は後の東京高裁で厳しく問題視される。取り調べ録画は、本来、違法・不当な取り調べがなかったか、自白が任意にされたかを検証する重要な資料である。一方、映像から「話し方が自然だから真実だ」「態度から犯人だ」と評価することには危険もある。今市事件は、取り調べ可視化の映像を刑事裁判でどう扱うべきかという議論を全国的に広げた。

2016年4月8日、宇都宮地裁が無期懲役

2016年4月8日、宇都宮地裁の裁判員裁判は勝又拓哉被告に無期懲役を言い渡した。検察側の求刑も無期懲役だった。一審は勝又の犯人性を認定した。検察側は、勝又が有希さんを連れ去り、わいせつ行為をした後、その発覚を恐れて殺害したという事件像を主張した。

これに対し弁護側は、自白内容と遺体・現場状況に矛盾があること、客観的な裏付けが乏しいことなどを指摘して無罪を求めた。宇都宮地裁は自白に信用性を認め、状況証拠と合わせて有罪と判断した。勝又側は判決を不服として控訴する。

自白どおりの殺害状況は本当に可能だったのか

控訴審で大きく問題となったのが、勝又の自白と客観的状況の整合性である。自白では、遺体発見現場付近で有希さんを立たせるなどしたうえ、胸部を短時間に多数回刺したという趣旨の説明があった。弁護側は、胸部を十数回刺したのであれば現場に相当量の血痕が残るはずなのに、状況が自白と合わないと主張した。

刺創の状態と供述された攻撃方法が一致するのか、遺体発見場所が殺害現場だったのかも争われた。この問題は、単なる細部の記憶違いではない。いつ、どこで、どのように殺害したのかは自白の核心部分である。その核心が客観状況と一致しなければ、自白全体の信用性へ重大な疑問が生じる。

2018年東京高裁、一審判決を破棄しながら再び無期懲役

2018年8月3日、東京高裁は異例の判断を示した。まず、一審の無期懲役判決を破棄した。東京高裁は、取り調べ録画映像を用いて自白の信用性を評価した一審の手法に問題があると指摘。また、自白の核心部分である殺害日時、場所、態様について、そのまま信用することはできないと判断した。

通常、「一審有罪の重要な根拠だった自白の核心が信用できない」となれば、無罪判断が想起される。しかし東京高裁の結論は違った。高裁は一審を破棄したうえで、変更された訴因の下、状況証拠などを総合し、改めて勝又を有罪と認定して無期懲役を言い渡した。

この「破棄したのに同じ無期懲役」という経過が、今市事件の裁判を特に複雑なものにしている。

控訴審で殺害日時・場所を広げる訴因変更

東京高裁で大きな論争となったのが訴因変更である。訴因とは、刑事裁判で「被告人がいつ、どこで、どのような犯罪をしたのか」という審判対象を示すものだ。控訴審では、殺害日時と場所について、一審段階より幅を持たせた予備的訴因が追加された。

具体的には、殺害時間帯をより広く取り、場所も栃木県内、茨城県内またはその周辺という形で拡大した内容が問題となった。高裁はこの訴因を前提として有罪を認定した。一方、弁護側は、控訴審の段階で犯行日時・場所を大きく広げることは防御を困難にし、裁判員裁判で審理された事件像そのものを変えると強く批判した。

この問題は現在も、刑事手続や裁判員裁判のあり方を論じる際に取り上げられている。

一審と二審では有罪に至る道筋が異なった

今市事件では「一審も二審も無期懲役だった」とだけ書くと、裁判経過の重要部分が失われる。

  • 一審:自白の信用性を認め、状況証拠と合わせて有罪
  • 控訴審:一審の証拠評価に問題を指摘し、自白の核心部分をそのまま信用せず、一審判決を破棄
  • 控訴審の最終結論:変更された訴因と状況証拠などから改めて有罪、無期懲役

結論として刑は同じでも、有罪へ至る論理は大きく変化した。この点こそ、弁護側や刑事法研究者、支援者が現在まで問題視している中心の一つである。

2020年3月、最高裁が上告棄却し無期懲役確定

勝又側は東京高裁判決を不服として最高裁へ上告した。しかし2020年3月4日付で、最高裁第二小法廷は上告を棄却した。その後の異議申し立ても退けられ、無期懲役判決が確定した。

このため司法上の現在位置は明確である。勝又拓哉受刑者には有罪・無期懲役判決が確定している。一方、これは「本人が罪を認めている」という意味ではない。勝又受刑者は確定後も無実を主張し、支援者や弁護団は有罪認定に重大な疑問があるとして再審を目指している。

冤罪主張の中心|自白・物証・母親への手紙

勝又側の冤罪主張では、複数の問題が指摘されている。

  • 殺害を直接裏付ける決定的物証が乏しいとの主張
  • 自白の殺害日時・場所・態様と客観状況が一致しないとの主張
  • 別件逮捕・起訴後の長期間の取り調べに問題があったとの主張
  • 控訴審で殺害日時・場所を広げた訴因変更への批判
  • 母親宛ての手紙の意味が有罪方向へ過度に解釈されたとの主張

特に近年注目されているのが、勝又が身柄拘束中に母親へ送った手紙である。確定有罪判決を支える状況証拠の評価では、謝罪を思わせる記述が問題となった。これに対し再審を目指す側は、文章には複数の解釈可能性があり、「殺人を認めた謝罪」と断定できないと主張している。

2025年に報じられた新弁護団の動きでも、この手紙の解釈や心理学的な分析が再審へ向けた重要な検討対象の一つになっている。

「確定有罪」と「冤罪主張」をどう整理すべきか

今市事件については、二つの事実を混同しないことが重要である。第一に、刑事裁判では勝又拓哉受刑者の有罪が確定しているという事実である。宇都宮地裁、東京高裁、最高裁という手続を経て、無期懲役が確定した。第二に、勝又受刑者は無実を訴え、再審を目指しているという事実である。

したがって、現段階で「冤罪が確定した事件」と表現することはできない。再審開始決定も再審無罪判決も確定していないためである。一方、「裁判は完全に決着し、疑問点は何もない」と整理することも、現在の状況を正確に表していない。確定判決は維持されているものの、その証拠評価を争い、再審を求める具体的な活動が進んでいる。

2025年、新たな再審弁護団が結成

事件発生から20年を迎えた2025年、今市事件は新たな段階に入った。地元報道などによると、2025年7月に再審請求へ向けた新たな弁護団が結成された。支援団体も再審に必要な証拠調査を支える活動を進めている。

検討対象として挙げられているのは、現場再現、既存証拠の再分析、母親宛ての手紙に関する心理学的検討などである。ただし、ここでも法的段階を正確に分ける必要がある。現在の公開情報では、「再審無罪になった」「再審開始が決まった」という状況ではない。新弁護団が結成され、再審請求へ向けた準備と活動が進められている段階として整理するのが適切である。

現在|勝又拓哉は無期懲役で服役、無実を訴える

現在も、勝又拓哉受刑者の刑は無期懲役で確定している。支援者側の公開情報では、千葉刑務所で服役しているとされている。一方、勝又受刑者は現在も無実を主張している。2025年には新たな再審弁護団が結成され、2026年にも支援活動や証拠検討が続いている。

今市事件は、未解決事件ではない。司法上は有罪判決が確定している。しかし同時に、再審無罪が確定した事件でもない。勝又受刑者側の主張は、今後の再審手続で裁判所がどのように判断するかという段階にある。

2005年12月1日、7歳の吉田有希さんが下校途中に姿を消し、翌日に茨城県の山林で発見された事実は変わらない。その命が奪われた事件の重大性とともに、自白をどう評価するのか、状況証拠だけでどこまで犯人性を認定できるのか、控訴審で訴因を変更して有罪を自判することは妥当だったのかという問題が、現在も残り続けている。

関連事件

同じテーマの書籍を探す

この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。