2011年11月、兵庫県尼崎市の貸倉庫で、ドラム缶にコンクリート詰めされた女性の遺体が見つかった。捜査の出発点となったのは一人の女性に対する傷害致死事件だったが、関係者への聴取が進むと、角田美代子の周辺で複数の家族が取り込まれ、長期間にわたって監禁、暴行、財産の奪取を受けていたことが判明した。確認された死者は男女8人に及び、ほかに消息が分からない人物も残った。
美代子は親族関係や同居関係を利用し、家族同士を対立させながら服従させていたとされる。被害者に別の被害者を監視、暴行させる構造が作られ、外からは家庭内の争いに見える状態が続いた。美代子は2012年12月に兵庫県警本部の留置場で自殺し、自ら裁判を受けなかった。親族ら7人は殺人、監禁、死体遺棄などで起訴され、無期懲役から懲役15年までの刑が確定している。
| 事件名 | 尼崎連続変死事件 |
|---|---|
| 事件期間 | 1980年代後半から2011年 |
| 主な発生場所 | 兵庫県尼崎市、香川県、沖縄県など |
| 被害 | 男女8人の死亡を確認。複数人が監禁、暴行、財産被害 |
| 中心人物 | 角田美代子(2012年、留置中に死亡) |
| 現在の状況 | 共犯者7人の有罪判決が確定。行方不明者の捜索は継続 |
貸倉庫のドラム缶から始まった捜査
2011年11月、尼崎市内の貸倉庫に置かれていたドラム缶から、大江和子さんの遺体が発見された。遺体はコンクリートで固められており、死亡してから時間がたっていた。兵庫県警は、和子さんが同居先で暴行を受けた末に死亡し、遺体が運び出された経過を調べた。
和子さんの長女が警察へ保護を求め、家族内で続いていた暴力を説明したことが発覚の契機になった。捜査員が家族関係をたどると、同居していた角田美代子と血縁のない人々が同じ住居へ集められ、金銭や生活を管理されていた。被害は和子さんの一家だけに限られず、過去に美代子と接点を持った別の家族にも及んでいた。
当初は一件の傷害致死、死体遺棄として始まった捜査だった。ところが、関係者の供述に死亡した人物の名前が次々と現れ、捜索先も尼崎市内の住宅、海、沖縄県の崖などへ広がった。事件の全体像を明らかにするには、長年の同居関係と複雑に組み替えられた戸籍上のつながりを解きほぐす必要があった。
家庭へ入り込み、孤立させるまで
美代子が他人の家庭へ関わるきっかけは一様ではなかった。子どもの学校での問題、近隣との揉め事、交際や結婚などを通じて接点を持つと、家族の一員の相談相手を装いながら、家庭内の弱点や対立を把握していった。やがて親族を交えた話し合いへ介入し、謝罪や金銭の支払いを要求するようになった。
被害家庭では、家族同士が互いを監視し、美代子の指示に従わない者へ暴行する状態が作られた。食事や睡眠を制限され、長時間立たされるなどの虐待も続いた。外出や電話を自由にできず、身分証や通帳を管理されると、被害者が単独で助けを求めることは難しくなった。
こうした支配は、美代子一人の直接的な暴力だけで維持されたわけではない。取り込まれた親族や知人が実行役、監視役となり、被害者自身も別の家族への加害に加わらされた。裁判では、この集団の中で誰が自らの意思で犯罪に関与し、誰がどの程度美代子の影響を受けていたかが主要な争点になった。
沖縄の崖と尼崎の物置で続いた死亡
起訴された一連の事件には、2005年7月、角田久芳さんを沖縄県の崖から転落させた事件が含まれる。久芳さんは長期間の虐待を受け、逃げ場を失った状態に置かれていた。裁判所は、美代子らが死亡以外の選択を困難にしたうえで崖へ連れて行き、転落死させたとして殺人の共謀を認定した。
2008年には、仲島茉莉子さんが尼崎市内のマンションのベランダに置かれた物置へ監禁された。暴行と飲食の制限が続き、同年12月に衰弱して死亡した。2011年には橋本次郎さんも同じように物置へ閉じ込められ、緊縛や暴行を受けて死亡し、遺体は海へ捨てられた。
ほかにも、病死や事故として扱われていた死亡が再検討された。遺体が残っていない事件や、発生から長期間が経過した事件では、関係者の供述と当時の記録を照合することが捜査の中心となった。確認できた死亡は8人に達したが、すべての不審死や行方不明について刑事責任を問える証拠がそろったわけではなかった。
角田美代子の逮捕と留置場での死亡
兵庫県警は大江和子さんへの傷害致死事件を端緒として、美代子と親族、知人を相次いで逮捕した。美代子は集団の中心にいたとみられたが、捜査段階で全面的に事実を説明したわけではない。供述の食い違いが多く、捜査本部は遺体の発見状況、金銭の移動、住民票や戸籍の変動を積み上げた。
2012年12月12日、美代子は兵庫県警本部の留置場で死亡しているのが見つかった。自殺と判断され、本人に対する刑事手続は終結した。事件の中心人物から法廷で供述を得る機会が失われ、被害者ごとの指示や動機を直接確認することもできなくなった。
留置管理の在り方について検証が行われた一方、共犯者の裁判は続けられた。検察側は、美代子がいなくても、親族らの供述、被害者の状態、現場の状況から共謀を立証できると主張した。弁護側は、被告らも支配下に置かれた被害者であり、自ら犯罪を決めたわけではないと反論した。
7人の裁判で問われた共謀と支配
神戸地裁では、関係者ごとに長期の裁判員裁判が開かれた。複数の死亡事件、監禁事件を同時に審理するため、事件ごとに証拠調べと論告、弁論を区切る方法が取られた。裁判員の任期が100日を超える審理もあり、事件関係の複雑さが裁判手続にも表れた。
裁判所は、被告らが美代子の強い影響を受けていたことを認めながらも、多くの事件で共謀を認定した。衣食住を保障される生活を維持するため犯行へ加わった者、暴行や監視で重要な役割を果たした者については、自らの判断で追従した面が小さくないとされた。
義理のいとこ李正則には、美代子に匹敵する重要な役割を積極的に果たしたとして無期懲役が言い渡され、2018年に最高裁で確定した。ほかの6人には懲役15年から23年が言い渡された。美代子を頂点とする関係があったとしても、それぞれの具体的な行為に応じて刑事責任を負うという判断だった。
見逃された訴えと捜査終結後の行方不明者
被害者や関係者は、事件発覚前にも警察や行政へ相談したことがあった。家庭内や親族間の問題として処理され、継続的な監禁や暴力を見抜けなかった場面も指摘されている。美代子らは住所や同居人を変えながら複数の家庭へ関わっており、一つの相談記録だけでは被害の連続性を捉えにくかった。
合同捜査本部は2014年3月に解散した。起訴された事件については裁判が進み、共犯者7人の刑が確定したが、森本賢吾さんと桐原信枝さんについては消息が確認されていない。警察は行方不明者として情報を求め、その後も所在確認を続けている。
この事件では、中心人物の死亡によって、誰がどの時点でどの指示を出したのかが最後まで判明しなかった部分がある。一方、裁判で認定された監禁、虐待、死亡の経過は、家庭という閉鎖的な場所で複数人を加害に巻き込みながら支配が維持された実態を示している。
供述と客観証拠から再構成された事件全体
一連の事件では、同じ住居にいた人物が加害者と被害者の両方の立場を持つ場合があった。ある場面では暴行を受け、別の場面では美代子の指示に従って他人を監視するという関係である。捜査と裁判では、集団に属していたというだけで責任を一括せず、個々の事件で何を認識し、どの行為をしたのかが調べられた。
供述は事件の発見から長い時間がたつ中で変化し、関係者同士で食い違う部分も多かった。検察は供述だけに依存せず、遺体の鑑定、住居の物置や貸倉庫の状況、沖縄への旅行記録、保険金や不動産を含む金銭の移動を照合した。裁判所も、共犯者の供述には自己の刑を軽くする目的が含まれる可能性があるとして、裏付けの有無を事件ごとに検討した。
被害家庭の財産は、生活費、慰謝料、借金返済などさまざまな名目で移動させられた。家族が離職し、住居を手放し、親族との連絡を絶つと、外部から異変を把握する機会はさらに少なくなった。暴力と経済的支配が結び付き、逃げ出した後も残った家族を案じて戻る人がいたことが、長期化の一因となった。
兵庫県警は香川県警、沖縄県警などと合同で捜査し、過去の死亡届、失踪届、相談記録を洗い直した。すでに火葬されて鑑定できない死亡や、遺体が見つからない事案もあったため、確認された8人の死亡が事件周辺のすべての被害を示すとは限らない。ただし、裏付けのない余罪を事実として広げることもできない。
主犯格が法廷に立たないまま終わったことで、美代子自身の認識や、各家庭を狙った理由は十分に解明されなかった。それでも、複数の確定判決は、被害者を孤立させ、親族同士に暴力を行わせ、死亡後には遺体を隠すという行為が単発ではなく継続していたことを認定した。
美代子の周辺では、戸籍上の養子縁組や婚姻が繰り返され、通常の家系図だけでは関係を把握しにくい状態になっていた。捜査では戸籍上の関係と実際の同居、指示、金銭の流れを分けて整理した。親族であることは共謀の証明にはならず、反対に血縁がなくても具体的に加担すれば責任を問われた。
裁判終了後も、被害者の氏名や死亡経過をどこまで公表するかには慎重さが求められる。家族全体が被害と加害の双方に巻き込まれた例があり、生存者の生活やプライバシーにも影響するためである。確定判決で認定された範囲と、捜査段階の疑いを区別する必要がある。
事件の呼称に「連続変死」が使われるのは、発覚時に複数の死亡が事故、病死、自殺として処理されていたためである。裁判で殺人罪が認定された死亡と、刑事事件として立件されなかった死亡を同列に扱うことはできない。記事上も、8人の死亡確認と各被告の起訴事実を分けて示す必要がある。
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