2013年12月28日、京都府向日市の自宅で筧勇夫さん(75歳)が倒れ、搬送先で死亡した。司法解剖で体内から青酸化合物が検出されたことをきっかけに、妻の筧千佐子と過去に関係した男性たちの死亡が改めて調べられた。
捜査の結果、2007年から2013年までに起きた4件が起訴され、3人の殺害と1人への強盗殺人未遂が刑事裁判の対象となった。京都地裁は2017年に死刑を言い渡し、大阪高裁、最高裁も結論を維持。2021年7月に死刑が確定した。筧は2024年12月26日、刑の執行を受けることなく大阪拘置所で死亡した。
| 事件期間 | 2007年12月18日~2013年12月28日 |
|---|---|
| 発生地域 | 兵庫県・大阪府・京都府 |
| 被害 | 男性3人死亡、男性1人重い後遺症 |
| 被告人 | 筧千佐子 |
| 主な罪名 | 殺人、強盗殺人未遂 |
| 一審 | 2017年11月7日 京都地裁・死刑 |
| 控訴審 | 2019年5月24日 大阪高裁・控訴棄却 |
| 上告審 | 2021年6月29日 最高裁・上告棄却 |
| 刑確定 | 2021年7月 |
| 再審請求 | 2022年、日置稔さんの事件について申立て |
| 死亡 | 2024年12月26日、大阪拘置所収容中 |
最初に起訴された4事件は、6年間にわたって別々の場所で起きていた
確定判決の対象となった4件は、同じ家や同じ時期に連続して起きたものではない。最初の事件は2007年12月、神戸市の知人末広利明さんに対する強盗殺人未遂。次いで2012年3月に大阪府の本田正徳さん、2013年9月に兵庫県の日置稔さん、同年12月に京都府の夫・筧勇夫さんが死亡した。
4人はいずれも筧と結婚、交際、金銭貸借などの関係にあった。後の最高裁は、将来を共にする相手や多額の金を預ける相手として筧を信頼していた被害者に青酸化合物を飲ませた点を重く評価している。
2007年、4000万円の返済日――末広利明さんは一命を取り留めた
2007年12月18日、神戸市で末広利明さんが筧と会った後に倒れた。裁判では、筧が約4000万円の借金返済を免れる目的で、青酸化合物を入れたカプセルを末広さんに飲ませたと認定された。
末広さんは死亡を免れたものの、低酸素脳症による高次脳機能障害などの重い後遺症が残った。その後2009年に別の病気で死亡したため、起訴罪名は殺人ではなく強盗殺人未遂となった。4事件の中で唯一、青酸中毒から生存した事案だった。
2012年、本田正徳さんは筧と別れた後、ミニバイクで倒れた
2012年3月9日、本田正徳さん(71歳)は大阪府内で筧と会った後、ミニバイクで移動中に転倒し死亡した。当初は急病による死亡とみられていたが、遺体の一部が保存されていたことが後の捜査を動かす。
筧勇夫さんの死亡を受けて過去の事例が洗い直され、保存されていた本田さんの検体が再検査された。その結果、青酸化合物が検出された。2015年、筧は本田さんに青酸入りカプセルを渡し、服用を確認したという趣旨の供述をしたと報じられている。
2013年9月、日置稔さんの死――後に再審請求の対象となった1件
2013年9月20日、兵庫県伊丹市の日置稔さん(75歳)が体調を急変させ、搬送先で死亡した。日置さんは当時、肺がんを患っており、司法解剖は行われなかった。
後の裁判では、死亡前後の状況や医師の意見、筧との金銭関係などを積み重ね、青酸中毒による殺害が認定された。2022年、弁護側はこの事件について「死因は青酸中毒ではなく病死だった可能性がある」とする医師の鑑定書を新証拠として京都地裁へ再審を請求することになる。
2013年12月、結婚から間もない勇夫さんの体内から青酸が検出された
筧は2013年に結婚相談所を通じて筧勇夫さんと知り合い、同年11月に結婚した。12月28日、勇夫さんは自宅で倒れ、搬送後に死亡。司法解剖と薬毒物検査で青酸化合物が検出された。
この検出が事件全体の入口となった。警察は千佐子の過去の交際・婚姻関係を調べ、死亡した男性や重篤な症状を起こした男性の経過を照合。京都、大阪、兵庫、奈良の4府県警による合同捜査へ広がった。
2014年11月に逮捕――捜査は過去の死亡事例へ遡った
京都府警は2014年11月、勇夫さんに対する殺人容疑で千佐子を逮捕した。勇夫さんの事件だけで終わらず、過去に関係していた男性の死亡や急変が時系列で洗い直された。
その過程で本田さんの保存検体から青酸が見つかり、末広さんの診療記録や日置さんの死亡状況も再検討された。最終的に、勇夫さん、本田さん、日置さんへの3件の殺人と、末広さんへの強盗殺人未遂が起訴された。ほかにも捜査対象となった死亡事例はあったが、刑事裁判で有罪認定の対象となったのはこの4件だった。
裁判は4事件を順に審理――直接証拠が乏しい事件もあった
京都地裁の裁判員裁判は2017年6月に始まり、4事件を区切って審理した。事件ごとに、青酸中毒だったのか、誰が服用させたのか、財産的利益との関係はどうだったのかが検討された。
本田さんの保存検体からは青酸化合物が検出された一方、日置さんのように当時司法解剖が行われなかった事件もある。検察側は医療記録、死亡前後の行動、金銭関係、筧の供述など複数の事情を積み上げ、同じ人物が同種の方法を繰り返したと主張した。
もう一つの争点は認知症――責任能力と訴訟能力が争われた
公判では、筧に認知症があること自体は争点の一つになった。弁護側は認知症の影響を踏まえ、犯行時の責任能力や裁判を受ける能力に疑問を示した。
一審は、鑑定結果などから犯行当時は完全責任能力があり、公判を理解して防御する訴訟能力もあると判断した。控訴審でもこの判断は維持され、最高裁も認知症を理由に審理を差し戻すべきだとする主張を退けた。
2017年11月、京都地裁が死刑――4件を一つの連続犯行として評価
2017年11月7日、京都地裁は4事件すべてについて筧の犯行を認定し、死刑を言い渡した。判決は、遺産取得や債務返済を免れるなどの財産的利益を目的に、被害者との信頼関係を利用して猛毒を服用させた点を厳しく評価した。
弁護側は判決当日に控訴。大阪高裁は2019年5月24日、犯人性や訴訟能力に関する一審判断を維持して控訴を棄却した。
2021年、最高裁が上告棄却――「計画的かつ巧妙」と量刑理由を示した
2021年6月29日、最高裁第三小法廷は筧側の上告を棄却した。判決は、結婚相談所などを通じて高齢の被害者と知り合い、将来を共にする相手として信頼させたうえで青酸化合物入りのカプセルを服用させた行為を「計画的かつ巧妙」と評価した。
約6年間に同種事件を4回繰り返し、3人を死亡させ、1人に重い障害を残した結果は重大で、人命を軽視する態度も顕著だと指摘。高齢で前科がないなどの事情を考慮しても死刑はやむを得ないと結論づけた。判決訂正の申立ても退けられ、同年7月に死刑が確定した。
死刑確定後、日置さんの事件について再審を請求
2022年、弁護側は日置稔さんの事件を対象に京都地裁へ再審を請求した。新たな医師の意見書を提出し、日置さんは青酸中毒ではなく、持病によって死亡した可能性があると主張した。
京都地裁は2024年3月11日付で再審請求を棄却。弁護側は大阪高裁へ即時抗告し、筧が死亡した時点でも審理は続いていた。
2024年12月26日、大阪拘置所で死亡――死刑は執行されなかった
2024年12月26日朝、大阪拘置所で職員が巡回した際、筧は居室内にいることが確認されていた。その約1時間後の起床時、布団の上で仰向けに倒れ、呼びかけにも反応しなかったため救命措置を受けた。病院へ搬送されたが、午前10時1分に死亡が確認された。78歳だった。
死刑は執行されなかった。法務省発表を基にした報道では、詳しい死因は公表されていない。2014年の逮捕から約10年、2021年の死刑確定から約3年半。関西の複数府県にまたがった4事件の刑事手続は、確定死刑囚本人の死亡で終局を迎えた。
合同捜査本部は4府県へ広がった――一つの死から過去の急変を並べ直す
勇夫さんの体内から青酸化合物が検出された後、捜査は京都だけでは完結しなかった。千佐子が過去に暮らした地域や交際相手の所在地をたどり、大阪、兵庫、奈良を加えた4府県警が合同捜査本部を設置した。
その過程で重要になったのが、過去の死亡時に残されていた医療記録や検体だった。本田さんは死亡時には病死とみられていたが、保存されていた検体を後年再検査できたことで青酸化合物が検出された。単独では急死として処理された出来事が、勇夫さんの事件を起点に時系列でつながっていった。
「周囲で亡くなった男性」と「有罪が確定した事件」は同じ数ではない
千佐子の周囲では、起訴された4件以外にも複数の男性が死亡していたことが捜査段階で注目された。共同通信の整理では、別の男性4人への殺人容疑などでも追送検されたが、これらはいずれも不起訴となっている。
最終的な刑事裁判が扱ったのは、末広利明さんへの強盗殺人未遂、本田正徳さん・日置稔さん・筧勇夫さんへの3件の殺人である。報道で語られた不審死の総数ではなく、この4事件の証拠と責任を積み上げた結果として死刑判決が確定した。
参考資料・出典
- 共同通信ニュース用語解説「連続青酸事件」
- ラジオ関西「《青酸連続殺人事件》筧千佐子被告に『死刑やむなし』最高裁、上告棄却」(2021年6月30日)
- CNN「連続殺人事件の筧被告、最高裁で死刑確定」(2021年6月30日)
- テレビ朝日「筧被告『カプセル飲むのを確認』 連続不審死事件」(2015年2月19日)
- 毎日新聞出版「サンデー毎日2021年7月4日号」
- 千葉日報/共同通信「筧千佐子死刑囚が死亡 連続青酸殺人事件」(2024年12月26日)
- 関西テレビ「筧千佐子死刑囚が死亡『青酸化合物飲ませ3人殺害』で死刑確定」(2024年12月27日)
- 文春オンライン「筧千佐子死刑囚(78)が獄中で明かした言葉」(2024年12月26日)
関連事件
この事件に関連するテーマから、書籍・資料をまとめて確認できます。
